ジンクス本編外
私とキバナさんの身長差は約40㎝。
当然、人が溢れている休日に二人で歩いていても私の声はキバナさんに届かない。
大きな声を出せば気がついてくれるだろうけれど、街中で大声で名前を呼ぶのは恥ずかしい。
かといって、いつもの声量で名前を呼んでも、街の喧騒の中ではかき消されてしまう。
だから、私は少し前を歩く彼の上着の裾を引っ張る。
僅かな変化に彼が振り向いてくれれば成功。
「どうした、ユウリ」
立ち止まって大きな体を折って目線を合わせてくれる。
そうすれば、あの店に寄りたいとか、他愛のないことを話せる。
はぐれそうな時も彼のトレードマークのパーカーの裾を掴んでついていく。
そうやって、よく服の裾を掴むからだろうか。
キバナさんの私服はパーカーやジャケットといった上着を羽織るスタイルが多くなった。
私も、少しずつヒールの高さを上げていた。
最初は3㎝、少し慣れてきたら5㎝、8㎝。
最初はとても歩き辛くて、少し歩くだけでも足が痛くなった。8㎝ともなると、立ってバランスを取るだけが精いっぱいだった。
事務仕事中に足を慣らして、少しずつ歩ける距離を伸ばして、ようやくデートで履けるようになった。
キバナさんも気づいているのか、ヒールを履いているときはゆっくりと歩いてくれる。
今日は思い切って12㎝ヒール。足先は厚底になっているから、歩きやすい。
背伸びをしなくてもキバナさんと手を繋いで歩けるし、腕を組んで歩くこともできる。
当然、大声も出す必要もない。
だから今日は、ジャケットの裾を引っ張らなくてもいい。
「キバナさん」
彼の名前を呼ぶ。
振り返った彼の顔がいつもより近い。
「足、痛くないか?」
「まだまだ大丈夫ですよ」
それでもまだ身長差は感じるけれど、声をかけることすら躊躇った以前に比べれば、足の痛みなんか平気だ。
◇◇◇
街の喧騒でかき消される、小さな声。
できるだけ耳を澄ませて歩いていても、歩幅も違うし、周囲の人から名前を呼ばれれば条件反射で振り返ってしまう。
その声にかき消され、ゆっくり歩いても離れてしまうユウリをいっそ抱えて歩きたくなる。
本当は並んで普通に会話をしながら歩きたい。
その方がどれだけ楽しいか。
人よりも高い身長を久々に恨んだ。
そのうち、ユウリは掴みやすい腰元の布地を引っ張るようになった。
いつものパーカーの時はくいっと引っ張られた感覚がして振り返ることができる。
けれど、デートの時はあまり強く引っ張らないから気がつかないこともある。
裾が伸びてしまうことを気にしているのだろう。
だから、私服も上着を羽織ることにした。
彼女が引っ張りやすいように今日もジャケットを羽織って来たのに、待ち合わせに現れたユウリはいつもより身長が高かった。
足元を見れば、太目のヒールが随分と高い。
そんな靴でよく歩けるもんだと感心するほど淡々と歩くユウリが心配になって何度も声をかける。
ここ数年で、彼女の身長が伸びたように錯覚する。
最初こそ、大丈夫だと気丈に振舞っていたユウリも、慣れないヒール靴で歩いていたせいで、段々と歩くスピードが遅くなって抱えたこともある。
何度もごめんなさい、と口にしていた。
いつの間にかそんなことも減り、ユウリと並んで歩くことが増えた。
今日も肩口に頭があることになんの違和感もなく、手を繋いで歩くことができる。
そろそろ上着を着なくてもいいかと思いつつ、すっかりと定番のスタイルになってしまって、クローゼットの中には結構な数の上着が並んでいる。
服は買えば済む。ただそれだけだ。
いつでも抱えて歩けるのに、ユウリは淡々と歩いていく。
その足が帰るころには真っ赤に、時には血が出ていることも知っている。
けれど、口を出す気はない。彼女の努力なのだから。
「キバナさん」
ユウリの声がよく聞こえる。繋いでいる手が温かい。
結局、思っていたことは一緒だったのだろう。
当然、人が溢れている休日に二人で歩いていても私の声はキバナさんに届かない。
大きな声を出せば気がついてくれるだろうけれど、街中で大声で名前を呼ぶのは恥ずかしい。
かといって、いつもの声量で名前を呼んでも、街の喧騒の中ではかき消されてしまう。
だから、私は少し前を歩く彼の上着の裾を引っ張る。
僅かな変化に彼が振り向いてくれれば成功。
「どうした、ユウリ」
立ち止まって大きな体を折って目線を合わせてくれる。
そうすれば、あの店に寄りたいとか、他愛のないことを話せる。
はぐれそうな時も彼のトレードマークのパーカーの裾を掴んでついていく。
そうやって、よく服の裾を掴むからだろうか。
キバナさんの私服はパーカーやジャケットといった上着を羽織るスタイルが多くなった。
私も、少しずつヒールの高さを上げていた。
最初は3㎝、少し慣れてきたら5㎝、8㎝。
最初はとても歩き辛くて、少し歩くだけでも足が痛くなった。8㎝ともなると、立ってバランスを取るだけが精いっぱいだった。
事務仕事中に足を慣らして、少しずつ歩ける距離を伸ばして、ようやくデートで履けるようになった。
キバナさんも気づいているのか、ヒールを履いているときはゆっくりと歩いてくれる。
今日は思い切って12㎝ヒール。足先は厚底になっているから、歩きやすい。
背伸びをしなくてもキバナさんと手を繋いで歩けるし、腕を組んで歩くこともできる。
当然、大声も出す必要もない。
だから今日は、ジャケットの裾を引っ張らなくてもいい。
「キバナさん」
彼の名前を呼ぶ。
振り返った彼の顔がいつもより近い。
「足、痛くないか?」
「まだまだ大丈夫ですよ」
それでもまだ身長差は感じるけれど、声をかけることすら躊躇った以前に比べれば、足の痛みなんか平気だ。
◇◇◇
街の喧騒でかき消される、小さな声。
できるだけ耳を澄ませて歩いていても、歩幅も違うし、周囲の人から名前を呼ばれれば条件反射で振り返ってしまう。
その声にかき消され、ゆっくり歩いても離れてしまうユウリをいっそ抱えて歩きたくなる。
本当は並んで普通に会話をしながら歩きたい。
その方がどれだけ楽しいか。
人よりも高い身長を久々に恨んだ。
そのうち、ユウリは掴みやすい腰元の布地を引っ張るようになった。
いつものパーカーの時はくいっと引っ張られた感覚がして振り返ることができる。
けれど、デートの時はあまり強く引っ張らないから気がつかないこともある。
裾が伸びてしまうことを気にしているのだろう。
だから、私服も上着を羽織ることにした。
彼女が引っ張りやすいように今日もジャケットを羽織って来たのに、待ち合わせに現れたユウリはいつもより身長が高かった。
足元を見れば、太目のヒールが随分と高い。
そんな靴でよく歩けるもんだと感心するほど淡々と歩くユウリが心配になって何度も声をかける。
ここ数年で、彼女の身長が伸びたように錯覚する。
最初こそ、大丈夫だと気丈に振舞っていたユウリも、慣れないヒール靴で歩いていたせいで、段々と歩くスピードが遅くなって抱えたこともある。
何度もごめんなさい、と口にしていた。
いつの間にかそんなことも減り、ユウリと並んで歩くことが増えた。
今日も肩口に頭があることになんの違和感もなく、手を繋いで歩くことができる。
そろそろ上着を着なくてもいいかと思いつつ、すっかりと定番のスタイルになってしまって、クローゼットの中には結構な数の上着が並んでいる。
服は買えば済む。ただそれだけだ。
いつでも抱えて歩けるのに、ユウリは淡々と歩いていく。
その足が帰るころには真っ赤に、時には血が出ていることも知っている。
けれど、口を出す気はない。彼女の努力なのだから。
「キバナさん」
ユウリの声がよく聞こえる。繋いでいる手が温かい。
結局、思っていたことは一緒だったのだろう。