ジンクス本編外
重厚な木製のドアを二度ノックすると、中からはーい、と間延びしたユウリの声が聞こえた。
「ああ、キバナも来ていたのか」
「だんで。どーかしたか?」
ドアノブを捻って真っ先に飛び込んできた、見慣れた髪型の男。
口に入っていたパンを飲み下し、舌足らずな口調でキバナはダンデに問いかけた。
キバナはテーブルの上に広げられた包装紙の上に食べかけのサンドイッチを置いて、紙袋の中からまだ綺麗に巻かれたままの包装紙をダンデに差し出した。
「オマエも昼飯まだなら食べるか?」
「そうだな、頂いてもいいか?」
差し出された分厚いサンドイッチを受け取ってダンデはユウリとキバナの向かい側のソファに座る。
続いてユウリが差し出したのは紅茶の入ったカップだった。
礼を言って一口啜ると爽やかな柑橘の香りが鼻孔を擽る。ほっと息をつくと体中の力が抜けて行くような気がした。
「ダンデさん、何か御用でしたか?」
「先ほど先日のダイマックスポケモンが突如複数体出現した件の報告書をソニアから受け取ってな。二人で連戦して鎮めた上に捕獲までしたそうじゃないか」
「結構きつかったけどな。オレさま一人じゃ無理だったけどユウリがすぐ来てくれたからさ」
「たまたま近くにいたので」
包装紙を開いて齧り付きながらダンデは二人の話を聞く。
楽しそうに思い出しながら語られる話に時々頷きながら、同時に二人の様子を観察するとあることに気がついた。
「そういえば君たちはポケモンが盗まれた現場にも居合わせたようだったな。なんでも二人で捕まえたとか」
「おう。カフェでユウリがコーヒー買ってる間、外で待ってたらたまたまな。小さいポケモンたちばかりを見ているようだったからなんだか気になってさ。そしたら何か粉を撒いて眠っちまったやつらを持ち去っていったんだ。んで、ユウリと二人でこっそり追ってみたら廃墟に入っていったからジュンサーさん呼んだんだ」
「見張りの一人が私に気づいちゃって、バトルになって。あまり強くはなかったけど後から仲間の人たちが来て結構な人数になっちゃいました。逃げようとしたからフシギバナのツルで縛りましたけど」
昔から危なっかしい所があるとは思っていたが、それは今もあまり変わっていないようだ。
それでも、キバナと一緒に行動しているだけマシなのかもしれないと思いつつ、やはり上司として注意はしなければならない。
「あまり、危険なことには単独で関わらないでほしい」
「今回はオレさまが追って行ったからついてきただけだよ。一人の時はオレさまに連絡入るから」
なぁ?と横に座るユウリにキバナが問いかけると、ユウリは頷いた。
「まあ、それならいいんだが。こうして聞いていると二人が揃っていれば何の心配もないように思えてくるから不思議なものだ」
「だって、なぁ?無敵のチャンピオンとトップジムリだぜ?」
えへへ、と照れたように笑うユウリと今更当たり前のことを言うなといった様子のキバナにダンデはもう一つ思い出したことがあった。
それは先日開催されたガラルスタートーナメントの決勝。
幾度もユウリとキバナのタッグと戦ったことはあるが、それが段々と洗練されたように思えたのだ。
例えるならば、息がぴったりとあったような、お互いの思考を言葉にせずとも伝わっているような不思議な関係。
それをダンデは羨ましいと感じてしまったのだ。
一人で戦い抜いてきた十年は孤独なものだった。チャンピオンは強くなければならない。肉体的にも、精神的にも。
男は一人で闘うものだと自分の感情に蓋をして過ごした。
だから、羨ましいと思ってしまったのだ。
傍で支えてくれる人がいるというかけがえのないものを手に入れたユウリを。皆から愛されるその無邪気さを。
いくらバトルが強くても、金と名声があっても、ダンデはそれだけは手に入れられなかった。
紅茶を啜りながら視線をユウリに向けると、柔らかそうな血色のいい頬にマヨネーズがついていた。
ペーパーを渡そうと手を伸ばした瞬間、ダンデの手の下を褐色の肌が通り過ぎていく。そのままキバナはユウリの頬についたマヨネーズを拭った。
照れくさそうに笑うユウリと、ライバルの見たこともない優しい表情。
もしかしたら、この二人は。
いや、自分だってホップに同じようなことをするだろう。けれどもう17歳だ。弟とはいえ昔と同じように世話を焼くだろうか。ついているぞ、と一言言えばいいだけのような気がする。
そもそもなぜソファーに二人、並んで座っているのか。
いつもお喋りなユウリが普段に比べると静かな気もする。
あれこれと世話を焼くキバナと、少し頬を赤く染めているユウリを見ていると、やはり先ほど思い浮かんだことは気のせいではないような気がしてくる。
けれど、その疑問を二人に訊ねる気はなかった。
正確に言えば、訊ねることができなかった。
なぜならば、二人を纏う空気を色で例えるなら、それは淡いピンク色。
なるほど、ポプラが良く言っていたピンクというのはこういうことなのかと妙に納得し、包装紙を四つ折りに畳む。
これ以上ここに居るのはなんだか邪魔をしているような気がして、そっと立ち上がった。
「ああ、キバナも来ていたのか」
「だんで。どーかしたか?」
ドアノブを捻って真っ先に飛び込んできた、見慣れた髪型の男。
口に入っていたパンを飲み下し、舌足らずな口調でキバナはダンデに問いかけた。
キバナはテーブルの上に広げられた包装紙の上に食べかけのサンドイッチを置いて、紙袋の中からまだ綺麗に巻かれたままの包装紙をダンデに差し出した。
「オマエも昼飯まだなら食べるか?」
「そうだな、頂いてもいいか?」
差し出された分厚いサンドイッチを受け取ってダンデはユウリとキバナの向かい側のソファに座る。
続いてユウリが差し出したのは紅茶の入ったカップだった。
礼を言って一口啜ると爽やかな柑橘の香りが鼻孔を擽る。ほっと息をつくと体中の力が抜けて行くような気がした。
「ダンデさん、何か御用でしたか?」
「先ほど先日のダイマックスポケモンが突如複数体出現した件の報告書をソニアから受け取ってな。二人で連戦して鎮めた上に捕獲までしたそうじゃないか」
「結構きつかったけどな。オレさま一人じゃ無理だったけどユウリがすぐ来てくれたからさ」
「たまたま近くにいたので」
包装紙を開いて齧り付きながらダンデは二人の話を聞く。
楽しそうに思い出しながら語られる話に時々頷きながら、同時に二人の様子を観察するとあることに気がついた。
「そういえば君たちはポケモンが盗まれた現場にも居合わせたようだったな。なんでも二人で捕まえたとか」
「おう。カフェでユウリがコーヒー買ってる間、外で待ってたらたまたまな。小さいポケモンたちばかりを見ているようだったからなんだか気になってさ。そしたら何か粉を撒いて眠っちまったやつらを持ち去っていったんだ。んで、ユウリと二人でこっそり追ってみたら廃墟に入っていったからジュンサーさん呼んだんだ」
「見張りの一人が私に気づいちゃって、バトルになって。あまり強くはなかったけど後から仲間の人たちが来て結構な人数になっちゃいました。逃げようとしたからフシギバナのツルで縛りましたけど」
昔から危なっかしい所があるとは思っていたが、それは今もあまり変わっていないようだ。
それでも、キバナと一緒に行動しているだけマシなのかもしれないと思いつつ、やはり上司として注意はしなければならない。
「あまり、危険なことには単独で関わらないでほしい」
「今回はオレさまが追って行ったからついてきただけだよ。一人の時はオレさまに連絡入るから」
なぁ?と横に座るユウリにキバナが問いかけると、ユウリは頷いた。
「まあ、それならいいんだが。こうして聞いていると二人が揃っていれば何の心配もないように思えてくるから不思議なものだ」
「だって、なぁ?無敵のチャンピオンとトップジムリだぜ?」
えへへ、と照れたように笑うユウリと今更当たり前のことを言うなといった様子のキバナにダンデはもう一つ思い出したことがあった。
それは先日開催されたガラルスタートーナメントの決勝。
幾度もユウリとキバナのタッグと戦ったことはあるが、それが段々と洗練されたように思えたのだ。
例えるならば、息がぴったりとあったような、お互いの思考を言葉にせずとも伝わっているような不思議な関係。
それをダンデは羨ましいと感じてしまったのだ。
一人で戦い抜いてきた十年は孤独なものだった。チャンピオンは強くなければならない。肉体的にも、精神的にも。
男は一人で闘うものだと自分の感情に蓋をして過ごした。
だから、羨ましいと思ってしまったのだ。
傍で支えてくれる人がいるというかけがえのないものを手に入れたユウリを。皆から愛されるその無邪気さを。
いくらバトルが強くても、金と名声があっても、ダンデはそれだけは手に入れられなかった。
紅茶を啜りながら視線をユウリに向けると、柔らかそうな血色のいい頬にマヨネーズがついていた。
ペーパーを渡そうと手を伸ばした瞬間、ダンデの手の下を褐色の肌が通り過ぎていく。そのままキバナはユウリの頬についたマヨネーズを拭った。
照れくさそうに笑うユウリと、ライバルの見たこともない優しい表情。
もしかしたら、この二人は。
いや、自分だってホップに同じようなことをするだろう。けれどもう17歳だ。弟とはいえ昔と同じように世話を焼くだろうか。ついているぞ、と一言言えばいいだけのような気がする。
そもそもなぜソファーに二人、並んで座っているのか。
いつもお喋りなユウリが普段に比べると静かな気もする。
あれこれと世話を焼くキバナと、少し頬を赤く染めているユウリを見ていると、やはり先ほど思い浮かんだことは気のせいではないような気がしてくる。
けれど、その疑問を二人に訊ねる気はなかった。
正確に言えば、訊ねることができなかった。
なぜならば、二人を纏う空気を色で例えるなら、それは淡いピンク色。
なるほど、ポプラが良く言っていたピンクというのはこういうことなのかと妙に納得し、包装紙を四つ折りに畳む。
これ以上ここに居るのはなんだか邪魔をしているような気がして、そっと立ち上がった。