ジンクス本編外
「どうかなさいましたか、キバナ様」
「あー…っと悪い」
リョウタとの打ち合わせの最中にスマホが通知を知らせた。普段ならば後で確認するのだが、つい視線はスマホに行ってしまう。
「お気持ちはわかりますが」
トントン、とテーブルの上で書類の束を揃えなおしリョウタが席を立った。
「足りない資料がありましたのでまた後で打ち合わせしていただいてもよろしいでしょうか」
「ああ。悪いな」
ぺこりとお辞儀をし、リョウタは音もなくドアを閉めていく。
気を使わせてしまったことに罪悪感を抱きながら、はぁ、と大きなため息を一つ。
スマホを見たところで肝心の人物からの連絡はない。
ユウリと連絡が取れなくなって三日目。
最初はワイルドエリアに籠っているのかと思っていた。よくあることでたいてい一日~二日すれば連絡が来る。
けれども今回はさらに一日、日が経っていた。
たった一日。もう少し待てば連絡が来るかもしれない。けれどもその一日がまるで一週間のように感じた。
バトルタワーに書類を届けた際にそれとなく聞いてみると、遠征に行ったのだという。
予定では一か月だという。聞いていないのか?とダンデに目を丸くされ、苦笑いするしかできなかった。
先週は宝物庫の方で急ぎの仕事が舞い込み、ユウリとはすれ違いの生活が続いていた。
一緒に暮らしていればそれなりに会話はできたのかもしれない。
けれどもあの時はそんな余裕もなく。一日に一度、電話で声が聞ければいい方だったのだ。
ようやく仕事が片付いて、お詫びにどこかでランチでもと連絡を入れたら、繋がらない。
メッセージにも既読はつかず、完全に怒らせてしまったのかとも思った。
もしこれが短期ではなく長期の遠征だったりすれば間違いなく自然消滅するだろう。
帰ってきたころには付き合っていたことなどすっかり忘れたように接してくるだろう彼女を思い浮かべて気分が急降下していく。
再び漏れたため息は重苦しく室内に響いた。
◇◇◇
それから三週間が経過した。
四日目に他地方へ遠征に来てます、と短いメッセージと一枚の写真が送られてきて以来、ユウリからの連絡はない。
一度だけ夜中に電話をしてみたが、眠そうな声で返事をされ、数分後には反応がなくなった。
あちこちを飛び回って疲れていたのだろう。
それからは無理に連絡を取ることはやめた。
「いい加減にしんしゃい」
「だってさー…普通はもっと連絡しねぇ?」
「待ってるって決めたんでしょ。一人で好きなことしてればいいんじゃねーですか」
「だから飲みに来てるじゃん」
「年上の彼氏だから甘えてるんでしょう」
甘えていると言われれば、悪い心地はしない。
けれどもそんな言葉で一括りにできるレベルだろうか。
「お前が同じ年ごろの頃、何を考えてましたか?」
「打倒ダンデ」
「その時の女は何て言いました?」
「私とダンデ、どっちが大事なの?」
「一緒じゃねーですか?」
うん、とだけ返事をしてユウリのSNSアカウントを開いてみる。
こちらも同様に投稿は遠征前で止まっていた。
ユウリと同じ年ごろの時は、ダンデを倒すことだけを考えて特訓に明け暮れていた。
ジムリーダーの仕事も宝物庫の管理も年中変わらずにあるし、当時付き合っていた女性にはありきたりな質問を投げかけられた。
その答えに、まだ若かったせいか直にダンデだと答えてしまった。
今ならば迷わずユウリ、と答えるがあの時はその言葉が出てはこなかった。
それと一緒なのだと言われれば、納得はする。
けれどもそれは当人の話であって、こうして待っている身には辛いものがある。
もはや顔も名前も思い出せない当時の彼女も同じだったのだろう。
「さて、俺は帰りますよ」
「もう少し付き合ってくれてもいいじゃん」
「いい歌詞が思い浮かんだんで。お前といるとネタに困らなくていいですね」
もはや言い返す気力も残っていなくて、ゆらりとゆるく揺れる猫背を見送る。
時刻もそろそろ日付が変わりそうでいい頃合いだと会計を済ませて立ち上がる。
薄暗く、怪しいネオンの光を輝かせた埃臭い町並みを抜けて待機していたアーマーガアタクシーに乗り込む。
待っている方は気が気じゃないのだ。
バトルや探索で怪我はしていないだろうか。
またカレーばかり食べているのではないか。
女一人で遠いところへ行き、何か危ない目にあってはいないだろうか。
仕事にかまけて連絡を怠ったことは反省すべき点だ。
恐らく、出発前に話がしたかっただろうしその時間を作らなかったのだから怒らせてしまっても当然といえば当然だ。
「会いてぇなぁ…」
ぽつりと漏れた本音は誰の耳にも入ることなく消えていく。
窓の外には点々と並ぶ街頭の灯り。薄暗いといえば確かにそうなのだが、夜間でも控えめにライトアップされるナックルシティジムを空上から見るのがユウリは好きだった。
夜、シュートシティから来る際に、真っ暗なはずのジムに一点の灯りがついていると何故だか安心するのだと言っていた。
遅くまでジムに残っているときは、たいていユウリが温かいコーヒーを買って執務室に来ていたことを思い出して、感情が冷え切ったように一気に冷めていく。
眩しいほど明るいマンションのエントランスを通り抜け、エレベーターに乗り込む。
ボタンを押してドアが閉まると電光板の数字がどんどん増えていく。
しばらく待つとエレベーターのドアが開いた。
その先には誰かが蹲っている。
エレベーターの音にも足音にも反応しない、その栗色の髪の人物の前にしゃがみこんでそっと揺する。
「ん…あ、きばなさん」
「オマエ、いつからここにいたんだよ」
手を握るとひどく冷え切っていた。
「んーと、一時間くらい前?」
「電話くらいしろよ」
「スマホ、充電器忘れちゃって」
ああ、そんなことだろうと思った。
防寒具に身を包んでいたおかげか、体までは冷え切っていないようだ。
抱き上げれば、土の匂いとそれより強く感じる雪の匂い。
「…会いたかった」
「私も、会いたいから少し早く返ってきちゃいました」
少しとろんとした目で、にっこり微笑む彼女に言いたいことは山ほどあったはずなのにそれらが全て、消えていた。
「あのね、キバナさん。話したい事がいっぱいあるんです」
「あー…っと悪い」
リョウタとの打ち合わせの最中にスマホが通知を知らせた。普段ならば後で確認するのだが、つい視線はスマホに行ってしまう。
「お気持ちはわかりますが」
トントン、とテーブルの上で書類の束を揃えなおしリョウタが席を立った。
「足りない資料がありましたのでまた後で打ち合わせしていただいてもよろしいでしょうか」
「ああ。悪いな」
ぺこりとお辞儀をし、リョウタは音もなくドアを閉めていく。
気を使わせてしまったことに罪悪感を抱きながら、はぁ、と大きなため息を一つ。
スマホを見たところで肝心の人物からの連絡はない。
ユウリと連絡が取れなくなって三日目。
最初はワイルドエリアに籠っているのかと思っていた。よくあることでたいてい一日~二日すれば連絡が来る。
けれども今回はさらに一日、日が経っていた。
たった一日。もう少し待てば連絡が来るかもしれない。けれどもその一日がまるで一週間のように感じた。
バトルタワーに書類を届けた際にそれとなく聞いてみると、遠征に行ったのだという。
予定では一か月だという。聞いていないのか?とダンデに目を丸くされ、苦笑いするしかできなかった。
先週は宝物庫の方で急ぎの仕事が舞い込み、ユウリとはすれ違いの生活が続いていた。
一緒に暮らしていればそれなりに会話はできたのかもしれない。
けれどもあの時はそんな余裕もなく。一日に一度、電話で声が聞ければいい方だったのだ。
ようやく仕事が片付いて、お詫びにどこかでランチでもと連絡を入れたら、繋がらない。
メッセージにも既読はつかず、完全に怒らせてしまったのかとも思った。
もしこれが短期ではなく長期の遠征だったりすれば間違いなく自然消滅するだろう。
帰ってきたころには付き合っていたことなどすっかり忘れたように接してくるだろう彼女を思い浮かべて気分が急降下していく。
再び漏れたため息は重苦しく室内に響いた。
◇◇◇
それから三週間が経過した。
四日目に他地方へ遠征に来てます、と短いメッセージと一枚の写真が送られてきて以来、ユウリからの連絡はない。
一度だけ夜中に電話をしてみたが、眠そうな声で返事をされ、数分後には反応がなくなった。
あちこちを飛び回って疲れていたのだろう。
それからは無理に連絡を取ることはやめた。
「いい加減にしんしゃい」
「だってさー…普通はもっと連絡しねぇ?」
「待ってるって決めたんでしょ。一人で好きなことしてればいいんじゃねーですか」
「だから飲みに来てるじゃん」
「年上の彼氏だから甘えてるんでしょう」
甘えていると言われれば、悪い心地はしない。
けれどもそんな言葉で一括りにできるレベルだろうか。
「お前が同じ年ごろの頃、何を考えてましたか?」
「打倒ダンデ」
「その時の女は何て言いました?」
「私とダンデ、どっちが大事なの?」
「一緒じゃねーですか?」
うん、とだけ返事をしてユウリのSNSアカウントを開いてみる。
こちらも同様に投稿は遠征前で止まっていた。
ユウリと同じ年ごろの時は、ダンデを倒すことだけを考えて特訓に明け暮れていた。
ジムリーダーの仕事も宝物庫の管理も年中変わらずにあるし、当時付き合っていた女性にはありきたりな質問を投げかけられた。
その答えに、まだ若かったせいか直にダンデだと答えてしまった。
今ならば迷わずユウリ、と答えるがあの時はその言葉が出てはこなかった。
それと一緒なのだと言われれば、納得はする。
けれどもそれは当人の話であって、こうして待っている身には辛いものがある。
もはや顔も名前も思い出せない当時の彼女も同じだったのだろう。
「さて、俺は帰りますよ」
「もう少し付き合ってくれてもいいじゃん」
「いい歌詞が思い浮かんだんで。お前といるとネタに困らなくていいですね」
もはや言い返す気力も残っていなくて、ゆらりとゆるく揺れる猫背を見送る。
時刻もそろそろ日付が変わりそうでいい頃合いだと会計を済ませて立ち上がる。
薄暗く、怪しいネオンの光を輝かせた埃臭い町並みを抜けて待機していたアーマーガアタクシーに乗り込む。
待っている方は気が気じゃないのだ。
バトルや探索で怪我はしていないだろうか。
またカレーばかり食べているのではないか。
女一人で遠いところへ行き、何か危ない目にあってはいないだろうか。
仕事にかまけて連絡を怠ったことは反省すべき点だ。
恐らく、出発前に話がしたかっただろうしその時間を作らなかったのだから怒らせてしまっても当然といえば当然だ。
「会いてぇなぁ…」
ぽつりと漏れた本音は誰の耳にも入ることなく消えていく。
窓の外には点々と並ぶ街頭の灯り。薄暗いといえば確かにそうなのだが、夜間でも控えめにライトアップされるナックルシティジムを空上から見るのがユウリは好きだった。
夜、シュートシティから来る際に、真っ暗なはずのジムに一点の灯りがついていると何故だか安心するのだと言っていた。
遅くまでジムに残っているときは、たいていユウリが温かいコーヒーを買って執務室に来ていたことを思い出して、感情が冷え切ったように一気に冷めていく。
眩しいほど明るいマンションのエントランスを通り抜け、エレベーターに乗り込む。
ボタンを押してドアが閉まると電光板の数字がどんどん増えていく。
しばらく待つとエレベーターのドアが開いた。
その先には誰かが蹲っている。
エレベーターの音にも足音にも反応しない、その栗色の髪の人物の前にしゃがみこんでそっと揺する。
「ん…あ、きばなさん」
「オマエ、いつからここにいたんだよ」
手を握るとひどく冷え切っていた。
「んーと、一時間くらい前?」
「電話くらいしろよ」
「スマホ、充電器忘れちゃって」
ああ、そんなことだろうと思った。
防寒具に身を包んでいたおかげか、体までは冷え切っていないようだ。
抱き上げれば、土の匂いとそれより強く感じる雪の匂い。
「…会いたかった」
「私も、会いたいから少し早く返ってきちゃいました」
少しとろんとした目で、にっこり微笑む彼女に言いたいことは山ほどあったはずなのにそれらが全て、消えていた。
「あのね、キバナさん。話したい事がいっぱいあるんです」