ジンクス本編外
酒を飲みながら何か流しておこうかと、なんとなくつけたテレビにはユウリが映っていた。
『チャンピオン、防衛八回目達成!』
昨日行われたエキシビションマッチの様子と、大きなテロップが映っている。
試合終了後のインタビューに、ユウリはカメラのフラッシュにたまに目を細め、笑顔で答えている。
その見慣れたようでどこか違う笑顔にとてつもなく、腹が立った。
「……嘘くせぇ笑顔」
つまみに用意したナッツを噛み砕き、ウィスキーを口に含む。
昔のユウリはあんな笑顔ではなかったはずだ。
もっと無邪気だった。
「オマエさ、オレさまにもその笑顔向けんの?」
「え?」
先日そんなことを思ったばかりだったから、つい口に出てしまった。
きょとんとした顔を向け、ユウリは荷物をまとめていた手を止めた。
「あー……いや。オマエの笑ってる顔が、さ。なんか人形みたいだなーって思ったんだ」
なんだかばつが悪くてバッグの奥底を眺めながら何かを探しているようにごそごそと漁って誤魔化す。
「人形、ですか」
「なんつーか……作ってる感じ?」
「無理に作ってるっていうわけではないですよ?……じゃあ私は行きますね。お疲れさまでした」
その声はとても冷ややかで、言うべきではなかったと後悔が渦巻く。
「あーあ……やっちまったなぁ」
感情に任せて発言するべきではなかったのだ。
最近は自分でもよくわからない感情のせいで、心身共に自己管理ができていない自覚がある。
それがこんな結果を招くなんて。
大きなため息をついて、汗だくになった髪を無造作にかき上げて見上げると、真っ白な控室の天井がやけに殺風景に思えた。
◇◇◇
「オマエさ、オレさまにもその笑顔向けんの?」
エキシビションマッチが終わって、先に更衣室へ行ってしまったルリナさんやマリィと合流しようと控室に戻って急いで荷物を纏めてると、唐突にキバナさんに言われた。
「え?」
何のことかわからずに聞き返すも、下を向いてバッグから何かを探しているキバナさんの表情は見えなかった。
「あー……いや。オマエの笑ってる顔が、さ。なんか人形みたいだなーって思ったんだ」
「人形、ですか」
「なんつーか……無理やり作ってる感じ?」
「無理に作ってるっていうわけではないですよ?……じゃあ私は行きますね。お疲れさまでした」
随分、失礼なことを言うなと思った。
だって、私はなにも変わっていない。
勿論、カメラの前、試合中、プライベートで少し違うかもしれない。けれどキバナさんの前ではごく普通にしているつもりだった。
だからそんなことを口走った彼に、少し冷たく言ってしまった。
けれど彼のほうが失礼なことを言ったのだ。私は悪くない。
そう思い込むように何度も自分に言い聞かせた。
「ねぇ、ホップ。私の笑顔って人形みたい?」
着替えを済ませてワイルドエリアで合流したホップとカレーを作りながら訊ねた。
幼いころから一緒にいるホップなら何か変化を感じ取っているかもしれない。
「人形?」
「今日ね、私の笑顔が無理に作ってる感じがする、って言われたの」
カレー鍋をお玉でぐるぐるとかき混ぜながら答える。
皿を用意していたホップはうーんと唸って考え込んでしまった。
「オレには変わらないようにみえるぞ。……あ、ただ最近のユウリの笑った顔はたまに兄貴みたいだなって思うことがあるぞ」
「ダンデさんみたい?」
「兄貴がチャンピオンだったころと似てるなって」
それは少しはチャンピオンとしての貫禄が出てきたということなのだろうか。
だとしたらキバナさんならもっとそれを喜んでくれてもいいはずだ。
「たぶんその人は、作り物の笑顔ってことを言いたかったんじゃないのか?」
「笑った顔を作ってるのなんてカメラの前だけだよ?」
「その表情がその人の前でも出てたのかもしれないな」
いつまでも鍋をかき混ぜていると、ひょいっとお玉が奪われた。
カレーを盛りつけた皿を渡されて、簡易チェアに腰掛けていただきます、と揃えて一口頬張る。
「すっぱい……」
「すっぱくちカレーだからな」
ぱくぱくと頬張るホップに最近少し早食いになってきたなぁなんて思いながらゆっくりと食べすすめていく。
「気になるなら、聞いてみたらどうだ?」
「うーん……最近ちょっと、近づきづらいっていうか。……もうちょっと自分で考えてみる」
「考えすぎもよくないぞ。ユウリの悪い癖だ。だから」
早々に食べ終えてしまったホップは皿を芝生の上に置くと、傍にいたウール―を抱きあげた。なんでも、バイウールーに懐いてついてきてしまったから捕まえたんだ、と以前、写真を送ってきた子だ。
「だから、何かあったらまた話くらい、聞くぞ」
同じように芝生に空になった皿を置いて、抱きあげていたウール―を受け取る。
代わる代わるに抱きあげられて嬉しいのか、ウール―は一声鳴いて頬にすり寄ってきた。
「今のユウリは、オレにはいつもと同じように見えるんだけどなぁ」
モコモコの毛を抱きしめているとじんわりと体だけではなく心までも温かくなっていくような気がした。
「ありがと、ホップ」
なんとなくモヤモヤとした気持ちは残るもののホップに話せたことで少し気が楽になった。
最近のキバナさんは、少しお酒臭さが残っていたり目の下に隈があったりと万全ではないように見えることが多かった。
お酒を飲まないと眠れないという人もいるし、多分忙しいせいだろう。
またいつか、元の優しいキバナさんに戻ってくれるはず。
その時に意味を聞けばいいかもしれない。
『チャンピオン、防衛八回目達成!』
昨日行われたエキシビションマッチの様子と、大きなテロップが映っている。
試合終了後のインタビューに、ユウリはカメラのフラッシュにたまに目を細め、笑顔で答えている。
その見慣れたようでどこか違う笑顔にとてつもなく、腹が立った。
「……嘘くせぇ笑顔」
つまみに用意したナッツを噛み砕き、ウィスキーを口に含む。
昔のユウリはあんな笑顔ではなかったはずだ。
もっと無邪気だった。
「オマエさ、オレさまにもその笑顔向けんの?」
「え?」
先日そんなことを思ったばかりだったから、つい口に出てしまった。
きょとんとした顔を向け、ユウリは荷物をまとめていた手を止めた。
「あー……いや。オマエの笑ってる顔が、さ。なんか人形みたいだなーって思ったんだ」
なんだかばつが悪くてバッグの奥底を眺めながら何かを探しているようにごそごそと漁って誤魔化す。
「人形、ですか」
「なんつーか……作ってる感じ?」
「無理に作ってるっていうわけではないですよ?……じゃあ私は行きますね。お疲れさまでした」
その声はとても冷ややかで、言うべきではなかったと後悔が渦巻く。
「あーあ……やっちまったなぁ」
感情に任せて発言するべきではなかったのだ。
最近は自分でもよくわからない感情のせいで、心身共に自己管理ができていない自覚がある。
それがこんな結果を招くなんて。
大きなため息をついて、汗だくになった髪を無造作にかき上げて見上げると、真っ白な控室の天井がやけに殺風景に思えた。
◇◇◇
「オマエさ、オレさまにもその笑顔向けんの?」
エキシビションマッチが終わって、先に更衣室へ行ってしまったルリナさんやマリィと合流しようと控室に戻って急いで荷物を纏めてると、唐突にキバナさんに言われた。
「え?」
何のことかわからずに聞き返すも、下を向いてバッグから何かを探しているキバナさんの表情は見えなかった。
「あー……いや。オマエの笑ってる顔が、さ。なんか人形みたいだなーって思ったんだ」
「人形、ですか」
「なんつーか……無理やり作ってる感じ?」
「無理に作ってるっていうわけではないですよ?……じゃあ私は行きますね。お疲れさまでした」
随分、失礼なことを言うなと思った。
だって、私はなにも変わっていない。
勿論、カメラの前、試合中、プライベートで少し違うかもしれない。けれどキバナさんの前ではごく普通にしているつもりだった。
だからそんなことを口走った彼に、少し冷たく言ってしまった。
けれど彼のほうが失礼なことを言ったのだ。私は悪くない。
そう思い込むように何度も自分に言い聞かせた。
「ねぇ、ホップ。私の笑顔って人形みたい?」
着替えを済ませてワイルドエリアで合流したホップとカレーを作りながら訊ねた。
幼いころから一緒にいるホップなら何か変化を感じ取っているかもしれない。
「人形?」
「今日ね、私の笑顔が無理に作ってる感じがする、って言われたの」
カレー鍋をお玉でぐるぐるとかき混ぜながら答える。
皿を用意していたホップはうーんと唸って考え込んでしまった。
「オレには変わらないようにみえるぞ。……あ、ただ最近のユウリの笑った顔はたまに兄貴みたいだなって思うことがあるぞ」
「ダンデさんみたい?」
「兄貴がチャンピオンだったころと似てるなって」
それは少しはチャンピオンとしての貫禄が出てきたということなのだろうか。
だとしたらキバナさんならもっとそれを喜んでくれてもいいはずだ。
「たぶんその人は、作り物の笑顔ってことを言いたかったんじゃないのか?」
「笑った顔を作ってるのなんてカメラの前だけだよ?」
「その表情がその人の前でも出てたのかもしれないな」
いつまでも鍋をかき混ぜていると、ひょいっとお玉が奪われた。
カレーを盛りつけた皿を渡されて、簡易チェアに腰掛けていただきます、と揃えて一口頬張る。
「すっぱい……」
「すっぱくちカレーだからな」
ぱくぱくと頬張るホップに最近少し早食いになってきたなぁなんて思いながらゆっくりと食べすすめていく。
「気になるなら、聞いてみたらどうだ?」
「うーん……最近ちょっと、近づきづらいっていうか。……もうちょっと自分で考えてみる」
「考えすぎもよくないぞ。ユウリの悪い癖だ。だから」
早々に食べ終えてしまったホップは皿を芝生の上に置くと、傍にいたウール―を抱きあげた。なんでも、バイウールーに懐いてついてきてしまったから捕まえたんだ、と以前、写真を送ってきた子だ。
「だから、何かあったらまた話くらい、聞くぞ」
同じように芝生に空になった皿を置いて、抱きあげていたウール―を受け取る。
代わる代わるに抱きあげられて嬉しいのか、ウール―は一声鳴いて頬にすり寄ってきた。
「今のユウリは、オレにはいつもと同じように見えるんだけどなぁ」
モコモコの毛を抱きしめているとじんわりと体だけではなく心までも温かくなっていくような気がした。
「ありがと、ホップ」
なんとなくモヤモヤとした気持ちは残るもののホップに話せたことで少し気が楽になった。
最近のキバナさんは、少しお酒臭さが残っていたり目の下に隈があったりと万全ではないように見えることが多かった。
お酒を飲まないと眠れないという人もいるし、多分忙しいせいだろう。
またいつか、元の優しいキバナさんに戻ってくれるはず。
その時に意味を聞けばいいかもしれない。