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ジンクス本編外

「あれ、インテレオンの分はいいのか?」
 ナックルシティの広場で露店を開いていたソフトクリーム屋から出てきたユウリの手にはソフトクリームが3つしかなかった。お互いの分と、ジュラルドンの分だ。
「えっと……インテレオンは個室で私と二人きりの時しか食べ物飲み物を口にしないんです」
 ユウリから受け取ったソフトクリームを両手に、片方をジュラルドンの口元へ持っていく。うまく掴めない手を持つ相棒に食べさせながら、インテレオンを見ると、ソフトクリームなどに興味はないといった様子で噴水の方で遊んでいるポケモンたちを眺めている。
「ふーん……そりゃまた忠誠心がすごいというかなんというか」
「前にポケモンが入れないお店で会食があって、一日ホップに預けたんです。でも全然食べてくれないしお水も飲んでくれなかったって言われて。大変でした」
「ポケセンもダメか?」
 ユウリは首を横に振った。
 ポケモンを飼育する中には一定数いる悩みだ。
 おや以外からの飲食物は口にしない。もしくは人目がないところでしか食べない。
 そういった悩み事はよく聞く話だが、食べることのみならず飲まないまでなると中々重症である。ましてやポケモンセンターの職員のように、扱いに慣れた人物からも受け取らないとなるとユウリも大変だろう。
 解決法としてはおやからしか食べ物を食べない場合、おや以外の人物に慣れさせる。家族や親しい友人などだ。その次にポケモンセンターでおやがいない場所で受け取る練習をさせる。
 飲料に関しては、やはりポケモンも限界がくるのか諦めて口にすることが多い。稀に点滴を受ける羽目になることもあるが、だいたいはそういった痛い経験をすると学習する。
 インテレオンの場合はどちらも受け付けないので、まずは飲料を他人から口にする訓練になるだろう。けれどこのインテレオンはだいぶ、頑固だ。
 ソフトクリームに被りついてどうしたもんか、と考える。
 幼少期から一緒にいたホップでも駄目となると、これは相当時間がかかるだろう。
「今のところ、滅多に預けなきゃいけないっていうこともないのでなんとかなってますが……」
「でももし、だ。ユウリが面倒を見れない時のことを考えておかなきゃな」
 はい、と俯いたユウリの手に握られたソフトクリームから一粒の雫が地面に零れ落ちた。


◇◇◇
「ユウリから着信ロト!」
 あれから三日が経っていた。
 そろそろ食事に誘おうかと考え、パソコンで店をピックアップしていたその時、ロトムが着信を告げた。
 一つ頷くと通話画面に切り替わる。だがいつものように元気な声はなかなか聞こえてこない。
「ユウリ?」
「あ、の。キバナさん。ごめんなさい、実は凄く、具合が悪くて」
 けほっと何度か咳を挟み、聞こえてきた声はだいぶ掠れていた。
「熱とか、他の症状は?」
「咳と、喉が痛いのと、熱が……」
「わかった。どこにいる?」
「ナックルの、いつものホテルです」
 前回具合が悪いと言って電話をしてきたのはいつだったか。もう数年前になるだろう。
 あの時もユウリはナックルシティのホテルに滞在していた。雨に打たれた翌日で風邪を引いたらしい。
 母もホップも他の友人たちも皆遠く、すぐには駆けつけられない。そこで迷惑を承知で連絡をしたとあの時は申し訳なさそうに言った。
 どこか遠慮がちだったユウリと一歩距離が縮まった気がして、不謹慎ながら頼ってくれたことが嬉しかった。
今もそうだ。心配と嬉しさ。両方が混じって落ち着かない。
「すぐ行く」
 スケジュールをざっと確認して、リョウタに声をかける。事情を話してダンデに連絡を入れるように頼み、すぐにフライゴンに飛び乗った。
 途中、ドラッグストアに寄って薬や冷却シート、水分補給ができる飲料と軽く食べられる物を買って部屋を訪ねると、真っ赤な顔をしたユウリがドアの隙間から顔を出した。
「ほら、これ食って薬飲んで寝ろ。手持ちは皆ポケセンに預けていいか?」
「インテレオンは……ここに。ボールに戻ってくれないんで」
 壁に寄りかかってすました顔をしているが、その様子はなんだかいつもと違う気がした。
 まるで見守っているような、警戒しているような、そんな様子だ。
「わかった。とりあえず午前中はいるから。午後も起きて具合悪くなったら電話でもメールでも、連絡しろよ」
 こくん、と力なく頷いて、ユウリはゼリーを一口だけ食べる。喉が痛くて食べられないのだろう。
 こういう時、親元を離れたまだ未成年のトレーナーには辛いだろうなと思う。もし頼れる人が近くにいなければ、この部屋から動くことすらできず、熱でまともな思考も奪われ寂しい思いをするのだろう。
 いや、年齢なんて関係ないのかもしれない。具合が悪い時は皆、心細くなるものだ。
 布団の中に潜り込んだユウリは、時々咳をしながら丸まっている。額に冷却シートを貼って、乱れた髪を払いのけるとごめんなさい、と小さくユウリが呟いた。
「何にも考えなくていいから寝ろよ。起きたら少しは楽になってるだろうから」
 数年前、ここに横たわっていたのはまだ少女だった。それが今ではもう女性と言ってもいいくらい成長している。
 あの時から、六年。もうすぐ成人だ。
 具合が悪くても少々なら我慢してしまう。怪我をしても誰にも悟られまいといつも通り振る舞うユウリ。季節の変わり目もあって、体調を崩してしまったのだろう。
 こんな時に頼ってくれるだけでも嬉しいものだと思いつつ、愛しいと密かに思っているなんて彼女に悟られてはいけないと表情を引き締める。
 というのも、先ほどからずっと、向けられている視線が痛いのだ。
 数えきれないくらいバトルをして、プライベートでもキャンプでそこそこ友好を築いてきたと思っていたが、インテレオンは警戒の目を向けている。下手なことをすればハイドロポンプでも打たれそうだ。
 まだその時ではない。まだ認めていない。そう言われているような気分になってくる。
 いつの間にか握られていた小さな手をそっと解く。どうやら眠ったようだ。
 音を立てないように移動して、窓際の椅子に腰かけてインテレオンに手招きをすると、彼もゆっくりと音を立てないように近づいてきた。
「なあ、インテレオン。オレさまとバトルをするのは好きか?」
 小声で尋ねると、インテレオンは首を縦に振った。
「オレさまのこと、嫌いか?」
 今度は首を僅かに横に振る。どうやら嫌われてはいないようだ。
「じゃあ、さ。このおいしい水、オレさまの前で飲めるか?」
 今度は縦にも横にも首を振らない。ただ黙って手元のペットボトルを眺めている。
 インテレオンのような水ポケモンは、体内の水分が減ってしまうと急激に弱っていく。本来は水辺に生息しているはずのポケモンだから水分補給には十分に気を付けなければいけない種族なのだ。
 恐らくインテレオンは朝から、もしかしたら夕べ摂った水分が最後だろう。いくら陽に当たっていないとはいえ、このままでは脱水になってしまう。
 とりあえず、スマホでリョウタに手が空いたら来てもらうように連絡をする。ここを動くことはできないからユウリの手持ちたちをセンターに預けなければならない。
「見ての通り、オマエの主人は今体調が悪い。オマエの世話もできないんだ。センターに行きたくないなら今、この水を飲んでもらえないか?」
 インテレオンはちらりとユウリを見た。ようやく寝息を立て始めた主人を見て、おずおずとテーブルの上のペットボトルを手に取る。
 緩慢な動作で蓋を開け、飲み口をじっと見つめる。あまり見てはいけないと視線をスマホに移して意識していないように見せかけていると、こくりと一口だけ飲んだ。
「オマエの忠誠心は分かるよ。なにかしら理由があるんだろ。だけどな、それでユウリを心配させちゃいけない。オマエはあいつの相棒なんだからさ」
 今度はしっかりと頷いた。ポケモンの言葉は人間にはわからない。ある程度の意思疎通は出来ても、それは人間の憶測でしかない。けれど人間の言うことは、意外と彼らには伝わっているようだった。
 それは自分の手持ちたちを見ていてもわかる。
 嬉しい時は体いっぱいでそれを表現するし、怒っているときはこちらをわざと困らせるようなことをする。悲しい時は涙を流すし、寂しい時はすり寄ってくる。
 みんなそれぞれ違うが、その喜怒哀楽を見せてくれると信頼されているのだなと思うのだ。
「なあ、インテレオン」
 手招きして彼を呼び、今までよりもずっと小声で尋ねる。ユウリには絶対に聞かれないように。
「オレさまがユウリの彼氏になったら、嫌か?」
 顔を寄せたインテレオンが首を傾げた。
「あー、番だ、つがい」
 今度は意味が伝わったのか、インテレオンの目がかっと見開かれた。
 わなわなと振るえてペットボトルを持つ手とは反対の手が目の前に差し出される。
 その瞬間、ぷしゅっと少量の水飛沫が顔面に飛んできた。
 みずでっぽうだ。
 目に入った水を手の平で擦り、既に壁に寄りかかってそっぽを向いているインテレオンにくすりと笑う。
 その行動で合点がいった。
 ユウリの前でしか飲食をしない、その理由は。
 インテレオンの独占欲なのだ。
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