ジンクス本編外
「ユウリはいい子だな」
そう言って、キバナさんは頭を撫でた。
彼は大したことでもないことなのにそうやって頭を撫でる。いい子と言われる覚えは全くないのに、まるで手持ちの子たちに接するように、ただスイーツを食べているだけでそう言われるのだ。
いつものことなのに、それがどうしてか今日はやけに癇に障った。
「キバナさん、私、もういい子って言われるような歳じゃないですよ」
むっとした態度を露わにしてそう告げると、困ったように目を細めて笑った。
「来年の誕生日がくれば成人するんですよ」
出会った頃よりは背も伸びたし、体つきだって少しは女性らしくなったと思う。それでも変わらずに子ども扱いする彼に、少しでも女性として意識してもらいたい。
だから今日だって、普段は着ないような肩と胸元がざっくりと空いたオフショルダーのサマーニットを着てみたのに、なんの反応もなかった。
出かける直前までスカートにするか、スキニージーンズにするかマリィと電話をしながら悩んだ苦労もこれでは報われない。
目の前の可愛らしくデコレーションされたパフェの味もわからなくなってしまった。
「オレさまからしたら、ユウリはまだまだ子供だよ。ほら、ケーキもやるから機嫌直せって」
キバナさんは自分がまだ食べていないところからケーキを分けて差し出してくる。条件反射に口が開いてそれに食いつくと、キバナさんはふふっと笑った。
「餌付けしてるみたいだな」
成人したら、女性として見てくれるのだろうか。
もしかしたらいつまで経ってもこのままかもしれない。
そう思うと焦らずにはいられなかった。彼が大層モテるのは知っているから。
いつの日か、彼女ができたんだとこうやって食事にも誘ってくれなくなるかもしれない。
「悪かったって。そんな怒んなよ」
成人してキバナさんに告白するまでは切らない。そう決めて伸ばし続けた髪を一房手にして耳にかけられる。
大きくて少し硬い指先が掠めていくだけで嬉しいのだけれども、いつからこうして少し触れられるだけでも反応してしまうようになったのかわからない。
「……そのうち彼氏作って、キバナさんに自慢するんだから」
パフェの溶けかけたアイスを飲み込んで、少しでも嫉妬してくれたらなんて淡い期待を抱いて言うと、キバナさんは一瞬、目を見開いた。
「……へぇ?オレさまよりいい男なんているかね」
ケーキをフォークに刺して口元に当てられる。落とさないようにフォークごと口に入れ、クリームの甘さを堪能した。
「絶対見つけます」
「じゃあその時は、オレさまもユウリに彼女を自慢しなきゃな。それまでに彼女作らなきゃなー」
他愛のない軽口。優しかった彼はここ最近こういった、煽るようなことを言うようになった。
それはだいたい意地になって反論した時で、遠慮なく恋心にナイフを突き立てる。
腹立たしくて、悔しくて、それでも大好きなのは変わらない。
そんな自分に呆れつつも、差し出されたケーキを頬張った。
◇◇◇
「ユウリはいい子だな」
口癖となったそれは、最初はただユウリを褒めるためだった。
一生懸命頑張っている彼女を褒める人は沢山いる。
その中で一番印象に残して、触れる機会を得たと喜ぶようになったのはいつからだったか。
何の脈絡もなくいつものように呟いた言葉は、今日の彼女には地雷だったらしい。
「キバナさん、私もういい子って言われるような歳じゃないですよ」
口を尖らせて抗議するユウリは何も怖くない。むしろ可愛いだけなのだが怒りを買ったようだ。
理由は分かっている。そこまで鈍感ではない。
最近、一緒に街へ遊びに行く時は可愛らしい服装をしてくることが多くなった。
今日とてオフショルダーのサマーセーターからは白い肌が遠慮なく覗いている。太陽の光を受けて光るその白い肌は目に毒だった。
いつまでも子供では困るなと思いつつも、成長していく様は今はまだその肌に手を伸ばせない現実を突きつける。
甘いものが大好きな彼女にケーキを差し出すと、相変わらずむっとした表情をしながらもそれを受け入れる。
なんだかんだ許してもらえているのだと思うと自然と笑い声が漏れた。
それが余計、彼女の意地っ張りに拍車をかけたらしい。
「……そのうち彼氏作って、キバナさんに自慢するんだから」
「……へぇ?オレさまよりいい男なんているかね」
再びフォークにケーキを指して差し出す。
彼女がオレの手から食べ物を頬張る様子は、親鳥がひな鳥に餌を分け与えるその光景によく似ている。
ユウリは鳥のようだ。いつだって先に行ってしまう。時には手の届かない場所へふらっと行っては一日では聞ききれないほどの土産話を手に帰ってくる。
そのうちそっちのほうが楽しくなって戻ってこなくなるのではないかと柄にもなく不安になるのだが、この子はそんな気持ちに全く気が付いていない。
今にもアイスにつきそうな長く伸びた髪を一房取って耳にかけてやる。
一瞬ピクっと震えてそれでも貫くようなしっかりとした視線を向けてくる。
そう、その瞳。それが見たいんだ。
「絶対見つけます」
「じゃあその時は、オレさまもユウリに彼女を自慢しなきゃな。それまでに彼女作らなきゃなー」
見つけられるものか。他の男になんてまるで興味もないくせに。
その意識させるような服装でここにいるのがその証拠だろうと、投げかけたくなる言葉をアイスコーヒーで飲み下す。
そしてもう一度ケーキを前に差し出せば、彼女は大人しくそれを食らう。
あと少し。それまでこの戯れを楽しもう。
そう言って、キバナさんは頭を撫でた。
彼は大したことでもないことなのにそうやって頭を撫でる。いい子と言われる覚えは全くないのに、まるで手持ちの子たちに接するように、ただスイーツを食べているだけでそう言われるのだ。
いつものことなのに、それがどうしてか今日はやけに癇に障った。
「キバナさん、私、もういい子って言われるような歳じゃないですよ」
むっとした態度を露わにしてそう告げると、困ったように目を細めて笑った。
「来年の誕生日がくれば成人するんですよ」
出会った頃よりは背も伸びたし、体つきだって少しは女性らしくなったと思う。それでも変わらずに子ども扱いする彼に、少しでも女性として意識してもらいたい。
だから今日だって、普段は着ないような肩と胸元がざっくりと空いたオフショルダーのサマーニットを着てみたのに、なんの反応もなかった。
出かける直前までスカートにするか、スキニージーンズにするかマリィと電話をしながら悩んだ苦労もこれでは報われない。
目の前の可愛らしくデコレーションされたパフェの味もわからなくなってしまった。
「オレさまからしたら、ユウリはまだまだ子供だよ。ほら、ケーキもやるから機嫌直せって」
キバナさんは自分がまだ食べていないところからケーキを分けて差し出してくる。条件反射に口が開いてそれに食いつくと、キバナさんはふふっと笑った。
「餌付けしてるみたいだな」
成人したら、女性として見てくれるのだろうか。
もしかしたらいつまで経ってもこのままかもしれない。
そう思うと焦らずにはいられなかった。彼が大層モテるのは知っているから。
いつの日か、彼女ができたんだとこうやって食事にも誘ってくれなくなるかもしれない。
「悪かったって。そんな怒んなよ」
成人してキバナさんに告白するまでは切らない。そう決めて伸ばし続けた髪を一房手にして耳にかけられる。
大きくて少し硬い指先が掠めていくだけで嬉しいのだけれども、いつからこうして少し触れられるだけでも反応してしまうようになったのかわからない。
「……そのうち彼氏作って、キバナさんに自慢するんだから」
パフェの溶けかけたアイスを飲み込んで、少しでも嫉妬してくれたらなんて淡い期待を抱いて言うと、キバナさんは一瞬、目を見開いた。
「……へぇ?オレさまよりいい男なんているかね」
ケーキをフォークに刺して口元に当てられる。落とさないようにフォークごと口に入れ、クリームの甘さを堪能した。
「絶対見つけます」
「じゃあその時は、オレさまもユウリに彼女を自慢しなきゃな。それまでに彼女作らなきゃなー」
他愛のない軽口。優しかった彼はここ最近こういった、煽るようなことを言うようになった。
それはだいたい意地になって反論した時で、遠慮なく恋心にナイフを突き立てる。
腹立たしくて、悔しくて、それでも大好きなのは変わらない。
そんな自分に呆れつつも、差し出されたケーキを頬張った。
◇◇◇
「ユウリはいい子だな」
口癖となったそれは、最初はただユウリを褒めるためだった。
一生懸命頑張っている彼女を褒める人は沢山いる。
その中で一番印象に残して、触れる機会を得たと喜ぶようになったのはいつからだったか。
何の脈絡もなくいつものように呟いた言葉は、今日の彼女には地雷だったらしい。
「キバナさん、私もういい子って言われるような歳じゃないですよ」
口を尖らせて抗議するユウリは何も怖くない。むしろ可愛いだけなのだが怒りを買ったようだ。
理由は分かっている。そこまで鈍感ではない。
最近、一緒に街へ遊びに行く時は可愛らしい服装をしてくることが多くなった。
今日とてオフショルダーのサマーセーターからは白い肌が遠慮なく覗いている。太陽の光を受けて光るその白い肌は目に毒だった。
いつまでも子供では困るなと思いつつも、成長していく様は今はまだその肌に手を伸ばせない現実を突きつける。
甘いものが大好きな彼女にケーキを差し出すと、相変わらずむっとした表情をしながらもそれを受け入れる。
なんだかんだ許してもらえているのだと思うと自然と笑い声が漏れた。
それが余計、彼女の意地っ張りに拍車をかけたらしい。
「……そのうち彼氏作って、キバナさんに自慢するんだから」
「……へぇ?オレさまよりいい男なんているかね」
再びフォークにケーキを指して差し出す。
彼女がオレの手から食べ物を頬張る様子は、親鳥がひな鳥に餌を分け与えるその光景によく似ている。
ユウリは鳥のようだ。いつだって先に行ってしまう。時には手の届かない場所へふらっと行っては一日では聞ききれないほどの土産話を手に帰ってくる。
そのうちそっちのほうが楽しくなって戻ってこなくなるのではないかと柄にもなく不安になるのだが、この子はそんな気持ちに全く気が付いていない。
今にもアイスにつきそうな長く伸びた髪を一房取って耳にかけてやる。
一瞬ピクっと震えてそれでも貫くようなしっかりとした視線を向けてくる。
そう、その瞳。それが見たいんだ。
「絶対見つけます」
「じゃあその時は、オレさまもユウリに彼女を自慢しなきゃな。それまでに彼女作らなきゃなー」
見つけられるものか。他の男になんてまるで興味もないくせに。
その意識させるような服装でここにいるのがその証拠だろうと、投げかけたくなる言葉をアイスコーヒーで飲み下す。
そしてもう一度ケーキを前に差し出せば、彼女は大人しくそれを食らう。
あと少し。それまでこの戯れを楽しもう。