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ジンクス本編外

 ナックルジム執務室で事務処理をしていたキバナ様の元にユウリ様が訪ねてこられた。
 彼女は午前中、ナックルシティのカフェで取材があったらしい。
「キバナさん!バトルしましょう!」
 失礼だが、相変わらずのバトル狂である。
 キバナ様は書きかけの書類の上にペンを投げ出し、二人揃って仲良くバトルコートへと向かわれた。
 時々、いや週に1~3回あることなので特に気にはしない。キバナ様がきちんと期日までに書類を仕上げてくれれば何の問題もないのだ。

 一時間が経ち、そろそろ戻ってくる頃だろうと軽食と紅茶を淹れるためにお湯を沸かしていると、悔しそうに顔をしかめたキバナ様と、清々しいほどの笑顔のユウリ様が戻ってきた。
 どうやらキバナ様はまた負けてしまったらしい。
 ジムチャレンジ時代にキバナ様と戦った時のことを思い出す。勝つことはできなかったし、自分は今だって勝てやしない。
 また、なんて思ってしまったが、決してキバナ様は弱くない。むしろ強者の部類だというのに、ユウリ様相手だと勝つことができないようだ。
 そんな圧倒的な強さを持ったユウリ様を天才と呼ぶのか。
 努力でどうにかなるものなら、皆、血反吐を吐いてでも努力するだろう。それでも叶わないということは、やはり目の前の二人は「天才」なのだ。
「オマエ、ホント強ぇー……」
 オレさまのジュラルドンが……とキバナ様は悔しそうにデスクチェアに思いきり背を預け、天井を見上げている。ユウリ様はソファに腰掛け、ご機嫌に軽食のサンドイッチを頬張った。
「キバナさんも、どうぞ」
「お、サンキュー」
 手渡されたサンドイッチを頬張りながら、キバナ様が何かを思いついたように足元の引き出しを開けた。
「ユウリ、オレさまに勝った賞品、いるか?」
「え!?何かもらえるんですか?」
 取り出したのは細長い筒と小さなぬいぐるみ。
「オレさまがモデルした展示用ポスターとぬいぐるみの見本」
「可愛いですね〜!貰っちゃっていいんですか?」
「正直、自分がモチーフのもの、貰ってもなぁ」
 置き場所がない上になにより恥ずかしい、ましてやこんなに可愛くデフォルメされたものは特に、と以前おっしゃっていたのを思い出した。
「こっちはポスター、ですか?」
「そ。そっちは目立つ所に貼ってくれよな」
「……キバナさん、何か企んでませんか?」
「いーや、何にも?なぁ、リョウタ」
 必死で笑いを堪えるのだろう。キバナ様の端正な顔が微妙に歪んでいる。
「ええ。ただのポスターですよ」
 可もなく不可もなく。間違ったことは言っていない。
「……わかりました。帰ったら飾りますね。ありがとうございます」
 大切そうにぬいぐるみとポスターを抱え、ユウリ様は明日のキャンプの用意をすると帰っていった。
 残ったサンドイッチを頬張りながら、キバナ様は次々と書類に目を通していく。テーブルを片付けていると、くくっと笑い声が聞こえて、その声主をちらりと見る。
「キバナ様。あのポスターって……まさか」
「そう、そのまさか」
「確かにレアですが、あれはユウリ様にはその、刺激が強いのでは……?」
「もうすぐ十八だし、そこまで初心な歳ではないと思うけどなー」
 相変わらず、キバナ様の表情は緩みっぱなしである。
「……いたずらも程々にしないと、嫌われますよ?」
 うん、と聞いているのか聞いていないのかよくわからない返事をしたキバナ様の休憩の邪魔をしまいと、執務室を後にした。

 その数十分後、郵便物を手に執務室へ入ると、なんとも絶妙なタイミングでキバナ様のスマホロトムが着信を知らせた。
「ユウリ、どーした?」
「あのポスターですよ!なんでパンツしか履いてないんですか!」
 スピーカーから丸聞こえな声は怒っているというより困惑しているのだろうか。
「そりゃあれは下着の販売促進用ポスターだからなー」
「あんなセクシーなポスター、貼れません!」
「あれレアなんだぞー?どっかで剥がされたやつ、オークションで数万円してたらしいし」
「それでも!あんな……」
「オレ様のポスター、いらなかったか?」
 わざと少し声のトーンを落とし、悲しそうなフリをするキバナ様に揶揄いすぎだと視線を飛ばすが、こちらなど見てもいない。
「いえ、あの……できれば普通のポスターがよかったです……」
 下着一枚で腹筋も何もかも露わにしたポスターなど、目のやり場に困ると言われれば、納得する。
「ユウリの水着姿とかのポスター、オレさまは欲しいけどなぁ」
 う、っと短い声が聞こえたかと思うと、今度は通話が切れたのかと思うほど静まり返った。
「ま、気に入らないなら送り返してくれてもいいから」
「……ます」
 ん?っとキバナ様が聞き返すと、今度ははっきりと貼ります、とユウリ様が声を上げた。
「だってキバナさんのポスターなんて手に入りませんもん」
 じゃあまた、と言い残して電話は切られた。
「……お願いですからその顔で外に出ないでくださいね」
 緩みに緩み切ったその表情はワンパチスマイルを通り越してもはやヌメラだ。

 これだけ揶揄われて、それでも週に数回訪れるユウリ様。
 それを面白がって揶揄うキバナ様。
 そんな二人を見ているのは楽しい。楽しいけれど、業務に遅れはないとはいえそろそろ周りを巻き込むのはやめてほしいものだ。
 外野から見ていてもお互いが好意を持っていると気づいているのに、この二人は全く進展がないようだ。
 いくらユウリ様がまだ未成年とはいえ、もう少し何かあってもいいとは思うのだが。
 いつまでこんなことを続けるのかと頭を抱えたところでこの上司には届かないのだろう。
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