ジンクス本編外
「キバナさん、バトルしてもらえませんか?」
久しぶりにナックルジムを訪れたユウリは、来るなりお願いします、と頭を下げた。
普段ならきらきらと目を輝かせてキャンプの話やカレーの話、ポケモンの話など話題に事欠かない。一頻り紅茶と茶菓子を食べつつ話終えるとバトルコートに移動するのが定番だ。
なのに、今日のユウリは何やら浮かない顔をしている。
「おう、いいぜ」
とりやえずは様子を見ることにする。
スタジアムまでの通路を歩いていても、今日は俯いて何かを考え込んでいるようだ。
あれやこれやといつものマシンガントークは聞こえてこない。何も話さない彼女に少し寂しくなる。もうなんでも話してくれるような歳ではないのかもしれない。それだけ成長したということなのだろうか。
確かに背も大きくなって、髪も伸びて、体つきも女性らしくなってきた。
いくら兄妹に間違われるくらい仲がよかったとしても、そろそろ距離が離れていくのかもしれない。
スイーツを頬張ってご機嫌になったり、可愛いらしい小物に喜んだり。そんな様子をまだまだ妹のような気分で見ていたいのだが。
「さて、始めるか」
バトルコートへと続く重いドアを開け、照明を点ける。
誰一人としていない、しんと静まり返ったコートに俺とユウリの足音が響く。
「お願いします」
「3on3でいいか?」
「はい」
握手をしようと伸ばしかけた手を戻す。いつもならどんなに落ち込んでいようとバトルコートに立った瞬間、爛々と輝いているはずの瞳が先ほどと何も変わっていない。
まあ、バトルをすれば少しは鬱憤が晴れるだろう、そう思って小さな頭に手を置いて移動する。
まずはフライゴン。ユウリのポケモンはユキノオーのはずだ。
ところが、ボールから現れたのはグレイシアだった。
へぇ、と呟く。ユウリの手持ちとしては初めてだ。
砂あらし、じしん。
対するユウリはふぶき、れいとうビーム。
ドラゴンはこおりに弱い。効果ばつぐんのはずなのに、グレイシアは後手に回っている。攻撃力も低いのか、フライゴンの体力もあまり減っていないようだ。それどころか、じしんを食らったグレイシアはもう立っているのがやっとの状態だ。
次の攻撃にストーンエッジを指示する。予想通り、グレイシアは倒れた。
ユウリはチーゴの実を食べたかのように苦い顔をしている。ボールに戻ったグレイシアをいたわる様に数回撫でて、次のボールを放った。
赤い光を纏って現れたのはミミッキュだ。確かに相性で言えば間違った選択ではない。だが、ユウリのスタイルからすれば、ここはサーナイト辺りが出てくるはず。が、もしユキノオーであれば攻撃を外したり状態異常にかからない限りは悔しいがフライゴンの方が先に倒れるのだ。
「フライゴン、アイアンテール」
こてん、と首のようなものが折れてミミッキュのばけのかわが剥がれる。
ミミッキュのドレインキッスに、フライゴンがふらついた。
「もう一度、アイアンテール」
ばけのかわが剥がれたミミッキュが地面に叩きつけられた。再びのドレインキッスで体力を回復し、態勢立て直したミミッキュの次の攻撃に、フライゴンが地面に伏した。
続いてヌメルゴンを繰り出す。ミミッキュにドラゴン技は効かない。
かみなり、なみのり。
ドレインキッスで回復しながら繰り出してくるフェアリー技に苦戦する。
勝負がついたのはヌメルゴンが放ったアイアンテールだった。
効果ばつぐんの攻撃にミミッキュが倒れると、益々ユウリの表情が歪んでいく。
最後は、インテレオン。ようやくユウリの瞳に光が宿った。不敵な笑みを浮かべ、インテレオンに指示をする。
直後に放たれたれいとうビームにヌメルゴンは倒れた。同じ技でもグレイシアとは全く攻撃力が違う。さすがユウリのインテレオンだと素直に感心する。
「ようやく、面白くなってきたな!」
そう叫ぶと、ユウリは笑みを濃くし、インテレオンをボールへ戻す。
「ジュラルドン、ダイマックスだ」
ボールから出たばかりのジュラルドンを戻してキョダイマックスさせる。
「インテレオン、キョダイソゲキ」
「ジュラルドン、キョダイゲンスイだ」
お互いの相棒の技が派手にぶつかって、地面が割れる。
「キョダイソゲキ」
「キョダイゲンスイ」
二人の声が重なる。インテレオン相手に全力でぶつかるジュラルドン。
キョダイソゲキを二度食らったジュラルドンは、気力で持ちこたえている。インテレオンもそれは同じようだった。
キョダイマックス最後の3ターン目。
膝をついたのは、ジュラルドンだった。
ゆっくりとジュラルドンがボールへ戻っていく。
「フェアリータイプにでも転向するのか?」
「そういうわけでは、ないんですけど」
コートの中央まで行って茶化すように言うと、歯切れの悪い言葉が返ってきた。
「グレイシアもミミッキュも、まだまだバトルで出すには厳しいな」
「……実はあの子たち、あまりバトルが好きじゃないみたいで」
「ユキノオーとサーナイトは?」
「サーナイトは問題ないんです。ただ、ユキノオーが……」
「ユキノオーが?」
「私の手持ちの中でユキノオーがあまり可愛くないと。写真を撮った時に私のイメージを崩してるって言われてしまって」
「誰に?」
「……スポンサーの人に」
はあ、と大きくため息をつく。同じようなこと昔、経験したことがあった。
ヌメラはドラゴンタイプの中でも最弱といわれている。その進化系であるヌメルゴンも弱いと思い込んでいる人が多い。だから外すべきだと。何もわかっていないスポンサーは口々にそう言った。
あの時の憤りは忘れたくても忘れられない。手持ちのポケモンたちは皆、家族だ。そう思っているトレーナーは多い。
じゃあ、あんたたちは家族を切り捨てられるのか?
そう突っかかると、かつてナックルジムのスポンサーだった爺共は必要なければ切り捨てると言った。
その言葉を聞いた瞬間、頭から爪先へさっと血の気が引いていくような感覚を味わった。
まるで自分と違う人間たちに、あれほどの嫌悪と絶望を感じたのは、あの時が初めてだ。
手持ちを変えようとしているユウリが非情だとは思わない。悩んでいるからこそ、ここに来たのだろう。
「ダンデは知ってるのか?」
ユウリは小さく首を振った。
「ダンデさんには、言いにくくて。もしダンデさんも変えろって言ったら、ユキノオーを出せなくなっちゃうから」
「ダンデはそんなこと言わねーよ。オレさまを頼ってくれたのは嬉しいけど、あいつも頼ってやってくれ」
な?と頭に手を置いてぽんぽんと撫でる。
「さて、今日はレナがクッキー焼いてきたんだ。食うか?」
「食べたいです!」
なんら変わりない、いつものやり取り。
しかめっ面をしていたユウリがようやく笑った。
彼女の周りには多くの大人がいる。誰もが強者で、彼女を守るだけの力はある。
頼ることに慣れていないユウリに、もう少し頼ってほしいと皆思っていることに早く気づけばいいのに。
けれどもやっぱり、今回のように一番最初にここを訪れてほしいなんて思ってしまうのこれが兄妹愛なのか。湧き上がった感情に首を傾げていると、早く、と手を引かれる。
ふと、ネズの言葉を思い出した。
いつかは離れていくのだと思うと、今この手の中にいるうちは守ってやりたい。
しんみりと酒を傾けながらそう言った悪友の気持ちが今はとてもよくわかる。
だからこの違和感も、彼女が成長するにつれて恐らく消えていくはずだ。
今はただ、守りたい。大人として、世間の不条理さと汚さから。
まだ、十六歳。
彼女と、彼女の周りが変化するのはこれからだろう。
願わくは、いつまで経っても何かあった時は、真っ先にここへ来てほしいものだ。
久しぶりにナックルジムを訪れたユウリは、来るなりお願いします、と頭を下げた。
普段ならきらきらと目を輝かせてキャンプの話やカレーの話、ポケモンの話など話題に事欠かない。一頻り紅茶と茶菓子を食べつつ話終えるとバトルコートに移動するのが定番だ。
なのに、今日のユウリは何やら浮かない顔をしている。
「おう、いいぜ」
とりやえずは様子を見ることにする。
スタジアムまでの通路を歩いていても、今日は俯いて何かを考え込んでいるようだ。
あれやこれやといつものマシンガントークは聞こえてこない。何も話さない彼女に少し寂しくなる。もうなんでも話してくれるような歳ではないのかもしれない。それだけ成長したということなのだろうか。
確かに背も大きくなって、髪も伸びて、体つきも女性らしくなってきた。
いくら兄妹に間違われるくらい仲がよかったとしても、そろそろ距離が離れていくのかもしれない。
スイーツを頬張ってご機嫌になったり、可愛いらしい小物に喜んだり。そんな様子をまだまだ妹のような気分で見ていたいのだが。
「さて、始めるか」
バトルコートへと続く重いドアを開け、照明を点ける。
誰一人としていない、しんと静まり返ったコートに俺とユウリの足音が響く。
「お願いします」
「3on3でいいか?」
「はい」
握手をしようと伸ばしかけた手を戻す。いつもならどんなに落ち込んでいようとバトルコートに立った瞬間、爛々と輝いているはずの瞳が先ほどと何も変わっていない。
まあ、バトルをすれば少しは鬱憤が晴れるだろう、そう思って小さな頭に手を置いて移動する。
まずはフライゴン。ユウリのポケモンはユキノオーのはずだ。
ところが、ボールから現れたのはグレイシアだった。
へぇ、と呟く。ユウリの手持ちとしては初めてだ。
砂あらし、じしん。
対するユウリはふぶき、れいとうビーム。
ドラゴンはこおりに弱い。効果ばつぐんのはずなのに、グレイシアは後手に回っている。攻撃力も低いのか、フライゴンの体力もあまり減っていないようだ。それどころか、じしんを食らったグレイシアはもう立っているのがやっとの状態だ。
次の攻撃にストーンエッジを指示する。予想通り、グレイシアは倒れた。
ユウリはチーゴの実を食べたかのように苦い顔をしている。ボールに戻ったグレイシアをいたわる様に数回撫でて、次のボールを放った。
赤い光を纏って現れたのはミミッキュだ。確かに相性で言えば間違った選択ではない。だが、ユウリのスタイルからすれば、ここはサーナイト辺りが出てくるはず。が、もしユキノオーであれば攻撃を外したり状態異常にかからない限りは悔しいがフライゴンの方が先に倒れるのだ。
「フライゴン、アイアンテール」
こてん、と首のようなものが折れてミミッキュのばけのかわが剥がれる。
ミミッキュのドレインキッスに、フライゴンがふらついた。
「もう一度、アイアンテール」
ばけのかわが剥がれたミミッキュが地面に叩きつけられた。再びのドレインキッスで体力を回復し、態勢立て直したミミッキュの次の攻撃に、フライゴンが地面に伏した。
続いてヌメルゴンを繰り出す。ミミッキュにドラゴン技は効かない。
かみなり、なみのり。
ドレインキッスで回復しながら繰り出してくるフェアリー技に苦戦する。
勝負がついたのはヌメルゴンが放ったアイアンテールだった。
効果ばつぐんの攻撃にミミッキュが倒れると、益々ユウリの表情が歪んでいく。
最後は、インテレオン。ようやくユウリの瞳に光が宿った。不敵な笑みを浮かべ、インテレオンに指示をする。
直後に放たれたれいとうビームにヌメルゴンは倒れた。同じ技でもグレイシアとは全く攻撃力が違う。さすがユウリのインテレオンだと素直に感心する。
「ようやく、面白くなってきたな!」
そう叫ぶと、ユウリは笑みを濃くし、インテレオンをボールへ戻す。
「ジュラルドン、ダイマックスだ」
ボールから出たばかりのジュラルドンを戻してキョダイマックスさせる。
「インテレオン、キョダイソゲキ」
「ジュラルドン、キョダイゲンスイだ」
お互いの相棒の技が派手にぶつかって、地面が割れる。
「キョダイソゲキ」
「キョダイゲンスイ」
二人の声が重なる。インテレオン相手に全力でぶつかるジュラルドン。
キョダイソゲキを二度食らったジュラルドンは、気力で持ちこたえている。インテレオンもそれは同じようだった。
キョダイマックス最後の3ターン目。
膝をついたのは、ジュラルドンだった。
ゆっくりとジュラルドンがボールへ戻っていく。
「フェアリータイプにでも転向するのか?」
「そういうわけでは、ないんですけど」
コートの中央まで行って茶化すように言うと、歯切れの悪い言葉が返ってきた。
「グレイシアもミミッキュも、まだまだバトルで出すには厳しいな」
「……実はあの子たち、あまりバトルが好きじゃないみたいで」
「ユキノオーとサーナイトは?」
「サーナイトは問題ないんです。ただ、ユキノオーが……」
「ユキノオーが?」
「私の手持ちの中でユキノオーがあまり可愛くないと。写真を撮った時に私のイメージを崩してるって言われてしまって」
「誰に?」
「……スポンサーの人に」
はあ、と大きくため息をつく。同じようなこと昔、経験したことがあった。
ヌメラはドラゴンタイプの中でも最弱といわれている。その進化系であるヌメルゴンも弱いと思い込んでいる人が多い。だから外すべきだと。何もわかっていないスポンサーは口々にそう言った。
あの時の憤りは忘れたくても忘れられない。手持ちのポケモンたちは皆、家族だ。そう思っているトレーナーは多い。
じゃあ、あんたたちは家族を切り捨てられるのか?
そう突っかかると、かつてナックルジムのスポンサーだった爺共は必要なければ切り捨てると言った。
その言葉を聞いた瞬間、頭から爪先へさっと血の気が引いていくような感覚を味わった。
まるで自分と違う人間たちに、あれほどの嫌悪と絶望を感じたのは、あの時が初めてだ。
手持ちを変えようとしているユウリが非情だとは思わない。悩んでいるからこそ、ここに来たのだろう。
「ダンデは知ってるのか?」
ユウリは小さく首を振った。
「ダンデさんには、言いにくくて。もしダンデさんも変えろって言ったら、ユキノオーを出せなくなっちゃうから」
「ダンデはそんなこと言わねーよ。オレさまを頼ってくれたのは嬉しいけど、あいつも頼ってやってくれ」
な?と頭に手を置いてぽんぽんと撫でる。
「さて、今日はレナがクッキー焼いてきたんだ。食うか?」
「食べたいです!」
なんら変わりない、いつものやり取り。
しかめっ面をしていたユウリがようやく笑った。
彼女の周りには多くの大人がいる。誰もが強者で、彼女を守るだけの力はある。
頼ることに慣れていないユウリに、もう少し頼ってほしいと皆思っていることに早く気づけばいいのに。
けれどもやっぱり、今回のように一番最初にここを訪れてほしいなんて思ってしまうのこれが兄妹愛なのか。湧き上がった感情に首を傾げていると、早く、と手を引かれる。
ふと、ネズの言葉を思い出した。
いつかは離れていくのだと思うと、今この手の中にいるうちは守ってやりたい。
しんみりと酒を傾けながらそう言った悪友の気持ちが今はとてもよくわかる。
だからこの違和感も、彼女が成長するにつれて恐らく消えていくはずだ。
今はただ、守りたい。大人として、世間の不条理さと汚さから。
まだ、十六歳。
彼女と、彼女の周りが変化するのはこれからだろう。
願わくは、いつまで経っても何かあった時は、真っ先にここへ来てほしいものだ。
1/81ページ