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彼女に彼氏がいるのは風の噂で知ってた。
しかも男の人。
世間一般では普通の事なんだけど私からしたらそれはもう対象外を意味していて。
男役をしてはいるけど、私は女の子。
実る事もない想い
この想いを手放すことが出来たらどんなにいいだろう。
「あ、芹香さん。お疲れ様です」
「貴美ちゃん、お疲れ様ー」
廊下の向こうからまさに今頭の中を支配してる子が資料を抱えて満面の笑みでこちらに向かってくる。
「今日も可愛えなぁ」
「芹香さんは今日もかっこいいですね」
「照れるやん」
ぎゅっと抱きつけば片手で抱きしめ返してくれる。
宝塚の企画部にいる貴美ちゃんとはイベント事や制作発表など結構会う機会が多い。
前、遅くまで1人残って頑張ってる姿を見て声をかけたのがきっかけで普通の会話をするようになって。
貴美ちゃんの事を特別に思うのに時間はかからなかった。
仲良しな人は沢山いるけど、この子だけはなんか違う。
もうかなり大好きなんだけど、関係が壊れるのが怖くてフランクな友達感を前面にだして接している。
「また痩せたんちゃう?」
「芹香さんの方が痩せましたよね」
「そんな事ないよ。貴美ちゃんがあんまり痩せると心配になるから」
ふふっと笑ってありがとうございますときゅっと抱えていたファイルを抱えなおした。
今日はお稽古の後、自主稽古も早々に切り上げて企画部の近くの休憩スペースでのんびりしていた。
「あら、芹香さんお疲れ様です。」
「貴美ちゃんお疲れ」
「あ。もしかして待っててくれました?なーん」
「待ってたで。さすが言わんくても分かるなぁ」
なーんてって冗談っぽく言われる前に遮って微笑えめば、私の言葉に目を開き照れ笑いする。
「えへへ。冗談だったんですがね」
「私も今から帰るとこやねん、送ってくよ」
「そんなっ。お疲れなのに大丈夫です」
今日は絶対送ってくって決めて待ってたんや。
遠慮する彼女に有無を言わさず歩き出す。
「今日は彼は?」
「出張で九州です」
「そうなんやー」
正直彼が不在で良かったと思っている。
だって彼の元へ帰るのに送ってくなんてなんだか悔しいから。
まあ、今の私には勝ち目なんて微塵もないんだろうけどせめても彼女の近しい人でいたい。
一緒の帰り道は何だかうきうきしちゃって、運転しながらたわいもない話をすればあっという間に過ぎてしまう時間に悲しくなる。
「じゃあまた」
「本当にありがとうございました」
「あとさ、これ。お誕生日おめでとう」
マンションの前に着いた後ハザードランプを付け車を止めてお見送り。
貴美ちゃんが降りる前に後部座席に忍ばせていた花束を渡す。
「えっ、知っててくださったんですか」
「もちろんや。私を誰やと思ってんの」
「流石芹香斗亜さまですね」
ぎゅっと抱き着かれて飛び出しそうな心臓。
なんや、いつも挨拶の時にこんなんしてるやんか。
落ち着け私。必死に動揺を隠して背中をぽんぽんとさする位しかできなかった。
「写真撮ってから飾ります」
「うん」
「本当に嬉しいです。ありがとうございます」
誕生日の少しを一緒に過ごせて、お祝いできて良かった。
車から降りた後、何度も振り返りながら手を振り小さくなっていく姿を見送りながら思った。
きっと恋人同士ならケーキ買って一緒の部屋に帰ってお祝いして、一緒に眠りにつくんだろうな。彼が羨ましい。
貴美ちゃんの姿が見えなくなってもそこから動く気になれなくてハンドルに突っ伏したまましばらく過ごした。
「もうだめや、すき。私のものになって」
届く相手のいない言葉は静かに霞んでいった。
****
まだ灯りの付いているオフィスを覗けば席に突っ伏してる。
こんな遅いのに大丈夫かな。
そっと扉を開けて中に入り、近づけば静かなオフィスに小さな寝息が聞こえる。
疲れてるんやろなぁ。
突っ伏してる手の下には宙組の今度のイベントの進行表らしきもの。
隣の席の椅子に座って
こちら側に顔を向けて寝ている綺麗な寝顔を私も突っ伏して眺める。
これ、ずっと見てられるわ。
しばらくはじっと見てたんだけど、思わず柔らかそうな頬に手が伸びた。
つついてみたりふっくらとした唇をなぞるように触れてみたり。
ゆっくりと開いた瞳が私をとらえる。
目があってしばらくはぼーっと私を見つめてたけど目が覚めたのか飛び起きて後ろに倒れそうになった所を腕を掴む。
「わっ、芹香さんっ」
「危ないで」
「びっくりしました」
「ほっぺた型付いてんで」
右側の頬にくっきりとついた跡を撫でる
「恥ずかしい・・・」
「頑張ってるんやな」
思わず頭を撫でる。
ふにゃっと笑った顔に癒された。
「さ、帰ろう」
***
最近彼より芹香さんの事が頭を占めているのが何となく罪悪感だった。
一緒に居ても芹香さんならとか考えてしまう自分が怖くて。
こんな想い抱いてはいけない。
そう思うのに芹香さんを見ると鼓動が五月蠅くてかなわない。
なんだか今日は朝から少し頭がぼーっとしていた。
昨日遅くまで今日の会議のこと考えてたからかな。
出社して会議用の資料に足りないものがあることに気づいて急いで上の階の資料庫に向かった。
一階分の移動なら階段の方が早い。
資料ファイルを抱えて急いで降りているとふと視界がぐらついて折り返した所で階段を踏み外してしまい落ちるのを覚悟して目を閉じた。
地面から体が離れる感覚。
床に資料が落ちる音。
あれ・・・。いつまで経っても痛みが来ない。
柔らかい感触、しかもなんだかすごく良い香り。
この香り知ってる。
目をそっと開ければ抱きとめられていた。
「貴美ちゃん、ちゃんと足元見て歩かなあかんよ」
「せっ、芹香さんっ」
「大丈夫?」
「芹香さんの方が大丈夫ですかっ」
うそでしょっ。
私何してるの本当。
芹香さんに怪我させたりでもしたら大変。
慌てて飛び退くけどなんだか血の気が引いていく感覚。
「顔真っ青やん」
覗き込む芹香さんの顔が焦ってるようだけどなんだか白んで見える。
「ちょっ、貴美ちゃん」
いよいよ自分を支えいてられなくなって前に傾いた体は芹香さんの鎖骨あたりに倒れ込んだ。
「医務室行くで」
ふわっと体が浮く感覚
ああ、今お姫様だっこされてるんだ。
斜め下から見る姿も綺麗。
そんな事呑気に思えるほど私の思考は正常に働いていなかったのだ。
「芹香さん、ありがとう」
「ええよ」
「す・・・き」
「え・・・?」
好きです。
誰よりも優しくて暖かいあなたが・・・
「なんなん、そんなんずるいわ」
***
先日のお礼にと貴美ちゃんがご飯に誘ってくれた。
久しぶりの楽しい2人での晩御飯に気持ちが舞い上がっていたのだが
待ち合わせ場所にいたのは貴美ちゃんと・・・
「ゆりかちん・・・」
「おーさやか」
何故。
さっきばいばいしたよね?
何故一緒に待っているんだい。
そして私より親密そうな雰囲気醸し出すのやめて
え?3人で行く感じですか?
怪訝そうな顔をしてしまっていたのかゆりかちんが私の肩を抱いて耳打ちしてきた。
「さやかがあんまりにも前進がないからさ」
「だって相手は彼氏持ちですよ」
「関係ないって。気持ちが傾けばおっけーじゃん」
「えー。そんな簡単ちゃうよ絶対」
この前好きって言われたけど、きっとそれは友達としての好きだし。
進展も何もあるわけがない
落ち着いた居酒屋さんの個室。
美味しいご飯にお酒も進んで恋愛の話題に。
「なに、彼氏とうまくいってるの?」
「んー。普通ですかね・・・」
「エッチとかしてる?」
ゆりかちんの質問にボンっと顔が真っ赤になった貴美ちゃん。
なにそんなストレートに聞いてんすか。
私までなんか顔が熱いわ。
「なにさやかまで赤くなってんの」
「だってこんなとこで」
「個室だし」
そして好きな子と彼氏のあちら事情なんざ聞きたくないわ。
そんなこと思ってたら隣の個室からの会話が漏れ聞こえてきた。
「でさー、彼女が全然濡れなくて痛がって萎えるんだよ」
「お前が下手くそなんじゃないのかよー」
「俺のせいじゃない」
「私とする?」
「いいねー。今夜どう」
こんな会話やっぱりみんなするんだなぁ。
お酒の力もあるのかもしれないけど。
ふと横の貴美ちゃんを見れば俯いてる。
やっぱりこういう話は苦手だよね。
「潮時かな」
「彼女、貴美ちゃんだっけか?可哀想」
えっ。まさか。
太ももの上にぎゅっと拳を握って耐えているようだった。
眉を下げてにこりと笑う姿に心が痛い。
「そうか?なあなあ家行っていい?」
「あー。何する気」
「そんなん決まってんだろー」
最低な野郎や。
ぎゅっと握った拳を貴美ちゃんの手がそっとつつむ。
にこりと微笑んで首を振った。
お隣さんは店を出るようで遠ざかっていく楽しそうな声に私は腹が立っていた。
こんな良い子をほっといて何考えてんねん。
私ならこんな思いさせへんのに。
恋愛話なんてする気にもなれなく、結局仕事の話とか当たり障りない会話をして店を出る。
「すみません、折角のお食事なのに不快な思いさせてしまって」
「気にせんとって。良かったん?殴り込みに行っても良かったのに」
「そうだよ。我慢するつもりなの?」
「いえ、別れます」
キッパリと言い切った貴美ちゃんに胸を撫で下ろす。
耐えるとか言われたら全力で止める気だった。
お店を出て歩き出せば貴美ちゃんが口を開いた。
「あの、もう一杯だけ飲みに行きませんか?折角の場を盛り下げちゃったし」
「そんな・・・」
「よし、もう一杯行こう」
貴美ちゃんの肩を抱き寄せて乗り気なゆりかちん。
ほんまに大丈夫なん?悪酔いせんとええけど。
貴美ちゃんを一人にさせないようにしてるんやろけどあなたまで潰れたら私連れて帰れへんよ。
タクシーで移動してお洒落なバーに入った私たち。
貴美ちゃんの行きつけらしく、仕切られた半個室みたいなソファー席に通してもらった。
「独り身にかんぱい」
「かんぱーい」
「かん・・・ぱい」
軽いゆりかちんの乾杯の音頭にあっさりと乗るから私は全然ついていけてない。
「今ここで別れます」
ぐいっと一気に飲み干した貴美ちゃんは彼に電話しだした。
「お望み通り別れましょ」
電話越しの彼は慌ててるようだったけど、終話ボタンを押して携帯をバックにしまった。
「なんやカッコいい」
「勢いがないと出来なさそうだったから。お2人がいてくださってよかった」
ここまでは良かった。
大体、あんな話を店でするかって話から始まったんだけど
2人の飲むペースが早くて、それに合わせるように話が変な方向に進んで行ってる。
「さやかは上手いよ」
「へえ、真風さんは経験者ですか」
「いや、歴代の彼女達から聞いた」
「あー。モテそうですもんね」
いやいや。私を遊び人みたいに言わんとってくれる?
歴代言うてもほんの数人や。
それに普通に経験者ですかって聞くのも変や。
ゆりかちんと隣に座ってる貴美ちゃんははしゃいで少しずつ2人の距離が近くなってついにはぴったりとくっついている。
いや、何してんの。
「じゃあ経験してみる?」
冗談混じりで言ったら2人がきょとんとした顔でこちらを見て、そのままどちらも返事もしない。
笑うかなんか言うかしてや。
「遊ばれるんだ、私たち」
「きゃー、せりかちんの変態」
2人で顔を見合わせた。
もう手に負えんわ。
呆れて言い返す気にもならん。
「さやかチャンスだって本気で」
「いや別れたばっかりでしょ」
「いつまで足踏みしてるつもり」
貴美ちゃんがお手洗いに立ったタイミングでゆりかちんがすごい圧で詰め寄ってきた。
いつまでって・・・分からんけど
今ではないと思う。
こんな弱みに漬け込むような事。
帰る方向が一緒の私と貴美ちゃんはゆりかちんと別れた後、酔い覚ましついでに少し歩きながら帰ることにした。
「本当、お恥ずかしい所お見せしてすみませんでした」
「大丈夫?」
「あんな人だったとは。別れられてよかったです」
貴美ちゃんの横顔は何だか寂しそうに見えた。
そらショックやんな。
「確かに彼とはちゃんと出来た事殆どないんです」
「お店で言ってたみたいな感じなん」
「そうですね。私のせいでもあるし申し訳ないとは思います」
努めて明るく言うけど、そんなん愛に加えてお互いの努力や歩み寄りも必要やんか。
1人が悪い事やない。
「なあ、今日はさ彼が慌てて押しかけてきたら大変やからうちにおいでよ」
最もらしい理由で家に誘って同じ家に帰ることになった。
なんだかうちに貴美ちゃんがいるなんて変な感じ。
「芹香さんみたいな人がいたらいいのに」
私でいいやん
「そやなー私みたいにいい彼氏になれるやつ中々おらんからなー」
「次の恋のために芹香さんに恋愛極意を教えてもらわなきゃ」
「なら私と恋愛練習してみる?」
冗談混じりで言われたから、冗談っぽく返してみた。
言葉は冗談ぽく言っても本気だから彼女が望むなら私は構わないと思っていた。
「え、でも芹香さんはいいんですか?練習とは言え好きでもない子と。その、彼女さん・・・とか」
「彼女はおらんよ。それに好きでもない子ちゃうから」
「え?」
「ほら、始めるで」
「ちょっ・・・ちょっと待って下さい」
どさくさに紛れて気持ちをぶつけてみたらあっさりと止められた。
流してしまおうと思ったのに真剣な眼差しの貴美ちゃんに詰め寄られる。
「それって」
「好きや。ここに閉じ込めて私だけのものにしたい位」
「うそ・・・」
「私に触られるの嫌になった?」
「そんな事ないです」
少しの間ののち貴美ちゃんは私も好きですと続けた。
人間って予想外の事が起きると脳みそが受け付けるまで結構時間かかるんやな。
「でも何だか別れたばっかりのやつに言われてもって感じですよね」
「そんな事ないよ。」
気づいたら私で頭がいっぱいの日々を過ごしてたなんて言われたらどうしようもなく愛しさがこみあげてくる。
両思いって事でいいんだよね。
そっと口付ける。
「なあ、あんなやつ忘れてしまい」
「あの・・・」
「いや、私が忘れさせたるわ」
どうなったの、さやか
ふふふっ。それより!ゆりかちんのせいでやっぱり噂通りなんですねって言われてしもたやん。
さやかちゃん上手だったんだ。やだーお熱いこと。
しかも男の人。
世間一般では普通の事なんだけど私からしたらそれはもう対象外を意味していて。
男役をしてはいるけど、私は女の子。
実る事もない想い
この想いを手放すことが出来たらどんなにいいだろう。
「あ、芹香さん。お疲れ様です」
「貴美ちゃん、お疲れ様ー」
廊下の向こうからまさに今頭の中を支配してる子が資料を抱えて満面の笑みでこちらに向かってくる。
「今日も可愛えなぁ」
「芹香さんは今日もかっこいいですね」
「照れるやん」
ぎゅっと抱きつけば片手で抱きしめ返してくれる。
宝塚の企画部にいる貴美ちゃんとはイベント事や制作発表など結構会う機会が多い。
前、遅くまで1人残って頑張ってる姿を見て声をかけたのがきっかけで普通の会話をするようになって。
貴美ちゃんの事を特別に思うのに時間はかからなかった。
仲良しな人は沢山いるけど、この子だけはなんか違う。
もうかなり大好きなんだけど、関係が壊れるのが怖くてフランクな友達感を前面にだして接している。
「また痩せたんちゃう?」
「芹香さんの方が痩せましたよね」
「そんな事ないよ。貴美ちゃんがあんまり痩せると心配になるから」
ふふっと笑ってありがとうございますときゅっと抱えていたファイルを抱えなおした。
今日はお稽古の後、自主稽古も早々に切り上げて企画部の近くの休憩スペースでのんびりしていた。
「あら、芹香さんお疲れ様です。」
「貴美ちゃんお疲れ」
「あ。もしかして待っててくれました?なーん」
「待ってたで。さすが言わんくても分かるなぁ」
なーんてって冗談っぽく言われる前に遮って微笑えめば、私の言葉に目を開き照れ笑いする。
「えへへ。冗談だったんですがね」
「私も今から帰るとこやねん、送ってくよ」
「そんなっ。お疲れなのに大丈夫です」
今日は絶対送ってくって決めて待ってたんや。
遠慮する彼女に有無を言わさず歩き出す。
「今日は彼は?」
「出張で九州です」
「そうなんやー」
正直彼が不在で良かったと思っている。
だって彼の元へ帰るのに送ってくなんてなんだか悔しいから。
まあ、今の私には勝ち目なんて微塵もないんだろうけどせめても彼女の近しい人でいたい。
一緒の帰り道は何だかうきうきしちゃって、運転しながらたわいもない話をすればあっという間に過ぎてしまう時間に悲しくなる。
「じゃあまた」
「本当にありがとうございました」
「あとさ、これ。お誕生日おめでとう」
マンションの前に着いた後ハザードランプを付け車を止めてお見送り。
貴美ちゃんが降りる前に後部座席に忍ばせていた花束を渡す。
「えっ、知っててくださったんですか」
「もちろんや。私を誰やと思ってんの」
「流石芹香斗亜さまですね」
ぎゅっと抱き着かれて飛び出しそうな心臓。
なんや、いつも挨拶の時にこんなんしてるやんか。
落ち着け私。必死に動揺を隠して背中をぽんぽんとさする位しかできなかった。
「写真撮ってから飾ります」
「うん」
「本当に嬉しいです。ありがとうございます」
誕生日の少しを一緒に過ごせて、お祝いできて良かった。
車から降りた後、何度も振り返りながら手を振り小さくなっていく姿を見送りながら思った。
きっと恋人同士ならケーキ買って一緒の部屋に帰ってお祝いして、一緒に眠りにつくんだろうな。彼が羨ましい。
貴美ちゃんの姿が見えなくなってもそこから動く気になれなくてハンドルに突っ伏したまましばらく過ごした。
「もうだめや、すき。私のものになって」
届く相手のいない言葉は静かに霞んでいった。
****
まだ灯りの付いているオフィスを覗けば席に突っ伏してる。
こんな遅いのに大丈夫かな。
そっと扉を開けて中に入り、近づけば静かなオフィスに小さな寝息が聞こえる。
疲れてるんやろなぁ。
突っ伏してる手の下には宙組の今度のイベントの進行表らしきもの。
隣の席の椅子に座って
こちら側に顔を向けて寝ている綺麗な寝顔を私も突っ伏して眺める。
これ、ずっと見てられるわ。
しばらくはじっと見てたんだけど、思わず柔らかそうな頬に手が伸びた。
つついてみたりふっくらとした唇をなぞるように触れてみたり。
ゆっくりと開いた瞳が私をとらえる。
目があってしばらくはぼーっと私を見つめてたけど目が覚めたのか飛び起きて後ろに倒れそうになった所を腕を掴む。
「わっ、芹香さんっ」
「危ないで」
「びっくりしました」
「ほっぺた型付いてんで」
右側の頬にくっきりとついた跡を撫でる
「恥ずかしい・・・」
「頑張ってるんやな」
思わず頭を撫でる。
ふにゃっと笑った顔に癒された。
「さ、帰ろう」
***
最近彼より芹香さんの事が頭を占めているのが何となく罪悪感だった。
一緒に居ても芹香さんならとか考えてしまう自分が怖くて。
こんな想い抱いてはいけない。
そう思うのに芹香さんを見ると鼓動が五月蠅くてかなわない。
なんだか今日は朝から少し頭がぼーっとしていた。
昨日遅くまで今日の会議のこと考えてたからかな。
出社して会議用の資料に足りないものがあることに気づいて急いで上の階の資料庫に向かった。
一階分の移動なら階段の方が早い。
資料ファイルを抱えて急いで降りているとふと視界がぐらついて折り返した所で階段を踏み外してしまい落ちるのを覚悟して目を閉じた。
地面から体が離れる感覚。
床に資料が落ちる音。
あれ・・・。いつまで経っても痛みが来ない。
柔らかい感触、しかもなんだかすごく良い香り。
この香り知ってる。
目をそっと開ければ抱きとめられていた。
「貴美ちゃん、ちゃんと足元見て歩かなあかんよ」
「せっ、芹香さんっ」
「大丈夫?」
「芹香さんの方が大丈夫ですかっ」
うそでしょっ。
私何してるの本当。
芹香さんに怪我させたりでもしたら大変。
慌てて飛び退くけどなんだか血の気が引いていく感覚。
「顔真っ青やん」
覗き込む芹香さんの顔が焦ってるようだけどなんだか白んで見える。
「ちょっ、貴美ちゃん」
いよいよ自分を支えいてられなくなって前に傾いた体は芹香さんの鎖骨あたりに倒れ込んだ。
「医務室行くで」
ふわっと体が浮く感覚
ああ、今お姫様だっこされてるんだ。
斜め下から見る姿も綺麗。
そんな事呑気に思えるほど私の思考は正常に働いていなかったのだ。
「芹香さん、ありがとう」
「ええよ」
「す・・・き」
「え・・・?」
好きです。
誰よりも優しくて暖かいあなたが・・・
「なんなん、そんなんずるいわ」
***
先日のお礼にと貴美ちゃんがご飯に誘ってくれた。
久しぶりの楽しい2人での晩御飯に気持ちが舞い上がっていたのだが
待ち合わせ場所にいたのは貴美ちゃんと・・・
「ゆりかちん・・・」
「おーさやか」
何故。
さっきばいばいしたよね?
何故一緒に待っているんだい。
そして私より親密そうな雰囲気醸し出すのやめて
え?3人で行く感じですか?
怪訝そうな顔をしてしまっていたのかゆりかちんが私の肩を抱いて耳打ちしてきた。
「さやかがあんまりにも前進がないからさ」
「だって相手は彼氏持ちですよ」
「関係ないって。気持ちが傾けばおっけーじゃん」
「えー。そんな簡単ちゃうよ絶対」
この前好きって言われたけど、きっとそれは友達としての好きだし。
進展も何もあるわけがない
落ち着いた居酒屋さんの個室。
美味しいご飯にお酒も進んで恋愛の話題に。
「なに、彼氏とうまくいってるの?」
「んー。普通ですかね・・・」
「エッチとかしてる?」
ゆりかちんの質問にボンっと顔が真っ赤になった貴美ちゃん。
なにそんなストレートに聞いてんすか。
私までなんか顔が熱いわ。
「なにさやかまで赤くなってんの」
「だってこんなとこで」
「個室だし」
そして好きな子と彼氏のあちら事情なんざ聞きたくないわ。
そんなこと思ってたら隣の個室からの会話が漏れ聞こえてきた。
「でさー、彼女が全然濡れなくて痛がって萎えるんだよ」
「お前が下手くそなんじゃないのかよー」
「俺のせいじゃない」
「私とする?」
「いいねー。今夜どう」
こんな会話やっぱりみんなするんだなぁ。
お酒の力もあるのかもしれないけど。
ふと横の貴美ちゃんを見れば俯いてる。
やっぱりこういう話は苦手だよね。
「潮時かな」
「彼女、貴美ちゃんだっけか?可哀想」
えっ。まさか。
太ももの上にぎゅっと拳を握って耐えているようだった。
眉を下げてにこりと笑う姿に心が痛い。
「そうか?なあなあ家行っていい?」
「あー。何する気」
「そんなん決まってんだろー」
最低な野郎や。
ぎゅっと握った拳を貴美ちゃんの手がそっとつつむ。
にこりと微笑んで首を振った。
お隣さんは店を出るようで遠ざかっていく楽しそうな声に私は腹が立っていた。
こんな良い子をほっといて何考えてんねん。
私ならこんな思いさせへんのに。
恋愛話なんてする気にもなれなく、結局仕事の話とか当たり障りない会話をして店を出る。
「すみません、折角のお食事なのに不快な思いさせてしまって」
「気にせんとって。良かったん?殴り込みに行っても良かったのに」
「そうだよ。我慢するつもりなの?」
「いえ、別れます」
キッパリと言い切った貴美ちゃんに胸を撫で下ろす。
耐えるとか言われたら全力で止める気だった。
お店を出て歩き出せば貴美ちゃんが口を開いた。
「あの、もう一杯だけ飲みに行きませんか?折角の場を盛り下げちゃったし」
「そんな・・・」
「よし、もう一杯行こう」
貴美ちゃんの肩を抱き寄せて乗り気なゆりかちん。
ほんまに大丈夫なん?悪酔いせんとええけど。
貴美ちゃんを一人にさせないようにしてるんやろけどあなたまで潰れたら私連れて帰れへんよ。
タクシーで移動してお洒落なバーに入った私たち。
貴美ちゃんの行きつけらしく、仕切られた半個室みたいなソファー席に通してもらった。
「独り身にかんぱい」
「かんぱーい」
「かん・・・ぱい」
軽いゆりかちんの乾杯の音頭にあっさりと乗るから私は全然ついていけてない。
「今ここで別れます」
ぐいっと一気に飲み干した貴美ちゃんは彼に電話しだした。
「お望み通り別れましょ」
電話越しの彼は慌ててるようだったけど、終話ボタンを押して携帯をバックにしまった。
「なんやカッコいい」
「勢いがないと出来なさそうだったから。お2人がいてくださってよかった」
ここまでは良かった。
大体、あんな話を店でするかって話から始まったんだけど
2人の飲むペースが早くて、それに合わせるように話が変な方向に進んで行ってる。
「さやかは上手いよ」
「へえ、真風さんは経験者ですか」
「いや、歴代の彼女達から聞いた」
「あー。モテそうですもんね」
いやいや。私を遊び人みたいに言わんとってくれる?
歴代言うてもほんの数人や。
それに普通に経験者ですかって聞くのも変や。
ゆりかちんと隣に座ってる貴美ちゃんははしゃいで少しずつ2人の距離が近くなってついにはぴったりとくっついている。
いや、何してんの。
「じゃあ経験してみる?」
冗談混じりで言ったら2人がきょとんとした顔でこちらを見て、そのままどちらも返事もしない。
笑うかなんか言うかしてや。
「遊ばれるんだ、私たち」
「きゃー、せりかちんの変態」
2人で顔を見合わせた。
もう手に負えんわ。
呆れて言い返す気にもならん。
「さやかチャンスだって本気で」
「いや別れたばっかりでしょ」
「いつまで足踏みしてるつもり」
貴美ちゃんがお手洗いに立ったタイミングでゆりかちんがすごい圧で詰め寄ってきた。
いつまでって・・・分からんけど
今ではないと思う。
こんな弱みに漬け込むような事。
帰る方向が一緒の私と貴美ちゃんはゆりかちんと別れた後、酔い覚ましついでに少し歩きながら帰ることにした。
「本当、お恥ずかしい所お見せしてすみませんでした」
「大丈夫?」
「あんな人だったとは。別れられてよかったです」
貴美ちゃんの横顔は何だか寂しそうに見えた。
そらショックやんな。
「確かに彼とはちゃんと出来た事殆どないんです」
「お店で言ってたみたいな感じなん」
「そうですね。私のせいでもあるし申し訳ないとは思います」
努めて明るく言うけど、そんなん愛に加えてお互いの努力や歩み寄りも必要やんか。
1人が悪い事やない。
「なあ、今日はさ彼が慌てて押しかけてきたら大変やからうちにおいでよ」
最もらしい理由で家に誘って同じ家に帰ることになった。
なんだかうちに貴美ちゃんがいるなんて変な感じ。
「芹香さんみたいな人がいたらいいのに」
私でいいやん
「そやなー私みたいにいい彼氏になれるやつ中々おらんからなー」
「次の恋のために芹香さんに恋愛極意を教えてもらわなきゃ」
「なら私と恋愛練習してみる?」
冗談混じりで言われたから、冗談っぽく返してみた。
言葉は冗談ぽく言っても本気だから彼女が望むなら私は構わないと思っていた。
「え、でも芹香さんはいいんですか?練習とは言え好きでもない子と。その、彼女さん・・・とか」
「彼女はおらんよ。それに好きでもない子ちゃうから」
「え?」
「ほら、始めるで」
「ちょっ・・・ちょっと待って下さい」
どさくさに紛れて気持ちをぶつけてみたらあっさりと止められた。
流してしまおうと思ったのに真剣な眼差しの貴美ちゃんに詰め寄られる。
「それって」
「好きや。ここに閉じ込めて私だけのものにしたい位」
「うそ・・・」
「私に触られるの嫌になった?」
「そんな事ないです」
少しの間ののち貴美ちゃんは私も好きですと続けた。
人間って予想外の事が起きると脳みそが受け付けるまで結構時間かかるんやな。
「でも何だか別れたばっかりのやつに言われてもって感じですよね」
「そんな事ないよ。」
気づいたら私で頭がいっぱいの日々を過ごしてたなんて言われたらどうしようもなく愛しさがこみあげてくる。
両思いって事でいいんだよね。
そっと口付ける。
「なあ、あんなやつ忘れてしまい」
「あの・・・」
「いや、私が忘れさせたるわ」
どうなったの、さやか
ふふふっ。それより!ゆりかちんのせいでやっぱり噂通りなんですねって言われてしもたやん。
さやかちゃん上手だったんだ。やだーお熱いこと。