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日に日に薄くなっていく貴美をどうしたものかと考えていた。
香盤表が出た時から何となく変な空気を感じてた。
でもこの世界は実力と運。
貴美は自己主張が強い方じゃないからあんまり知られてないけど、かなりの実力派。
前に華ちゃん達と自主稽古をしてるところを見かけた事があるんだけど、目を奪われた。彼女の演技と歌声はもっと皆んなが聞くべきだと思った。
だから今回一緒に組めると分かった時から楽しみにしていた。
香盤を見た本人は真っ青な顔してお稽古場のすみに座ってたけど。
もちろん、良くない言葉も聞こえなかった訳じゃない。
否定したかったけど、私の口から否定するより彼女の実力を見せつけてやりたい。
だから敢えて私から普通に話しかけてみた。
そんな言葉聞く必要ないから私の声でかき消してしまえと。
プレッシャーもあるだろうから元気付けたいって親心で近づいたんだけど、知れば知るほどもっと違う顔も見てみたいという感情に自分自身が戸惑いと共になんだか幸せな気持ちになっていた。
これは恋なのかもしれない。
ただ、本当にここ最近の貴美は見てられない。
腰を抱けば日に日に手が余り、デュエットダンスのリフトでもどんどん軽くなっているのが分かる。
もうすぐみんなとのお稽古も始まるというのに。
でも聞いても何でもないって言うから、ご飯誘うくらいしかできない。
とにかく食べて体力付けさせなきゃ。
公演始まったらもっと体力使うんだから倒れたらどうするの。
でもどんどん食は細くなっていくしどうしたものか。
少し前までは結構遅くまで残ってる日もあったのに最近、20時になったら切り上げるようにしてそそくさと帰っていってる。
遅くまでやればいいってものじゃないし、翌日の事もあるからちゃんと休むべきって思ってる。でもその割に日に日に疲れが目に見えて。
お稽古終わりに何かしてるのかな。
チラッとこないだ上級生に聞いた噂、終わった後遅くまで彼氏と遊びまわってるらしいという話。
別に恋愛はしちゃいけないわけじゃないし真面目なあの子がそんな後先考えない事する訳ないって思うんだけどここ最近の集中力の散漫さ、寝不足そうな感じにもしかしてなんて少しだけ思ってしまっていた。
この前少しだけ襟から覗いてた紅い跡を見てしまったのもあるかもしれない。
今日のお稽古中、一瞬だったけど身が入ってないのが見て取れたからとうとう本人に注意してしまった。決して彼氏に嫉妬したとかじゃない。
頑張ってるのはわかってる、でもさお稽古中は集中しないと。
お稽古終わり、話しようとご飯に誘おうと思ったらそそくさとお稽古場を出て行った。珍しい。
ダメ出しされた日は止めても残って練習して帰ろうとするのに。
まあいいか。それなら私は自主稽古をして帰ろうかなと準備をしていたら、ツアー組の華ちゃんが凄い勢いで入ってきた。
「芹香さんっ」
「華ちゃんどうしたの、慌てて」
「貴美を、貴美を助けて下さい」
泣きそうな顔で私に縋り付いてくる。
何があったの。
急いで稽古場を出た私は光の家に向かっていた。
ツアー組の上級生達が貴美がヒロインなのをよく思ってないらしく潰させようとしてるなんて。
あの噂、あの人達から聞いた。
そして今回みれいがヒロインの代役担当で練習してる・・・背筋が凍った。
みれいを推したいからってそんな事許される訳ない。
本人もそんな事望んでるはずがない。
あの日、なんであんなところで会ったのかかわかった。
あれからずっと苦しんでたって事でしょう。
何で相談しないのっ。
いや、気づかなかった私のばかっ。
私の帰り道の途中にある、れいのマンション。
息を整えながらインターホンを鳴らせば、少しして光のびっくりしたような声が聞こえてきた。
「光、忘れ物してたよ」
「え?わざわざ持ってきてくださったんですか、ありがとうございます。」
オートロック解除されて光の部屋へ向かう。
怒りに任せてしまいそうな心を沈めながら、どうか無事でいてと願う。
出来ることならば嘘であってほしいとも思う。
部屋の前のインターホンを押せば光が慌てたように出てきた。
「キキさん、わざわざすみません。私何を忘れてましたかね?」
「取り敢えず中いい?」
このまま招く気もないだろうから私から提案する。
一瞬困った顔したけど、どうぞと促された。
「久しぶりに来たな」
「そうですね」
図々しくもソファーに腰掛ける。
「で、忘れ物って」
「うん、心」
キョトンとした顔で私を見つめる。
「心を忘れちゃってるよ、れい」
「どういう・・・」
「貴美を返してもらいにきた」
「え?」
ここにいないって事は・・・。
立ち上がって、寝室の扉を開ける。
何度も来た事がある勝手知ったる家だからどこがどの部屋かなんてすぐ分かる。
事後の独特の香りに包まれた部屋
来るのが遅かった。また一つ傷を増やしてしまったんだ。
布団を被って小さく丸まって震えてる塊にそっと手を添える
「貴美、迎えに来たよ。帰ろう」
「芹香さん、なんで」
か細い貴美の声は涙声で少し掠れていた。
一向に顔を出す気配はない。
「こんな姿見られたくありませんでした」
「ごめんな、こんなになるまで気づかんくて」
「芹香さんを巻き込みたくなかった」
「なあ、帰って話しようか」
ゆっくりと布団から顔を出した貴美の手を取る。
床に散らばってる剥ぎ取られた服達を拾い集めて渡して部屋を出る。
「れい、今度ちゃんと説明してもらうからな。」
れいにも何か事情があるはず。
でもこんなの見過ごせない。
れいがすみませんと小さくつぶやいた後どちらも口を開かなかったからシーンと静まり返った室内。
寝室から中々出てこない貴美が気になって小さくノックして中へ入ればまだパンツしか履いて無くてぼーっとベットに腰掛けてる。
こんな時によう言わんけど、そんな格好見せられたらたまらん。
さっさと着せようと握り締めてるブラジャーを貴美の手から取り上げて抱き締めるようにしてつけてあげる。
表情なく、服もされるがまま着せられてる姿をみるとなんだか人形みたいだった。元々細い方ではあったけど、ほんと痩せすぎや。
手を引いて立ち上がらせてれいの家を出る。
れいはソファーに座って俯いていた。
貴美の家に着くまでのタクシーの車内はお互い一言も発さなかった。
取り敢えずシャワー浴びたいだろうからお風呂場へ送り出す。
さっきの事もあって心配でバスルームの近くをうろうろしている。
シャワーの音が止まってから随分と経つが一向に出てくる気配も、洗い流す気配もない。
「貴美?」
ノックしても反応ないからそっと浴室の扉を少し開ければ、体をゴシゴシ力一杯擦ってる貴美の背中が見えた。
「ちょっ・・・そんな擦ったら赤くなってまうよ」
「ふっ・・・くっ」
堪えきれなかった涙が貴美の綺麗な瞳から止めどなく溢れていた。
止まることのない手を掴んで制止させる。
「貴美、あかんって」
「やっ」
振り払われた手に何故か私がショックを受けてる。
苦しいのは貴美なのに。
思わず抱きしめる。
「落ち着いて。ほら、私が流してあげるから」
「芹香さん、だめ離して下さい。私・・・」
「ええから。優しく洗わなお肌が可哀想やろ。はい、息吸って、吐いて」
ウォッシュタオルを取り上げて、深呼吸を促せば少し落ち着いたようだから優しく背中から体をなぞる。
私の方が落ち着け。ただ体を流してあげるだけ。
やってあげると言ったものの、私の脳は欲望に支配されていてこの白い細い線の体が瞼閉じても焼き付いてしまうんだろう。
「お洋服泡付いちゃいましたよね、すみません」
「ええって」
リビングに戻り、座って髪の毛をタオルで拭いてあげる。
着て帰れるような服があればいいのですがと私から離れて探しに行こうとするから引き止める。
こんな状態で置いて帰れるわけがない。
「Tシャツとスエット貸して」
「でもそんな格好で帰って大丈夫でしょうか」
「洗濯機貸して?服が乾くまでここで私の面倒見てもーらお」
脱ぎ出した私に慌て出す貴美
あくまで私が泊まりたいから。
彼女が申し訳なく思わなくて良いように振る舞わないとな。
「そんな美しい体曝け出されたら困りますっ」
「じゃあ、Tシャツちょうだい」
私の言葉に慌てて寝室に消えていき、Tシャツとスエットを持って帰って来た。
着替える姿をじっと見つめられて、さっきは自ら見せようとしてたくせにいざ見られると気恥ずかしいというか。
え、見惚れてくれたりしたりしてる?
「あんま見んとって。恥ずかしいわ」
「あ・・・すみませんっ」
期待も込めて茶化せば、はっとしたように背を向けた貴美に笑いが込み上げてしまう。
そんな全力で見らんようにせんでもええやん。
「じゃあここ座って」
ドライヤー片手にソファーに深く腰掛けて足を開いて間に座るよう促す
「でも」
「ほらはよ、風邪ひくで」
いつまでもウジウジしてるから手を掴んで座らせる。
「わっ・・・」
「ほらじっとする」
有無を言わさずドライヤーをオンにして髪を乾かす。
サラサラの髪からシャンプーのいい香りが鼻をくすぐる。
「芹香さん、私綺麗じゃないので離れて欲しいです」
「いやや」
「私・・・」
「もう言わんでええ。今日は」
一緒に布団に入って後ろから抱き締めれば、ぎゅっと体に力が入りぼそっと出た拒否の言葉。
そんなん手放す訳ないやん。
腕に抱いてるはずなのに薄すぎて手が余り過ぎる。
「私、貴美が抱き枕になってくれへんかったら寝られへん」
「今まで寝れてたでしょう?」
「たった今から寝れんくなったの」
ふふっと笑うと同時に少しだけ体の力が抜けた気がした。
「もっと太って。女の子は柔らかい方がええよ」
「芹香さんがリフトの時に折れちゃいますよ」
「どんとこい」
「芹香さん、ありがとうございます」
「うん」
しばらくして安心したのか規則正しい寝息を立て始めた。
眠って体温が上がった貴美はあったかくて私もウトウトと眠ってしまった。
***
全体稽古が始まって、組子がざわついている。
貴美が歌い出した途端、お稽古場が静まり返った。
みんなが圧倒されているのが分かる。
ほらね。皆がしのごの言えなくなる位の子なんやから実力の差を知ればいい。そしてこの子が努力してきた跡を。
今まで実力を見せつける機会が無かっただけ。
元々可愛らしい顔立ちしてるから顔だけなんてヒソヒソと言ってた奴らを見返してやるんや
お昼休憩に空き教室で光と貴美を見かけて、またなんかしようもんなら怒ってやるとこっそり構えてた私に聞こえて来た声
「貴美、本当にごめん」
「大丈夫です。もう」
「本当は貴美を好きだったんだ。チャンスだと思った。でも体で言うこと聞かせるなんて最低だった。本当ごめん」
なっ。光、好きだったの?
ちょっと待って。
衝撃の事実に驚きと焦りを感じながらも乱入するわけにもいかず見守る。
ちらちらと中を覗きながら待ってれば2人が出てきそうだから慌てて隠れる。
教室から出て光と分かれてふらふらと歩いて行く後ろ姿が見えてこっそり追いかければ、非常階段の扉に手をかけて中へと消えていった。
どこへ行くのだろう。
そっと扉を開ければ、過呼吸みたいになってて懸命に息を整えようと深呼吸しながら踊り場の壁に手をついて蹲っていた。
「貴美」
「せり・・・かさん」
私が来たことにかなり困惑してるみたいだけど、自分じゃ上手く制御できなくなった呼吸を必死に整えようとしている。
正面からそっと抱きしめて背中をさすればしばらく私にしがみついて呼吸を整えるように深く息をしていたけど、ふっと力が抜けた。
貴美が私を頼ってくれたことがすごく嬉しくて堪らなかった。
「ごめんな」
「なんで芹香さんが謝るんですか」
「貴美の柔らかさを感じたくて抱きしめてしもたから」
本当は割って入ってでも連れ出せば貴美をこんな苦しい思いにさせんで良かったんやけど、それを言ったらきっと遠慮してまうから。
理由は自分本位な方がいい。
貴美は少し黙った後、ふふっと笑った。
「もうちょっとだけいいですか?」
「私はいくらでもええよ。大歓迎や」
「ふふっ」
深く息を吐いた貴美に合わせてぎゅうっと抱きしめる力を強める。
ここに居るから安心して。
「芹香さんの腕の中はすごく安心します」
「ほんま?嬉しいわ」
「いつもありがとうございます」
そんなこと言われたらいつまでも離したくなくなるからやめて。
ああ、光には取られたくない。
「柚香さんに謝られました」
「大丈夫やった?」
「思ったより大丈夫じゃ無くて。でも芹香さんを見たら安心して落ち着きました」
ああ、もう好きや
今すぐ連れ去ってしまいたいけど
今は公演の事と考える事が沢山あるから思い悩ませたくない
光には譲る気はさらさらないけど、もう少し我慢しよう。
もう、思いが溢れてしまいそうだけど。
一度始まってしまえばあっという間でとうとう大千秋楽を迎えた。
「最後やね」
「本当にありがとうございました。幸せで貴重な時間を過ごさせていただきました」
「私ね、貴美が大好きだよ」
「私も芹香さんの事大好きです」
私のいう好きと同じじゃないんやろうな。
でもいいの。
例えそうでもいつか振り向かせてみせるから。
一瞬一瞬を焼き付けるようにあっという間の時間だった。
カーテンコール
みなさまの温かい拍手の中観に来てくださった皆様にお礼の言葉を伝えた後、貴美へ向けて言葉を紡ぐ。
「沢山プレッシャーもあったと思う。でも信じてついて来て、一緒に走ってくれてありがとう。」
振り返れば、目にはもう溢れんばかりの涙。我慢してたみたいだけど
私と目があった瞬間に崩壊した模様で手で顔を覆ってる。
「貴美、最後に一言皆さまへお願いします」
ぶんぶんと首を振って遠慮してる貴美の手を取って私の横に並ばせて、さあと背中をポンと叩き促して一歩下がる。
一呼吸置いた後、ゆっくりと話しだした。
「皆さま、本日はご観劇いただきまして本当にありがとうございました。芹香さんが諦めずに導いて下さったお陰で無事に最後まで皆様にお届けする事ができました。感謝しかありません。芹香さん、大好きです。そして見守って下さったお客様、本当に本当にありがとうございました。」
お辞儀をした後私の方を見て笑顔を見せてくれた貴美を思わず抱きしめれば、会場が歓声に包まれる。
「これから私達は家族となり幸せになります。皆様も良い伴侶と出会えます事を祈りながらお別れいたしましょう。」
最後に結ばれるお話だからちょっとぐらいいいよね。
貴美は恥ずかしそうだけど嬉しそうに見えた。
幕が降りる間手を繋いで客席へ手を振る。
公演終わりみんなで打ち上げをした後どうしても一緒に行きたいところがあった。
皆と別れた後、車に乗り込み目的地へ向かう
信号待ちでちらっと盗み見た助手席の貴美の手元に輝く指輪
今回の舞台で婚約指輪を渡すシーンがあるからと私がプレゼントした物
良かったちゃんとつけて来てくれて。
夜景の見える高台
見下ろす景色はなんとも綺麗で澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込む
「凄く綺麗ですね」
「そやろ、貴美に絶対見せたくて」
ふと後ろを見た貴美が後ろの建物の存在に気づく。
「奥はチャペルですか?凄い」
「中入ってみる?」
「え?入れるんですか?」
手を取って扉を開ける。
バージンロードは小さな蝋燭達で照らされている。
「せっかくやから歩いてみようよ」
「わっ、私なんかでいいんでしょうか」
腕を出せばそっとその腕に添えられる手
公演の中でもバージンロードのシーンがあるから緊張しないかなと思ってたけど全然やった。
緊張し過ぎて心臓バクバクや。
バージンロードを歩き切ったら向き合って手を取る。
「貴美、もうこれははめなくていいよね?」
「えっ」
指輪に手をかけ、すっと細い指から指輪を抜けば泣きそうな顔をしている。
舞台が終わったから回収されると思われてるかな。
「今日からはこっち」
ポケットから出したシンプルなシルバーの小さいダイヤがはめ込まれた指輪を代わりにはめる。
「せっ、芹香さん?」
「ずっと外したらあかんよ?」
目をまんまるにして手元の指輪と私の顔を交互に見ている。
「好きや」
「私なんかが・・・」
「貴美の気持ちが知りたい」
少し俯いた後、意を決したような顔をしてこちらを見た。
「私も・・・芹香さんがすきです」
「じゃあ私のお嫁さんになってくれるって事やんな」
「よっ嫁?」
「はい、これ私にはめて」
お揃いの、石の付いていない指輪を手渡して左手を差し出す。
私の手を取る貴美の手の方が震えてる。
「こっ、これはどこの指用なんでしょうか」
「薬指やけど?」
「くっ薬指っ?」
さっきから驚き過ぎでしょ。
結婚指輪は薬指やろ。
「ほら、はよー」
「はっ、はいっ」
「指輪交換完了やな」
真っ赤な顔して私に指輪をはめる姿が可愛すぎて指輪が私の指に収まりきった瞬間抱き寄せた。
「誓って。私だけを永遠に愛すって」
「えっ」
目を見て言って欲しくて体を少し離して見つめる。
恥ずかしいのか目がうるうるしてきてる。
あかん、早く言って。
我慢出来ん。
「ほら。誓ってくれんの?」
「ちっ、誓います」
「私も貴美だけをずっと永遠に愛してるわ」
肩に手を置いてそっとその唇に触れる。
「はい、誓いのキスね」
「展開が早すぎてついていけません」
今にもバタンと倒れそうな貴美をもう一度抱きしめる。
「これで貴美は私のもの」
「・・・芹香さんは私の・・・ですか?」
そっと背中に貴美の腕の感触。
控えめな問いかけが返ってきた
「当たり前やん。もうだいぶ前から貴美のもんやったで」
「どうしよう、幸せです」
「もっと幸せにしたるから覚悟し」
指輪は絶対にずっとつけておく事
分かりました
誰から貰ったか聞かれたらちゃんと大好きなさやかさんから貰いましたって言うんやで
自慢していいんですか?
当たり前や。悪い虫が近寄らんようせんとな
香盤表が出た時から何となく変な空気を感じてた。
でもこの世界は実力と運。
貴美は自己主張が強い方じゃないからあんまり知られてないけど、かなりの実力派。
前に華ちゃん達と自主稽古をしてるところを見かけた事があるんだけど、目を奪われた。彼女の演技と歌声はもっと皆んなが聞くべきだと思った。
だから今回一緒に組めると分かった時から楽しみにしていた。
香盤を見た本人は真っ青な顔してお稽古場のすみに座ってたけど。
もちろん、良くない言葉も聞こえなかった訳じゃない。
否定したかったけど、私の口から否定するより彼女の実力を見せつけてやりたい。
だから敢えて私から普通に話しかけてみた。
そんな言葉聞く必要ないから私の声でかき消してしまえと。
プレッシャーもあるだろうから元気付けたいって親心で近づいたんだけど、知れば知るほどもっと違う顔も見てみたいという感情に自分自身が戸惑いと共になんだか幸せな気持ちになっていた。
これは恋なのかもしれない。
ただ、本当にここ最近の貴美は見てられない。
腰を抱けば日に日に手が余り、デュエットダンスのリフトでもどんどん軽くなっているのが分かる。
もうすぐみんなとのお稽古も始まるというのに。
でも聞いても何でもないって言うから、ご飯誘うくらいしかできない。
とにかく食べて体力付けさせなきゃ。
公演始まったらもっと体力使うんだから倒れたらどうするの。
でもどんどん食は細くなっていくしどうしたものか。
少し前までは結構遅くまで残ってる日もあったのに最近、20時になったら切り上げるようにしてそそくさと帰っていってる。
遅くまでやればいいってものじゃないし、翌日の事もあるからちゃんと休むべきって思ってる。でもその割に日に日に疲れが目に見えて。
お稽古終わりに何かしてるのかな。
チラッとこないだ上級生に聞いた噂、終わった後遅くまで彼氏と遊びまわってるらしいという話。
別に恋愛はしちゃいけないわけじゃないし真面目なあの子がそんな後先考えない事する訳ないって思うんだけどここ最近の集中力の散漫さ、寝不足そうな感じにもしかしてなんて少しだけ思ってしまっていた。
この前少しだけ襟から覗いてた紅い跡を見てしまったのもあるかもしれない。
今日のお稽古中、一瞬だったけど身が入ってないのが見て取れたからとうとう本人に注意してしまった。決して彼氏に嫉妬したとかじゃない。
頑張ってるのはわかってる、でもさお稽古中は集中しないと。
お稽古終わり、話しようとご飯に誘おうと思ったらそそくさとお稽古場を出て行った。珍しい。
ダメ出しされた日は止めても残って練習して帰ろうとするのに。
まあいいか。それなら私は自主稽古をして帰ろうかなと準備をしていたら、ツアー組の華ちゃんが凄い勢いで入ってきた。
「芹香さんっ」
「華ちゃんどうしたの、慌てて」
「貴美を、貴美を助けて下さい」
泣きそうな顔で私に縋り付いてくる。
何があったの。
急いで稽古場を出た私は光の家に向かっていた。
ツアー組の上級生達が貴美がヒロインなのをよく思ってないらしく潰させようとしてるなんて。
あの噂、あの人達から聞いた。
そして今回みれいがヒロインの代役担当で練習してる・・・背筋が凍った。
みれいを推したいからってそんな事許される訳ない。
本人もそんな事望んでるはずがない。
あの日、なんであんなところで会ったのかかわかった。
あれからずっと苦しんでたって事でしょう。
何で相談しないのっ。
いや、気づかなかった私のばかっ。
私の帰り道の途中にある、れいのマンション。
息を整えながらインターホンを鳴らせば、少しして光のびっくりしたような声が聞こえてきた。
「光、忘れ物してたよ」
「え?わざわざ持ってきてくださったんですか、ありがとうございます。」
オートロック解除されて光の部屋へ向かう。
怒りに任せてしまいそうな心を沈めながら、どうか無事でいてと願う。
出来ることならば嘘であってほしいとも思う。
部屋の前のインターホンを押せば光が慌てたように出てきた。
「キキさん、わざわざすみません。私何を忘れてましたかね?」
「取り敢えず中いい?」
このまま招く気もないだろうから私から提案する。
一瞬困った顔したけど、どうぞと促された。
「久しぶりに来たな」
「そうですね」
図々しくもソファーに腰掛ける。
「で、忘れ物って」
「うん、心」
キョトンとした顔で私を見つめる。
「心を忘れちゃってるよ、れい」
「どういう・・・」
「貴美を返してもらいにきた」
「え?」
ここにいないって事は・・・。
立ち上がって、寝室の扉を開ける。
何度も来た事がある勝手知ったる家だからどこがどの部屋かなんてすぐ分かる。
事後の独特の香りに包まれた部屋
来るのが遅かった。また一つ傷を増やしてしまったんだ。
布団を被って小さく丸まって震えてる塊にそっと手を添える
「貴美、迎えに来たよ。帰ろう」
「芹香さん、なんで」
か細い貴美の声は涙声で少し掠れていた。
一向に顔を出す気配はない。
「こんな姿見られたくありませんでした」
「ごめんな、こんなになるまで気づかんくて」
「芹香さんを巻き込みたくなかった」
「なあ、帰って話しようか」
ゆっくりと布団から顔を出した貴美の手を取る。
床に散らばってる剥ぎ取られた服達を拾い集めて渡して部屋を出る。
「れい、今度ちゃんと説明してもらうからな。」
れいにも何か事情があるはず。
でもこんなの見過ごせない。
れいがすみませんと小さくつぶやいた後どちらも口を開かなかったからシーンと静まり返った室内。
寝室から中々出てこない貴美が気になって小さくノックして中へ入ればまだパンツしか履いて無くてぼーっとベットに腰掛けてる。
こんな時によう言わんけど、そんな格好見せられたらたまらん。
さっさと着せようと握り締めてるブラジャーを貴美の手から取り上げて抱き締めるようにしてつけてあげる。
表情なく、服もされるがまま着せられてる姿をみるとなんだか人形みたいだった。元々細い方ではあったけど、ほんと痩せすぎや。
手を引いて立ち上がらせてれいの家を出る。
れいはソファーに座って俯いていた。
貴美の家に着くまでのタクシーの車内はお互い一言も発さなかった。
取り敢えずシャワー浴びたいだろうからお風呂場へ送り出す。
さっきの事もあって心配でバスルームの近くをうろうろしている。
シャワーの音が止まってから随分と経つが一向に出てくる気配も、洗い流す気配もない。
「貴美?」
ノックしても反応ないからそっと浴室の扉を少し開ければ、体をゴシゴシ力一杯擦ってる貴美の背中が見えた。
「ちょっ・・・そんな擦ったら赤くなってまうよ」
「ふっ・・・くっ」
堪えきれなかった涙が貴美の綺麗な瞳から止めどなく溢れていた。
止まることのない手を掴んで制止させる。
「貴美、あかんって」
「やっ」
振り払われた手に何故か私がショックを受けてる。
苦しいのは貴美なのに。
思わず抱きしめる。
「落ち着いて。ほら、私が流してあげるから」
「芹香さん、だめ離して下さい。私・・・」
「ええから。優しく洗わなお肌が可哀想やろ。はい、息吸って、吐いて」
ウォッシュタオルを取り上げて、深呼吸を促せば少し落ち着いたようだから優しく背中から体をなぞる。
私の方が落ち着け。ただ体を流してあげるだけ。
やってあげると言ったものの、私の脳は欲望に支配されていてこの白い細い線の体が瞼閉じても焼き付いてしまうんだろう。
「お洋服泡付いちゃいましたよね、すみません」
「ええって」
リビングに戻り、座って髪の毛をタオルで拭いてあげる。
着て帰れるような服があればいいのですがと私から離れて探しに行こうとするから引き止める。
こんな状態で置いて帰れるわけがない。
「Tシャツとスエット貸して」
「でもそんな格好で帰って大丈夫でしょうか」
「洗濯機貸して?服が乾くまでここで私の面倒見てもーらお」
脱ぎ出した私に慌て出す貴美
あくまで私が泊まりたいから。
彼女が申し訳なく思わなくて良いように振る舞わないとな。
「そんな美しい体曝け出されたら困りますっ」
「じゃあ、Tシャツちょうだい」
私の言葉に慌てて寝室に消えていき、Tシャツとスエットを持って帰って来た。
着替える姿をじっと見つめられて、さっきは自ら見せようとしてたくせにいざ見られると気恥ずかしいというか。
え、見惚れてくれたりしたりしてる?
「あんま見んとって。恥ずかしいわ」
「あ・・・すみませんっ」
期待も込めて茶化せば、はっとしたように背を向けた貴美に笑いが込み上げてしまう。
そんな全力で見らんようにせんでもええやん。
「じゃあここ座って」
ドライヤー片手にソファーに深く腰掛けて足を開いて間に座るよう促す
「でも」
「ほらはよ、風邪ひくで」
いつまでもウジウジしてるから手を掴んで座らせる。
「わっ・・・」
「ほらじっとする」
有無を言わさずドライヤーをオンにして髪を乾かす。
サラサラの髪からシャンプーのいい香りが鼻をくすぐる。
「芹香さん、私綺麗じゃないので離れて欲しいです」
「いやや」
「私・・・」
「もう言わんでええ。今日は」
一緒に布団に入って後ろから抱き締めれば、ぎゅっと体に力が入りぼそっと出た拒否の言葉。
そんなん手放す訳ないやん。
腕に抱いてるはずなのに薄すぎて手が余り過ぎる。
「私、貴美が抱き枕になってくれへんかったら寝られへん」
「今まで寝れてたでしょう?」
「たった今から寝れんくなったの」
ふふっと笑うと同時に少しだけ体の力が抜けた気がした。
「もっと太って。女の子は柔らかい方がええよ」
「芹香さんがリフトの時に折れちゃいますよ」
「どんとこい」
「芹香さん、ありがとうございます」
「うん」
しばらくして安心したのか規則正しい寝息を立て始めた。
眠って体温が上がった貴美はあったかくて私もウトウトと眠ってしまった。
***
全体稽古が始まって、組子がざわついている。
貴美が歌い出した途端、お稽古場が静まり返った。
みんなが圧倒されているのが分かる。
ほらね。皆がしのごの言えなくなる位の子なんやから実力の差を知ればいい。そしてこの子が努力してきた跡を。
今まで実力を見せつける機会が無かっただけ。
元々可愛らしい顔立ちしてるから顔だけなんてヒソヒソと言ってた奴らを見返してやるんや
お昼休憩に空き教室で光と貴美を見かけて、またなんかしようもんなら怒ってやるとこっそり構えてた私に聞こえて来た声
「貴美、本当にごめん」
「大丈夫です。もう」
「本当は貴美を好きだったんだ。チャンスだと思った。でも体で言うこと聞かせるなんて最低だった。本当ごめん」
なっ。光、好きだったの?
ちょっと待って。
衝撃の事実に驚きと焦りを感じながらも乱入するわけにもいかず見守る。
ちらちらと中を覗きながら待ってれば2人が出てきそうだから慌てて隠れる。
教室から出て光と分かれてふらふらと歩いて行く後ろ姿が見えてこっそり追いかければ、非常階段の扉に手をかけて中へと消えていった。
どこへ行くのだろう。
そっと扉を開ければ、過呼吸みたいになってて懸命に息を整えようと深呼吸しながら踊り場の壁に手をついて蹲っていた。
「貴美」
「せり・・・かさん」
私が来たことにかなり困惑してるみたいだけど、自分じゃ上手く制御できなくなった呼吸を必死に整えようとしている。
正面からそっと抱きしめて背中をさすればしばらく私にしがみついて呼吸を整えるように深く息をしていたけど、ふっと力が抜けた。
貴美が私を頼ってくれたことがすごく嬉しくて堪らなかった。
「ごめんな」
「なんで芹香さんが謝るんですか」
「貴美の柔らかさを感じたくて抱きしめてしもたから」
本当は割って入ってでも連れ出せば貴美をこんな苦しい思いにさせんで良かったんやけど、それを言ったらきっと遠慮してまうから。
理由は自分本位な方がいい。
貴美は少し黙った後、ふふっと笑った。
「もうちょっとだけいいですか?」
「私はいくらでもええよ。大歓迎や」
「ふふっ」
深く息を吐いた貴美に合わせてぎゅうっと抱きしめる力を強める。
ここに居るから安心して。
「芹香さんの腕の中はすごく安心します」
「ほんま?嬉しいわ」
「いつもありがとうございます」
そんなこと言われたらいつまでも離したくなくなるからやめて。
ああ、光には取られたくない。
「柚香さんに謝られました」
「大丈夫やった?」
「思ったより大丈夫じゃ無くて。でも芹香さんを見たら安心して落ち着きました」
ああ、もう好きや
今すぐ連れ去ってしまいたいけど
今は公演の事と考える事が沢山あるから思い悩ませたくない
光には譲る気はさらさらないけど、もう少し我慢しよう。
もう、思いが溢れてしまいそうだけど。
一度始まってしまえばあっという間でとうとう大千秋楽を迎えた。
「最後やね」
「本当にありがとうございました。幸せで貴重な時間を過ごさせていただきました」
「私ね、貴美が大好きだよ」
「私も芹香さんの事大好きです」
私のいう好きと同じじゃないんやろうな。
でもいいの。
例えそうでもいつか振り向かせてみせるから。
一瞬一瞬を焼き付けるようにあっという間の時間だった。
カーテンコール
みなさまの温かい拍手の中観に来てくださった皆様にお礼の言葉を伝えた後、貴美へ向けて言葉を紡ぐ。
「沢山プレッシャーもあったと思う。でも信じてついて来て、一緒に走ってくれてありがとう。」
振り返れば、目にはもう溢れんばかりの涙。我慢してたみたいだけど
私と目があった瞬間に崩壊した模様で手で顔を覆ってる。
「貴美、最後に一言皆さまへお願いします」
ぶんぶんと首を振って遠慮してる貴美の手を取って私の横に並ばせて、さあと背中をポンと叩き促して一歩下がる。
一呼吸置いた後、ゆっくりと話しだした。
「皆さま、本日はご観劇いただきまして本当にありがとうございました。芹香さんが諦めずに導いて下さったお陰で無事に最後まで皆様にお届けする事ができました。感謝しかありません。芹香さん、大好きです。そして見守って下さったお客様、本当に本当にありがとうございました。」
お辞儀をした後私の方を見て笑顔を見せてくれた貴美を思わず抱きしめれば、会場が歓声に包まれる。
「これから私達は家族となり幸せになります。皆様も良い伴侶と出会えます事を祈りながらお別れいたしましょう。」
最後に結ばれるお話だからちょっとぐらいいいよね。
貴美は恥ずかしそうだけど嬉しそうに見えた。
幕が降りる間手を繋いで客席へ手を振る。
公演終わりみんなで打ち上げをした後どうしても一緒に行きたいところがあった。
皆と別れた後、車に乗り込み目的地へ向かう
信号待ちでちらっと盗み見た助手席の貴美の手元に輝く指輪
今回の舞台で婚約指輪を渡すシーンがあるからと私がプレゼントした物
良かったちゃんとつけて来てくれて。
夜景の見える高台
見下ろす景色はなんとも綺麗で澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込む
「凄く綺麗ですね」
「そやろ、貴美に絶対見せたくて」
ふと後ろを見た貴美が後ろの建物の存在に気づく。
「奥はチャペルですか?凄い」
「中入ってみる?」
「え?入れるんですか?」
手を取って扉を開ける。
バージンロードは小さな蝋燭達で照らされている。
「せっかくやから歩いてみようよ」
「わっ、私なんかでいいんでしょうか」
腕を出せばそっとその腕に添えられる手
公演の中でもバージンロードのシーンがあるから緊張しないかなと思ってたけど全然やった。
緊張し過ぎて心臓バクバクや。
バージンロードを歩き切ったら向き合って手を取る。
「貴美、もうこれははめなくていいよね?」
「えっ」
指輪に手をかけ、すっと細い指から指輪を抜けば泣きそうな顔をしている。
舞台が終わったから回収されると思われてるかな。
「今日からはこっち」
ポケットから出したシンプルなシルバーの小さいダイヤがはめ込まれた指輪を代わりにはめる。
「せっ、芹香さん?」
「ずっと外したらあかんよ?」
目をまんまるにして手元の指輪と私の顔を交互に見ている。
「好きや」
「私なんかが・・・」
「貴美の気持ちが知りたい」
少し俯いた後、意を決したような顔をしてこちらを見た。
「私も・・・芹香さんがすきです」
「じゃあ私のお嫁さんになってくれるって事やんな」
「よっ嫁?」
「はい、これ私にはめて」
お揃いの、石の付いていない指輪を手渡して左手を差し出す。
私の手を取る貴美の手の方が震えてる。
「こっ、これはどこの指用なんでしょうか」
「薬指やけど?」
「くっ薬指っ?」
さっきから驚き過ぎでしょ。
結婚指輪は薬指やろ。
「ほら、はよー」
「はっ、はいっ」
「指輪交換完了やな」
真っ赤な顔して私に指輪をはめる姿が可愛すぎて指輪が私の指に収まりきった瞬間抱き寄せた。
「誓って。私だけを永遠に愛すって」
「えっ」
目を見て言って欲しくて体を少し離して見つめる。
恥ずかしいのか目がうるうるしてきてる。
あかん、早く言って。
我慢出来ん。
「ほら。誓ってくれんの?」
「ちっ、誓います」
「私も貴美だけをずっと永遠に愛してるわ」
肩に手を置いてそっとその唇に触れる。
「はい、誓いのキスね」
「展開が早すぎてついていけません」
今にもバタンと倒れそうな貴美をもう一度抱きしめる。
「これで貴美は私のもの」
「・・・芹香さんは私の・・・ですか?」
そっと背中に貴美の腕の感触。
控えめな問いかけが返ってきた
「当たり前やん。もうだいぶ前から貴美のもんやったで」
「どうしよう、幸せです」
「もっと幸せにしたるから覚悟し」
指輪は絶対にずっとつけておく事
分かりました
誰から貰ったか聞かれたらちゃんと大好きなさやかさんから貰いましたって言うんやで
自慢していいんですか?
当たり前や。悪い虫が近寄らんようせんとな