T.SERIKA
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ずっと気付いてはいた。
でも知らないふりしてた。
そうすればずっと一緒にいられるから。
心がここになくてもそばにいる事実だけでも握りしめていたくて。
差し出されたその手を離したくなくて見て見ぬふりをしていた。
「もうやめなよ」
「なにを」
「無理して笑うの」
無理なんてしてない。
「自分を大切にしなよ」
哀れむように私を抱きしめるほのちゃんの腕にそっと収まった。
*****
「貴美ちゃん、好きなんよ」
花組配属になってずっと憧れて好きだった芹香さん。
雲の上の存在だと思ってた芹香さんに好きだと言っていただいた。
少しはにかんだような笑顔と優しい声にドキドキして、私なんかが芹香さんの横に並ぶなんて畏れ多いとは思ったが
こんな奇跡ないからお付き合いさせていただく事となった。
一緒に帰る約束をしてお稽古場からうきうきしていた。
「貴美なんか楽しそうだね」
「ほのちゃん、聞いて。芹香さんに好きだって言われちゃった」
私の気持ちを知っているほのちゃんには報告しときたくて。
うきうきの私とは裏腹にほのちゃんの顔はなんだか微妙な表情だった。
「付き合うって事?」
「うん」
「貴美、言いづらいんだけどさ」
「なあに」
「見て憧れてる分にはいいと思ってたけど、やめた方がいいと思う」
まさか反対されると思わなくて少しショック。
ふと顔を上げれば私たちと反対側の壁側に座っている芹香さんと目が合った。
笑顔で小さく手を振ってくださるけど、振り返すなんて恥ずかしくて微笑んで合図するくらいしかできなかった。
「ちゃんと警戒するんだよ。簡単に心許したらダメ」
「ほのちゃんは心配性だなー。」
あんな天使の微笑みに裏があるわけない。
お昼休憩中、通りかかった空き教室から楽しそうに盛り上がってらっしゃる93期さん達の声が聞こえてきた。芹香さんと、他の組の方もいらっしゃるみたい。
「なにさやか、オッケーだったの?」
「うん。」
「じゃあ楽しみだね、何日かなぁ」
「1ヶ月!貴美ガード固そうじゃん」
「いや、さやかの甘ーい囁きで2週間位じゃない?」
どれくらいで私と芹香さんが関係を持つかでかけまで始まった。
そういう事か・・・。
そうだよね、漫画の世界みたいな出来事に浮かれていた私
でもそんな世界なんてある訳など無くて。
何をショックを受ける事があろうか。当然の事実ってやつだ。
「今日一緒に帰る約束してるからキス位なら今日やな」
「きゃー、さやかちゃん手が早い」
さっきの言葉も笑顔も全部作り物だったんだ。
でも何で私なんだろう。他にも素敵な人は沢山いるのに。
私はどちらかというと目立たないほうで華やかな人達の中に埋もれがち。
・・・だからか。その方が都合がいいのかもしれない。
そう考えるとすっと腑に落ちた。
ほのちゃんには言えないな。
ほらみろって言われて別れるべきだって言われてしまうだろう。
もしかしたら本心じゃないかもしれない。
あんなに浮足立ってた気持ちもあっさり地に落ちた。
すっかり外も暗くなったお稽古終わり、待ち合わせして一緒に帰る。
きっと何も知らなかったら幸せだったんだろうな。
横を歩く芹香さんの肩が触れそうで触れない位の距離
「貴美?」
「はい」
「どうした元気ないやん。疲れた?」
原因はあなたです。
そんなこと言う勇気なくて首を振る位しか出来なかった。
ふと触れた手。
びっくりして立ち止まって芹香さんを見れば、優しい笑顔でそっとキスされた。
まやかしのキス
そこに気持ちは無くて、スリルとギャンブルだけ。
分かってるのにやっぱり好きな人とのキスが嬉しくない訳ない。
お隣に居られるのならばとことん知らないふりをしよう。そう決めた。
あの日から3ヶ月。
嘘の関係を続けている。
あんな話聞いてしまったから早々に関係は終了すると覚悟していたんだけど、芹香さんは一向に私に手を出す気配がない。
思ったような子じゃなかったとか?手を出す価値もないとか。
ならば何故別れないのか?
色々考えるけど、答えは出そうにないし芹香さんに別れを告げられる日までその手を自ら離す勇気はまだない。
今日は芹香さんのお家にお招きいただいた。
この3か月で何度かお邪魔したことはある。
いつもご飯を一緒に作って、くつろいで。
なんて事ない時間だけど幸せ。
現実から目を背けて嘘の恋人を演じる。
私が作ってきたケーキでも食べながら宝塚のブルーレイでも見ようということになって、ローテーブルとソファーの間に並んで座る。
芹香さんの好きないちごを乗せたケーキ。
いちごを目の前にした芹香さんは一段と可愛い笑顔で見てる私まで嬉しくなってしまう。
芹香さんの大好きな真風さんが出てらっしゃる公演を見ながらお互い集中して聞こえるのはTVの音だけ。
ちょっとトイレと一時停止してトイレから戻った芹香さんに声を掛けた。
「ゆりかさん相変わらずかっこいですね」
「なあ、いつになったらさやかって呼んでくれるん」
「私にはレベルが高いです」
そう言って誤魔化してアイスティーのストローに口をつける。
さやかさんなんて呼べる訳ない。
距離をちゃんと保ってないといつかくる終わりの日に立ち直れないから。
「今呼んで」
「え?」
真剣な表情でこちらを向いてぐっと顔を寄せてくる。
何だか今日の芹香さんはいつもより強引。
ああ、もしかして今日こそ終わりと言うことか。
「さっ・・・」
名前一つ呼ぶのがこんなに怖いなんて。
今日で終わりかもしれない。いつだってそう覚悟してきたのに。
目頭が熱くくなる。
芹香さんはじっと私の口が名前を紡ぐのを待ってらっしゃる。
「さ・・・さやかさんっ」
「なあん?」
芹香さんの口から満足そうなお返事。
お顔を見る勇気が無くて俯いて言った私を下から覗き込んでこられた。
「なあん?」
「なんって・・・」
「呼んだんやから用件どうぞ」
「芹香さんが呼べって言ったんじゃないですか」
用件もなにもあるわけない。
にやりと微笑んだ芹香さんに見惚れていたら、芹香さんの背景は天井に変わっていた。
「さやかやって言ったやろ」
「っ・・・」
「出来ひん子にはしっかり教えてあげななぁ」
手首を抑えられていて抵抗出来ない。
ふふっと笑った芹香さんの唇が近づいてくる。
「んっ」
「ほら、呼んで」
「さっ・・・ん」
「え?ちゃんと呼ばな聞こえんなぁ」
「さっ・・・んんっ」
私が口を開こうとする度に芹香さんの口付けの雨が降ってきて邪魔される。
こんなんじゃ一生呼べないまま私は溶けてしまうかもしれない。
啄むような口付けは次第に深いものとなり、もうさやかさんの事しか考えられない。
「貴美、そんな顔できるんやな」
私を見下ろしながらペロリと唇を舐めた芹香さんが色っぽくて見てる私の方が恥ずかしくなる。
「もっと欲しい」
「さやかさん・・・私も・・・」
一瞬目を見開いた芹香さんは今までで1番優しく微笑んで私の唇に唇を重ねた。今日も嘘に溺れていく。
***
「え?さやか、まだなの?」
「どんだけガード固いのよ」
「さやか4人目にして苦戦中だね」
「言わんとって」
「いつまで付き合う気」
「諦めて早く次に行った方がいいんじゃない?」
同期と軽い遊びの気持ちで始めたゲーム
誰がどれくらいモテるのか。
どれくらいで落とせるか。
最初はそんなの馬鹿げてると思ってたけど、気づけば感覚は麻痺してきてなんも感じなくなっていた。
集まった空き教室
一向に進展のない私にみんな言いたい放題。
付き合い始めて3か月経つが何となく手を出せないでいた。
今までの子たちは1ヶ月もかからなく手を出して終了してたからなんかすごく長く一緒にいる気がする。
隣にいるのが安心感があって自然で心地いい。
なんで手を出さないのかって言われたらうまく説明できないけど、まっすぐに向けられた瞳の奥に光が感じられなかったから。
私への想いが。
好きやって言う前、いやあの日はまだ私への想いが感じられたのに。
今までの子らは私が好きでたまらんって目で見つめられて過ごしたから何となく違う気がして。
一線置いたような距離感がもどかしくてもっと近づいてみたくなる。
したいって言えばきっと貴美はイエスと言うだろうけど、そうじゃなくて心ごと欲しくて。
なんだろう。前は心なんてなくてもできたのに。
無理そうなら諦めて次に行けばいい。
確かにそうだけどもう少しその手を握っていたかった。
「このまま1週間進展なしならさやか罰ゲームね」
「そんなんルールになかったやん」
急に終わりのリミットを決められて少し焦って言い返したとき
カタンという音がしてふと教室の入り口から廊下を見れば見覚えのある背中が見えた
もしかして今の話聞かれた?
「貴美っ」
「いやぁ、まんまと騙されてしまいました」
慌てて追いかけた私の声に振り返った貴美はあはは、と笑いながら一歩ずつ後ろに下がっていく。
それに合わせるように私の足が貴美へと近づくけど距離は平行線のまま。
「貴美」
「私、芹香さんの事大好きでしたよ。気持ちだけじゃだめですかね。罰ゲームになっちゃいますか・・・」
立ち止まって俯いた貴美に近づこうとした私に顔を上げ力なく微笑んだ。
「明日からは元の上級生と下級生としてまたよろしくお願いします。」
いままでありがとうございましたと泣きそうな顔をこらえるように微笑んで背を向けて走っていってしまった。
その背中を掻き抱いて引き留めたいのに私の手は空を掴んだ。
私にそんな資格ない。
あの子を傷つけた私には。
「どうして守って下さらなかったんですか」
「あすか」
掴んだ拳を見つめてそこから動くことが出来ず心がざわざわしている。
後ろから聞こえた声にびっくりして振り向けばあすかが立ってた。
「私皆さんがやってる事知ってます。でも最近のキキさんは貴美をちゃんと見てくださってると思ってたのに」
ぐっと拳を握りしめたあすかはキッと私を睨みつけてきた。
「貴美も全部知ってましたよ」
「え?」
「全部知っててそれでもキキさんと居る事を選んだんです」
知ってた?
いつから?
「貴美の想いを踏みにじらないで下さい」
最後に宣戦布告をして貴美を追いかけていく背中をただ茫然と見つめていた。
****
終わりの時は突然に訪れた。
知らないふりなんて、なんて事なかったのに。
いつか終わることだって分かってたのにいざその時が来ると人はたじろいでしまうらしい。
私もつくづく間が悪い女だな。
93期さんたちが例の話をしていらっしゃる場にまた遭遇してしまった。
でもなんで芹香さんが私に手を出さないのか理由が分かるかもしれない。
そう思ったらそこから動けないでいた。
この前、初めてさやかさんと呼んだ日だってキスだけで終わった。
盗み聞きなんて悪趣味だとわかってるけどじっと耳を澄ませる。
聞こえてくる言葉に胸が痛いけど本当の事を知りたい。
罰ゲーム・・・。
このままじゃ芹香さんは罰ゲームなんだな。
いい加減に私からでもお誘いして関係を終わらせるべき?
そんな事を考えていたらふと手からすり抜けたファイルが床で音を立てた。
まずい。
急いでその場を去ったけど、後ろから一番気付いてほしくなかった人の声。
「貴美っ」
「いやぁ、まんまと騙されてしまいました」
なんて返事したらいいのか分からなくてバカなふりして笑うけど、ちゃんと笑えてる自信ないや
芹香さんの困ったようなお顔を見てられなくて精一杯の笑顔でお辞儀をして背中を向けた。
泣いてるところなんて見られたくない。
追いかけてくる気配もない。
そうだよね、手放すきっかけがなかったのかもしれない。
きっと清々してらっしゃるだろう。
次の人探すのかな。
空き教室に逃げ込んだ途端崩れ落ちて涙が溢れて止まらなかった。
偽りの関係でも芹香さんといれればそれでいいと思ってたんです。
それでもあなたの時折見せてくださる優しい眼差しに幸せを感じていたんです。
そばに居れればいいと思ってたのにいつしか愛されたいと望んでしまうようになった自分が怖かった。
その瞳に私を映して欲しいと。
いい下級生でいれなくなった私を許してください。
「貴美」
まさか誰か入ってくると思わなくてびっくりして一瞬体に力が入ったけど、振り返らなくても声で分かる。
「ほのちゃん」
「だから言ったじゃん」
私の前にしゃがみ込んだほのちゃんは呆れたような口調だけど顔は泣きそうだった。
そっと抱きしめてくれたほのちゃんに縋り付くように泣いた。
***
「おはようございます」
「おは・・・よう」
あれから何度かけても電話に出てもらえずLINEも既読にならなくて
気になって気になって寝れなかった。
翌日お稽古場に入ってきた貴美はいつもと変わらない風の笑顔で私の方がなんだかぎこちなくなってしまった。
でもよく見れば心なしか目が腫れてる。
その原因はきっと私なのに隠して普通に接しようと自分に向けられた作られた笑顔に胸が締めつけられる。
「貴美来て」
「ほのちゃん」
手招いたあすかの所に行って、横並びで一緒にスマホを覗き込んでいる。
落ち込んだりしてるかと思ったけど意外と普通
そう見せようとしてるだけなのか。
それより近ない?
同期だし、仲良しなのは分かってるけどそんな顔寄せる必要ある?
宣戦布告されたせいか何だか気が気じゃない。
「おはよう」
「みりおさんおはようございます」
「あら、2人楽しそうね」
「そう・・・ですね」
私の横に立って2人に目を向けて微笑むみりおさん。
・・・なんや貴美私といた時より楽しそうやん。
あんな笑顔するんや。
「顔怖いよ?」
「そうですか?」
「嫉妬深い彼氏は疎まれるよ」
嫉妬?
私が貴美に執着してるっていうの?
「あれ、あすか昨日と服一緒じゃない?」
「ん。貴美ん家泊まったから」
「えー!私も呼んで欲しかったー」
「電話したよ」
なに、2人で夜を過ごしたってこと?
私だってお泊まりなんてしたことないのに。
いや、毎回ちゃんと終電には帰ろうとして貴美が泊まろうとしなかっただけ。
それを名残惜しく思いながら引き留めなかった私も私だ。
なんだか悔しい。
同期ってだけで恋人だった私より彼女を独占されてるような。
まあ、今の私は彼氏の資格さえもないけど。
次の公演では貴美と一緒のシーンがある。
彼女にとっては嫌やろうけど2人でやっとちゃんと話が出来るチャンス。
「貴美、自主稽古つきあって」
「はい。よろしくお願いします」
何の変わりもない笑顔
変わらないからこそ苦しい。
自主稽古と称して帰るのを引き留めた。
あすかが何か言いたそうな顔してたけど見ないふり。
ええやん、昨日一晩一緒に居たんやろ。
面と向かってちゃんと話す勇気が無くて手を取って向き合い、ステップ踏みながら声をかける。
「いつから知ってたん」
そんなこと聞いてどうするんだって感じなんだけど。
一瞬ぴくっとなった肩はすぐにすっと力が抜けた。
「最初から知ってました」
最初から・・・。
「皆さんがお話されてるのを聞いてしまって」
それって好きやって言った日やん。
あの会話も知ってたってことか。
じゃあキスされるのも分かってた?
「それでも好きだったので見て見ぬふりしてました。すみません」
なんで貴美が謝るん。
騙してたのは、貴美の想いを利用したのは私なんに。
体を寄せ合ってるから表情は見て取れないけど動きが止まる気配もない。
今日習ったところをなぞるようにスムーズに動く体。
「戻りたいとか思ってませんので心配しないで下さい」
ふと体を離して何の未練もなさそうにほほ笑む
言いたいのはそういう事ちゃうんよ。
戻りたいとは思わない・・・か。
前なら後腐れない関係万歳だったのになんだか寂しい。
「貴美」
「はい」
「本当にごめん」
「嫌だな謝らないで下さいよ。惨めになります」
微笑んだ目はうるんでいるように見えた。
その瞳に吸い込まれるように目が離せずに見つめていた。
「さあ今までの事は全部忘れて練習しましょう。公私混同はいけません」
腕をぽんと叩かれてはっと我に返った。
全部忘れてしまうん?
私との休日も過ごした時間も、キスも。
いやや。・・・そうか。
今更だけど言わないといけない気がした。
もうこのままこの手を離せばあすかのところにいってしまうかもしれない。
貴美にとってはその方が幸せになれるかもしれんけど諦めたくない。
「私、本気で貴美が好き」
「ありがとうございます。でもそういうのもう大丈夫です。」
にこりと微笑んだ貴美。
完全に信用してない目だ。
「好きとかよく分かりません」
こんなにまで追い詰めてしまったのか。
自分のしてきた事の重さを改めて思い知らされる。
「もう一度一緒に知ろう、好きを」
この子を幸せにしたい。
私じゃだめかもしれないけど。
「これ以上、芹香さんが苦しむような事はやめて下さい」
「本気なんよ。手を離したくない」
「芹香さん」
「チャンスが欲しい。お願いや」
頭を下げる。
こんな情けない上級生嫌やろうけど離したくないって心が言ってる。
貴美がイエスと言ってくれるまでここから動かない。
「こんな事言ってあほみたいやって自分でも分ってる。でも・・・」
「・・・もうっ、わかりましたから頭上げてください」
「ほんまに?ええの?よっしゃ」
あかん。嬉しすぎて思わずガッツポーズしてしまった。
戒めなんやから真面目にせな。
「ごめん」
「ふふっ」
しょぼんとした私に笑ってくれた。
久しぶりの笑顔。嬉しいなあ。
何だか胸が温かくなる。
思ってる以上に好きかもしれん
「一つだけ聞いてもいいですか」
「なあに?」
「なんで・・・その・・・」
「手を出さなかったのか?」
聞きづらそうにじっと私を見てうなずいた。
「私の事見る目に光が無かったから」
「光・・・」
「だからいつか光が宿った時にそうなりたいと思ってた。でもその光を消した原因は私自身なんやけどね」
自業自得。
その言葉に尽きる。
「気づいてなかったけど多分本当に好きやったんやな、告白する前から。私を見て欲しいと思ってたんやと思う。こんな事言われても信用できるかって感じやろけど」
「私に魅力が無かったんだろうなって思ってました」
「そんなんちゃうよ。そりゃ本当はさ・・・」
そんな関係になりたかった。
そう言いかけて、自分が聞いてきたくせに真っ赤な顔して恥ずかしそうにしてる貴美を見て私も恥ずかしくなってしまった。
何だかわだかまりが解けて心の距離が一歩近づいたような私たちの関係。
自分の気持ちがはっきり分かったからにはもう何も迷うことない。
付き合ってた時も一緒にいることは多かった方やけど、四六時中貴美にっくっついてまわった。
「あっ、あの」
「なーん」
「恥ずかしいのでもう少し離れていただきたいのですが・・・」
「いやや。一ミリも離れたくない」
今日もお稽古場でひっつきもっつきしている。
貴美の隣をぴったりと陣取って皆の呆れたような視線なんて関係ない。
私は真の愛に目覚めたのだ。
なんだかふわふわして幸せ。
なんてすがすがしいんだろうか。
「芹香さん」
「いやや」
「まだ何も言ってない」
「離れてって言うんやろ?」
「今日ご飯行きませんかって言おうと思ったのに。いやなんですね?」
なっ!そんなん嫌なわけない。
むしろ初めてお誘いいただいた記念日になってまうやん。
「残念」
「行く!絶対行く!生田先生に残れって言われてもすっぽかしてでも行くわ」
「それはだめでしょ」
「今日は初めての誘われた記念日やわ」
「なんですかそのサラダ記念日みたいな」
何だかすっかり私の方が手のひらで転がされてる気がするけど
ウキウキで廊下を歩いてたら後ろから声をかけられた。
「芹香さん」
「げっ」
「今日のお稽古ののち少しお時間よろしいですか」
「先生、今日は絶対にだめです。サラダ記念日なので」
「サラダ・・・?」
呆然としてる生田先生を置いて逃げた。
****
「何あれ、キキはどうしたの」
「さゆみさん、心入れ替えたんだそうです。貴美の信頼を勝ち取るために頑張ってらっしゃるみたいですけどなんだか・・・」
「あれはただキキが甘えたいだけで貴美の気持ちとか関係ないよね」
「否めないです」
頑張るとは言われたんだけどなんだか違う方向に行ってる気がするのは私だけではないようだ。
数日前、お稽古終わりに呼び止められた。
大方貴美の事だろう
「今更なんやけど私、貴美の事好きやって気づいた」
「かなり今更ですね」
「信頼回復に努めたいと思ってる。」
「貴美の心の負担になるのなら応援はできません」
「うん。きちんと貴美にお話しして了承してもらえたらあすかとはライバルや」
「今度は貴美を裏切らないでくださいよ」
「約束する」
嬉しそうにお稽古場に戻って行かれた。
「本当に手のかかる人」
でも憎めない大好きな上級生だからこそ幸せになってもらいたい。
貴美は大事な大事な同期だから
「本当はちょっぴし本気だったんだけどな」
***
サラダ記念日
今日はご飯。ご飯。ごはーん。
うきうきの私はお稽古終わってそそくさと着替えて貴美からの連絡を待つ
・・・。来ない。連絡がこない
何で?
何かあった?大丈夫かな?
不安になった私はちょっと探しに出ることにした。
うろうろしてたらお稽古場から聞こえてきた会話。
「なに、キキと付き合うの?」
「いや、それは・・・」
「何人も遊ばれてるんだよ?本気なわけないじゃん。」
あれは星組の・・・。
確かにそうや。でも今は本気で好きなんやもん譲ることはできん。
貴美の頬に手を当てて近づく顔に私は頭に血が上ったように思いっきり開けた扉、目をまん丸にして振り向く貴美。
「芹香さん」
「私の大事にしたい子なんです。ちょっかい出さんとってください」
「キキ、本気なの?」
「はい。貴美、行こう」
貴美に歩み寄り手を取れば大人しく付いてくる。
押し黙ったまま廊下を歩いて角を曲がり、1個目の空き教室に入る。
扉が閉まった音と同時に貴美を腕の中に閉じ込める。
「せっ、芹香さん?」
「もー。良かった」
もうちょっとで手出されるとこやったのに、脳天気に首をかしげてる貴美が恨めしくなる。
「貴美は隙がありすぎなんよ。ちゅーされてまうとこやったのに」
「え?そうなんですか?」
びっくりしてる貴美に私の方がびっくりやわ。
「もう、ほんま気を付けて。私気が気じゃないわ」
「心配してくださるんですか?」
「当たり前やろ?好きな子が他の人に手出されそうになって心配せん奴がどこにおるん」
「そっか・・・ふふ」
急に嬉しそうに可愛い顔するから思わずその唇にキスした。
「ほら、隙だらけ」
「なっ・・・」
当の本人は真っ赤な顔をして口をぱくぱくさせてるけど。
「ほら、サラダ記念日なんやから行こう」
「まだ言ってるんですか」
くすくすと笑いながら付いてくる貴美
「ほんで今日は何処にご飯行く?」
「私の家とかどうでしょう?」
「へ?」
思わず立ち止まる。
今まで貴美のおうちにお邪魔したことなんてない。
行きたいと言った事はあったけど、なんとなくはぐらかされて行った事無かった。
「だめですか?」
「そんなことないけど。いいん?」
「変な芹香さん」
なんだか今日の貴美はいつもと違う。
なんやろ。
ご飯に誘って貰ったり、おうちに呼んで貰ったり。
嬉しいけどなんやろうこのざわざわする心は。
好きって言ってもらえるのかもしれないと必死に心を落ち着かせようとするけど、
さっきのお稽古場で私と付き合うのかって聞かれていやって言ってたよね。
もしかして正式にお断りされる?
お店じゃ断りづらいからおうちでとか?
結局色々考えちゃって一緒にお買い物をしてる間も心ここにあらずで、
おうちに着けば貴美の香りに包まれた部屋になんだか緊張する。
「大丈夫ですか?」
「へ?」
「なんだか今日変ですよ?」
変なのはそっちや。
そう言いたいけど、来て早々に自爆して追い返されるのも辛い。
いや、引き伸ばされてさよならも悲しいな。
結局意気地なしの私はご飯を一緒に作る間も、ご飯中も真相に触れられずにいた。
たわいもない話をするだけ。
聞くのが怖い。
でもいつまでもうじうじしててもあかんのはわかってる。
お片付けも終わってテレビの前に2人並んで腰掛けた時に意を決して口を開いた。
「なんで家に呼んでくれたん?」
「それは・・・言わなければならない事があって」
気まずそうに目を逸らされるからやはり終わりのお話なんや。
でも今までの自分の行いから考えれば当然か。
信頼回復への道は遠かったんやろか。
こちらに体を向けて正座した
「その・・・私、やっぱり芹香さんとは前みたいには・・・」
「そうやんな」
「ごめんなさい」
「うん。分かってる。ごめんな」
「なーんて。え?・・・ちょっ芹香さん泣かないで下さいよ」
頭を下げてた貴美が顔を上げてぎょっとしている。
ああ、さっきからなんや視界がぼやけるなと思ったら涙やったんか。
思った以上にこたえたみたい。
慌てて私の涙を拭こうとポケットからハンカチを出して拭ってくれるけど、優しくせんどいて。自業自得やから
「あっあの・・・」
涙を拭ってくれてた手を掴んで精一杯笑って思いを伝える。
「幸せになるんやで。ああ、欲を言えば私が幸せにしたかったわ」
声が震えそうになるのを堪えて見つめればふっと目を細めて笑ってくれた。
「幸せにしてくれないんですか」
「だって私とは」
「泣かれちゃうとは思わなくて。いじわるが過ぎましたね」
眉を下げてごめんなさいと言われるけど全然頭がついて行かなくて貴美の言葉の意図することが分からない。
「前みたいな偽りの関係は嫌です」
「うん。反省してる」
「もー。だから。芹香さんとちゃんと恋人同士になりたいです」
「はえ?」
拍子抜けしすぎて変な声がでた。
今きっとぱちぱちと擬音がぴったりな程瞬きしてると思う。
「なってくださらないんでしょうか」
「え?は?え?なるなるなる」
貴美は私を好き?
ほんまに?
「私、貴美が大好き。恋人になってください」
右手を伸ばして頭を下げる。
「よろしくお願いします」
そっと握られた手をぐっと引き寄せて抱きしめる。
やっと捕まえた。
ああ、大好きや。
「芹香さん苦しいですっ」
「いやや、今幸せ噛み締めてるとこなんやから」
「じゃあ、私も」
そっと背中にまわされた手にぎゅっと胸が熱くなる。
もっと触れたい。
そっと体を離して見つめ合った瞳には光が満ちていた。
私を見つめる、欲しかった瞳や。
その光に吸い込まれるように唇を寄せた。
絶対に大事にする。手放したくない。
前みたいな関係にはなられへんって言うから終わったと思ったわ
そこまでは言ってないですけど、みんながちょっとお灸を据えといた方がいいって言うのでいじわるしちゃいました。まさか泣かれるとは
いや、ほんまに忘れて
.
でも知らないふりしてた。
そうすればずっと一緒にいられるから。
心がここになくてもそばにいる事実だけでも握りしめていたくて。
差し出されたその手を離したくなくて見て見ぬふりをしていた。
「もうやめなよ」
「なにを」
「無理して笑うの」
無理なんてしてない。
「自分を大切にしなよ」
哀れむように私を抱きしめるほのちゃんの腕にそっと収まった。
*****
「貴美ちゃん、好きなんよ」
花組配属になってずっと憧れて好きだった芹香さん。
雲の上の存在だと思ってた芹香さんに好きだと言っていただいた。
少しはにかんだような笑顔と優しい声にドキドキして、私なんかが芹香さんの横に並ぶなんて畏れ多いとは思ったが
こんな奇跡ないからお付き合いさせていただく事となった。
一緒に帰る約束をしてお稽古場からうきうきしていた。
「貴美なんか楽しそうだね」
「ほのちゃん、聞いて。芹香さんに好きだって言われちゃった」
私の気持ちを知っているほのちゃんには報告しときたくて。
うきうきの私とは裏腹にほのちゃんの顔はなんだか微妙な表情だった。
「付き合うって事?」
「うん」
「貴美、言いづらいんだけどさ」
「なあに」
「見て憧れてる分にはいいと思ってたけど、やめた方がいいと思う」
まさか反対されると思わなくて少しショック。
ふと顔を上げれば私たちと反対側の壁側に座っている芹香さんと目が合った。
笑顔で小さく手を振ってくださるけど、振り返すなんて恥ずかしくて微笑んで合図するくらいしかできなかった。
「ちゃんと警戒するんだよ。簡単に心許したらダメ」
「ほのちゃんは心配性だなー。」
あんな天使の微笑みに裏があるわけない。
お昼休憩中、通りかかった空き教室から楽しそうに盛り上がってらっしゃる93期さん達の声が聞こえてきた。芹香さんと、他の組の方もいらっしゃるみたい。
「なにさやか、オッケーだったの?」
「うん。」
「じゃあ楽しみだね、何日かなぁ」
「1ヶ月!貴美ガード固そうじゃん」
「いや、さやかの甘ーい囁きで2週間位じゃない?」
どれくらいで私と芹香さんが関係を持つかでかけまで始まった。
そういう事か・・・。
そうだよね、漫画の世界みたいな出来事に浮かれていた私
でもそんな世界なんてある訳など無くて。
何をショックを受ける事があろうか。当然の事実ってやつだ。
「今日一緒に帰る約束してるからキス位なら今日やな」
「きゃー、さやかちゃん手が早い」
さっきの言葉も笑顔も全部作り物だったんだ。
でも何で私なんだろう。他にも素敵な人は沢山いるのに。
私はどちらかというと目立たないほうで華やかな人達の中に埋もれがち。
・・・だからか。その方が都合がいいのかもしれない。
そう考えるとすっと腑に落ちた。
ほのちゃんには言えないな。
ほらみろって言われて別れるべきだって言われてしまうだろう。
もしかしたら本心じゃないかもしれない。
あんなに浮足立ってた気持ちもあっさり地に落ちた。
すっかり外も暗くなったお稽古終わり、待ち合わせして一緒に帰る。
きっと何も知らなかったら幸せだったんだろうな。
横を歩く芹香さんの肩が触れそうで触れない位の距離
「貴美?」
「はい」
「どうした元気ないやん。疲れた?」
原因はあなたです。
そんなこと言う勇気なくて首を振る位しか出来なかった。
ふと触れた手。
びっくりして立ち止まって芹香さんを見れば、優しい笑顔でそっとキスされた。
まやかしのキス
そこに気持ちは無くて、スリルとギャンブルだけ。
分かってるのにやっぱり好きな人とのキスが嬉しくない訳ない。
お隣に居られるのならばとことん知らないふりをしよう。そう決めた。
あの日から3ヶ月。
嘘の関係を続けている。
あんな話聞いてしまったから早々に関係は終了すると覚悟していたんだけど、芹香さんは一向に私に手を出す気配がない。
思ったような子じゃなかったとか?手を出す価値もないとか。
ならば何故別れないのか?
色々考えるけど、答えは出そうにないし芹香さんに別れを告げられる日までその手を自ら離す勇気はまだない。
今日は芹香さんのお家にお招きいただいた。
この3か月で何度かお邪魔したことはある。
いつもご飯を一緒に作って、くつろいで。
なんて事ない時間だけど幸せ。
現実から目を背けて嘘の恋人を演じる。
私が作ってきたケーキでも食べながら宝塚のブルーレイでも見ようということになって、ローテーブルとソファーの間に並んで座る。
芹香さんの好きないちごを乗せたケーキ。
いちごを目の前にした芹香さんは一段と可愛い笑顔で見てる私まで嬉しくなってしまう。
芹香さんの大好きな真風さんが出てらっしゃる公演を見ながらお互い集中して聞こえるのはTVの音だけ。
ちょっとトイレと一時停止してトイレから戻った芹香さんに声を掛けた。
「ゆりかさん相変わらずかっこいですね」
「なあ、いつになったらさやかって呼んでくれるん」
「私にはレベルが高いです」
そう言って誤魔化してアイスティーのストローに口をつける。
さやかさんなんて呼べる訳ない。
距離をちゃんと保ってないといつかくる終わりの日に立ち直れないから。
「今呼んで」
「え?」
真剣な表情でこちらを向いてぐっと顔を寄せてくる。
何だか今日の芹香さんはいつもより強引。
ああ、もしかして今日こそ終わりと言うことか。
「さっ・・・」
名前一つ呼ぶのがこんなに怖いなんて。
今日で終わりかもしれない。いつだってそう覚悟してきたのに。
目頭が熱くくなる。
芹香さんはじっと私の口が名前を紡ぐのを待ってらっしゃる。
「さ・・・さやかさんっ」
「なあん?」
芹香さんの口から満足そうなお返事。
お顔を見る勇気が無くて俯いて言った私を下から覗き込んでこられた。
「なあん?」
「なんって・・・」
「呼んだんやから用件どうぞ」
「芹香さんが呼べって言ったんじゃないですか」
用件もなにもあるわけない。
にやりと微笑んだ芹香さんに見惚れていたら、芹香さんの背景は天井に変わっていた。
「さやかやって言ったやろ」
「っ・・・」
「出来ひん子にはしっかり教えてあげななぁ」
手首を抑えられていて抵抗出来ない。
ふふっと笑った芹香さんの唇が近づいてくる。
「んっ」
「ほら、呼んで」
「さっ・・・ん」
「え?ちゃんと呼ばな聞こえんなぁ」
「さっ・・・んんっ」
私が口を開こうとする度に芹香さんの口付けの雨が降ってきて邪魔される。
こんなんじゃ一生呼べないまま私は溶けてしまうかもしれない。
啄むような口付けは次第に深いものとなり、もうさやかさんの事しか考えられない。
「貴美、そんな顔できるんやな」
私を見下ろしながらペロリと唇を舐めた芹香さんが色っぽくて見てる私の方が恥ずかしくなる。
「もっと欲しい」
「さやかさん・・・私も・・・」
一瞬目を見開いた芹香さんは今までで1番優しく微笑んで私の唇に唇を重ねた。今日も嘘に溺れていく。
***
「え?さやか、まだなの?」
「どんだけガード固いのよ」
「さやか4人目にして苦戦中だね」
「言わんとって」
「いつまで付き合う気」
「諦めて早く次に行った方がいいんじゃない?」
同期と軽い遊びの気持ちで始めたゲーム
誰がどれくらいモテるのか。
どれくらいで落とせるか。
最初はそんなの馬鹿げてると思ってたけど、気づけば感覚は麻痺してきてなんも感じなくなっていた。
集まった空き教室
一向に進展のない私にみんな言いたい放題。
付き合い始めて3か月経つが何となく手を出せないでいた。
今までの子たちは1ヶ月もかからなく手を出して終了してたからなんかすごく長く一緒にいる気がする。
隣にいるのが安心感があって自然で心地いい。
なんで手を出さないのかって言われたらうまく説明できないけど、まっすぐに向けられた瞳の奥に光が感じられなかったから。
私への想いが。
好きやって言う前、いやあの日はまだ私への想いが感じられたのに。
今までの子らは私が好きでたまらんって目で見つめられて過ごしたから何となく違う気がして。
一線置いたような距離感がもどかしくてもっと近づいてみたくなる。
したいって言えばきっと貴美はイエスと言うだろうけど、そうじゃなくて心ごと欲しくて。
なんだろう。前は心なんてなくてもできたのに。
無理そうなら諦めて次に行けばいい。
確かにそうだけどもう少しその手を握っていたかった。
「このまま1週間進展なしならさやか罰ゲームね」
「そんなんルールになかったやん」
急に終わりのリミットを決められて少し焦って言い返したとき
カタンという音がしてふと教室の入り口から廊下を見れば見覚えのある背中が見えた
もしかして今の話聞かれた?
「貴美っ」
「いやぁ、まんまと騙されてしまいました」
慌てて追いかけた私の声に振り返った貴美はあはは、と笑いながら一歩ずつ後ろに下がっていく。
それに合わせるように私の足が貴美へと近づくけど距離は平行線のまま。
「貴美」
「私、芹香さんの事大好きでしたよ。気持ちだけじゃだめですかね。罰ゲームになっちゃいますか・・・」
立ち止まって俯いた貴美に近づこうとした私に顔を上げ力なく微笑んだ。
「明日からは元の上級生と下級生としてまたよろしくお願いします。」
いままでありがとうございましたと泣きそうな顔をこらえるように微笑んで背を向けて走っていってしまった。
その背中を掻き抱いて引き留めたいのに私の手は空を掴んだ。
私にそんな資格ない。
あの子を傷つけた私には。
「どうして守って下さらなかったんですか」
「あすか」
掴んだ拳を見つめてそこから動くことが出来ず心がざわざわしている。
後ろから聞こえた声にびっくりして振り向けばあすかが立ってた。
「私皆さんがやってる事知ってます。でも最近のキキさんは貴美をちゃんと見てくださってると思ってたのに」
ぐっと拳を握りしめたあすかはキッと私を睨みつけてきた。
「貴美も全部知ってましたよ」
「え?」
「全部知っててそれでもキキさんと居る事を選んだんです」
知ってた?
いつから?
「貴美の想いを踏みにじらないで下さい」
最後に宣戦布告をして貴美を追いかけていく背中をただ茫然と見つめていた。
****
終わりの時は突然に訪れた。
知らないふりなんて、なんて事なかったのに。
いつか終わることだって分かってたのにいざその時が来ると人はたじろいでしまうらしい。
私もつくづく間が悪い女だな。
93期さんたちが例の話をしていらっしゃる場にまた遭遇してしまった。
でもなんで芹香さんが私に手を出さないのか理由が分かるかもしれない。
そう思ったらそこから動けないでいた。
この前、初めてさやかさんと呼んだ日だってキスだけで終わった。
盗み聞きなんて悪趣味だとわかってるけどじっと耳を澄ませる。
聞こえてくる言葉に胸が痛いけど本当の事を知りたい。
罰ゲーム・・・。
このままじゃ芹香さんは罰ゲームなんだな。
いい加減に私からでもお誘いして関係を終わらせるべき?
そんな事を考えていたらふと手からすり抜けたファイルが床で音を立てた。
まずい。
急いでその場を去ったけど、後ろから一番気付いてほしくなかった人の声。
「貴美っ」
「いやぁ、まんまと騙されてしまいました」
なんて返事したらいいのか分からなくてバカなふりして笑うけど、ちゃんと笑えてる自信ないや
芹香さんの困ったようなお顔を見てられなくて精一杯の笑顔でお辞儀をして背中を向けた。
泣いてるところなんて見られたくない。
追いかけてくる気配もない。
そうだよね、手放すきっかけがなかったのかもしれない。
きっと清々してらっしゃるだろう。
次の人探すのかな。
空き教室に逃げ込んだ途端崩れ落ちて涙が溢れて止まらなかった。
偽りの関係でも芹香さんといれればそれでいいと思ってたんです。
それでもあなたの時折見せてくださる優しい眼差しに幸せを感じていたんです。
そばに居れればいいと思ってたのにいつしか愛されたいと望んでしまうようになった自分が怖かった。
その瞳に私を映して欲しいと。
いい下級生でいれなくなった私を許してください。
「貴美」
まさか誰か入ってくると思わなくてびっくりして一瞬体に力が入ったけど、振り返らなくても声で分かる。
「ほのちゃん」
「だから言ったじゃん」
私の前にしゃがみ込んだほのちゃんは呆れたような口調だけど顔は泣きそうだった。
そっと抱きしめてくれたほのちゃんに縋り付くように泣いた。
***
「おはようございます」
「おは・・・よう」
あれから何度かけても電話に出てもらえずLINEも既読にならなくて
気になって気になって寝れなかった。
翌日お稽古場に入ってきた貴美はいつもと変わらない風の笑顔で私の方がなんだかぎこちなくなってしまった。
でもよく見れば心なしか目が腫れてる。
その原因はきっと私なのに隠して普通に接しようと自分に向けられた作られた笑顔に胸が締めつけられる。
「貴美来て」
「ほのちゃん」
手招いたあすかの所に行って、横並びで一緒にスマホを覗き込んでいる。
落ち込んだりしてるかと思ったけど意外と普通
そう見せようとしてるだけなのか。
それより近ない?
同期だし、仲良しなのは分かってるけどそんな顔寄せる必要ある?
宣戦布告されたせいか何だか気が気じゃない。
「おはよう」
「みりおさんおはようございます」
「あら、2人楽しそうね」
「そう・・・ですね」
私の横に立って2人に目を向けて微笑むみりおさん。
・・・なんや貴美私といた時より楽しそうやん。
あんな笑顔するんや。
「顔怖いよ?」
「そうですか?」
「嫉妬深い彼氏は疎まれるよ」
嫉妬?
私が貴美に執着してるっていうの?
「あれ、あすか昨日と服一緒じゃない?」
「ん。貴美ん家泊まったから」
「えー!私も呼んで欲しかったー」
「電話したよ」
なに、2人で夜を過ごしたってこと?
私だってお泊まりなんてしたことないのに。
いや、毎回ちゃんと終電には帰ろうとして貴美が泊まろうとしなかっただけ。
それを名残惜しく思いながら引き留めなかった私も私だ。
なんだか悔しい。
同期ってだけで恋人だった私より彼女を独占されてるような。
まあ、今の私は彼氏の資格さえもないけど。
次の公演では貴美と一緒のシーンがある。
彼女にとっては嫌やろうけど2人でやっとちゃんと話が出来るチャンス。
「貴美、自主稽古つきあって」
「はい。よろしくお願いします」
何の変わりもない笑顔
変わらないからこそ苦しい。
自主稽古と称して帰るのを引き留めた。
あすかが何か言いたそうな顔してたけど見ないふり。
ええやん、昨日一晩一緒に居たんやろ。
面と向かってちゃんと話す勇気が無くて手を取って向き合い、ステップ踏みながら声をかける。
「いつから知ってたん」
そんなこと聞いてどうするんだって感じなんだけど。
一瞬ぴくっとなった肩はすぐにすっと力が抜けた。
「最初から知ってました」
最初から・・・。
「皆さんがお話されてるのを聞いてしまって」
それって好きやって言った日やん。
あの会話も知ってたってことか。
じゃあキスされるのも分かってた?
「それでも好きだったので見て見ぬふりしてました。すみません」
なんで貴美が謝るん。
騙してたのは、貴美の想いを利用したのは私なんに。
体を寄せ合ってるから表情は見て取れないけど動きが止まる気配もない。
今日習ったところをなぞるようにスムーズに動く体。
「戻りたいとか思ってませんので心配しないで下さい」
ふと体を離して何の未練もなさそうにほほ笑む
言いたいのはそういう事ちゃうんよ。
戻りたいとは思わない・・・か。
前なら後腐れない関係万歳だったのになんだか寂しい。
「貴美」
「はい」
「本当にごめん」
「嫌だな謝らないで下さいよ。惨めになります」
微笑んだ目はうるんでいるように見えた。
その瞳に吸い込まれるように目が離せずに見つめていた。
「さあ今までの事は全部忘れて練習しましょう。公私混同はいけません」
腕をぽんと叩かれてはっと我に返った。
全部忘れてしまうん?
私との休日も過ごした時間も、キスも。
いやや。・・・そうか。
今更だけど言わないといけない気がした。
もうこのままこの手を離せばあすかのところにいってしまうかもしれない。
貴美にとってはその方が幸せになれるかもしれんけど諦めたくない。
「私、本気で貴美が好き」
「ありがとうございます。でもそういうのもう大丈夫です。」
にこりと微笑んだ貴美。
完全に信用してない目だ。
「好きとかよく分かりません」
こんなにまで追い詰めてしまったのか。
自分のしてきた事の重さを改めて思い知らされる。
「もう一度一緒に知ろう、好きを」
この子を幸せにしたい。
私じゃだめかもしれないけど。
「これ以上、芹香さんが苦しむような事はやめて下さい」
「本気なんよ。手を離したくない」
「芹香さん」
「チャンスが欲しい。お願いや」
頭を下げる。
こんな情けない上級生嫌やろうけど離したくないって心が言ってる。
貴美がイエスと言ってくれるまでここから動かない。
「こんな事言ってあほみたいやって自分でも分ってる。でも・・・」
「・・・もうっ、わかりましたから頭上げてください」
「ほんまに?ええの?よっしゃ」
あかん。嬉しすぎて思わずガッツポーズしてしまった。
戒めなんやから真面目にせな。
「ごめん」
「ふふっ」
しょぼんとした私に笑ってくれた。
久しぶりの笑顔。嬉しいなあ。
何だか胸が温かくなる。
思ってる以上に好きかもしれん
「一つだけ聞いてもいいですか」
「なあに?」
「なんで・・・その・・・」
「手を出さなかったのか?」
聞きづらそうにじっと私を見てうなずいた。
「私の事見る目に光が無かったから」
「光・・・」
「だからいつか光が宿った時にそうなりたいと思ってた。でもその光を消した原因は私自身なんやけどね」
自業自得。
その言葉に尽きる。
「気づいてなかったけど多分本当に好きやったんやな、告白する前から。私を見て欲しいと思ってたんやと思う。こんな事言われても信用できるかって感じやろけど」
「私に魅力が無かったんだろうなって思ってました」
「そんなんちゃうよ。そりゃ本当はさ・・・」
そんな関係になりたかった。
そう言いかけて、自分が聞いてきたくせに真っ赤な顔して恥ずかしそうにしてる貴美を見て私も恥ずかしくなってしまった。
何だかわだかまりが解けて心の距離が一歩近づいたような私たちの関係。
自分の気持ちがはっきり分かったからにはもう何も迷うことない。
付き合ってた時も一緒にいることは多かった方やけど、四六時中貴美にっくっついてまわった。
「あっ、あの」
「なーん」
「恥ずかしいのでもう少し離れていただきたいのですが・・・」
「いやや。一ミリも離れたくない」
今日もお稽古場でひっつきもっつきしている。
貴美の隣をぴったりと陣取って皆の呆れたような視線なんて関係ない。
私は真の愛に目覚めたのだ。
なんだかふわふわして幸せ。
なんてすがすがしいんだろうか。
「芹香さん」
「いやや」
「まだ何も言ってない」
「離れてって言うんやろ?」
「今日ご飯行きませんかって言おうと思ったのに。いやなんですね?」
なっ!そんなん嫌なわけない。
むしろ初めてお誘いいただいた記念日になってまうやん。
「残念」
「行く!絶対行く!生田先生に残れって言われてもすっぽかしてでも行くわ」
「それはだめでしょ」
「今日は初めての誘われた記念日やわ」
「なんですかそのサラダ記念日みたいな」
何だかすっかり私の方が手のひらで転がされてる気がするけど
ウキウキで廊下を歩いてたら後ろから声をかけられた。
「芹香さん」
「げっ」
「今日のお稽古ののち少しお時間よろしいですか」
「先生、今日は絶対にだめです。サラダ記念日なので」
「サラダ・・・?」
呆然としてる生田先生を置いて逃げた。
****
「何あれ、キキはどうしたの」
「さゆみさん、心入れ替えたんだそうです。貴美の信頼を勝ち取るために頑張ってらっしゃるみたいですけどなんだか・・・」
「あれはただキキが甘えたいだけで貴美の気持ちとか関係ないよね」
「否めないです」
頑張るとは言われたんだけどなんだか違う方向に行ってる気がするのは私だけではないようだ。
数日前、お稽古終わりに呼び止められた。
大方貴美の事だろう
「今更なんやけど私、貴美の事好きやって気づいた」
「かなり今更ですね」
「信頼回復に努めたいと思ってる。」
「貴美の心の負担になるのなら応援はできません」
「うん。きちんと貴美にお話しして了承してもらえたらあすかとはライバルや」
「今度は貴美を裏切らないでくださいよ」
「約束する」
嬉しそうにお稽古場に戻って行かれた。
「本当に手のかかる人」
でも憎めない大好きな上級生だからこそ幸せになってもらいたい。
貴美は大事な大事な同期だから
「本当はちょっぴし本気だったんだけどな」
***
サラダ記念日
今日はご飯。ご飯。ごはーん。
うきうきの私はお稽古終わってそそくさと着替えて貴美からの連絡を待つ
・・・。来ない。連絡がこない
何で?
何かあった?大丈夫かな?
不安になった私はちょっと探しに出ることにした。
うろうろしてたらお稽古場から聞こえてきた会話。
「なに、キキと付き合うの?」
「いや、それは・・・」
「何人も遊ばれてるんだよ?本気なわけないじゃん。」
あれは星組の・・・。
確かにそうや。でも今は本気で好きなんやもん譲ることはできん。
貴美の頬に手を当てて近づく顔に私は頭に血が上ったように思いっきり開けた扉、目をまん丸にして振り向く貴美。
「芹香さん」
「私の大事にしたい子なんです。ちょっかい出さんとってください」
「キキ、本気なの?」
「はい。貴美、行こう」
貴美に歩み寄り手を取れば大人しく付いてくる。
押し黙ったまま廊下を歩いて角を曲がり、1個目の空き教室に入る。
扉が閉まった音と同時に貴美を腕の中に閉じ込める。
「せっ、芹香さん?」
「もー。良かった」
もうちょっとで手出されるとこやったのに、脳天気に首をかしげてる貴美が恨めしくなる。
「貴美は隙がありすぎなんよ。ちゅーされてまうとこやったのに」
「え?そうなんですか?」
びっくりしてる貴美に私の方がびっくりやわ。
「もう、ほんま気を付けて。私気が気じゃないわ」
「心配してくださるんですか?」
「当たり前やろ?好きな子が他の人に手出されそうになって心配せん奴がどこにおるん」
「そっか・・・ふふ」
急に嬉しそうに可愛い顔するから思わずその唇にキスした。
「ほら、隙だらけ」
「なっ・・・」
当の本人は真っ赤な顔をして口をぱくぱくさせてるけど。
「ほら、サラダ記念日なんやから行こう」
「まだ言ってるんですか」
くすくすと笑いながら付いてくる貴美
「ほんで今日は何処にご飯行く?」
「私の家とかどうでしょう?」
「へ?」
思わず立ち止まる。
今まで貴美のおうちにお邪魔したことなんてない。
行きたいと言った事はあったけど、なんとなくはぐらかされて行った事無かった。
「だめですか?」
「そんなことないけど。いいん?」
「変な芹香さん」
なんだか今日の貴美はいつもと違う。
なんやろ。
ご飯に誘って貰ったり、おうちに呼んで貰ったり。
嬉しいけどなんやろうこのざわざわする心は。
好きって言ってもらえるのかもしれないと必死に心を落ち着かせようとするけど、
さっきのお稽古場で私と付き合うのかって聞かれていやって言ってたよね。
もしかして正式にお断りされる?
お店じゃ断りづらいからおうちでとか?
結局色々考えちゃって一緒にお買い物をしてる間も心ここにあらずで、
おうちに着けば貴美の香りに包まれた部屋になんだか緊張する。
「大丈夫ですか?」
「へ?」
「なんだか今日変ですよ?」
変なのはそっちや。
そう言いたいけど、来て早々に自爆して追い返されるのも辛い。
いや、引き伸ばされてさよならも悲しいな。
結局意気地なしの私はご飯を一緒に作る間も、ご飯中も真相に触れられずにいた。
たわいもない話をするだけ。
聞くのが怖い。
でもいつまでもうじうじしててもあかんのはわかってる。
お片付けも終わってテレビの前に2人並んで腰掛けた時に意を決して口を開いた。
「なんで家に呼んでくれたん?」
「それは・・・言わなければならない事があって」
気まずそうに目を逸らされるからやはり終わりのお話なんや。
でも今までの自分の行いから考えれば当然か。
信頼回復への道は遠かったんやろか。
こちらに体を向けて正座した
「その・・・私、やっぱり芹香さんとは前みたいには・・・」
「そうやんな」
「ごめんなさい」
「うん。分かってる。ごめんな」
「なーんて。え?・・・ちょっ芹香さん泣かないで下さいよ」
頭を下げてた貴美が顔を上げてぎょっとしている。
ああ、さっきからなんや視界がぼやけるなと思ったら涙やったんか。
思った以上にこたえたみたい。
慌てて私の涙を拭こうとポケットからハンカチを出して拭ってくれるけど、優しくせんどいて。自業自得やから
「あっあの・・・」
涙を拭ってくれてた手を掴んで精一杯笑って思いを伝える。
「幸せになるんやで。ああ、欲を言えば私が幸せにしたかったわ」
声が震えそうになるのを堪えて見つめればふっと目を細めて笑ってくれた。
「幸せにしてくれないんですか」
「だって私とは」
「泣かれちゃうとは思わなくて。いじわるが過ぎましたね」
眉を下げてごめんなさいと言われるけど全然頭がついて行かなくて貴美の言葉の意図することが分からない。
「前みたいな偽りの関係は嫌です」
「うん。反省してる」
「もー。だから。芹香さんとちゃんと恋人同士になりたいです」
「はえ?」
拍子抜けしすぎて変な声がでた。
今きっとぱちぱちと擬音がぴったりな程瞬きしてると思う。
「なってくださらないんでしょうか」
「え?は?え?なるなるなる」
貴美は私を好き?
ほんまに?
「私、貴美が大好き。恋人になってください」
右手を伸ばして頭を下げる。
「よろしくお願いします」
そっと握られた手をぐっと引き寄せて抱きしめる。
やっと捕まえた。
ああ、大好きや。
「芹香さん苦しいですっ」
「いやや、今幸せ噛み締めてるとこなんやから」
「じゃあ、私も」
そっと背中にまわされた手にぎゅっと胸が熱くなる。
もっと触れたい。
そっと体を離して見つめ合った瞳には光が満ちていた。
私を見つめる、欲しかった瞳や。
その光に吸い込まれるように唇を寄せた。
絶対に大事にする。手放したくない。
前みたいな関係にはなられへんって言うから終わったと思ったわ
そこまでは言ってないですけど、みんながちょっとお灸を据えといた方がいいって言うのでいじわるしちゃいました。まさか泣かれるとは
いや、ほんまに忘れて
.