F.NOZOMI
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運命の赤い糸
結ばれる事が約束された相手
あなたは信じる?
「あやちゃん?」
東京公演、休演日
買い物に出かけた先でふと後ろから声をかけられた。
振り向けば可愛らしい女の人。にこりと笑った顔で記憶がフラッシュバックされた。
「貴美?」
「良かったー。違ったらどうしようと思ってドキドキしちゃった。」
忘れるはずもない、幼なじみ。
歳は4歳離れてるけど、家が近所でよく遊んでて。
私が貴美のお姉さんだって言って回ってた。
貴美も私の後ろをよくついて回って、バレエ教室も一緒だったし、一緒にピアノ弾いたり歌ったりそれこそごっこ遊びとかよくしたものだ。いつも手繋いで回って。
男の子っぽい私と対照的に女の子感溢れる貴美は小さな恋人同士のように見られる事が多かった。
貴美は大きくなったら私のお嫁さんになるって言って貴美のお父さんを泣かせたり。
学校に通いだしてからは学年が離れてるから小学校の時は少しだけ被ってた位だけどそれでも変わらず遊んでて。
私が宝塚に行くと決まった時は大泣きしてたっけ。
こんなところで会えると思ってなかったから、久しぶりに話したくなって一緒にカフェに入った。窓側の席に通されて窓側に貴美を促す。
向かい合って座れば懐かしいあの地元のカフェを思い出す。
よく一緒に行って何時間も取り留めのない話をしたな。
ロイヤルミルクティーのグラスに刺さったストローをクルクルしながら嬉しそうに話しだした貴美
「大活躍だね。今や飛ぶ鳥を落とす勢いの花組スターさんだもん」
「まだまだだよ。貴美は今何してるの?」
「私は東宝の演劇部で企画と演出の仕事してる」
「夢が叶ったんだね」
うん、と嬉しそうに話す貴美にほっとする。
こんな風にまた笑い合えると思ってなかった。
貴美は怒ってないのかな、私の事。
「ひとくち頂戴?」
私の頼んだアップルサイダーを見つめて子供みたいな顔してる
昔からそう。
必ず私の食べてるものをひとくち欲しがる。
それが分かってて私も私で自分が好きなものというより、貴美が好きそうなものを選ぶ癖があったな。
普段ならコーヒーを頼む私が今日これを選んだのも無意識にその癖が出てしまった。
時間は経っても癖は変わらないものなんだな。
グラスを差し出せば嬉しそうに口をつけるけど、それ間接キスなの分かってるのかな。
「ねえ、覚えてる?小さい頃私があやちゃんのお嫁さんになるんだーって言ってたの」
「うん、貴美のお父さん泣いてたよね」
「そう。あやちゃんがテレビに出るたびにその話まだ言ってるんだよ」
貴美と会うのは本当10年ぶり位
大事な大事な幼なじみ
貴美のお母さんは今でもうちの母と仲良しで一緒に観に来てくれる。
又聞きで貴美が元気にしてるらしい事だけは聞いてた。
そして色々なはじめての相手でもある。
結婚すると言ってた小さい頃に、はじめてのキス
キスといってもただ、唇をくっつけただけのちゅう位のレベルの。テレビドラマを真似て貴美の部屋で、貴美はお母さんのストールを頭に乗っけて結婚式ごっこでおもちゃの指輪を交換して誓いのキスをした。
2人だけの秘密にしたの覚えてるだろうか。
その頃から好きだったんだと思うんだけど私が高2の夏、はじめて恋を自覚した。
中学に上がった貴美が男の子から告白されたと聞いて取られたくない想いに駆られて。
でもその恋心を伝えるには壁が大きすぎた。
結局貴美はその人と付き合ったんだけど、長くは続かなかった。慰めながらもホッとしてる自分がいた。
私が宝塚音楽学校へ進学するのが決まったのを告げるのと併せて勇気を振り絞って想いを伝えた。
離れ離れになる前にこの想いに区切りをつけたかった。
振られるならそれはそれでいい。
「私もあやちゃんが好き」
泣きながら返ってきた思いもよらぬ返事に私のほうが固まってしまって貴美からのキスで我に返った位だった。
想いが一緒だと分かれば遠く離れ難くなって、やってくる別れの日まで寂しさを埋めるように放課後毎日のように一緒に過ごした。
そして翌日には兵庫へ発つという日、初めて私達は大人になった。
離れてても想いが一緒ならきっとやっていける。そう思ってた。
宝塚での生活は思った以上にハードで。
貴美からの連絡にも返信が遅くなる事しばしば。
それでもたまの電話や実家に帰れた時は会いに行ってた。
卒業して初舞台も、それからの舞台も観に来てくれてたんだけど忙しい日々に連絡も疎かになり、自然消滅みたいな形になってしまった。
気づけば連絡先も変わっちゃってて連絡も取れなくて。実家の母に聞けば連絡先なんて簡単にまた教えてもらえるんだろうけど、私が原因だし申し訳なさが勝って聞くに聞けなかった。
いや、今更って拒まれるのが怖かったんだと思う。ずっと会いたかった。
「良かった。今日あやちゃんに会えて」
「本当、私も良かったよ」
「これで前に進める気がする」
にこりと笑った貴美の笑顔。
ああ、忘れもしない寂しいのを隠して笑う時の顔だ。
10年前の事を責められてもおかしくないのに何もなかったように接してくれる変わらない優しさに甘えてしまった。
でもまた会いたい。だってこんなに心が貴美を求めてる。
「本当?」
「やだな、その見透かしたような顔するのやめてよ」
苦笑いしながら今夜彼氏と約束してて、先日受けたプロポーズの返事をするのだと言う。
その彼と結婚するって事?折角再会できたのに私の手の届かない所に行ってしまうの
「やめなよ」
「え?」
「戻っておいで私のとこに」
「なんでそんな事いうの。」
俯いた貴美の声は震えてる。
でもさ本当に彼と結婚したかったらプロポーズされた時、すぐ返事できるでしょう。
今更かもしれないけど、今の私なら貴美を受け止める力あると思う。連絡もしないでいて言えた立場じゃないけど。
手を握ればそっと振り解かれる手。
「今更だよ、ずっと待ってたのに」
「ごめん」
「ずるいよ」
それは自分が1番分かってる。
でも今この手を放すなって心が言ってる。
「やり直そう?」
「今度はいなくならないで」
しばらく、いや大分長いこと考えた後、そっと私の手を取った貴美の不安そうな目。
絶対にいなくなったりしないと約束する。
全部ぶつけて?全部受け止めるから。まずは今までの空白の時間を埋めよう、沢山話して。
彼からのプロポーズを断って別れてきた貴美を連れてホテルの部屋に戻る。
もっとちゃんと話したくて。
「大丈夫?」
「うん、彼は大丈夫では無さそうだったけど」
ごめんね、貴美の彼さん。
私に今日会わなければ貴美はあなたと永遠を誓ってたかもしれない。
でも心はずっと私にあったみたいだから申し訳ないけど諦めて欲しい。
私の元に戻ってきたからもう私のもの。
やっと取り戻したんだから誰にも渡さない。
「ずっと忘れられなかった」
後ろから抱きしめて肩に顎を乗せる、ものすごく久しぶりなはずなのに昨日の事のように感じる。会いたかった。どんな恋も長続きしなかったのは心のどこかに貴美が居たから。
抱きしめる腕を解いて貴美をこちらに向かせ頬に手を当てて口付けた後、おでこをくっつけて見つめ合う。
宝塚に旅立ったあの日の私たちみたいに。でも今日は離れ離れになるキスではない、ここからまた始まりのキス
「私もだよ」
潤んだ瞳に想いが溢れてめちゃくちゃにしてしまいそう。
ワンピースの前ボタンを外せば重力に逆らえずに下に落ちようとずれて白い肩が露わになる。
そっと首筋に口付ければびくんと跳ねる体。
振動でするりと床に落ちたワンピース、下着だけになってしまった貴美は恥ずかしそうに体を隠そうとするから制止してぎゅっと抱きしめる。
「あやちゃんっ」
「貴美、抱きたい」
耳元で囁いた私の言葉に反応するようにじわっと上がる貴美の体温。もっと私に感じて。
どれだけ時間が経ったか分からない。
会えなかった時間を埋めるように愛を確かめ合った。
むせ返すような甘ったるい香り漂うベットルーム、何度目か分からない絶頂を迎え大きく体が跳ねた後ふっと力が抜けてベットに体を預けた貴美は欲情的な目で私を見つめ掠れた声で名前を呼ぶからその瞳に吸い込まれるようにまた顔を近づけ口付ける。
「んっもう、むりっ」
「まだ足りない」
もっと欲しい、全部。
全部を取り戻すよう、お互いの肌を感じるように朝まで離れることは無かった。
「あやちゃん、起きて」
「ん・・・もうちょっと」
優しく揺さぶられるけど、貴美を布団に引きずり戻して後ろ抱きにして貴美の髪に顔を埋める。
「昨日の貴美、毎晩思い出しちゃうかも」
「やだっ」
忘れてと身を捩って腕から抜け出そうとするからがっちりホールドする。まだ公演は続くしこの部屋に帰って来るたびに思い出して切ない夜を過ごすんだろう。
でもまだ公演が続くってことは近くにいられて会えるって事でしょ?
「あーずっとここに閉じ込めたい」
「何それ」
くすくすと笑われるけど、毎日貴美が帰りを待っててくれると思ったらより頑張れてしまう。
そんな余裕ないだろうし、現実的じゃないのは分かってる。でもそれくらい好きって事。
「今更なんだけど、あやちゃん彼女とかいないの?」
「はあ?私が浮気で貴美を抱いたと思ってるの」
消え入りそうな声で、恐ろしい事を言い出した貴美に猛抗議する。そんなふうに思われてたなら悲しい。
少し前に別れた子ならいるけど。
ちゃんとお別れして独り身で過ごしてたとこに貴美と再会したの。もしかしたら付き合ってても貴美と再会したら別れてたかも知れないけど。
貴美は別れたばかりなのに、自分のものにしようと抱いたのは大人気なかったと思ってる。
「だってあやちゃんモテるし」
「心配しなくてもずっと貴美だけ」
何か言いたげな貴美
言い淀んだけど、私に促されてやっと小さめな声でぽつりぽつりと話してくれた。
「何回テレビの向こうのあやちゃんに問いかけたか分からない。何で連絡くれないの。もう好きじゃないならそう言ってくれればいいのにって」
「ごめんね。私が悪かったの、待っててくれる貴美に甘えてた。でももう離れたくないの」
それからすぐ雪組に組み替えになり、忙しいなりにも貴美とは連絡を取って貴美が宝塚に遊びに来たり、東京公演中はちょくちょく泊まりに行ったり。いや、大分入り浸ってた。
トップという立場をいただいてから益々忙しくなり、貴美も仕事が順調で数ヶ月に一回会えるかな位の日々。それでも今すごく幸せ。
「さようなら」
無事に千秋楽を迎え、明日から少し時間があるから一緒に何して過ごそうかと思っていた私を地獄に突き落とすような言葉。
「なんで?」
「もう無理」
そのメッセージのやり取りの後いくら電話しても出てくれない。
LINEしても返事が返ってくる事はなかった。
何かした?なんで。家に会いに行ってみたけど会ってもらえなくて
それから一年、時間は待ってくれない。
もやもやを抱えたままがむしゃらに舞台に向き合ってきた。
東京公演になればそわそわしちゃって、家の近くまで行ったりしたけど彼女とは会えることもなく。
あの日みたいに偶然出会えるんじゃないかとか意味もなく出掛けてみたり。
そんな頑張りも虚しく時は過ぎて卒業公演の集合日がやってきた。見てもらいたかったな、私の集大成。
貴美元気かな。
「高瀬貴美と申します。よろしくお願いします。」
お稽古場に現れた貴美を見た瞬間、心臓が飛び出るんじゃないかと思うぐらい高鳴る鼓動。
息ができなくなりそうになった。でも何で?今まで会いたくても会ってもらえなかったのにこんな形でまた再会するなんて。
演出補佐にと上田先生が是非にとお願いしたらしい。そんな事例今までなかったからお稽古場はざわついてる。
ねえ、私の出演する公演だって分かってて来てるんだよね。
上田先生は私達が知り合いだって事知らなさそうだけど。
貴美は何も無かったかのように、他人のふりで演技説明の時以外目が合う事も無かった。
貴美が気になって全然頭に入ってこなくて早速ダメ出しされる始末。終了後、確認点があると彼女を呼び止めてお稽古場に連れ込んだ。
「まさか貴美にまた会えるとは思わなかった」
「会いたく無かったでしょ、ごめんね」
申し訳なさそうに眉を下げながらもどこか冷たい声。
目もろくに合わせてくれない。ちゃんと私を見て
「こんなとこ見られたら、あの可愛い彼女に怒られちゃうよ」
「彼女?」
「いいよ、ごまかさなくても」
さっさとお稽古場を出て行こうとする貴美を引き留める。何のことかさっぱり分からない。
彼女?貴美に振られたあの日からずっと別れた理由もわからないまま、貴美だけを想って胸が苦しい日々を過ごしてるのに。
またこうやって会えたのも奇跡だし一緒の時間を過ごせる、それだけでドキドキしてるのに他人みたいに振る舞わないで。
「運命っていじわるだよね。忘れたいと思ってるのにいつまで経っても忘れさせてくれさえしない」
上田先生とは別の舞台の演出に携わった時に知り合っていつか一緒にと言われてたらしい。
今回、返事をした後にこの公演だって事を聞かされたらしく、もうどうしたらいいのか分からないと苦しそうに顔を歪める貴美。
私の最後の晴れの舞台なのに別れた自分が携わることへの抵抗感があるらしい。私は別れることに同意してないんだけど。
忘れられないって言いたいんだよね。
じゃあ、なんで私達は別れる道を選んだの?ずっと知りたかった。何で別れようって言われたのか。
「さよならの理由を知りたい」
「自分の胸に手を当てて考えたら」
やってみるけど、思い当たる節がない。
いや、だからそれで分かるくらいなら聞いたりしない。
「私の何がだめだったの?」
別れを告げられた数日前、貴美は私に会いに劇場に寄ってくれたらしい。
そこに声をかけたのが貴美と付き合う前にちゃんと別れてた元彼女のあの子。
まだ私と続いてるから私に付き纏うのはやめて欲しい、昨日も私の部屋で夜を一緒に過ごしたと写真を見せられたらしい。
確かわざわざ東京まで観に来てくれて、聞いてもらいたい相談があるからご飯だけでもって言われた日があったな。だから、貴美には元彼女とは言わず後輩とご飯に行くってだけ言ったんだっけ。
本当は2人っきりとかどうかと思ったけど、かなり悩んでそうだったから上級生として見過ごせなくて。
結局酔い潰れたあの子を部屋に泊めてあげた。私はソファーで寝てもちろんなにも無かったし、そんな雰囲気でもなかった。いつの間に?蘇ってくる記憶に血の気が引く心地がする。
「もうあやちゃんで心乱したくないの」
心乱れるってことはまだ私の事少しは好きって事だよね。
寝顔とか、キスしてる写真とか見せられたらしいけどそれって別れる前の写真じゃないかと思ったけど、貴美とお揃いで買った指輪が写ってたらしい。
というか大体、付き合ってた頃もそんな写真とか撮ったことないし。知らなかった。まさか2人が会ってたなんて。弁解したけど、釈明が受け入れられるわけもなく
「あやちゃんのそういう優しいとこ好きだけど、優し過ぎるんだよ。私にはもう何が真実か分からなくなったの。」
「貴美には私だけ信じて欲しかった」
「無理だよ」
じゃあ私が彼の家に泊まったの隠してて、何も無かったって言われてあやちゃんは平気なの?
そう言われていかに自分が独りよがりな考えをしてたのかと気づく。平気でいられる訳ない。
「引き受けた仕事はきちんとする。だからもう私の事は忘れて」
冷たい音だけが突き刺さって、お稽古場を出て行く貴美をただ見てるだけしか出来なかった。
お願い行かないで。本当は引き留めたい、伸ばした手が空を掴んだ。でも私は何回貴美を傷つければ気が済むの。
結局追いかける事もできなかった私はその足で今日お稽古日のはずの花組のお稽古場に向かった。
扉のガラス窓から中を覗けば、いた。向こうも気づいたみたいで嬉しそうに駆け寄ってきた。
「どうされたんですか?」
「貴美に会ったの?」
「・・・会いました。でも私、望海さんがまだ好きなんです」
「気持ちだけ大事にもらっておく。でももうそんな事しないで。私は貴美じゃなきゃだめなの」
その子の頭を撫でれば泣き出してしまった。
怒りたい気持ちはある。でもこの子の気持ちも分かるし、私にも責任がある。写真は私が寝てる間にこっそり撮ったものだそう。
貴美が宝塚に来てくれたりしてたの見かけて顔を覚えてたみたいであの日声をかけたらしい。
貴美の事をもっと1番に考えるべきだったのに。
あの日の私に言ってやりたい。ばかやろうと。
******************
「貴美、ちょっといい?」
「望海さん、今真彩さんのシーンのチェック中なので」
望海さんか。このお稽古始まってからずっと望海さん。仕事中は分かるけど終わって声掛けても一回もあやちゃんとは呼んでくれない。
まあ、基本避けられてるんだけどね。
諦めの悪い私はここでしか会えないのならと最後の足掻きでここぞとばかり話しかけて話しかけて付き纏った。
結局お稽古中、劇団以外では会える事もなく迎えた舞台稽古最終日。
「貴美、お願いがある。最後に一個だけ」
私の最後の日、見守って欲しい
演出家としててはなく1人の友人としてでいい。
恋人としてなんて我儘な事言わない。だからと頼めば観に来てくれる約束をしてくれた。
「ずっと応援してきたファンとして最後ちゃんと見送りたい」
ファン。嬉しい筈なのに2人の壁をまざまざと見せつけられてるようで苦しくて。それでもいい、来てくれるそれだけで。
公演が始まれば考えること山ほどで目まぐるしく1日が過ぎていきあっという間に迎えた退団日。
「あやちゃん」
「貴美」
「集大成、みんなに見せてあげてね」
「うん、頑張ってくる。これ読んで欲しい」
久しぶりにその声で呼ばれた名前、大好きだったその笑顔を開演前に見れて良かった。
頑張ってくる。見ててね。私たちもこれで最後って事なのかな。私の方が泣きそうになってぐっと堪えて手渡した白い封筒。
貴美とうまく話しできると思わなかったから手紙を認めて来た。
もしかしたら読んでもらえないかもしれない。
それでもこれが私の想いの全てだから。
手紙を握りしめた貴美に見送られて劇場入りした。
長いようであっという間だった1日が終わった。
つまり、私の宝塚人生も終わりを告げた事になる。まだ実感湧かないな、でももうこの舞台に男役として立つことは二度とない。皆んなに挨拶とか別れを惜しんでだいぶ遅くなったせいか帰るころには貴美はもう居なかった。
今の私達を繋いでるのは仕事だけだし当たり前か。
でも明日でも明後日でもいい。もう一度会いたい、諦めきれない思いを抱えていた。
一旦ホテルに帰って、荷物を置いてまた夜もふけた東京の街に出た。今日は実家に顔を出すつもりでいたから電車に乗って揺られながらのんびり1日を振り返る。
本当に幸せだった。そして朝の貴美を思い出す。
久しぶりに呼ばれた名前にこんなに胸が熱くなるものなんだな。貴美の笑顔がもう一度見たい。
駅を降りて家に続く道、携帯を取り出して何度掛けても取られる事のない番号のリダイヤルを押す。
「・・・あやちゃん、お疲れ様」
やっと繋がった。たった一言声を聞いただけなのに涙が溢れてきた。
「貴美もう家に帰った?」
よく待ち合わせたカフェの前を通ればついいつも彼女が立っていた場所に目がいく。
会いたいと願った人が立ってた。
なんで。携帯を耳に当てたまま思わず立ち尽くした私に貴美が歩み寄ってくれる。
待っててくれたって思っていいの?
貴美の手を引き寄せて抱きしめる。
終演後に手紙を読んで懐かしくなって思わず地元に戻ってきて私たちの思い出の場所を巡ってちょうどここに来たところだったらしい。
「卒業おめでとう」
泣きそうな声で絞り出された言葉に私も涙が溢れて止まらない。
「ありがとう。貴美、愛してる」
「・・・私も」
貴美、やっぱりあなたしかいないの。
あのおもちゃの指輪交換した日から、いや産まれた時から決まってたの、あなただって。離れられないの。
何度離れても必ず巡り会うさだめ。
でももうこれで最後。もう離さない、絶対に。
運命の赤い糸
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結ばれる事が約束された相手
あなたは信じる?
「あやちゃん?」
東京公演、休演日
買い物に出かけた先でふと後ろから声をかけられた。
振り向けば可愛らしい女の人。にこりと笑った顔で記憶がフラッシュバックされた。
「貴美?」
「良かったー。違ったらどうしようと思ってドキドキしちゃった。」
忘れるはずもない、幼なじみ。
歳は4歳離れてるけど、家が近所でよく遊んでて。
私が貴美のお姉さんだって言って回ってた。
貴美も私の後ろをよくついて回って、バレエ教室も一緒だったし、一緒にピアノ弾いたり歌ったりそれこそごっこ遊びとかよくしたものだ。いつも手繋いで回って。
男の子っぽい私と対照的に女の子感溢れる貴美は小さな恋人同士のように見られる事が多かった。
貴美は大きくなったら私のお嫁さんになるって言って貴美のお父さんを泣かせたり。
学校に通いだしてからは学年が離れてるから小学校の時は少しだけ被ってた位だけどそれでも変わらず遊んでて。
私が宝塚に行くと決まった時は大泣きしてたっけ。
こんなところで会えると思ってなかったから、久しぶりに話したくなって一緒にカフェに入った。窓側の席に通されて窓側に貴美を促す。
向かい合って座れば懐かしいあの地元のカフェを思い出す。
よく一緒に行って何時間も取り留めのない話をしたな。
ロイヤルミルクティーのグラスに刺さったストローをクルクルしながら嬉しそうに話しだした貴美
「大活躍だね。今や飛ぶ鳥を落とす勢いの花組スターさんだもん」
「まだまだだよ。貴美は今何してるの?」
「私は東宝の演劇部で企画と演出の仕事してる」
「夢が叶ったんだね」
うん、と嬉しそうに話す貴美にほっとする。
こんな風にまた笑い合えると思ってなかった。
貴美は怒ってないのかな、私の事。
「ひとくち頂戴?」
私の頼んだアップルサイダーを見つめて子供みたいな顔してる
昔からそう。
必ず私の食べてるものをひとくち欲しがる。
それが分かってて私も私で自分が好きなものというより、貴美が好きそうなものを選ぶ癖があったな。
普段ならコーヒーを頼む私が今日これを選んだのも無意識にその癖が出てしまった。
時間は経っても癖は変わらないものなんだな。
グラスを差し出せば嬉しそうに口をつけるけど、それ間接キスなの分かってるのかな。
「ねえ、覚えてる?小さい頃私があやちゃんのお嫁さんになるんだーって言ってたの」
「うん、貴美のお父さん泣いてたよね」
「そう。あやちゃんがテレビに出るたびにその話まだ言ってるんだよ」
貴美と会うのは本当10年ぶり位
大事な大事な幼なじみ
貴美のお母さんは今でもうちの母と仲良しで一緒に観に来てくれる。
又聞きで貴美が元気にしてるらしい事だけは聞いてた。
そして色々なはじめての相手でもある。
結婚すると言ってた小さい頃に、はじめてのキス
キスといってもただ、唇をくっつけただけのちゅう位のレベルの。テレビドラマを真似て貴美の部屋で、貴美はお母さんのストールを頭に乗っけて結婚式ごっこでおもちゃの指輪を交換して誓いのキスをした。
2人だけの秘密にしたの覚えてるだろうか。
その頃から好きだったんだと思うんだけど私が高2の夏、はじめて恋を自覚した。
中学に上がった貴美が男の子から告白されたと聞いて取られたくない想いに駆られて。
でもその恋心を伝えるには壁が大きすぎた。
結局貴美はその人と付き合ったんだけど、長くは続かなかった。慰めながらもホッとしてる自分がいた。
私が宝塚音楽学校へ進学するのが決まったのを告げるのと併せて勇気を振り絞って想いを伝えた。
離れ離れになる前にこの想いに区切りをつけたかった。
振られるならそれはそれでいい。
「私もあやちゃんが好き」
泣きながら返ってきた思いもよらぬ返事に私のほうが固まってしまって貴美からのキスで我に返った位だった。
想いが一緒だと分かれば遠く離れ難くなって、やってくる別れの日まで寂しさを埋めるように放課後毎日のように一緒に過ごした。
そして翌日には兵庫へ発つという日、初めて私達は大人になった。
離れてても想いが一緒ならきっとやっていける。そう思ってた。
宝塚での生活は思った以上にハードで。
貴美からの連絡にも返信が遅くなる事しばしば。
それでもたまの電話や実家に帰れた時は会いに行ってた。
卒業して初舞台も、それからの舞台も観に来てくれてたんだけど忙しい日々に連絡も疎かになり、自然消滅みたいな形になってしまった。
気づけば連絡先も変わっちゃってて連絡も取れなくて。実家の母に聞けば連絡先なんて簡単にまた教えてもらえるんだろうけど、私が原因だし申し訳なさが勝って聞くに聞けなかった。
いや、今更って拒まれるのが怖かったんだと思う。ずっと会いたかった。
「良かった。今日あやちゃんに会えて」
「本当、私も良かったよ」
「これで前に進める気がする」
にこりと笑った貴美の笑顔。
ああ、忘れもしない寂しいのを隠して笑う時の顔だ。
10年前の事を責められてもおかしくないのに何もなかったように接してくれる変わらない優しさに甘えてしまった。
でもまた会いたい。だってこんなに心が貴美を求めてる。
「本当?」
「やだな、その見透かしたような顔するのやめてよ」
苦笑いしながら今夜彼氏と約束してて、先日受けたプロポーズの返事をするのだと言う。
その彼と結婚するって事?折角再会できたのに私の手の届かない所に行ってしまうの
「やめなよ」
「え?」
「戻っておいで私のとこに」
「なんでそんな事いうの。」
俯いた貴美の声は震えてる。
でもさ本当に彼と結婚したかったらプロポーズされた時、すぐ返事できるでしょう。
今更かもしれないけど、今の私なら貴美を受け止める力あると思う。連絡もしないでいて言えた立場じゃないけど。
手を握ればそっと振り解かれる手。
「今更だよ、ずっと待ってたのに」
「ごめん」
「ずるいよ」
それは自分が1番分かってる。
でも今この手を放すなって心が言ってる。
「やり直そう?」
「今度はいなくならないで」
しばらく、いや大分長いこと考えた後、そっと私の手を取った貴美の不安そうな目。
絶対にいなくなったりしないと約束する。
全部ぶつけて?全部受け止めるから。まずは今までの空白の時間を埋めよう、沢山話して。
彼からのプロポーズを断って別れてきた貴美を連れてホテルの部屋に戻る。
もっとちゃんと話したくて。
「大丈夫?」
「うん、彼は大丈夫では無さそうだったけど」
ごめんね、貴美の彼さん。
私に今日会わなければ貴美はあなたと永遠を誓ってたかもしれない。
でも心はずっと私にあったみたいだから申し訳ないけど諦めて欲しい。
私の元に戻ってきたからもう私のもの。
やっと取り戻したんだから誰にも渡さない。
「ずっと忘れられなかった」
後ろから抱きしめて肩に顎を乗せる、ものすごく久しぶりなはずなのに昨日の事のように感じる。会いたかった。どんな恋も長続きしなかったのは心のどこかに貴美が居たから。
抱きしめる腕を解いて貴美をこちらに向かせ頬に手を当てて口付けた後、おでこをくっつけて見つめ合う。
宝塚に旅立ったあの日の私たちみたいに。でも今日は離れ離れになるキスではない、ここからまた始まりのキス
「私もだよ」
潤んだ瞳に想いが溢れてめちゃくちゃにしてしまいそう。
ワンピースの前ボタンを外せば重力に逆らえずに下に落ちようとずれて白い肩が露わになる。
そっと首筋に口付ければびくんと跳ねる体。
振動でするりと床に落ちたワンピース、下着だけになってしまった貴美は恥ずかしそうに体を隠そうとするから制止してぎゅっと抱きしめる。
「あやちゃんっ」
「貴美、抱きたい」
耳元で囁いた私の言葉に反応するようにじわっと上がる貴美の体温。もっと私に感じて。
どれだけ時間が経ったか分からない。
会えなかった時間を埋めるように愛を確かめ合った。
むせ返すような甘ったるい香り漂うベットルーム、何度目か分からない絶頂を迎え大きく体が跳ねた後ふっと力が抜けてベットに体を預けた貴美は欲情的な目で私を見つめ掠れた声で名前を呼ぶからその瞳に吸い込まれるようにまた顔を近づけ口付ける。
「んっもう、むりっ」
「まだ足りない」
もっと欲しい、全部。
全部を取り戻すよう、お互いの肌を感じるように朝まで離れることは無かった。
「あやちゃん、起きて」
「ん・・・もうちょっと」
優しく揺さぶられるけど、貴美を布団に引きずり戻して後ろ抱きにして貴美の髪に顔を埋める。
「昨日の貴美、毎晩思い出しちゃうかも」
「やだっ」
忘れてと身を捩って腕から抜け出そうとするからがっちりホールドする。まだ公演は続くしこの部屋に帰って来るたびに思い出して切ない夜を過ごすんだろう。
でもまだ公演が続くってことは近くにいられて会えるって事でしょ?
「あーずっとここに閉じ込めたい」
「何それ」
くすくすと笑われるけど、毎日貴美が帰りを待っててくれると思ったらより頑張れてしまう。
そんな余裕ないだろうし、現実的じゃないのは分かってる。でもそれくらい好きって事。
「今更なんだけど、あやちゃん彼女とかいないの?」
「はあ?私が浮気で貴美を抱いたと思ってるの」
消え入りそうな声で、恐ろしい事を言い出した貴美に猛抗議する。そんなふうに思われてたなら悲しい。
少し前に別れた子ならいるけど。
ちゃんとお別れして独り身で過ごしてたとこに貴美と再会したの。もしかしたら付き合ってても貴美と再会したら別れてたかも知れないけど。
貴美は別れたばかりなのに、自分のものにしようと抱いたのは大人気なかったと思ってる。
「だってあやちゃんモテるし」
「心配しなくてもずっと貴美だけ」
何か言いたげな貴美
言い淀んだけど、私に促されてやっと小さめな声でぽつりぽつりと話してくれた。
「何回テレビの向こうのあやちゃんに問いかけたか分からない。何で連絡くれないの。もう好きじゃないならそう言ってくれればいいのにって」
「ごめんね。私が悪かったの、待っててくれる貴美に甘えてた。でももう離れたくないの」
それからすぐ雪組に組み替えになり、忙しいなりにも貴美とは連絡を取って貴美が宝塚に遊びに来たり、東京公演中はちょくちょく泊まりに行ったり。いや、大分入り浸ってた。
トップという立場をいただいてから益々忙しくなり、貴美も仕事が順調で数ヶ月に一回会えるかな位の日々。それでも今すごく幸せ。
「さようなら」
無事に千秋楽を迎え、明日から少し時間があるから一緒に何して過ごそうかと思っていた私を地獄に突き落とすような言葉。
「なんで?」
「もう無理」
そのメッセージのやり取りの後いくら電話しても出てくれない。
LINEしても返事が返ってくる事はなかった。
何かした?なんで。家に会いに行ってみたけど会ってもらえなくて
それから一年、時間は待ってくれない。
もやもやを抱えたままがむしゃらに舞台に向き合ってきた。
東京公演になればそわそわしちゃって、家の近くまで行ったりしたけど彼女とは会えることもなく。
あの日みたいに偶然出会えるんじゃないかとか意味もなく出掛けてみたり。
そんな頑張りも虚しく時は過ぎて卒業公演の集合日がやってきた。見てもらいたかったな、私の集大成。
貴美元気かな。
「高瀬貴美と申します。よろしくお願いします。」
お稽古場に現れた貴美を見た瞬間、心臓が飛び出るんじゃないかと思うぐらい高鳴る鼓動。
息ができなくなりそうになった。でも何で?今まで会いたくても会ってもらえなかったのにこんな形でまた再会するなんて。
演出補佐にと上田先生が是非にとお願いしたらしい。そんな事例今までなかったからお稽古場はざわついてる。
ねえ、私の出演する公演だって分かってて来てるんだよね。
上田先生は私達が知り合いだって事知らなさそうだけど。
貴美は何も無かったかのように、他人のふりで演技説明の時以外目が合う事も無かった。
貴美が気になって全然頭に入ってこなくて早速ダメ出しされる始末。終了後、確認点があると彼女を呼び止めてお稽古場に連れ込んだ。
「まさか貴美にまた会えるとは思わなかった」
「会いたく無かったでしょ、ごめんね」
申し訳なさそうに眉を下げながらもどこか冷たい声。
目もろくに合わせてくれない。ちゃんと私を見て
「こんなとこ見られたら、あの可愛い彼女に怒られちゃうよ」
「彼女?」
「いいよ、ごまかさなくても」
さっさとお稽古場を出て行こうとする貴美を引き留める。何のことかさっぱり分からない。
彼女?貴美に振られたあの日からずっと別れた理由もわからないまま、貴美だけを想って胸が苦しい日々を過ごしてるのに。
またこうやって会えたのも奇跡だし一緒の時間を過ごせる、それだけでドキドキしてるのに他人みたいに振る舞わないで。
「運命っていじわるだよね。忘れたいと思ってるのにいつまで経っても忘れさせてくれさえしない」
上田先生とは別の舞台の演出に携わった時に知り合っていつか一緒にと言われてたらしい。
今回、返事をした後にこの公演だって事を聞かされたらしく、もうどうしたらいいのか分からないと苦しそうに顔を歪める貴美。
私の最後の晴れの舞台なのに別れた自分が携わることへの抵抗感があるらしい。私は別れることに同意してないんだけど。
忘れられないって言いたいんだよね。
じゃあ、なんで私達は別れる道を選んだの?ずっと知りたかった。何で別れようって言われたのか。
「さよならの理由を知りたい」
「自分の胸に手を当てて考えたら」
やってみるけど、思い当たる節がない。
いや、だからそれで分かるくらいなら聞いたりしない。
「私の何がだめだったの?」
別れを告げられた数日前、貴美は私に会いに劇場に寄ってくれたらしい。
そこに声をかけたのが貴美と付き合う前にちゃんと別れてた元彼女のあの子。
まだ私と続いてるから私に付き纏うのはやめて欲しい、昨日も私の部屋で夜を一緒に過ごしたと写真を見せられたらしい。
確かわざわざ東京まで観に来てくれて、聞いてもらいたい相談があるからご飯だけでもって言われた日があったな。だから、貴美には元彼女とは言わず後輩とご飯に行くってだけ言ったんだっけ。
本当は2人っきりとかどうかと思ったけど、かなり悩んでそうだったから上級生として見過ごせなくて。
結局酔い潰れたあの子を部屋に泊めてあげた。私はソファーで寝てもちろんなにも無かったし、そんな雰囲気でもなかった。いつの間に?蘇ってくる記憶に血の気が引く心地がする。
「もうあやちゃんで心乱したくないの」
心乱れるってことはまだ私の事少しは好きって事だよね。
寝顔とか、キスしてる写真とか見せられたらしいけどそれって別れる前の写真じゃないかと思ったけど、貴美とお揃いで買った指輪が写ってたらしい。
というか大体、付き合ってた頃もそんな写真とか撮ったことないし。知らなかった。まさか2人が会ってたなんて。弁解したけど、釈明が受け入れられるわけもなく
「あやちゃんのそういう優しいとこ好きだけど、優し過ぎるんだよ。私にはもう何が真実か分からなくなったの。」
「貴美には私だけ信じて欲しかった」
「無理だよ」
じゃあ私が彼の家に泊まったの隠してて、何も無かったって言われてあやちゃんは平気なの?
そう言われていかに自分が独りよがりな考えをしてたのかと気づく。平気でいられる訳ない。
「引き受けた仕事はきちんとする。だからもう私の事は忘れて」
冷たい音だけが突き刺さって、お稽古場を出て行く貴美をただ見てるだけしか出来なかった。
お願い行かないで。本当は引き留めたい、伸ばした手が空を掴んだ。でも私は何回貴美を傷つければ気が済むの。
結局追いかける事もできなかった私はその足で今日お稽古日のはずの花組のお稽古場に向かった。
扉のガラス窓から中を覗けば、いた。向こうも気づいたみたいで嬉しそうに駆け寄ってきた。
「どうされたんですか?」
「貴美に会ったの?」
「・・・会いました。でも私、望海さんがまだ好きなんです」
「気持ちだけ大事にもらっておく。でももうそんな事しないで。私は貴美じゃなきゃだめなの」
その子の頭を撫でれば泣き出してしまった。
怒りたい気持ちはある。でもこの子の気持ちも分かるし、私にも責任がある。写真は私が寝てる間にこっそり撮ったものだそう。
貴美が宝塚に来てくれたりしてたの見かけて顔を覚えてたみたいであの日声をかけたらしい。
貴美の事をもっと1番に考えるべきだったのに。
あの日の私に言ってやりたい。ばかやろうと。
******************
「貴美、ちょっといい?」
「望海さん、今真彩さんのシーンのチェック中なので」
望海さんか。このお稽古始まってからずっと望海さん。仕事中は分かるけど終わって声掛けても一回もあやちゃんとは呼んでくれない。
まあ、基本避けられてるんだけどね。
諦めの悪い私はここでしか会えないのならと最後の足掻きでここぞとばかり話しかけて話しかけて付き纏った。
結局お稽古中、劇団以外では会える事もなく迎えた舞台稽古最終日。
「貴美、お願いがある。最後に一個だけ」
私の最後の日、見守って欲しい
演出家としててはなく1人の友人としてでいい。
恋人としてなんて我儘な事言わない。だからと頼めば観に来てくれる約束をしてくれた。
「ずっと応援してきたファンとして最後ちゃんと見送りたい」
ファン。嬉しい筈なのに2人の壁をまざまざと見せつけられてるようで苦しくて。それでもいい、来てくれるそれだけで。
公演が始まれば考えること山ほどで目まぐるしく1日が過ぎていきあっという間に迎えた退団日。
「あやちゃん」
「貴美」
「集大成、みんなに見せてあげてね」
「うん、頑張ってくる。これ読んで欲しい」
久しぶりにその声で呼ばれた名前、大好きだったその笑顔を開演前に見れて良かった。
頑張ってくる。見ててね。私たちもこれで最後って事なのかな。私の方が泣きそうになってぐっと堪えて手渡した白い封筒。
貴美とうまく話しできると思わなかったから手紙を認めて来た。
もしかしたら読んでもらえないかもしれない。
それでもこれが私の想いの全てだから。
手紙を握りしめた貴美に見送られて劇場入りした。
長いようであっという間だった1日が終わった。
つまり、私の宝塚人生も終わりを告げた事になる。まだ実感湧かないな、でももうこの舞台に男役として立つことは二度とない。皆んなに挨拶とか別れを惜しんでだいぶ遅くなったせいか帰るころには貴美はもう居なかった。
今の私達を繋いでるのは仕事だけだし当たり前か。
でも明日でも明後日でもいい。もう一度会いたい、諦めきれない思いを抱えていた。
一旦ホテルに帰って、荷物を置いてまた夜もふけた東京の街に出た。今日は実家に顔を出すつもりでいたから電車に乗って揺られながらのんびり1日を振り返る。
本当に幸せだった。そして朝の貴美を思い出す。
久しぶりに呼ばれた名前にこんなに胸が熱くなるものなんだな。貴美の笑顔がもう一度見たい。
駅を降りて家に続く道、携帯を取り出して何度掛けても取られる事のない番号のリダイヤルを押す。
「・・・あやちゃん、お疲れ様」
やっと繋がった。たった一言声を聞いただけなのに涙が溢れてきた。
「貴美もう家に帰った?」
よく待ち合わせたカフェの前を通ればついいつも彼女が立っていた場所に目がいく。
会いたいと願った人が立ってた。
なんで。携帯を耳に当てたまま思わず立ち尽くした私に貴美が歩み寄ってくれる。
待っててくれたって思っていいの?
貴美の手を引き寄せて抱きしめる。
終演後に手紙を読んで懐かしくなって思わず地元に戻ってきて私たちの思い出の場所を巡ってちょうどここに来たところだったらしい。
「卒業おめでとう」
泣きそうな声で絞り出された言葉に私も涙が溢れて止まらない。
「ありがとう。貴美、愛してる」
「・・・私も」
貴美、やっぱりあなたしかいないの。
あのおもちゃの指輪交換した日から、いや産まれた時から決まってたの、あなただって。離れられないの。
何度離れても必ず巡り会うさだめ。
でももうこれで最後。もう離さない、絶対に。
運命の赤い糸
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