ep.8
——翌朝。魔法舎の広間には、賢者、カイン、ミスラ、シャイロック、ムル、そしてレノックスの六人が集まっていた。
「……というわけでお話は聞いていると思いますが、皆さんにはこれから南の国に向かってもらいます」
「賢者様も来てくれるのか?」
「自分は他の依頼があるので同行はできないんですが……ミスラも居ますし、大丈夫だと思います!」
賢者がミスラの方に視線を向けると、ミスラは面倒そうに欠伸をする。彼が素直に言うことを聞いてくれているということは、賢者やスノウ、ホワイトの間で何か取り決めでもしたのかもしれない。
「まぁ、俺は強いんで。行くならさっさと行きましょうよ」
「おや、珍しく積極的ですね」
「ねぇねぇ、これから俺たちが行くのってどこー?」
「中央と南の国境あたりですよ。西の方に近いです。貴方は行ったことがおありでしょう?」
「覚えてない!」
「はは……ムルらしいな」
ミスラが出した空間の扉の向こうには、のどかな南の村の風景が広がっている。そちらへ足を踏み入れる前、カインは振り向いて賢者に笑いかけた。
「じゃあ、賢者様! 行ってくるな」
「はい! 行ってらっしゃい!」
賢者の見送りを背に、カインはレノックスの背を追うように空間の扉の向こうへと出る。のどかで素朴な村にはあたたかな南の国の陽光がいっぱいに降り注いで、やってきたカイン達を歓迎するかのようだった。
「さて……今回の依頼だが。村の郊外の方に魔物が出てくるようになって、作物に被害が出ているみたいだな。そのうち人を襲うようになったら怖いから、今のうちに討伐してくれないか……とのことだ」
この面子で集まると、中央の魔法使いであるカインが自然と場を取り仕切る役になった。カインの説明を聞き、ミスラが気怠そうに首をかく。
「じゃあ、その魔物をさっさと殺せばいいんですよね。早く帰りたいんで、探して殺ってきます」
「待て待て待て!! もしかしたら魔物じゃない可能性だってあるんだから。まずは調査しようぜ」
「はぁ……面倒だな」
「では、二手に別れましょうか。私とムルは少し別用がありまして」
「別用?」
「この村から僅かにムルの気配を感じます。もしかすると欠片のムルが居るかもしれません」
「こんなところにもムルがいるのか。西からは遠いのに」
「んー、本当に昔来たのかもしれないね! 覚えてないけど! 何かの研究のためかな? 生態系とか、気候とか!」
気候、という言葉に僅かにミスラが反応した。
「……貴方の研究って天候を操るようなことはできるんです?」
「やろうと思えばできると思うよ。ここにそういうのが好きな俺が居ればだけど!」
「へぇ……。じゃあ、俺も貴方達に着いていこうかな。そっちは勝手に調査とかしておいてください。魔物が出たら俺がさっさと殺しに行くんで」
「あ、ああ……」
ミスラがシャイロックとムルの方へ寄ったことで、組分けをしたようになる。カインは自然と隣のレノックスの顔を見上げた。ちらと視線を返した彼に、急に気恥ずかしくなって慌てて視線を戻す。シャイロックがくすくすと笑っているのが見なくとも分かった。
「……では、私たちはムルの気配の方を調べますから、カインとレノックスは依頼書の調査の方をお願いします。私たちも聞き込みくらいはしておきますので」
「ああ、分かった。じゃあカイン、まずはこの村の集落を探そう」
「ん、うん……」
レノックスの促しにカインも曖昧に頷き、シャイロック達とは反対の方向へと向かう。二人きりにさせられると急に緊張してきて、心臓はどきどきと高鳴り出すし、手汗が出てきてどうにもだめだ。レノックスに悟られないように、気が逸れそうな話題を適当に挙げてみる。
「レノは……この村には来たことないのか?」
「近くまでならあるが、この村にはないと思う。見ての通り畑が多いし、作物自体は近くの村の市場まで運んで売っているから、この辺には用事もなくなるんだ。村の誰かに会いたくても、村より市場に行った方が会えるだろうし」
「そっか……。それだと、もしかして今の時間は人が少ないかな? みんな市場の方に行っちまって」
「そうかもしれないな。畑仕事をしている人がいればいいんだが……」
軽く話しながら歩いていると、なんとか恋煩いの緊張からは離れることができた。この時間でも畑で作業をしている村人は幾人かおり、話を聞いているうちに件の魔物についても話が見えてきた。
この村の外れには大きな森があるが、湿地のようになっていて足元が悪いため、あまり村人も寄り付かない。近ごろその森に近い畑の作物が荒らされていることが多く、加えてこの村の周辺地域では魔物の目撃情報が多いので、夜な夜な魔物がやってきているのではないか、という話になっていたそうだ。
「ただの獣ならいいんだけどな。古代の魔法生物とかだと、ちょっと厄介だ」
「聞いた感じはただの獣の気がするが……。森の食べ物が減って、人里まで出るようになってしまっただけかもしれない」
「じゃあ、先に俺たちだけで下見しようか? シャイロック達もそのうち来るだろうし」
「そうしよう。……でも、その前に」
レノックスは言葉を切り、ふと空を見上げる。
「……いい天気だな」
「そうだな……」
今の二人は村人たちが用意してくれた木製のベンチで一休みだ。
レノックスが南の魔法使いということもあり、村人たちが客人のためだからと搾りたてのミルクに村の畑で取れた野菜を使った軽食まで出してくれた。よく晴れた日に外で美味しいものを食べて、食後にのんびり日向ぼっこなんてしていると、つい任務で来ていることを忘れてしまいそうになる。
「南はのんびりしてていいな……。レノが南の魔法使いになったのも、なんか分かる」
「そうか?」
「なんていうか……俺ももし将来色んなことをやりきって、あとはのんびり過ごしたいなぁって思ったら、南に住みたくなるかもな。落ち着く場所とか、家庭とか、そういうのが似合う」
「ああ……確かに、そうだな」
レノックスは四百年の長旅の果てに南の国に落ち着いた。彼も元々中央の出身だから、気質としても通じ合う部分が多い。今は南に住むとまでは考えていないが、レノックスにはつい将来の自分を重ねてしまうのだ。与えられた役目や立場から解放されて、南の国で過ごす遠い未来のカイン。その隣にはーー。
「……カインもいつか南に来てくれるなら、俺は嬉しい」
レノックスは曖昧に微笑んで立ち上がる。そろそろ行こうか、と促して。カインもそれに続き、レノックスの半歩後ろに立つと、彼の手が空いているのが妙に気になった。のどかな南の村の空気のおかげなのだろうか、誰も見ていないという安心感からだろうか。思い切ってカインは、その空いたレノックスの手をぎゅっと掴んだ。
「カイン?」
「……レノの手、空いてたから。へへ……」
やはり恥ずかしさはあって顔は見れなかったけれど、レノックスはカインの手を解くようなことはしなかった。むしろ優しく握り返してくれて、受け入れてくれているのだと実感する。そのまま二人は手を繋ぎ、歩幅を合わせて、村端の森の方へと向かうのだった。
