続いていく世界は、君と

 二百年ほど前にレノックスがくれた銀の指輪は、今もカインの左手の薬指で輝いている。
 西の国を中心とした魔法科学の発展は凄まじい速さで進み、遂にはマナ石を越えるエネルギーをもつ原料の生成に成功したことで、魔法使い狩りという危惧された展開は回避された。 
 開拓途中だった南の国にもその技術は次々と輸入され、元から広大な土地があり、豊かな地下資源も見つかった南の国は急速に発展。中央の国は大陸の中心部ということで文化や技術の流入、およびその改良や発展も目覚ましく、今ではグランヴェル城よりもはるかに高い建物が次々と建設されている。東の国や北の国も同様で、特に首都周辺はどこも二百年前とはさっぱり違う街並みが広がっていた。
 中央の国と南の国をつなぐ大きな街道が通され、交通の拠点として発展しつつある新興の街の郊外に、今のレノックスとカインの家はある。少し行けばすぐに都市部へ出れるが、また反対側に行けば二百年前と大差ない雄大な南の自然の景色が広がる。カインの両親や友人たちがまだ生きていた頃に、栄光の街にも比較的すぐに行けるからと選んだ土地だった。二百年も経つと知人たちは皆亡くなってしまったが、今でも時々故郷に帰れるというのはやはり嬉しいものだ。
「ただいま、レノ!」
 そんなわけで今日は栄光の街に行っていたカインは、玄関ドアを開けて早々、迎えてくれたレノックスの胸に飛び込んだ。
「おかえり、カイン。夕飯はもうできているから、一緒に食べようか」
「ああ! あっ、お土産でデザート買ってきたんだ。後で食べような!」
「それは嬉しいな、じゃあ、早く手を洗ってこい」
 レノックスの促しに返事はするものの、カインはレノックスを抱きしめて離さない。どうしたんだと聞いてみると、カインは照れくさそうに笑って言う。
「……一日レノとはなればなれで寂しかったから……」
「……はは。全く、一日だけだろう」
 とは言いつつレノックスも、カインを抱きしめ返して離してやらない。

 レノックスと結ばれ、その後結婚の約束を交わしたカインは心身ともに快復していき、二百年経った今ではすっかり元のような明るく賑やかな彼に戻っている。一度心を壊したから——というよりは、年齢を重ねて少しは落ち着きが出てきたのか、魔法舎にいた時のような若さゆえの無鉄砲さはかなり薄れた。
 ファウストの予見通り、カインの心身の状態が良くなった頃には、もう既にどの国にも騎士という職業はなく、銃が軍隊の主力武器となっていた。それから戦車や移動式銃火器の開発も進み、戦士が馬に乗るということ自体がすでに過去のものとなっていたのだ。自分の居場所はもうないのだと落ち込んでしまうのではないかと心配もしたが、カインはあまり気にしていなかった。魔法舎にいた頃にブラッドリーの魔道具や魔法科学の興隆を見て、軍隊の形が変わって騎士が不要になるかもしれないという予感はカインも薄々していたようだ。
 今はルチルの紹介で、学校に通えなくなってしまった子供達の支援施設で働いている。学校に通えないということは心に何かしらの問題を抱えてしまったということだから、それにかつての自分の姿を重ねているのかもしれない。元々面倒見も良く人付き合いの上手いカインなので、コミュニケーションを取るのも上手く、仕事は順調なようだ。
 憧れの姿に戻れなかった彼を心配して、そのような話をしてみたことがある。だがカインは朗らかに笑って言った。
「騎士っていう仕事がなくなったのは、そりゃ寂しいさ。でも時代の流れなら仕方がないし……それに俺は、ちゃんと騎士になれてるから、いいんだ。みんなが書いてくれる、物語の中で」
 賢者の魔法使いたちを題材にした物語は、今でも様々な形で作られている。二百年も経った所以なのか、全員女性にされていたり、立場や関係がまるで異なったりと、事実とは明らかに乖離している設定のものも多いが、カインは一貫して勇敢な騎士として描かれていた。あの『太陽と羊のワルツ』は今や立派な名作古典の位置を占め、カインとレノックスは恋人関係、そうでなくとも親密な仲であるのは間違いない鉄板設定となっている。
「騎士は、実際にどれだけ戦功を上げたかは重要じゃないと思うんだ。忠義のために身を尽くして、最後は大切な想いと一緒に、後の世に名を残す。それが一番なんじゃないかって。大切な想いっていうのは、騎士としての魂や誇りだったり、名誉だったりすると思うんだが……俺の場合は……はは。レノが大好きだっていう気持ちだったのかもな」
 恋人であるレノックスを想い、主君のアーサーを、賢者やその魔法使いの皆を守るため、正義の剣を振るうカイン。物語の中で騎士として活躍するカインは、これからも永遠に、物語の中で輝き続ける。

 レノックスはというと、実はあまり変わっていないと自分では思う。心を壊したカインに寄り添っていたあの頃から、ずっと。だからこれからも変わらずカインのそばにいるし、愛しているとカインに伝えていくのだ。自分の身分や職業が、役目が、街並みが、世界が、何もかもが変わっても。カインの隣に居られるのなら、それはレノックス・ラムという自分の人生に他ならない。そして物語の中でも、羊飼いだったり、はたまた傭兵や軍人にされていたりするレノックスは、どんな姿や経歴であれ、必ず、カインをそばで支える存在として描かれている。物語という空想の中でだって、レノックスは永遠にカインのそばにいるのだ。

 炭鉱の村で生まれ、軍人として主君に仕え、居なくなった主君を探して長い旅をしたこと。そうして南の国に落ち着いて、賢者の魔法使いになったこと。振り返るとその壮絶な人生は、四百年の旅の果てにカインと出会い、結ばれるために紡がれた物語だったのかもしれない。彼のそばにいると、そんなふうに、自分の人生の全てを肯定して、赦すことができる。
 魔法使いの寿命は長い。レノックスもカインも、あと数百年、数千年と長く生きていくだろう。レノックスの居場所はカインの隣にある。語り継がれる物語が終わろうと、二人は寄り添い、共に生きていく。おとぎばなしのその後の、祝福に満ちた世界を、いつまでも。

「カイン。卵を買ってきて欲しいと頼んだはずだが……」
「あっ……忘れてた! ごめん!」
「はは。じゃあ、明日一緒に買いに行こう」
 それは語るに足らないほどの、ただ穏やかで、幸福な日々。
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