繰り返す悪夢と、救済
——ひどい悪夢を、繰り返していた。
「アーサー……ッ!!」
ベッドから飛び起きたカインは、荒い呼吸のまま室内を見渡した。以前から変わらない魔法舎の自分の部屋。カーテンからは淡く外の光が差し込んでいる。朝だろうか。ひょっとすると昼かもしれない。
「…………、夢…………」
確かめるように呟いて、また視界が滲んできた。自分の手のひらを見やる。ほとんど眠れず、動けもしていないので、以前に比べるとひどく痩せている。
「……ぅ、う……」
痩せ細ったその手でカインは乱暴に涙を拭った。不眠と疲労と泣き過ぎで頭が痛い。倒れ込むようにまたベッドに潜ってしまう。
誰か助けてくれ。俺に、助かる価値なんてあるのかも分からないけれど。
生き地獄というのがあるのなら、きっと今のことを言うのだとカインは思った。
『アーサー! そこは危険だ、逃げてくれっ……!』
『……、』
カインの声に応えるより先に、美しい銀の髪を揺らしてアーサーは大いなる厄災の光に目を見開いた。身体が硬直したかと思うと、ひび割れのような線が幾つも走り、ぱきん、ぱきんと嫌な音がして——。
「ぁ、……」
そこで目が覚めた。またアーサーが死ぬ時の夢だ。
アーサー。そう名前を呼ぶより先に、カインを抱きしめる影があった。
「……カイン」
「…………レノ、ックス……」
「大丈夫だ。……大丈夫だから。俺がそばにいる……」
レノックスは繰り返しながら、カインの背中を撫でてくれる。
この家に来てから、レノックスとカインは毎晩同じベッドで寄り添うように眠っている。カインが悪夢を見て目覚めるたび、何かで気づくのか、レノックスもすぐに目を覚ましてくれた。そうしてカインがもう一度眠れるまで、レノックスは背を撫でたり、抱きしめたままでいてくれる。そんなことをもう数ヶ月は続けていて、最近は悪夢の回数もずいぶん減ってきた。安心して眠れるというのはこんなにありがたいことだったのかと、今はしみじみ思っている。
それと同時に申し訳なく思っていた。カインが目を覚ますたびレノックスも目を覚ますということは、それだけ彼の睡眠も妨げられてしまっているということになる。特に最初、レノックス達にこの家に連れてこられた当初は、一時間とか二時間おきに起こされていたはずだ。それなのにレノックスは今まで疲労の顔ひとつも見せずに、変わらずカインに寄り添ってくれている。
(……俺は、レノに、まだ何も返せてない……)
カインは心の病なんだ、とフィガロは言った。まさか自分がそうなるなんて思ってもみなかったから、未だにどう過ごせばいいのかは分からずじまいでいる。あのまま部屋に引きこもって悪夢を見続けるよりは今の暮らしをしている方がいいのは肌で分かるが、それにレノックスを付き合わせてしまっているのに罪悪感が湧く。
ファウストの身が落ち着いたことで、レノックスの数百年の気がかりは解消されたらしい、とは聞いた。もう戦争とも大いなる厄災の脅威とも長らく無縁の世界になるだろうから、いつまでも元主君の自分に着いてくる必要はない、レノックスは自分の望むままの人生を生きていい。そう他でもない主君から許されたのだし、彼には自分が望む人生を歩む権利がある。
自分はそれを侵してしまってはいないだろうか。自分がいることで、レノックスの未来を奪ってはいないだろうか。争いとは無縁の世界になったとしても、元主君であるファウストのそばに居たいと願っていたかもしれない。そうではなくとも南や中央やどこか別の場所で、今までと違う新しい暮らしを始めようと考えていたかもしれない。自分がこんなになってしまったせいで、レノックスが自分を押し殺してしまってはいないだろうか。そんな想像がいくつも頭に浮かんでは、不安で胸がいっぱいになって、また涙が出そうになる。
「……」
——それでも、今だけは彼に甘えていたい。自分のそばに、いて欲しい。
大きな彼の身体を抱きしめ返して、カインはそっと、レノックスの名を呼ぶ。
「どうした?」
「……レノのおまじない、してくれ……」
そう言うと、暗い中ではよく見えないが、レノックスは微笑んで「ああ」と返事してくれる。彼が呪文を唱えると、若葉のような色の淡い光が二人を覆い、そして霧散した。身体の力がふっと抜けて、頭の中の絡まりついた思考の糸が解けたような感覚がする。レノックスの得意な魔法にフィガロが少しアドバイスをしてできた、治癒魔法に近いものだ。
この魔法をかけてもらうと、カインはよく眠れるようになる。緊張がほぐれるのもそうだが、そばにいるレノックスの体温が近くなったような気がして、安心するのだ。
ありがとう、と言う前に、いつも眠りに落ちてしまう。そうして眠ったカインのことを、レノックスは何も言わず、大きな綿の殻で包み込んで守るように、抱きしめて眠る。
羊たちを放牧している柵内には、レノックスが昔作った木製のベンチが置いてある。羊飼いの仕事をこなす際の休憩用として作ったもので、経年劣化で多少色褪せたりはしているが、まだまだ丈夫で使えるものだ。
そのベンチに今日はカインが座り、例のよく懐いている羊を仲間の元に一時返してやる。いくらカインのことが好きとはいえ、彼に付き合って全く草原を踏まないというのも羊としては良くないのだ。レノックスの手入れの必要もある。
羊たちの様子を見て治療や手入れをしてやっているレノックスの姿をぼんやりと目で追いながら、カインは陽の下でうとうとと居眠りをする。風が草を撫でるさわさわという音や、肌に当たる外の空気。あたたかい太陽と、ゆっくりと流れていく時間。その全てが心地よくて。
夢の中にいるみたいだ、と、ときどきカインは思う。もしかしたら大いなる厄災との戦いでアーサーという主君を喪ったのも、今ここで過ごしているのも全部夢で、目が覚めたらまたあの頃の魔法舎に戻れるのではないかと。
戻れるなら、いっそ戻りたい。戻ってやり直して、大切なものを失わなくていい世界に変えたい。
けれど——今いる世界は間違いなく現実だ。主君を喪ったのも、もう騎士でさえないことも、そんな全てを失った自分のそばに、レノックスが居てくれていることも。
これからの自分はどうなるのだろう。またいつの日か中央の国に戻って騎士になれる日が来るのだろうか。それともそんな日は来ないまま、どこか別の場所で生きていくことになるのだろうか。
もしいつか騎士に戻るという未来が有り得ないなら——カインは、レノックスのそばにいたい。今のカインにとって、レノックスという存在はあまりにも大きい。
(……レノは優しいから、俺のことを放っておけなかっただけかもしれないけど……)
考えてみると、知人が病的に痩せこけている状態であれば誰だって心配するだろう。実際生き残っていた魔法使いたちは、そのほとんどがカインの身を案じてくれていた。自分と一緒に暮らそうと提案までしてくれたのはレノックスだけだった、というだけの話だ。
もし手を差し伸べてくれたのが他の人だったら、自分はその手を取っていただろうか。申し訳ないからと救いから逃げてしまっていなかっただろうか。今の自分が元に戻るまで果てしなく長い時間がかかりそうなことはカインにだってわかる。そんな果てしない時間を付き合わせてもいいと思う相手に、誰よりも優しくて誠実なレノックスを、途中で自分を見捨てるようなことをしないであろう彼を、無意識に選んだだけだったのだろうか。
(結局……俺は、甘えてるんだ。レノの優しさに……)
こんな自分がそばにいて欲しいと願うのはきっとおこがましいから、口にはしない。今一緒に暮らしているだけで、この身に過ぎた幸せなのだ。
「カイン」
ぼんやり考えていると、レノックスがこちらに向かってきた。どうしたんだ、と小首を傾げるので訊ねると、レノックスは懐からブラシを取り出す。
「……少し、俺の仕事を手伝ってみないか。毛を撫でるくらいなら、どうだろう」
「ぁ……」
カインは少し迷ったが、こくんと縦に頷いてブラシを受け取った。
——頑張ってみたい。レノックスの役に立ちたい。自分はレノのそばにいてもいい存在なのだと、少しずつ、自分自身を認めてみたい。
羊たちの群れに近寄ると、カインに興味を示した羊達が寄ってくる。その中で一匹の羊に目を留めると、これがいつもの羊だとすぐに分かった。
「こいつは……いつも俺のとこに来る……」
「そうだ、大きい姿なのによく分かったな。なかなか才能があるかもしれないぞ」
「……へへ、そうかな……」
ブラシで頭を撫でてやると、羊は気持ちよさそうに目を閉じる。カインのことを信頼して、安心して身を委ねているようだ。
「えっと……、これで大丈夫なのか……?」
「ああ。カインは上手だな」
レノックスはそう言って微笑む。——嬉しかった。レノックスにも、羊にも、認めてもらえた気がして。
羊は機嫌よくメェメェと鳴きながら、カインに頭を擦り付けるように寄ってくる。
「なんでそんなに、俺のことが好きなんだ。ふふ……」
羊に応えてやるように、カインも大きなもこもこした体を抱きしめ返してやる。ふかふかで柔らかい。少し獣くさくて、草の匂いもした。
「こいつはカインに世話された方がいいのかもしれないな。……カインが良ければ、これからもこいつの世話をしてみないか。難しいところは俺がするから」
「……いいのか?」
「ああ」
「……じゃあ……する。レノの仕事も手伝えるから……」
カインはそう答えて、羊の毛をまた撫でてやる。
羊の寿命はどのくらいなのだろう。十数年くらいなのか、肉として下ろすのならお別れはもっと早いのだろうか。分からないが、少なくとも数年はこの羊と付き合いがあることになるはずだ。
(……ごめんな。お前を言い訳みたいにして……俺は、レノと一緒にいたい……)
今は、今だけでもいいから。レノックスのそばに居てもいいのだと、認められる理由が欲しかった。
「アーサー……ッ!!」
ベッドから飛び起きたカインは、荒い呼吸のまま室内を見渡した。以前から変わらない魔法舎の自分の部屋。カーテンからは淡く外の光が差し込んでいる。朝だろうか。ひょっとすると昼かもしれない。
「…………、夢…………」
確かめるように呟いて、また視界が滲んできた。自分の手のひらを見やる。ほとんど眠れず、動けもしていないので、以前に比べるとひどく痩せている。
「……ぅ、う……」
痩せ細ったその手でカインは乱暴に涙を拭った。不眠と疲労と泣き過ぎで頭が痛い。倒れ込むようにまたベッドに潜ってしまう。
誰か助けてくれ。俺に、助かる価値なんてあるのかも分からないけれど。
生き地獄というのがあるのなら、きっと今のことを言うのだとカインは思った。
『アーサー! そこは危険だ、逃げてくれっ……!』
『……、』
カインの声に応えるより先に、美しい銀の髪を揺らしてアーサーは大いなる厄災の光に目を見開いた。身体が硬直したかと思うと、ひび割れのような線が幾つも走り、ぱきん、ぱきんと嫌な音がして——。
「ぁ、……」
そこで目が覚めた。またアーサーが死ぬ時の夢だ。
アーサー。そう名前を呼ぶより先に、カインを抱きしめる影があった。
「……カイン」
「…………レノ、ックス……」
「大丈夫だ。……大丈夫だから。俺がそばにいる……」
レノックスは繰り返しながら、カインの背中を撫でてくれる。
この家に来てから、レノックスとカインは毎晩同じベッドで寄り添うように眠っている。カインが悪夢を見て目覚めるたび、何かで気づくのか、レノックスもすぐに目を覚ましてくれた。そうしてカインがもう一度眠れるまで、レノックスは背を撫でたり、抱きしめたままでいてくれる。そんなことをもう数ヶ月は続けていて、最近は悪夢の回数もずいぶん減ってきた。安心して眠れるというのはこんなにありがたいことだったのかと、今はしみじみ思っている。
それと同時に申し訳なく思っていた。カインが目を覚ますたびレノックスも目を覚ますということは、それだけ彼の睡眠も妨げられてしまっているということになる。特に最初、レノックス達にこの家に連れてこられた当初は、一時間とか二時間おきに起こされていたはずだ。それなのにレノックスは今まで疲労の顔ひとつも見せずに、変わらずカインに寄り添ってくれている。
(……俺は、レノに、まだ何も返せてない……)
カインは心の病なんだ、とフィガロは言った。まさか自分がそうなるなんて思ってもみなかったから、未だにどう過ごせばいいのかは分からずじまいでいる。あのまま部屋に引きこもって悪夢を見続けるよりは今の暮らしをしている方がいいのは肌で分かるが、それにレノックスを付き合わせてしまっているのに罪悪感が湧く。
ファウストの身が落ち着いたことで、レノックスの数百年の気がかりは解消されたらしい、とは聞いた。もう戦争とも大いなる厄災の脅威とも長らく無縁の世界になるだろうから、いつまでも元主君の自分に着いてくる必要はない、レノックスは自分の望むままの人生を生きていい。そう他でもない主君から許されたのだし、彼には自分が望む人生を歩む権利がある。
自分はそれを侵してしまってはいないだろうか。自分がいることで、レノックスの未来を奪ってはいないだろうか。争いとは無縁の世界になったとしても、元主君であるファウストのそばに居たいと願っていたかもしれない。そうではなくとも南や中央やどこか別の場所で、今までと違う新しい暮らしを始めようと考えていたかもしれない。自分がこんなになってしまったせいで、レノックスが自分を押し殺してしまってはいないだろうか。そんな想像がいくつも頭に浮かんでは、不安で胸がいっぱいになって、また涙が出そうになる。
「……」
——それでも、今だけは彼に甘えていたい。自分のそばに、いて欲しい。
大きな彼の身体を抱きしめ返して、カインはそっと、レノックスの名を呼ぶ。
「どうした?」
「……レノのおまじない、してくれ……」
そう言うと、暗い中ではよく見えないが、レノックスは微笑んで「ああ」と返事してくれる。彼が呪文を唱えると、若葉のような色の淡い光が二人を覆い、そして霧散した。身体の力がふっと抜けて、頭の中の絡まりついた思考の糸が解けたような感覚がする。レノックスの得意な魔法にフィガロが少しアドバイスをしてできた、治癒魔法に近いものだ。
この魔法をかけてもらうと、カインはよく眠れるようになる。緊張がほぐれるのもそうだが、そばにいるレノックスの体温が近くなったような気がして、安心するのだ。
ありがとう、と言う前に、いつも眠りに落ちてしまう。そうして眠ったカインのことを、レノックスは何も言わず、大きな綿の殻で包み込んで守るように、抱きしめて眠る。
羊たちを放牧している柵内には、レノックスが昔作った木製のベンチが置いてある。羊飼いの仕事をこなす際の休憩用として作ったもので、経年劣化で多少色褪せたりはしているが、まだまだ丈夫で使えるものだ。
そのベンチに今日はカインが座り、例のよく懐いている羊を仲間の元に一時返してやる。いくらカインのことが好きとはいえ、彼に付き合って全く草原を踏まないというのも羊としては良くないのだ。レノックスの手入れの必要もある。
羊たちの様子を見て治療や手入れをしてやっているレノックスの姿をぼんやりと目で追いながら、カインは陽の下でうとうとと居眠りをする。風が草を撫でるさわさわという音や、肌に当たる外の空気。あたたかい太陽と、ゆっくりと流れていく時間。その全てが心地よくて。
夢の中にいるみたいだ、と、ときどきカインは思う。もしかしたら大いなる厄災との戦いでアーサーという主君を喪ったのも、今ここで過ごしているのも全部夢で、目が覚めたらまたあの頃の魔法舎に戻れるのではないかと。
戻れるなら、いっそ戻りたい。戻ってやり直して、大切なものを失わなくていい世界に変えたい。
けれど——今いる世界は間違いなく現実だ。主君を喪ったのも、もう騎士でさえないことも、そんな全てを失った自分のそばに、レノックスが居てくれていることも。
これからの自分はどうなるのだろう。またいつの日か中央の国に戻って騎士になれる日が来るのだろうか。それともそんな日は来ないまま、どこか別の場所で生きていくことになるのだろうか。
もしいつか騎士に戻るという未来が有り得ないなら——カインは、レノックスのそばにいたい。今のカインにとって、レノックスという存在はあまりにも大きい。
(……レノは優しいから、俺のことを放っておけなかっただけかもしれないけど……)
考えてみると、知人が病的に痩せこけている状態であれば誰だって心配するだろう。実際生き残っていた魔法使いたちは、そのほとんどがカインの身を案じてくれていた。自分と一緒に暮らそうと提案までしてくれたのはレノックスだけだった、というだけの話だ。
もし手を差し伸べてくれたのが他の人だったら、自分はその手を取っていただろうか。申し訳ないからと救いから逃げてしまっていなかっただろうか。今の自分が元に戻るまで果てしなく長い時間がかかりそうなことはカインにだってわかる。そんな果てしない時間を付き合わせてもいいと思う相手に、誰よりも優しくて誠実なレノックスを、途中で自分を見捨てるようなことをしないであろう彼を、無意識に選んだだけだったのだろうか。
(結局……俺は、甘えてるんだ。レノの優しさに……)
こんな自分がそばにいて欲しいと願うのはきっとおこがましいから、口にはしない。今一緒に暮らしているだけで、この身に過ぎた幸せなのだ。
「カイン」
ぼんやり考えていると、レノックスがこちらに向かってきた。どうしたんだ、と小首を傾げるので訊ねると、レノックスは懐からブラシを取り出す。
「……少し、俺の仕事を手伝ってみないか。毛を撫でるくらいなら、どうだろう」
「ぁ……」
カインは少し迷ったが、こくんと縦に頷いてブラシを受け取った。
——頑張ってみたい。レノックスの役に立ちたい。自分はレノのそばにいてもいい存在なのだと、少しずつ、自分自身を認めてみたい。
羊たちの群れに近寄ると、カインに興味を示した羊達が寄ってくる。その中で一匹の羊に目を留めると、これがいつもの羊だとすぐに分かった。
「こいつは……いつも俺のとこに来る……」
「そうだ、大きい姿なのによく分かったな。なかなか才能があるかもしれないぞ」
「……へへ、そうかな……」
ブラシで頭を撫でてやると、羊は気持ちよさそうに目を閉じる。カインのことを信頼して、安心して身を委ねているようだ。
「えっと……、これで大丈夫なのか……?」
「ああ。カインは上手だな」
レノックスはそう言って微笑む。——嬉しかった。レノックスにも、羊にも、認めてもらえた気がして。
羊は機嫌よくメェメェと鳴きながら、カインに頭を擦り付けるように寄ってくる。
「なんでそんなに、俺のことが好きなんだ。ふふ……」
羊に応えてやるように、カインも大きなもこもこした体を抱きしめ返してやる。ふかふかで柔らかい。少し獣くさくて、草の匂いもした。
「こいつはカインに世話された方がいいのかもしれないな。……カインが良ければ、これからもこいつの世話をしてみないか。難しいところは俺がするから」
「……いいのか?」
「ああ」
「……じゃあ……する。レノの仕事も手伝えるから……」
カインはそう答えて、羊の毛をまた撫でてやる。
羊の寿命はどのくらいなのだろう。十数年くらいなのか、肉として下ろすのならお別れはもっと早いのだろうか。分からないが、少なくとも数年はこの羊と付き合いがあることになるはずだ。
(……ごめんな。お前を言い訳みたいにして……俺は、レノと一緒にいたい……)
今は、今だけでもいいから。レノックスのそばに居てもいいのだと、認められる理由が欲しかった。
