閉ざされた世界と、きみ
大いなる厄災の脅威と、それに立ち向かう賢者と選ばれし魔法使いたち。
それはかつてこの世界に確かに存在した者たちで――今は物語の中で語り継がれることとなった存在だ。大いなる厄災の脅威は去り、異世界から賢者を召喚するという長く続いた世界の伝統も終わった。
美しい月に愛されたこの世界が、これからどうやって続いていくのかは誰にも分からない。大いなる厄災が去って訪れた平穏な世界はこれからずっと続いていくのか、一時的なものに過ぎないのか。厄災という脅威がなくとも、また人間や魔法使いの争いが起きて、世界は混乱するのかもしれない。
少なくとも南の魔法使いレノックス・ラムのこれからの人生は、暫くは穏やかなものになると言えるだろう。賢者の魔法使いという役目を解かれたレノックスは今、元々住んでいた南の国の小さな家に戻り、以前と同じ羊飼いの仕事をして日々を過ごしている。かつての主君ファウストも彼なりに身を落ち着ける場所ができ、フィガロやルチル、ミチル達のような知人たちも皆無事だ。心配すべきものが減って、レノックスの肩の荷も降りたような、そんな思いがする。
ただ——それは完全ではなかった。レノックスの知人全員が平穏な暮らしに戻れたわけではない。大いなる厄災との戦いには払う代償も大きかったのだ。
街で食材の買い足しをしてきたレノックスは、大きな紙袋を抱えて今の自宅の玄関ドアを開ける。
「ただいま。——カイン」
家の中にそう呼びかけると、微かに衣擦れのような音がした。彼が動くよりも先にリビングへ向かい、顔を見せる。
「……おかえり、レノ……」
レノックスを迎えるのは、かぎ網のカバーがかけられた二人がけのソファに座る、柔らかな赤髪の青年だ。掠れたささやくような声と、小さく浮かべた微笑みは、窓からいっぱいに差し込む陽光のなかに消えてしまいそうな儚さを感じさせる。そんな彼の姿に、かつての面影はなかった。
「遅くなってすまない。少し市場が混んでいたから……寂しくなかったか」
「……ううん。平気だぞ。ありがと、レノ」
紙袋を置き、カインの身体を抱きしめる。カインはそれに抱き返しながら、綺麗な琥珀の両目をうっとりと細めた。
今のレノックスは、中央の魔法使い、カイン・ナイトレイと居を共にしている。
それはかつてこの世界に確かに存在した者たちで――今は物語の中で語り継がれることとなった存在だ。大いなる厄災の脅威は去り、異世界から賢者を召喚するという長く続いた世界の伝統も終わった。
美しい月に愛されたこの世界が、これからどうやって続いていくのかは誰にも分からない。大いなる厄災が去って訪れた平穏な世界はこれからずっと続いていくのか、一時的なものに過ぎないのか。厄災という脅威がなくとも、また人間や魔法使いの争いが起きて、世界は混乱するのかもしれない。
少なくとも南の魔法使いレノックス・ラムのこれからの人生は、暫くは穏やかなものになると言えるだろう。賢者の魔法使いという役目を解かれたレノックスは今、元々住んでいた南の国の小さな家に戻り、以前と同じ羊飼いの仕事をして日々を過ごしている。かつての主君ファウストも彼なりに身を落ち着ける場所ができ、フィガロやルチル、ミチル達のような知人たちも皆無事だ。心配すべきものが減って、レノックスの肩の荷も降りたような、そんな思いがする。
ただ——それは完全ではなかった。レノックスの知人全員が平穏な暮らしに戻れたわけではない。大いなる厄災との戦いには払う代償も大きかったのだ。
街で食材の買い足しをしてきたレノックスは、大きな紙袋を抱えて今の自宅の玄関ドアを開ける。
「ただいま。——カイン」
家の中にそう呼びかけると、微かに衣擦れのような音がした。彼が動くよりも先にリビングへ向かい、顔を見せる。
「……おかえり、レノ……」
レノックスを迎えるのは、かぎ網のカバーがかけられた二人がけのソファに座る、柔らかな赤髪の青年だ。掠れたささやくような声と、小さく浮かべた微笑みは、窓からいっぱいに差し込む陽光のなかに消えてしまいそうな儚さを感じさせる。そんな彼の姿に、かつての面影はなかった。
「遅くなってすまない。少し市場が混んでいたから……寂しくなかったか」
「……ううん。平気だぞ。ありがと、レノ」
紙袋を置き、カインの身体を抱きしめる。カインはそれに抱き返しながら、綺麗な琥珀の両目をうっとりと細めた。
今のレノックスは、中央の魔法使い、カイン・ナイトレイと居を共にしている。
1/2ページ
