ep.5
今日は生憎の空模様で、外はしとしとと雨が降り続いている。昨晩からずっとこうで、羊たちの散歩や放牧もできそうにない。そんなわけでレノックスは今日、羊たちには魔法舎の中を散歩させ、談話室で一休みしていた。
談話室にはシノ、ヒースクリフ、ラスティカとクロエがおり、暇をしていたらしい彼らも羊の世話を少し手伝ってくれることになった。――と言っても羊に構って撫でてやったり、干し草を手で食べさせてやったりと、本格的な世話というよりは遊んであげていると言った方が相応しいだろうか。ラスティカなんて「可愛らしい羊たちのために一曲」とか何とか言いながら、優雅な音楽を奏でていたところだ。
「なんかさっきより羊がうっとりしてるような……。賢いし、音楽も分かるのかな?」
「音には反応するが、どうなんだろうな。ラスティカの演奏がすごいんじゃないか」
「ふふ、光栄ですね。羊たちにも、僕の音楽を楽しんでいただけるなんて」
「……ふん、俺の方がすごい」
「なんでここで張り合うんだ、シノ……」
呆れ顔のヒースクリフの横でシノは干し草を食べさせてやっているところだ。干し草目当てで膝の上に何匹も乗ってきているため、胸を張っていてもなんだか気が抜けて可愛らしい光景になっている。
演奏を終えたラスティカの足元では、羊たちが歓声を送るようにメェメェと鳴いていた。演奏中は静かにしていたから、本当に音楽の区別もできるのかもしれない。
「ほら、こっちにおいで。今度、君たちの服も作ってみたいんだ」
クロエが近くの一匹を拾い上げ、慣れた手つきでメジャーを巻き付ける。
「……そういえばレノックスの羊って、何匹くらいいるの? せっかく作るなら、みんなの分も作ってあげないと!」
「全頭分作るつもりなのか。そうだな……時期によって多少変わるが、今は二十頭くらいだ」
「二十頭? そんなに一人で見てるのか」
「羊飼いのお仕事も大変ですね……」
「はは……そうだな。魔法で管理してはいるが、はぐれてしまうこともあるし……」
そうレノックスが言いかけたところで、談話室の扉が開いた。誰が来たかと顔を向けるとオーエンである。その胸元には羊が一匹抱かれていた。
「……話をすれば、この通りだ」
ため息をつくレノックスの横で、クロエ達のような若い魔法使いの空気が少し張り詰めた。ラスティカは相変わらずおっとりした様子だが、若い魔法使いにとってオーエンはまだ対するのに緊張してしまう相手でもある。オーエンはそんな彼らに、開口一番皮肉な言葉を――言わず、むしろホッとしたような柔らかい笑顔を浮かべた。
「羊さん。よかったね、お友達が沢山いるよ」
「……あれ……?」
クロエが何かに気づいたような表情をする。いつものオーエンなら、やれラムステーキにしてやるだとか何だとか言っていてもおかしくないが、今のオーエンは膝を折って羊をそっと床に下ろすと、仲間たちの群れに戻っていくのを見守るような優しい眼差しをしていた。
「オーエン。見つけてきてくれたのか、どうもありがとう」
「うん。羊さん、戻りたい、って言ってたから」
「……」
シノが怪訝そうな顔をしてオーエンを見る。今のオーエンは、厄災の傷の影響で時折現れる別人格の方だ。様子からしてシノやヒースクリフは事情を知っているようだが、レノックスはこの傷のことをよく知らない。
(食べられなくてよかった……じゃなくて! どうしよう、オーエンはこの人格のこと隠したがってるみたいだし……)
この人格のオーエンと対したことのあるクロエは、こっそりとラスティカに目配せをする。ラスティカはクロエを見つめ返し、少し長い瞬きのあとで、オーエンの方に目を向けた。
「——ああ、そういえば、昨日頂いたクッキーがあるんでした。オーエン、よかったらこれからご一緒にいかがですか?」
「……いいの?」
「ええ。はぐれた羊を見つけてくれたご褒美です」
「やった。嬉しい」
立ち上がったラスティカがオーエンを連れて談話室を出ていこうとするので、クロエも慌ててそれに続いた。「ラスティカ一人じゃ不安だから!」と言い残して。
「よ……、よかったぁ。今日は優しい方のオーエンで……」
「優しい方のオーエン?」
「……あんたはまだよく知らないんだったか。まあ、そのうち分かるだろ」
そうぼやいていると、入れ代わり立ち代わりで今度は賢者がやってきた。シノとヒースクリフに用があったらしい。
「これから調査の任務があるんですが、なかなか二人が来ないので……。準備は大丈夫そうでしょうか?」
「あ……! すっかり忘れてました! すみません、今すぐ準備します……!」
「昨日の夜で準備は終わってるだろ。……レノックス、あとは任せた」
「ああ。手伝ってくれてありがとう」
「手伝い? あっ、羊のお世話ですか! いいなぁ、羨ましい……でも時間が……! また今度機会があったら、ぜひ自分にもやらせてください!」
かなり時間が差し迫っているのか、賢者に続いてシノとヒースクリフも駆け足で談話室を出ていってしまった。先程まで賑やかだった談話室は、レノックスとたくさんの羊たちだけになる。
「……少し長い休憩になってしまった。部屋に戻ろうか」
レノックスが立ち上がると羊たちもすぐにレノックスの足元に寄って着いてこようとしてくるが、一匹だけじっとして動かない個体がいた。先程オーエンが連れてきたあの羊だ。
「どうした。怪我でもしているのか」
椅子の下に入り込んでいる羊にレノックスが手を伸ばすと、羊はびくりと身体を跳ねさせて縮こまった。どの羊もレノックスによく懐いているから、このような怯えた反応をするのはおかしい。それこそ怪我や体調不良の羊が示す反応だ。
「治療をしてやらないと。よしよし……怖くないぞ」
羊を引っ張り出して抱き上げ、落ち着くようにゆっくりと撫でてやる。その羊を抱えながら、レノックスも談話室を後にするのだった。
談話室にはシノ、ヒースクリフ、ラスティカとクロエがおり、暇をしていたらしい彼らも羊の世話を少し手伝ってくれることになった。――と言っても羊に構って撫でてやったり、干し草を手で食べさせてやったりと、本格的な世話というよりは遊んであげていると言った方が相応しいだろうか。ラスティカなんて「可愛らしい羊たちのために一曲」とか何とか言いながら、優雅な音楽を奏でていたところだ。
「なんかさっきより羊がうっとりしてるような……。賢いし、音楽も分かるのかな?」
「音には反応するが、どうなんだろうな。ラスティカの演奏がすごいんじゃないか」
「ふふ、光栄ですね。羊たちにも、僕の音楽を楽しんでいただけるなんて」
「……ふん、俺の方がすごい」
「なんでここで張り合うんだ、シノ……」
呆れ顔のヒースクリフの横でシノは干し草を食べさせてやっているところだ。干し草目当てで膝の上に何匹も乗ってきているため、胸を張っていてもなんだか気が抜けて可愛らしい光景になっている。
演奏を終えたラスティカの足元では、羊たちが歓声を送るようにメェメェと鳴いていた。演奏中は静かにしていたから、本当に音楽の区別もできるのかもしれない。
「ほら、こっちにおいで。今度、君たちの服も作ってみたいんだ」
クロエが近くの一匹を拾い上げ、慣れた手つきでメジャーを巻き付ける。
「……そういえばレノックスの羊って、何匹くらいいるの? せっかく作るなら、みんなの分も作ってあげないと!」
「全頭分作るつもりなのか。そうだな……時期によって多少変わるが、今は二十頭くらいだ」
「二十頭? そんなに一人で見てるのか」
「羊飼いのお仕事も大変ですね……」
「はは……そうだな。魔法で管理してはいるが、はぐれてしまうこともあるし……」
そうレノックスが言いかけたところで、談話室の扉が開いた。誰が来たかと顔を向けるとオーエンである。その胸元には羊が一匹抱かれていた。
「……話をすれば、この通りだ」
ため息をつくレノックスの横で、クロエ達のような若い魔法使いの空気が少し張り詰めた。ラスティカは相変わらずおっとりした様子だが、若い魔法使いにとってオーエンはまだ対するのに緊張してしまう相手でもある。オーエンはそんな彼らに、開口一番皮肉な言葉を――言わず、むしろホッとしたような柔らかい笑顔を浮かべた。
「羊さん。よかったね、お友達が沢山いるよ」
「……あれ……?」
クロエが何かに気づいたような表情をする。いつものオーエンなら、やれラムステーキにしてやるだとか何だとか言っていてもおかしくないが、今のオーエンは膝を折って羊をそっと床に下ろすと、仲間たちの群れに戻っていくのを見守るような優しい眼差しをしていた。
「オーエン。見つけてきてくれたのか、どうもありがとう」
「うん。羊さん、戻りたい、って言ってたから」
「……」
シノが怪訝そうな顔をしてオーエンを見る。今のオーエンは、厄災の傷の影響で時折現れる別人格の方だ。様子からしてシノやヒースクリフは事情を知っているようだが、レノックスはこの傷のことをよく知らない。
(食べられなくてよかった……じゃなくて! どうしよう、オーエンはこの人格のこと隠したがってるみたいだし……)
この人格のオーエンと対したことのあるクロエは、こっそりとラスティカに目配せをする。ラスティカはクロエを見つめ返し、少し長い瞬きのあとで、オーエンの方に目を向けた。
「——ああ、そういえば、昨日頂いたクッキーがあるんでした。オーエン、よかったらこれからご一緒にいかがですか?」
「……いいの?」
「ええ。はぐれた羊を見つけてくれたご褒美です」
「やった。嬉しい」
立ち上がったラスティカがオーエンを連れて談話室を出ていこうとするので、クロエも慌ててそれに続いた。「ラスティカ一人じゃ不安だから!」と言い残して。
「よ……、よかったぁ。今日は優しい方のオーエンで……」
「優しい方のオーエン?」
「……あんたはまだよく知らないんだったか。まあ、そのうち分かるだろ」
そうぼやいていると、入れ代わり立ち代わりで今度は賢者がやってきた。シノとヒースクリフに用があったらしい。
「これから調査の任務があるんですが、なかなか二人が来ないので……。準備は大丈夫そうでしょうか?」
「あ……! すっかり忘れてました! すみません、今すぐ準備します……!」
「昨日の夜で準備は終わってるだろ。……レノックス、あとは任せた」
「ああ。手伝ってくれてありがとう」
「手伝い? あっ、羊のお世話ですか! いいなぁ、羨ましい……でも時間が……! また今度機会があったら、ぜひ自分にもやらせてください!」
かなり時間が差し迫っているのか、賢者に続いてシノとヒースクリフも駆け足で談話室を出ていってしまった。先程まで賑やかだった談話室は、レノックスとたくさんの羊たちだけになる。
「……少し長い休憩になってしまった。部屋に戻ろうか」
レノックスが立ち上がると羊たちもすぐにレノックスの足元に寄って着いてこようとしてくるが、一匹だけじっとして動かない個体がいた。先程オーエンが連れてきたあの羊だ。
「どうした。怪我でもしているのか」
椅子の下に入り込んでいる羊にレノックスが手を伸ばすと、羊はびくりと身体を跳ねさせて縮こまった。どの羊もレノックスによく懐いているから、このような怯えた反応をするのはおかしい。それこそ怪我や体調不良の羊が示す反応だ。
「治療をしてやらないと。よしよし……怖くないぞ」
羊を引っ張り出して抱き上げ、落ち着くようにゆっくりと撫でてやる。その羊を抱えながら、レノックスも談話室を後にするのだった。
