ep.4

「《グラディアス・プロセーラ》!」
 広げた手の前に展開された魔法陣から、金色の稲妻が迸る。15メートルほど先の木にかかった的に当たると、バチバチと激しい音を立てて稲妻は花火のように散って消えた。
「流石だな、カイン!」
「すごい威力です……!」
 近くに並んで立つアーサーとリケは拍手をしてくれるが、オズはじっとカインの様子を見て動かない。オズがなかなか喋らないのはいつものことなので、「どうだった?」とカインは声をかける。自分としては威力も強いし、的にも当たってなかなか良い線をいっていたと思うのだが。
「……駄目だ」
「えぇっ」
 予想に反してオズは、険しい顔をしてため息をついた。

 今日の午前は中央の魔法使いたちで魔法の授業だ。今日は先程のような小さな稲妻を走らせる攻撃魔法の練習で、つい魔法より手が出るカインとしても比較的得意なものである。以前やった時よりは上手くできていると思ったのだが。
「何がダメだったんだ?」
「……当たる箇所が的の中心よりズレている。以前はもう少し中心に近く当てられていた」
「そんなの、稲妻なんだから多少はズレるんじゃないか? 的に当たってないとかならまだしも……」
「でも、カインの攻撃は僕のものより外れていますよ」
「確かに……少しカインらしくないな。オズ様もきっと、偶然外れてしまった訳ではないとお考えなのでしょう?」
「そうだ。……カインの魔力の動き方が、乱れているように感じる。安定して真っ直ぐであるべきところを、別のものの干渉で歪まされているような……」
「なにか悩み事があったり、心が揺れていたりすると、そうなるのでしたよね。……カイン、なにか心当たりはないか?」
「心当たり……」
 アーサーに促され、心当たりになりそうな出来事をカインは思い出す。
 魔法は心で使うものだから、心身が安定して穏やか、かつ集中できる状態でないと、本来の力は発揮できない。魔法自体は使えても、力が安定しないだとか、今のように少し狙い通りからは外れた結果になってしまうこともある。見ての通り身体は健康極まりないし、心としても大きな不安や心配ごとはない――。
「ぁ……」
 ふと心当たりに辿りつき、カインは小さく声を上げた。
「……心当たりがあるのか」
「カイン、悩みなら私たちが聞こう。おまえが話したくないことなら、無理には聞かないが……」
「ぁ、いや、えっと……な、悩みっていうか……」
 今のカインの心を乱すものと言ったら、レノックスとの関係しかないだろう。今朝もいつものように彼と鍛錬をして朝食をとったので、それはもう些細なことで心臓が高鳴って大変だった。昨日の朝よりはまだ普通に振る舞えたと思うのだが。
「そ、その……確かにないことはないんだが、そんな深刻な悩みとかでは……」
「……もしかして、レノックスですか?」
「へぁ!?」
 リケの口から唐突に名前が出てきて、カインは素っ頓狂な声を上げてしまった。どういうことかとオズとアーサーがリケを見る。
「今朝、ネロが僕と一緒に朝食をとっているとき、カインを見て大変そうだと言っていました。僕には意味がよく分かりませんでしたが……その時のカインは、レノックスと一緒にいましたから」
 思い返すと確かに、今朝の食堂ではネロとリケが隣合って座っていた。ネロの席からは、いつものように一緒に食事をとるカインとレノックスの姿も当然見えていただろう。しかもネロはすでにカインの心情に気づいているのだ。
「最近、カインはレノックスとよく一緒にいます。仲が良いように見えますが……まさか、二人きりの時にいじめられているとか……」
「いじめだなんて、レノックスはそんなことしないだろう。……いや、しかし……」
「ち、違う違う! レノはそんなことしないし、されてない! ただっ、俺がレノのこと好きなだけでっ……!!」
「……好き?」
「好き……?」
「……」
「……あっ……」
 気づいた時には手遅れだった。きらきらと目を輝かせて「どういうことだ!?」とアーサーが言い、リケもわずかに頬を染めてカインに期待の眼差しを向けている。オズは相変わらずの無表情かつ直立不動だが、アーサーとリケの反応っぷりを見て魔法の練習は中断と判断したのだろう。休憩もかねて、早速カインは二人から詳しく事情を聞き出されることになってしまった。

 
 カインと質は違うだろうが、レノックスも元から人に好かれやすい。アーサーやリケも彼を好ましく思っているし、オズも賢者によるとレノックスには信頼を寄せているそうだ。だからカインが恋心としてレノックスを好きなのだと打ち明けても、不思議なことではないと案外すんなり受け入れられた。
「私もレノックスと一緒にいる時間は落ち着けるから……カインが恋心を寄せてしまうのも、分かるな。将来も考えているのか?」
「しょ、将来……!? え、っと、それってそのっ」
「結婚する気はあるのか、ということですよね。でも、その前に『付き合う』という段階があるんだと、本に書いてありました。カインはレノックスと付き合いたいんですか?」
「つ、つつつ付き合っ……ぅ……うう……」
 二人からの質問攻めにカインは顔を茹でダコのように赤くする。まだ触れ合うキスの妄想をしただけで悶えてしまう状況で、交際とか結婚とかの中身は考えられていない。けれど約束を重んじる魔法使いにとって、結婚も、いずれそれに繋がっていく恋愛というものも、交際前から真剣に考えなければいけないものなのだ。
「ぉ、俺は……。そ、そりゃ、付き合いたいし……け、結婚、とかも? か、考えられるけど……。レノも俺のこと好きって、思ってくれてないと……」
「レノックスとはずいぶん仲睦まじいじゃないか。カインのことも好ましく思ってくれているに違いない」
「うじうじ悩んでいるのはカインらしくありません。一度伝えてみたらどうですか?」
「そ、そうは言ってもさ……!」
 押しの強いアーサーとリケから逃れようと、カインは視線を彷徨わせる。オズはすぐそばの切り株に腰掛けてよそを向いているが、この距離この様子だと会話自体は聞いているはずだ。
「お……オズはどう思うっ!? やっぱり色々早すぎるんじゃないかって思うよな!?」
「……」
 オズの顔がこちらに向く。私に聞くのか、と視線だけで訴えてくる。
「ほ、ほら……仲間だしっ、俺自体ちゃんと考えられてないし! い、い、いくら俺がその……付き合いた……くても、な!?」
「……色恋沙汰には興味が無い。だが、早いも遅いもないだろう。お前の心に従えばいい。恋煩いでお前の魔法が乱れるくらいなら、早く成就させて心を安定させた方がいい」
「ぁうっ……」
 要は『悩んでないで早く付き合え』と言っているのだ。オズもどちらかと言うとアーサーやリケ寄りということで、カインはまさしく四面楚歌である。
「……カイン、『それ』は誰から貰ったものだ?」
「それ? ……なんのことだ?」
 唐突にオズから投げられた質問に、カインは首を傾げた。オズは右手の人差し指を立てて、少し手を迷わせると、自らの鎖骨の間あたりをとんとんと叩く。
「お前のこの辺りに、僅かだが、力を感じる。悪意は感じないが……」
「あ、それならファウストからもらったネックレスのことかもな。レノと会える機会が増える効果があるからってくれたんだ」
「……聞いているのはそれだけか」
「うん? ああ……それだけって言ってたけど。何かあるのか?」
「……いや……」
 オズはそれだけ返すと黙り込んでしまった。おそらく彼の中で言葉を選んでいるのだろう。
「ファウストがお守りをくれたのですか? なにかつけているようには見えませんが……」
「付けたとたんに消えちまったんだ。溶け込むみたいにさ。不思議だよな」
「他にも、いつも不思議な道具を持ち歩いているからな。次は何が出てくるのか、ちょっとわくわくしてしまう……」
「カイン」
「うおっ、おお! なんだ、オズ」
 いきなり名前を呼ばれたので肩を跳ねさせてしまった。オズはいつも通りの無表情で――けれど、ほんの少しだけ微笑みを浮かべながら告げる。
「……お前の恋路は、お前が傷つくことにはならない。願いがあるなら、一歩踏み出すがいい」
 彼なりに背中を押してくれているのだと、その僅かに柔らかい声色で理解した。スノウとホワイトの予言のような絶対的力こそないが、オズにそう言われるなら、きっとその通りになるのだろうと思える。
「……へへ。ありがとう、オズ。応援してくれて」
「私も応援しているぞ、カイン!」
「僕も、カインの幸福を祈っておきますね」
「はは、二人もありがとな。……ちょっと気持ちが楽になったよ」
 カインの恋心を知る人がまた増えてしまったが、中央の魔法使いは義理堅いところもある。彼らなら、カインの気持ちを勝手に周囲の人達に言いふらすようなことはしないだろう。やはり同じ国の魔法使いなだけあって、気心も知れている相手に相談するのは悪いことではないかもしれない。
「さて、そろそろ再開しようか。私は午後から公務で不在になってしまうし」
「そうですね。カインも、大丈夫ですか?」
「ああ。オズ、始めようぜ」
「……わかった」
 オズがゆっくりと立ち上がり、それに続いてアーサーとリケが位置につき、カインもそれに習う。
 ――カインには仲間がいる。ともに大いなる厄災に立ち向かい、そして、カインの初めての恋を応援してくれる頼もしい仲間が。
(……やっぱり、ひとりで抱えるのは性に合わないのかもしれないな。ちょっと恥ずかしいが……いつもと同じだ。周りを頼って、相談して……いつか、レノにも振り向いてもらえたら)
 一人では恥ずかしくて逃げ出してしまいたくなっても、自分を支えてくれる人達がいるのだと思えば、きっと彼とも真っ直ぐに向き合える。そう遠くないうちに訪れるその日まで、今はただ、目の前のことに集中しよう。
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