ep.2

「はい、騎士さんと羊飼いくんの分な」
 向かった食堂には何人かの魔法使いが集まっており、ネロもすぐに朝食を出してくれた。ふわふわのオムレツにトースト。カインとレノックスは朝の鍛錬終わりということを考えてか、別皿でさらに分厚いベーコンが三枚付きだ。
「今日も美味そうだな、ネロ! ベーコンまで付けてくれたのか!」
「はは、騎士さんはベーコン好きだしな。体を動かしたあとなら、肉とか食いたくなるだろ。サービスだ」
「ありがとう、ネロ。……カイン、折角なら俺のを一枚やろうか」
「お、いいのか? でもレノの分が……。じゃあ、俺のオムレツちょっとやるよ。等価交換だ!」
「交渉成立だな」
 慣れた手つきでオムレツを取り分け、レノックスの皿の方へ乗せる。そのお返しにカインは一枚ベーコンが追加だ。鍛錬終わりの朝食にベーコンが出てきた時は、こんなふうに何かと交換し合うのも何気ない習慣となっている。
「……仲良いよな、騎士さんと羊飼いくんってさ」
「へ?」
 目の前の席に腰を下ろし、頬杖をついてネロは笑った。
「いや……いつもそうやって何か分け合ってる気がするし、毎日一緒に食堂来るよな。なんか……見ててこっちも癒されるよ」
「癒される……のか」
「あぁ、ほら。あんな風にさ、ミチルとリケ達が仲良くしてたら、なんか可愛いだろ。それと同じ感じで……。って、あー……っと、別に騎士さんと羊飼いくんのことを子供扱いしてるとか、そんなんじゃないんだが……」
 近くの席で賑やかに朝食をとっているミチルやリケ、ルチル達の方を見やりながらネロは言う。
「はは、あんたの言いたいことは分かるよ。俺たちも同じように見られてるとは思わなかったけどな。でも確かに、俺とレノって仲良……」
 レノックスの方を見ると彼もこちらを向いていて、ぱっちりとピースが嵌るように目が合った。その途端に、なぜか。心臓が跳ねて、顔が急に熱くなる。
「……………………ぃ、もん、なっ!」
「……え、な、なんださっきの間は? それに騎士さん……」
「どうしたんだ、カイン。今日はやっぱり調子が悪いのか」
 レノックスの手がまた伸びてきて、カインは思わず目を瞑った。カインの長い前髪を掻き分け、額に手が添えられる。
「顔も赤いし、熱があるんじゃないか。食欲があるならいいが……」
「ね、ねね熱っ!? やだな、俺は全然健康体だから!! なっネロ!!」
「え、俺に振るのか……。あー……。……うん、まぁ、そうだな。騎士さんは至って健康そうに見えるぜ。うん。運動の後だからまだ火照りも冷めてないんだろ……きっと」
「そうか……でも、今日は安静にしておいた方がいい。やっぱり何か変だから」
「ぁ、ああ……! さっ! 冷めないうちに食っちまおうぜ!」
 カインがあたふたとカトラリーを手に取ったので、レノックスもならってカトラリーを手にする。そんな二人の様子をネロは、向かいの席から意味ありげに見つめていた。
 ――前途多難そうだな、騎士さん。
 そう呟いた声は、二人には届いていなかった。

(ばかばかばか、意識しすぎだ……!!)
 食堂で朝食を終え、レノックスは今日は任務があるからとそこで別れてしまった。自室に戻ったカインはベッドに飛び込み、枕に顔を埋める。
 レノックスが先に食堂を出ていったあと、ネロがこっそりと近づいてきて、「まぁ、頑張りなよ」と言ってきた。明らかにカインの心情に気づいている振る舞いで、自分はそんなに分かりやすい態度を取っていたのかと驚く。騎士としてどんな時でも理性的に感情を抑え、冷静な動きをするための訓練も受けたことはある。――それなのに、それなのに!
「好きじゃないっ、好きじゃない……! うぅ〜……!!」
 レノックスの顔が脳裏に浮かぶだけで、触れ合った時の感触を思い出すだけで。カインの心臓はどうしようもなく高鳴って、気恥ずかしくてもどかしくて、暴れ回ってしまいたい衝動に駆られる。元騎士団長ともあろうものが情けない。これが自覚した恋心の威力なのか。
 そんな訳でマットレスや枕をぼふぼふと叩いて衝動を何とか抑えていたカインだったが、ドアをノックする軽い音で我に返った。
「誰だ?」
「おはよう、カイン。俺だよ〜」
「早くにすまないな。入ってもいいか?」
「フィガロにファウスト……? ああ、入ってくれ! 散らかってるけど……」
 間もなくドアが開くと、フィガロとファウストが部屋に入ってくる気配がした。ベッドに腰掛ける形で手を上げ触れ合ってもらうと、目の前に二人の姿が現れる。
「やぁ、昨晩ぶりだね。調子はどう?」
「別にどこも悪くないが……どうしたんだ、いきなり。二人で押しかけてくるなんて」
「レノックスがさっき通りがけに、カインの様子が変だから診てくれないか、って頼んできたんだ」
「れっ、レノが……!?」
「随分気を揉んでいる様子だったから来てみたが……元気そうじゃないか。呪われている気配もないし」
「ぁ、え……っと……それは……」
 言葉に迷いながら、カインはフィガロの方を見やる。昨晩のバーでのやり取りを踏まえて、レノックスの不思議な要請となれば、何があったかくらい察しているだろう。けれど彼は大らかな笑みを浮かべているだけだ。
「ふ、フィガロ……! ファウストに何も説明してないのか!?」
「うん? あはは、勝手に伝えちゃうのもなんか悪くない?」
「……何の話だ?」
 ファウストはきょとんとして二人の様子を眺めている。


「——なるほど。つまり調子が悪いというのはレノックスの勘違いで……君はレノックスが好きだと自覚して、そのせいで妙な振る舞いをしてしまっただけ、と」
「ああ……」
「ともかく、本当に体調が悪いとか、呪われているわけではないなら良かったが……」
 そこで言葉を切り、ファウストは横に座るフィガロに視線をやった。わざわざ朝一番に僕が来る必要なかったじゃないか、と、恨めしそうな色合いが滲んでいる。フィガロは一体なんのことかととぼけた顔をしていて、完全にこの状況を面白がっている様子だ。
「というわけでカイン。折角だし、ファウストに色々相談してみたら?」
「僕は恋愛相談は受け付けていないぞ」
「いいじゃん、何かおまじないでも教えてあげなよ」
「全く……」
 まるで旧知の仲のような二人を前に、カインは少し考え込む。相談と言われても、何を相談すればいいのかも分からない状態だ。
「えっと……。その。俺って、そんなに分かりやすいかな。意識しちまうと落ち着けなくて……。ネロにも気づかれちまったみたいでさ」
「まぁ、分かりやすいよね。凄く分かりやすい」
「分かりやすいな。というより君は、普段からそう自分の気持ちを隠さないだろう。だが……今回の問題はレノックスの方にある気がするな」
「レノに?」
「それだけ分かりやすい態度をとられておいて、僕に言ったのが『調子が悪そう』だぞ。……鈍すぎないか」
「あはは! 確かに確かに。そういうとこ鈍いかも、レノは」
 ——南の国にいた頃、レノックスの元には見合いや結婚の誘いがよく届いたし、街で接する中で明らかにアピールしているような女性も多かったそうだ。だがレノックスはそんな好意にはまるで気づかず、求婚されても『体格なんかが婿としての条件に合っていたんだろう』としか思っていなかったらしい。実際は、本人の人柄に惹かれている女性も多く居たにも関わらず。
「軍にいた頃も、そういう浮いた話には興味なかったよねぇ。カインも分かると思うけど、男だらけで詰められてると溜まるんだよ。それで色々頼まれたりしても、柄じゃないって断ったりさ」
「……フィガロ、なんでレノの軍人時代のこと知ってるんだ? レノってそんなに最近まで軍隊にいたのか?」
「あっ、やば」
「……気にしないでくれ、こちらの話だ。とにかく……レノックスはそういう男だ。君がもしレノックスに振り向いてもらいたいと言うなら……たぶん、相当しぶといぞ」
「一度嵌ってくれれば早いんだけどねぇ」
「……うう」
 こういう話をしていると、改めて自分はレノックスに恋をしてしまっているのだと自覚する。想い人と親しい人に相談をかけて、振り向いてもらえるイメージがちらちらと浮かんで。けれど同時に、少し何かが引っかかるような思いもする。
「……俺は、レノのこと、好きになっていいのかな」
 呟くように言ったそれに、カインよりもずっと歳上の二人ははたと動きを止めた。
「……なんでそう思ったの?」
「だって……俺たち、賢者の魔法使いだし。仲間として一緒に戦って……今度は絶対、勝たないと。せっかく好きになって、恋人になれたとしても……。結局、苦しくなるだけじゃないか……?」
 もし次の厄災戦で勝てなかったら。自分が、レノックスが、命を落とすようなことがあったら。そうしたらこの淡い恋は、心を蝕む茨に変わるだけだ。
 魔法使いにとって結婚という約束は重い意味を持つ。付き合うのはその前段階ではあるが、それだって、将来は結婚するかもしれない相手として、大切な人に変わりはない。甘い幸せが一転して、苦しい呪いに変化する危険性もあるのだ。そして何より、今は色恋沙汰にうつつを抜かしている場合ではないのではないかという罪悪感も浮かんでくる。
「……真面目だねぇ。そしていつもよりネガティブだ。ファウストよりじめじめしちゃって」
「どういう意味だ。……珍しくネガティブ思考だというのには同意するが。カインらしくないな」
「俺らしくない、か?」
「今から厄災に負ける可能性を考えたって仕方ないだろう。むしろ魔法使いとしては、心を強く結びつけられるものが居た方が強くなれる。君たちの恋が成就して、心が豊かに、強くなって、魔法使いとしても強くなってくれたほうが、勝てる確率は上がるはずだ。……あとで苦しくなるからと無理に抑え込むより、今、素直に心を通わせあった方が、ずっといいと僕は思う」
「ファウスト……」
「……うん、俺もだいたい同意だなぁ。カイン、君はいつも『みんな』を守るって言うけれど……その中でも誰を守りたいんだろうって、この人は絶対にって思える人が居た方が、頑張れると思うよ。アーサーは君の主君として、レノックスは君の将来を共に歩む人として……みたいに。そのほうがずっと具体的で、やる気も出るでしょ」
 要は君の考えとまるで逆だね、とフィガロは笑った。
「それに……もしレノとなんにも進展しないまま、今度の厄災戦でどっちかが、あるいは両方が石になったとして。そうしたらカインは……後悔しないかな? 好きってちゃんと言えばよかった、って。そんなカインを見るのは、俺としても嫌だな」
「……そっ、か。そう、だよな……」
 心で魔法を使う魔法使いにとって、自分の心に従わない選択を取るのは人間よりも苦痛を伴う。心を壊すということが、即ち死を意味することだって少なくない。
「……俺は、レノとどうなりたいんだろう。まだ言われて気づいたばっかりで、考えられてないんだ。ちゃんと考えてみる……俺が、何を望んでいるのか」
「うんうん、そうするのがいいね。若いうちに沢山悩んだ方がいいよ」
「……そうだな」
 頷きながらファウストは、傍らの鞄の中から細いチェーンのネックレスを取り出した。
「なんだ、それ?」
「君にやる。……自然とレノックスに会える機会や時間が増えるような、縁を引き寄せる効果がある。君なら、レノックスの心を無理矢理操る様なものは嫌だろう。これは単に接触する機会を増やすしか効果はない。……あとは君次第ということだな」
「あ……ありがとう。俺、頑張ってみるよ」
 カインの笑みに、ファウストも少し分かりにくいが、微笑み返してくれた。カインが頭を下げると、そのままファウストは首にネックレスをかけてくれる。わずかに白く発光してから、カインの中に溶け込むようにネックレスは消えた。
「効果としてはひと月ほどだ。もし来月以降、また欲しくなったら来なさい。……できれば、この一ヶ月のうちで成就してくれれば良いんだがな」
 ファウストの声色は柔らかく、優しいものだった。
 これから少し用事があるらしく、二人はカインの部屋を出ていく。残されたカインは、ネックレスが溶け込んだ胸の辺りにそっと触れた。
「……レノ……」
 願うなら、レノックスに振り向いてもらいたい。自分と同じくらいに彼からも想われていたい。けれど——この恋心に応えて恋人になって欲しいというよりは、ただ。カインがレノックスに向けている好意が、他の人とは違うものだと知って欲しい。カインは自分が好きなのだと、自分は好かれているのだと、そう理解してもらえるなら、それだけで幸せだ。カイン・ナイトレイの初めての恋は、レノックスに捧げたい。
「……早く、また会いたいな。へへ……」
ベッドに倒れ込み、枕をぎゅっと抱く。今日のカインは一日休みだから、自室でたっぷり妄想に浸っていたって怒られはしない。体を動かしたくなったら中庭に行こう。毎朝そこで、同じ時間を過ごす彼のことを思いながら。


「ファウストは優しいね。あれ、ちょっとだけ魔法かけてたでしょ」
「……やはり気づかれてしまったか。あの程度なら、カインも怒りはしないだろうが」
 カインの部屋を出て談話室のほうへ向かいながら、フィガロとファウストは話し合う。
 先ほどカインに渡したネックレスは、確かに本来、接触機会を増やす以外の効果はない。だがネックレスをカインの首にかけるとき、微かに加護の魔法を掛けておいた。
 恋心というのは、時に心を蝕む苦しみにも成る。それにレノックスの人柄を思えば有り得ないとは思うが、いくら想っていても気持ちに応えて貰えず、激しい言葉で傷つけられることも少なくない。そういった恋の苦しみや心を傷つけるものからカインを守り、レノックスが受け入れるにせよ、そうでないにせよ、彼の初めての恋があたたかく幸せな形で終わるように。そんな願いを込めたものだ。
「……正直、僕としても嬉しいんだ。レノは生まれた時代や僕のせいで、一番恋を楽しめる時間をふいにしてしまった。でも誰かともし結ばれてくれるなら……失ったものを取り戻すみたいに、命をかけて、恋を楽しんで欲しい。そしてもちろん、レノックスのことを心から想ってくれる相手にも、幸せになって欲しい。そのためなら、僕も協力は惜しまないさ」
「なら、レノがカインを好きになるおまじないでもしてあげれば良かったのに。カインはもうとっくにレノのこと好きなんだし、両想いでちょうどいいじゃない」
「はぁ……。そういうのは無粋だろう。線引きが分からないのか」
「ダメなの? うーん……難しいなぁ」
 愛だなんだという割にはいつもどこかズレている師匠に溜息をつき、ファウストは鞄を持ち直す。
 ファウストとしてもカインのことは好ましく思っているし、カインが望むならレノックスとの関係も上手くいってほしい。だが、元主君としてレノックスを見る限り――カインにあのネックレスを贈る程度のことでも、少々過保護な気はするが。
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