Why Can’t This Be Love?
「ごめんなさい。私⋯⋯」
物腰柔らかな友人の、普段と変わらない優しい声色。相手を気遣う穏やかな口調。その中に確かに存在する彼女の意思を感じ取って、マカは思わずごくりと唾を飲み込んだ。
その日のマカは、一般教養の授業で課されたレポートをやっつけるために図書室へと向かっていた。当初は同じ課題を出されているはずのソウルも巻き込むつもりだったのだが、今の彼女の隣には誰もいない。マカが話を切り出そうとしたところを狙い済ましたように割り込んできたブラック☆スターによって、どこかへ連れていかれてしまったためである。「晩メシまでには帰るよ」なんて右手をひらりと振りながら、左手はブラック☆スターと肩を組む。そんなソウルに小言を言うかどうかを少し悩んで、マカの口からは結局ため息だけがこぼれ落ちた。
まあ、提出期限まで日数はあるし。ギリギリになって泣きついてきたりしないなら構わない。そんな風に思いながら、二人の笑い声にマカは背を向ける。
魂集めと違って、座学の成績(特に一般教養や選択科目)はペアの連帯責任にはならないけれど、ソウルは『デスサイズ』なのだ。嫌でも周囲の注目を集める立場なのだし、恥ずかしくない成績くらいは維持して欲しい。そんなふうな事を実際に言っては軽く受け流されているが、実の所、マカの目から見たソウルはそこまで心配が必要なタイプというわけでもなかったりする。やれば一応、なんなら科目や試験範囲によっては申し分ない成績を出したこともあった。懸念事項をあげるとするなら、取り組む初速が遅いくらい。今回の課題がソウルの得意分野じゃないということくらい。
(ま、いっか! 一人でやる方が早く終わるし)
背筋を伸ばすと同時に、マカの気持ちもすっと切り替わる。講義内で紹介された参考文献と、関連書籍の収められた書架の配置を思い浮かべながら角を曲がったところで、見知った横顔を遠くに発見した。
あのブラック☆スターの魔武器にして、マカの親しい友人たちのひとり。
(椿ちゃんだ)
自然とマカの歩みが少し早まったが、それはすぐに失速した。さらに言えば、なるべく音を立てずに素早く来た道を逆戻りすることを余儀なくされた。
椿は一人ではなく、見慣れない誰かと話していたのだ。椿よりちょっと背の高くて、マカよりも歳上に見える落ち着いた雰囲気の男子。……別に、マカは特別人見知りであるとか、男子が苦手だとか、そういう事情があるわけではない。ただ、今この時は気づかれてはいけないという直感が働いたのだ。放課後、廊下に背を預けて並んで会話する一組の男女。彼らのほかには誰もいなかったから。
マカは息を潜める。遠回りして目的の図書室へ向かうことも当然できたはずだが、今はすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。彼らの会話のさわりだけ聞いて、早とちりなら普通に椿に声をかけようと。もし勘違いじゃなかったならばーーそうしたら、その時にこそ、この場を離れようと。
「......だからさ、中務。俺じゃダメかな」
躊躇うような、窺うような声色。
「ごめんなさい。私......」
控えめなのに、はっきりとした意思。
「ーーマカちゃん、」
「うわっ!」
しゃがみ込んでいた体全体をびくっと跳ねさせて驚いたマカのオーバーリアクションに、あわせて屈んでいた椿も小さく跳ねた。胸をおさえて二、三深呼吸してから、マカは膝を抱えた姿勢のままでチョコチョコと椿へ向き直る。
マカのよく知る、いつも通りの優しい椿。少し眉を八の字にしてはいるものの、口元はにこやかに微笑んでいる。
「ごめんね、驚かすつもりも待たせるつもりもなかったんだけど」
「うっ......気づいてた?」
「暗殺者の武器ですから♪」
がくり、と脱力するマカの手を取って椿は立ち上がる。何も言わずともマカの進行方向へと歩き始めるあたり、どうやら通りかかった段階からバレていたらしい。マカは恥ずかしさを誤魔化すようにスカートの裾をぱたぱたはたいて、椿の横にぴょこんと並んだ。
二人分の靴音が廊下に落ちる。
「マカちゃんはどこに用事?」
「え......っと、図書室かな。課題に必要な本を借りようと思ってて」
「じゃあ一緒に行きましょう。私もちょうど返さないといけない本があって」
そう、他愛のない会話のキャッチボールが始まる。ほんの少し前のマカが想像していた通りの自然な流れ。けれどマカの意識は会話をすり抜けて、椿の大人びた横顔に吸い込まれていく。ぽーっと、みとれていた。
「......すごいなあ」
そして、無意識に言葉がこぼれた。
マカちゃん? と足を止める椿を見つめて、ほどなく視線はつま先へ落ちる。
傾いだ太陽の光が窓の外から差し込んできて、二人の輪郭をふちどる。その眩しさに当てられたのか、マカの口がさらに滑った。
「だって……さっきの、告白されてたんでしょ」
『告白』という言葉を発した辺りから、なぜだか無性に照れくさくなって、マカの言葉はしりすぼみしていった。きょとん、と目を丸めた椿が瞬きをひとつして、
「え?」
と急激に頬を染めた。
「や、やだマカちゃん。あれはそういうのじゃなくて!」
「えっ、違うの!?」
うって変わってうろたえる椿の様子に、今度はマカが唖然とする番だった。少し大きな声が出たことで、ますます椿の顔色に赤が差す。
「彼とは同い年で、よく授業が一緒になるんだけど……魂集めの状況とか、前の休学中のこととかを心配してくれてたみたいで」
「うん」
「それで......ブラック☆スターのことにも、ちょっと誤解があるっていうか……」
「うんうん」
「……もう、マカちゃん!」
にまにまと口角が持ち上がるマカの様子に、椿はたまらずその肩を掴んで揺さぶった。そこにはもう、先程までの自然な振る舞いや落ち着きは見られない。
「困ってるならパートナーの変更をしてみたら? って......そういう提案の話なの! 本当よ?」
「う〜ん、椿ちゃん的にはそうかもしれないけど、相手の方はどうなのかな〜」
あんまりからかわないで〜、と顔を隠すように手で覆ってしまう椿に、ゴメンゴメンと言いながらも、マカは件の男子の様子を思い返していた。隠れなければいけなかったから、その表情まではちゃんと見てはいない。あの瞬間だけの声と空気だけが判断材料になるし、そういう場面に出くわした経験はほとんどゼロといってもいい。......キムにストレートな求愛するオックスや、自身の父親の女性に対するだらしない振る舞いをカウントに入れなければ、ゼロであるのかもしれない。
とにかく、ともかく。あの男子が椿に向けているものが、恋愛感情なのか親切心から来る助言なのかについて、どちらだともマカには断定できなかった。だから、マカの中で確かなことは、ひとつだけ。
「......なんだか、ブラック☆スターが羨ましい」
ため息と一緒にこぼれた感想ひとつだけ。
マカの脳裏に浮かぶのは、ブラック☆スターと肩を組んで背を向けた自分の相棒の姿。
「どうして?」
「私、ブラック☆スターといるときの自分が好きなんです」。そう誘いを断った椿の言葉が、マカの胸をきゅうと締め付ける。
あの時、椿の返事にはひとときの迷いもなかった。
「ソウルくんだって、申し込みレター貰ってもいつも断ってるじゃない」
「断ってる......のかな」
いつからか、ソウルのもとへとやけに舞い込むようになったパートナー申し込みの手紙の数々を、マカは思い浮かべる。手紙だけだったり、なにやら呼び出されて直接話をすることもあったり、まあ色々あるらしいけれど、そのことについてソウルは多くを語らない。少なくとも、マカに詳細を聞かせることは無かった。
そんな引く手あまたの状況を、(少しむかつくことに)喜ぶどころか困惑と、呆れと、ややうんざりとした様子で受け止めていることくらいは、当然マカにも分かる。普段からよくつるんでいるメンバー以外との交友関係はそつがなくも浅いし、マカのことを『ネクラ』と評したこともあるが、それを言うソウルだって人のことを言えるかどうか。人気者願望よりも、身近な人間がわかっていればそれでいい、というタイプだ。
だからマカはなにも、額面通り「本当に断っているのかどうか」を心配しているわけではない。そういうことではないのだ。
続ける言葉を失って眉を寄せるマカの様子に、椿はしばし思案してから「ねえマカちゃん、」と明るい声を出した。
「勇気を後押ししてくれるものを思い出したんだけど」
勇気? 今度はマカの丸い瞳がぱちりと瞬いた。
******
愛にはいろんな形がある。
告白にもいろんな意味がある。
「好きです付き合ってください」を言うためだけの日じゃないことは、ずっと前から誰しもが知っていた。
「ソウル、ちょっと」
身支度を終えたソウルに声をかけて、マカはそっと深呼吸をする。前日の仕事が長引いた〜とかで、未だにぐっすり眠りの世界に浸っているブレアの横を通り過ぎ、マカはカバンに入っていない包みを一つ手に取った。
作っている様子を隠していた訳でもないから、中身が何かはブレアもソウルも知っている。だから、現在マカの体に走る緊張の理由はそこにはない。
ソウルの視線を肌に感じながら、チョコレートマフィンの入った包みを差し出した。
「......いつもありがと」
「なんだよ改まって。毎年どうも」
口の端をゆるめ、少しおどけた調子で柔らかく肩を揺らすと、ソウルはそれを受け取った。
ーーのだが。
「......どうした?」
「うん......ちょっと待って。なんていうか、そうじゃなくて......」
どういうわけか、ソウルへ譲渡されたはずの包みから一向にマカの手が離れる様子がない。待て、の言葉にソウルが大人しく従ったことで、二人の間をしばしの沈黙が流れた。奇妙な間の中、時計の秒針だけが変わらぬ早さでマイペースにチクタクと歩を進めている。
「そ、ソウル!」
沈黙を最初に破ったのは、沈黙を生み出した張本人の方だった。
「私、いつも一番最初にあげてるけど」
「まあ......一緒に住んでるしな」
朝食のデザート扱いとして食卓に一緒に並べたり、今日のように出がけに渡して休み時間中の間食になったり。食べるタイミングこそ前後するけれど、死武専入学以降のマカのバレンタインチョコを真っ先に受け取るのはずっとソウルだった。
ソウルのあっさりした相槌に、マカはもう一度息を吸う。唾を飲み込む。
「あんたが私が起きるより早く家を出たとしても、今みたいに一緒に住んでなかったとしても、どっか遠くの国に行ってたとしても......そうしたいって思うよ」
ソウルの瞳が揺れた瞬間を、マカは見ていなかった。ふさわしい言葉を探すようにうろつく視線が、照れくささを誤魔化すために伏せた瞳が、マカの視野を狭くさせる。だから、言葉を紡ぎきるのと同時に、意を決してマカがソウルを見上げた時には、お互いの視線は強く張った弦のように真っ直ぐ重なっていた。
時間にして一秒か二秒程をおいて、マカの胸にドキドキが戻ってくる。何日か前の椿の言葉が蘇る。「マカちゃんがソウルくんをどう思ってるのか。それを自分の言葉で伝えられたら、きっとソウルくんも」ーーと。
(ねェ、ソウル。)
マカは視線で訴える。
こういうとき、私がまず最初に思い浮かぶのはソウルなんだけど、あんたはどうなの。
そんな思いを込めながら、強く、強く瞳ばかりを見つめていたから。ソウルの頬がうっすらと色づいていることにも、やはりマカは気づき損ねていた。
ーー数十分後。
予鈴と共に教室へと転がり込んだソウルの右手には空の包みが、左手にはマカの右手がきつく握られていた。
物腰柔らかな友人の、普段と変わらない優しい声色。相手を気遣う穏やかな口調。その中に確かに存在する彼女の意思を感じ取って、マカは思わずごくりと唾を飲み込んだ。
その日のマカは、一般教養の授業で課されたレポートをやっつけるために図書室へと向かっていた。当初は同じ課題を出されているはずのソウルも巻き込むつもりだったのだが、今の彼女の隣には誰もいない。マカが話を切り出そうとしたところを狙い済ましたように割り込んできたブラック☆スターによって、どこかへ連れていかれてしまったためである。「晩メシまでには帰るよ」なんて右手をひらりと振りながら、左手はブラック☆スターと肩を組む。そんなソウルに小言を言うかどうかを少し悩んで、マカの口からは結局ため息だけがこぼれ落ちた。
まあ、提出期限まで日数はあるし。ギリギリになって泣きついてきたりしないなら構わない。そんな風に思いながら、二人の笑い声にマカは背を向ける。
魂集めと違って、座学の成績(特に一般教養や選択科目)はペアの連帯責任にはならないけれど、ソウルは『デスサイズ』なのだ。嫌でも周囲の注目を集める立場なのだし、恥ずかしくない成績くらいは維持して欲しい。そんなふうな事を実際に言っては軽く受け流されているが、実の所、マカの目から見たソウルはそこまで心配が必要なタイプというわけでもなかったりする。やれば一応、なんなら科目や試験範囲によっては申し分ない成績を出したこともあった。懸念事項をあげるとするなら、取り組む初速が遅いくらい。今回の課題がソウルの得意分野じゃないということくらい。
(ま、いっか! 一人でやる方が早く終わるし)
背筋を伸ばすと同時に、マカの気持ちもすっと切り替わる。講義内で紹介された参考文献と、関連書籍の収められた書架の配置を思い浮かべながら角を曲がったところで、見知った横顔を遠くに発見した。
あのブラック☆スターの魔武器にして、マカの親しい友人たちのひとり。
(椿ちゃんだ)
自然とマカの歩みが少し早まったが、それはすぐに失速した。さらに言えば、なるべく音を立てずに素早く来た道を逆戻りすることを余儀なくされた。
椿は一人ではなく、見慣れない誰かと話していたのだ。椿よりちょっと背の高くて、マカよりも歳上に見える落ち着いた雰囲気の男子。……別に、マカは特別人見知りであるとか、男子が苦手だとか、そういう事情があるわけではない。ただ、今この時は気づかれてはいけないという直感が働いたのだ。放課後、廊下に背を預けて並んで会話する一組の男女。彼らのほかには誰もいなかったから。
マカは息を潜める。遠回りして目的の図書室へ向かうことも当然できたはずだが、今はすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。彼らの会話のさわりだけ聞いて、早とちりなら普通に椿に声をかけようと。もし勘違いじゃなかったならばーーそうしたら、その時にこそ、この場を離れようと。
「......だからさ、中務。俺じゃダメかな」
躊躇うような、窺うような声色。
「ごめんなさい。私......」
控えめなのに、はっきりとした意思。
「ーーマカちゃん、」
「うわっ!」
しゃがみ込んでいた体全体をびくっと跳ねさせて驚いたマカのオーバーリアクションに、あわせて屈んでいた椿も小さく跳ねた。胸をおさえて二、三深呼吸してから、マカは膝を抱えた姿勢のままでチョコチョコと椿へ向き直る。
マカのよく知る、いつも通りの優しい椿。少し眉を八の字にしてはいるものの、口元はにこやかに微笑んでいる。
「ごめんね、驚かすつもりも待たせるつもりもなかったんだけど」
「うっ......気づいてた?」
「暗殺者の武器ですから♪」
がくり、と脱力するマカの手を取って椿は立ち上がる。何も言わずともマカの進行方向へと歩き始めるあたり、どうやら通りかかった段階からバレていたらしい。マカは恥ずかしさを誤魔化すようにスカートの裾をぱたぱたはたいて、椿の横にぴょこんと並んだ。
二人分の靴音が廊下に落ちる。
「マカちゃんはどこに用事?」
「え......っと、図書室かな。課題に必要な本を借りようと思ってて」
「じゃあ一緒に行きましょう。私もちょうど返さないといけない本があって」
そう、他愛のない会話のキャッチボールが始まる。ほんの少し前のマカが想像していた通りの自然な流れ。けれどマカの意識は会話をすり抜けて、椿の大人びた横顔に吸い込まれていく。ぽーっと、みとれていた。
「......すごいなあ」
そして、無意識に言葉がこぼれた。
マカちゃん? と足を止める椿を見つめて、ほどなく視線はつま先へ落ちる。
傾いだ太陽の光が窓の外から差し込んできて、二人の輪郭をふちどる。その眩しさに当てられたのか、マカの口がさらに滑った。
「だって……さっきの、告白されてたんでしょ」
『告白』という言葉を発した辺りから、なぜだか無性に照れくさくなって、マカの言葉はしりすぼみしていった。きょとん、と目を丸めた椿が瞬きをひとつして、
「え?」
と急激に頬を染めた。
「や、やだマカちゃん。あれはそういうのじゃなくて!」
「えっ、違うの!?」
うって変わってうろたえる椿の様子に、今度はマカが唖然とする番だった。少し大きな声が出たことで、ますます椿の顔色に赤が差す。
「彼とは同い年で、よく授業が一緒になるんだけど……魂集めの状況とか、前の休学中のこととかを心配してくれてたみたいで」
「うん」
「それで......ブラック☆スターのことにも、ちょっと誤解があるっていうか……」
「うんうん」
「……もう、マカちゃん!」
にまにまと口角が持ち上がるマカの様子に、椿はたまらずその肩を掴んで揺さぶった。そこにはもう、先程までの自然な振る舞いや落ち着きは見られない。
「困ってるならパートナーの変更をしてみたら? って......そういう提案の話なの! 本当よ?」
「う〜ん、椿ちゃん的にはそうかもしれないけど、相手の方はどうなのかな〜」
あんまりからかわないで〜、と顔を隠すように手で覆ってしまう椿に、ゴメンゴメンと言いながらも、マカは件の男子の様子を思い返していた。隠れなければいけなかったから、その表情まではちゃんと見てはいない。あの瞬間だけの声と空気だけが判断材料になるし、そういう場面に出くわした経験はほとんどゼロといってもいい。......キムにストレートな求愛するオックスや、自身の父親の女性に対するだらしない振る舞いをカウントに入れなければ、ゼロであるのかもしれない。
とにかく、ともかく。あの男子が椿に向けているものが、恋愛感情なのか親切心から来る助言なのかについて、どちらだともマカには断定できなかった。だから、マカの中で確かなことは、ひとつだけ。
「......なんだか、ブラック☆スターが羨ましい」
ため息と一緒にこぼれた感想ひとつだけ。
マカの脳裏に浮かぶのは、ブラック☆スターと肩を組んで背を向けた自分の相棒の姿。
「どうして?」
「私、ブラック☆スターといるときの自分が好きなんです」。そう誘いを断った椿の言葉が、マカの胸をきゅうと締め付ける。
あの時、椿の返事にはひとときの迷いもなかった。
「ソウルくんだって、申し込みレター貰ってもいつも断ってるじゃない」
「断ってる......のかな」
いつからか、ソウルのもとへとやけに舞い込むようになったパートナー申し込みの手紙の数々を、マカは思い浮かべる。手紙だけだったり、なにやら呼び出されて直接話をすることもあったり、まあ色々あるらしいけれど、そのことについてソウルは多くを語らない。少なくとも、マカに詳細を聞かせることは無かった。
そんな引く手あまたの状況を、(少しむかつくことに)喜ぶどころか困惑と、呆れと、ややうんざりとした様子で受け止めていることくらいは、当然マカにも分かる。普段からよくつるんでいるメンバー以外との交友関係はそつがなくも浅いし、マカのことを『ネクラ』と評したこともあるが、それを言うソウルだって人のことを言えるかどうか。人気者願望よりも、身近な人間がわかっていればそれでいい、というタイプだ。
だからマカはなにも、額面通り「本当に断っているのかどうか」を心配しているわけではない。そういうことではないのだ。
続ける言葉を失って眉を寄せるマカの様子に、椿はしばし思案してから「ねえマカちゃん、」と明るい声を出した。
「勇気を後押ししてくれるものを思い出したんだけど」
勇気? 今度はマカの丸い瞳がぱちりと瞬いた。
******
愛にはいろんな形がある。
告白にもいろんな意味がある。
「好きです付き合ってください」を言うためだけの日じゃないことは、ずっと前から誰しもが知っていた。
「ソウル、ちょっと」
身支度を終えたソウルに声をかけて、マカはそっと深呼吸をする。前日の仕事が長引いた〜とかで、未だにぐっすり眠りの世界に浸っているブレアの横を通り過ぎ、マカはカバンに入っていない包みを一つ手に取った。
作っている様子を隠していた訳でもないから、中身が何かはブレアもソウルも知っている。だから、現在マカの体に走る緊張の理由はそこにはない。
ソウルの視線を肌に感じながら、チョコレートマフィンの入った包みを差し出した。
「......いつもありがと」
「なんだよ改まって。毎年どうも」
口の端をゆるめ、少しおどけた調子で柔らかく肩を揺らすと、ソウルはそれを受け取った。
ーーのだが。
「......どうした?」
「うん......ちょっと待って。なんていうか、そうじゃなくて......」
どういうわけか、ソウルへ譲渡されたはずの包みから一向にマカの手が離れる様子がない。待て、の言葉にソウルが大人しく従ったことで、二人の間をしばしの沈黙が流れた。奇妙な間の中、時計の秒針だけが変わらぬ早さでマイペースにチクタクと歩を進めている。
「そ、ソウル!」
沈黙を最初に破ったのは、沈黙を生み出した張本人の方だった。
「私、いつも一番最初にあげてるけど」
「まあ......一緒に住んでるしな」
朝食のデザート扱いとして食卓に一緒に並べたり、今日のように出がけに渡して休み時間中の間食になったり。食べるタイミングこそ前後するけれど、死武専入学以降のマカのバレンタインチョコを真っ先に受け取るのはずっとソウルだった。
ソウルのあっさりした相槌に、マカはもう一度息を吸う。唾を飲み込む。
「あんたが私が起きるより早く家を出たとしても、今みたいに一緒に住んでなかったとしても、どっか遠くの国に行ってたとしても......そうしたいって思うよ」
ソウルの瞳が揺れた瞬間を、マカは見ていなかった。ふさわしい言葉を探すようにうろつく視線が、照れくささを誤魔化すために伏せた瞳が、マカの視野を狭くさせる。だから、言葉を紡ぎきるのと同時に、意を決してマカがソウルを見上げた時には、お互いの視線は強く張った弦のように真っ直ぐ重なっていた。
時間にして一秒か二秒程をおいて、マカの胸にドキドキが戻ってくる。何日か前の椿の言葉が蘇る。「マカちゃんがソウルくんをどう思ってるのか。それを自分の言葉で伝えられたら、きっとソウルくんも」ーーと。
(ねェ、ソウル。)
マカは視線で訴える。
こういうとき、私がまず最初に思い浮かぶのはソウルなんだけど、あんたはどうなの。
そんな思いを込めながら、強く、強く瞳ばかりを見つめていたから。ソウルの頬がうっすらと色づいていることにも、やはりマカは気づき損ねていた。
ーー数十分後。
予鈴と共に教室へと転がり込んだソウルの右手には空の包みが、左手にはマカの右手がきつく握られていた。
1/1ページ
