俺のせいじゃない!
名前が売れるというのも一長一短だ。寄ってくるのは玉石混交、仮に良縁ないし好意的なものばかりであったとしても、数が多ければ多いほど、爆発的に増えれば増えるほど、それだけで辟易してしまう人間も少なくない。全てが全てそうとは限らなくとも、上辺の評判だけで舞い込むチャンスなどに興味が薄い者であれば尚のこと。そしてやはり現実はシビアにできていて、ポジティブなものばかりで終わるわけがないのである。
「よぉ、お前が噂の『デスサイズ』君?」
体育の授業の後、シャワールームへ行く道すがら。ソウルが背中からかけられた声に振り向けば、声色通りの『輩』が二人が彼を見下ろしていた。
天下の死武専といえども、全ての学生が真に健全なる肉体や精神を育むことに成功しているかといえば、その答えこそ彼らだろう。自由な校風の賜物か、教員生徒問わず個性豊かであるためすぐに判断しにくいケースもまま見られるが、今ソウルの目の前にいる二人のような手合いは分かりやすい一例だ。外見や服装こそ尖ってはいまいが、頭の先からつま先までを値踏みするような視線、自ら名乗りもしないその態度、何が面白いのかにたりと浮かべられた笑顔に、快い気持ちになる者は恐らくそう多くはない。
僅かに眉を顰めるソウルよりも早く足を1歩踏みだしたのは、その傍らにいた少女の方だった。
「そうですけど、それが何か? 私たち、次の授業の準備があるんですけど」
「おいマカ」
マカと呼ばれた少女は、毅然とした態度で自分よりも大柄な男子生徒二人を真っ直ぐに見上げる。今気づいたと言わんばかりに彼女をちらと見て、軽薄に笑った。
「あぁ、職人サンの方はいいからさぁ、デスサイズ君とちょっとお話させてくんねえ?」
「そーそー。俺らも同じ武器なわけ。だから色々話聞いてみたくて。なあ?」
白々しさを隠しもしないその口調。マカの唇がへの字に曲げられ、さらに言い返そうと息を吸ったところで、今度はソウルがその前へ歩み出た。マカの用意していた言葉は「ソウル!」と名前を呼ぶものへと変わる。
「話するだけなんだろ? シャワールームまでだぜ」
「おっ、話がわかるねェ」
「俺らも課外授業帰りだったんだ。丁度いいや」
「ちょっと、職人抜きで勝手に……」
やや小太りの方に肩を組まれながら、ソウルがマカへと振り返る。先程までつり上がっていた眉がやや下がり気味なのを見てとって、ソウルは一瞬口元を緩める。そしていつも通りのやる気のなさそうな顔に戻って後ろ手に手をヒラヒラと振った。
「ほら、お前も早く行けよ。次の授業大事なんだろ」
それだけ言って、ソウルは男二人と男子用のシャワールームへ向かって歩き出す。
マカは何か言いたげに口をもごもごさせながらも、最後はぎゅうと両の拳を握りしめる。パートナーの少年の背中へ向かって「……サボんなよ!」と言葉を投げつけたのだった。
(「つまんない喧嘩すんなよ」って顔してたな)
ソウルはマカの表情を思い返して、やれやれと心の中だけで息を吐いた。ソウルの見立てでは心配は良くて三割、呆れ七割というところだ。元々ブラック☆スターたちとつるんで喧嘩をすることもあったし、そういう時は止められたこともないではないものの、冷めた目で放っておかれることが大半だった。そこに心配が加わったのは、ひとえに喧嘩をふっかけられた側だったからだろう。しかも目をつけられた理由からして、真面目気質なマカが黙っているわけがなかった。
けれど、そんなマカの心配とは裏腹に、機嫌良さそうな男二人はきししと笑っている。まだ人目のある廊下であるからかもしれないが。
「おっかねえの。なあ、あれがお前をデスサイズにした職人か?」
ひょろりと背の高い方が愉快そうに言うと、小太りな方が「あっ」と思い出したかのように声を上げた。
「あれ、マカ=アルバーンだろ? 超筆記で一位の」
「マジかよ! じゃああのジンクスって本当だったわけか!?」
しかも今死神様のパートナーやってるデスサイズの娘らしいじゃん、だの、それどころか母親もそのパートナーなんだぜ、だのと自分そっちのけで盛り上がる二人に「何のために呼び出されたんだよ俺」と思ったソウルであったが、矛先が自分に向かうのも面倒なので、肩の重みと頭上で繰り広げられる喧しさを犠牲に黙ることにした。
そうしていたのだが。シャワールームに着いた途端、男たちの脱線した意識は戻ってきたらしい。脱衣所に入るなり「ところでお前、」と言われた言葉が己へ向けられたものだと一瞬ソウルは気づけなかったが、続く言葉で否応なく理解させられた。
「最近こっちでも話題だぜ? デスサイズになってから女子から人気急上昇、ってなぁ」
ソウルがデスサイズになった、という話は瞬く間に広まった。死武専生の目標であるデスサイズの作成。人間の魂100個回収はまだいいが、1個とはいえ強敵である魔女の魂を集める、という要件をを一ツ星職人とその武器が成し遂げたとあれば、話題になるのは当然である。そこまではソウルもマカも、彼らと親しい友人たちも誰もが予想していたことではあったが、予想外のところにも影響があった。そのひとつが彼らの言わんとする『それ』である。
デスサイズってなそれだけで注目の的だもんなぁ、と続けた男たちの笑いに、たまたま居合わせただけの他の男子生徒たちの視線までもがちらちらとソウル達の方へと向けられる。
実際マカにもそういう意味合いで揶揄されたことはあるし、初めてのことではなかったが、こうも露骨に衆目に晒されるのはさすがに思うところがある。ソウルはシャツと体操着をまとめて脱ぎながら、だるそうに返した。
「女子とか男子とかいちいち見てねえよ……つーか、単なるパートナー申請だろ。物珍しさの」
やや声のボリュームを上げたのは、聞き耳を立てている他の生徒に向けてのものだ。それを察してか、遠慮がちに向けられていた視線はぱっと外れ、そそくさとシャワーブースに向かう姿がソウルの視界の端をちらちら通り過ぎていく。
それでももちろん話を振った二人は怯まない。そもそも怯むようなかわいい神経を持っていれば、真正面からは来てはいないのだろうが。
「んなわけねぇのはお前もわかってんだろ? なんでもうデスサイズになってる武器とパートナーを組む必要がある?」
互いに上裸の状態で改めて肩に腕を回され、ソウルが露骨に嫌そうな顔をするが、男の言葉は止まらない。
「下駄箱に詰まった手紙にハートマークがついたものもあったって聞いてるぜ。ただのパートナー申請にそんなもん要るか? 要らねえだろ」
「そんなのは書いたやつにでも聞いてくれ」
「馬ァ鹿、そんなもんに興味があるんじゃねーんだよ。噂好きな女子じゃあるめえし」
「俺らが気になってんのはさ、それが続いてるってことなワケよ」
ソウルが訝しげに小太りの男を見上げる。男は得意げに鼻を鳴らす。意味ありげに目を閉じて、ぴんと立てた人差し指の先を眉間へとつける。名探偵が推理を披露する一幕であるかのように。
「少なくとも一人でも受けたと噂が立ちゃあ一回は止まるもんだろ? それがないってことは、お前はそれを受けてないってことだ」
「それが何なんだよ……全く話が見えねぇんだけど?」
刻一刻と過ぎていく無駄な時間。あぁこのままだとマジで次の授業遅れるかもなぁとソウルがぼんやり思い始めていたところで、ひょろ長の男が小太りの男の言葉を掠めとった。
「つまりだな――いらねぇならこっちに回してくれよ」
「……はァ?」
続く男たちの話をシンプルにまとめるとこうだ。『自分たちには既に組んでいるパートナーがいるが同性だ。別に現状に文句があるってほどじゃないが、やっぱりどうせ組むなら、どうせ同居するなら女子とがいい。お前にその気がないなら都合がいいだろ?』。
言葉が続けば続くほど、ソウルの表情が引きつっていったのは言うまでもない。再び内緒話の距離にまで近づいていた男たちを手でしっしと払い除ける。
「嫌だね。めんどくせーしCOOLじゃねェ……」
「んだよ、別にいーだろ? 興味ねーってんならwin-winってやつだろうが」
もはや下心を隠す気を全く感じない下卑た笑いを払い除けて脱衣を再開するその様子からは、この話を続けようとする意思が一切感じられない。それを分かっていてやっているのか、はたまたそうでないのかはわからないが、男たちはなおも食い下がる。
「つーかマジで興味ねえの? シャーロット先輩も美人だし一年のケイトちゃんとかすげースタイル良くて人気あるんだぜ? 少なくともさっきの……なんつったっけ」
「マカ=アルバーン?」
自身の職人の名前が出てくるも、ソウルの横顔に変化はない。手早く脱いだ衣類をまとめてシャワーブースへ歩き出す。男たちもそれに続く。
「そうそう、あっちより断然いい感じの女子も結構多いだろ?」
「そういうので選ぶもんじゃねえだろ」
「今まではそうでも、もう優秀な職人と組む理由なんてないだろ? お前はデスサイズにもうなったんだからさぁ」
――組む理由。
歩みは止めずにソウルは考える。自身が彼女と組んだ理由と、これからも組む理由。どちらもソウルにとってはシンプルなものだ。マカが魔鎌の自分を選んだ。そして、そんな彼女が見せる勇気にいつも自分は引き上げられている。惹き付けられている。デスサイズになるのは死武専に所属する武器としての目標だが、それとこれとは別問題だ。マカ本人に言ったこともないし、今後わざわざ言うつもりもない。その他の人間にも同じく。
それをわざわざこんなくだらない話をもちかけてくる赤の他人に言ってやるほど、ソウルは酔狂な人間ではなかった。無視を決め込むつもりで扉に手をかけたところで、背後の声がまたやけに愉快そうに響いてくる。
「なに、実はマカ=アルバーンってああ見えてすげー『いい』わけ?」
具体的になにが、どう、とは男たちは言わなかった。けれど、意味ありげに強調された単語であるとか、もう一方が上げた下世話な笑い声であるとか。先程までの会話から察せられる男たちの価値観を踏まえれば、ある程度類推することもできるだろう。
いやお前さすがにそりゃねえよと。女っていう感じじゃねえじゃんと。げらげら笑う様子に、脱衣所に入ってきた何も知らない他生徒が不審げな視線を向けて避けるように脇を通り過ぎていく。
ソウルはシャワーブースへ続く扉から手を離した。
あ? どーした? と腹を抱えて笑っていた男二人がようやくソウルへ視線を戻す。ソウルも男二人へ向き直る。
一秒、二秒。交わる視線に剣呑な色が見えたところで、先に視線を外したのはソウルだった。ため息をついて再び背を向ける。
「……なんだよ、何か反論があって振り返ったんじゃねぇの?」
「別に。あいつは見ての通りのちんちくりんだし、あんたらには俺の職人の『良さ』は一生わかんねぇだろうなと思っただけだ」
ソウルはもう振り返ることはなく、そのままタオル片手にシャワーブースへと消えていった。
その背中を見送る男二人は、
「……んだよ、シラけるぜ」
「マジのやつじゃん」
と、その言葉通りに冷めた目線を送っていた。
頭から熱いシャワーをかぶり、手早く洗髪を済ませ体を洗い、泡を流して蛇口をキュッと閉める。
「…………」
ぽたりぽたりと髪から滴る雫が濡れたタイルを打つのをじっと見つめながら、流したばかりの汗が新たにじわりと滲んだような感覚をソウルは覚えていた。
男たちの程度の低い軽口に苛立ちを覚えたのは事実だ。そんなものに自分のパートナーが巻き込まれたことが、それを助長したのも事実。そうソウルは自覚している。
(……別にそれくらい、普通のことだろ。パートナーとして今までやってきた奴を馬鹿にされて、なんとも思わない方がどうかしてる)
ましてソウルとマカの間に、あの男たちが一瞬でも想像したようなことは一切ありはしないのだ。男と女であるというだけで、安易にそういったカテゴリーに当てはめられてしまうのも大いに不満がある。だからあのまま相手にせずに無視してしまえばいいものを、つい反論してしまいたくなった。そういうことだ、とソウルは結論づける。
シャワーブースに入った直後、どうやら立ち聞きしていたらしい顔見知り連中に「ソウルお前……」「男だな……!」「今のお前はCOOLじゃねぇ、HOTだぜ」などと意味ありげな視線とともに絡まれたのを思い出しかけ、ぶるりと頭を振った。
濡れた髪を適当にかきあげて、壁掛け時計を確認する。急げばまだ間に合う程度の時間だ。担当教員はあのシュタインでもなく、眠気を誘う座学だからサボってしまったところでそう影響もないだろう――という考えがソウルの頭をよぎった。だが、別れ際のマカの言葉も同時についてくる。
明確に返事をしたわけではなかった。けれどシチュエーションがシチュエーションだったのだから、戻らなければ少なからず心配はかけるだろう。
(……)
髪の毛から水気を絞りつつ、脱衣所へと足早に向かっていった。
* * *
「そりゃあれだよ、ソウルのせいもあるって」
殊勝にもサボる選択肢を破棄し、髪を乾かすのも整えるのも手早く済ませた甲斐あって間に合ったというのに、教員の急用で授業は自習、さらに教室に入るなりソウルの耳に飛び込んできたのがリズとマカのそんな会話であったとなれば、どっと疲れが出るというもので。
はあ、と大仰に息をついて大股でソウルが二人の並ぶ席へと近づいていく。足音に先に気がついたのはマカの方だった。
「あっ、ソウル!」
「噂をすればだな」
ぱっと見いつも通りのマカと、ニヤニヤと笑うリズ。二人の顔をじろりと見てから、ソウルはどかりとマカの隣に腰掛ける。
「ったく……サボってやりゃよかった」
「何それ」
「あ〜、別に陰口とかじゃないって。たださぁ」
「俺のせいがどうのとか言っといてか?」
まあまあ聞けって、と言うリズは相変わらずニヤニヤと笑っている。対するマカはやはり平然と、むしろよく見ると不思議そうな様子をしているので、ソウルは無言で続きを促した。
「ほら、マカとソウルのパートナー申請の数の差あるだろ? その原因の話」
「は!? 俺はなんもしてねェだろ!」
思わず声の勢いが強くなる。脱衣所での発言やらその後の絡まれ方が一瞬にして思い出されてのことだが、何も知らないマカから「ソウルうるさい」と一蹴されてしまった。
さっきの今でもう変な噂でもたっているんじゃないだろうなと苦々しい顔になるソウルを置いて、女子二人は話を続ける。
「で、なんでソウル?」
「ソウルは……っつかパートナー申請してくる女子の方はさ、デスサイズをパートナーにする優越感だとか彼氏に欲しいとかそういうんだろ? 強い男に守ってもらいたい〜とか、そういうのもあるわけよ実際。あとはもうデスサイズになってる武器をパートナーにすれば課題にあくせくしなくていいから色々楽とかってのもあるかもな。でもマカの場合……マカがどうとかじゃなくて、そういう層がつきづらいんだよな〜」
話の着地点にソウルの姿が見えず、マカだけでなくソウルも頭に疑問符を浮かべて、リズの話の続きを待った。
「優秀な職人にデスサイズにしてもらおうって考えの武器もいるかもしんないけどさ、やっぱり前のパートナーがデスサイズとくりゃ出来が比較されるだろ? 半端なやつやプライドのあるやつなんかは声なんてかけて来ないって」
特に男は、と続けるリズに、マカは露骨にがっかりした顔で肩を落とした。
「えぇ〜……そんな理由?」
リズの語る『ソウルに申請が沢山来る理由』も大概だが、とソウルは思ったが、別段妙な噂がたっているのでもリズ個人が変な勘ぐりをしているのでもないとわかると少し気が抜けた。
呆れきったマカに「そんなもんなんだって」とリズは肩を叩き、聞いていたのかどうかもよくわからないが「マカちんどんま〜い」と笑うパティー。
「だからさ、あーゆーのは個人の魅力なんてあんまり関係ないんだよ」
リズの優しい声に、机に突っ伏して拗ねた様子のマカがちらりと彼女を見上げる。彼女がうん、と頷くのを見ながら、ソウルも心の中で同意した。
上っ面の、互いによく知りもしない相手から向けられる一方的な好意にも期待にも悪意にも意味なんてない。それは必ずしも本人の価値や魅力と比例はしないし、本質はそこにはないのだと。
先程の不愉快の原因とも結びつけながらソウルは一人安堵し、自然と頭に浮かんだ感想をぽろりと口にしていた。
「まあその程度の奴じゃお前のパートナーは務まらないだろうし、いいんじゃね?」
ソウルとしてはフォローのつもりで発した言葉だったが、
「……モテてるソウルに言われるのはなんか嫌」
マカにはあまり響いていなかった。
「なぁパティー……」
「なぁにおねーちゃん」
髪が生乾きだのなんだのという話題にシフトしてしまったソウルとマカから距離を取りつつ、反対隣に座る妹の方へとリズは身を寄せた。課題のプリントでせっせと折り紙を作るパティーは、妙に真面目な顔をしたリズとは異なりいつものように楽しげにしている。
「私ら今、とんでもないマウントを目の前で見せられなかったか? お姉ちゃんの気のせい!? ……マカは気づいてないみたいだけど」
こそこそと、じりじりと。自分に密着しながら小声で訴えかける姉の様子にパティーはきょとんとした目を向けた。
「……山?」
こうして新たに自分の首を絞める種をまいてしまったことを、ソウルはまだ知らない。
「よぉ、お前が噂の『デスサイズ』君?」
体育の授業の後、シャワールームへ行く道すがら。ソウルが背中からかけられた声に振り向けば、声色通りの『輩』が二人が彼を見下ろしていた。
天下の死武専といえども、全ての学生が真に健全なる肉体や精神を育むことに成功しているかといえば、その答えこそ彼らだろう。自由な校風の賜物か、教員生徒問わず個性豊かであるためすぐに判断しにくいケースもまま見られるが、今ソウルの目の前にいる二人のような手合いは分かりやすい一例だ。外見や服装こそ尖ってはいまいが、頭の先からつま先までを値踏みするような視線、自ら名乗りもしないその態度、何が面白いのかにたりと浮かべられた笑顔に、快い気持ちになる者は恐らくそう多くはない。
僅かに眉を顰めるソウルよりも早く足を1歩踏みだしたのは、その傍らにいた少女の方だった。
「そうですけど、それが何か? 私たち、次の授業の準備があるんですけど」
「おいマカ」
マカと呼ばれた少女は、毅然とした態度で自分よりも大柄な男子生徒二人を真っ直ぐに見上げる。今気づいたと言わんばかりに彼女をちらと見て、軽薄に笑った。
「あぁ、職人サンの方はいいからさぁ、デスサイズ君とちょっとお話させてくんねえ?」
「そーそー。俺らも同じ武器なわけ。だから色々話聞いてみたくて。なあ?」
白々しさを隠しもしないその口調。マカの唇がへの字に曲げられ、さらに言い返そうと息を吸ったところで、今度はソウルがその前へ歩み出た。マカの用意していた言葉は「ソウル!」と名前を呼ぶものへと変わる。
「話するだけなんだろ? シャワールームまでだぜ」
「おっ、話がわかるねェ」
「俺らも課外授業帰りだったんだ。丁度いいや」
「ちょっと、職人抜きで勝手に……」
やや小太りの方に肩を組まれながら、ソウルがマカへと振り返る。先程までつり上がっていた眉がやや下がり気味なのを見てとって、ソウルは一瞬口元を緩める。そしていつも通りのやる気のなさそうな顔に戻って後ろ手に手をヒラヒラと振った。
「ほら、お前も早く行けよ。次の授業大事なんだろ」
それだけ言って、ソウルは男二人と男子用のシャワールームへ向かって歩き出す。
マカは何か言いたげに口をもごもごさせながらも、最後はぎゅうと両の拳を握りしめる。パートナーの少年の背中へ向かって「……サボんなよ!」と言葉を投げつけたのだった。
(「つまんない喧嘩すんなよ」って顔してたな)
ソウルはマカの表情を思い返して、やれやれと心の中だけで息を吐いた。ソウルの見立てでは心配は良くて三割、呆れ七割というところだ。元々ブラック☆スターたちとつるんで喧嘩をすることもあったし、そういう時は止められたこともないではないものの、冷めた目で放っておかれることが大半だった。そこに心配が加わったのは、ひとえに喧嘩をふっかけられた側だったからだろう。しかも目をつけられた理由からして、真面目気質なマカが黙っているわけがなかった。
けれど、そんなマカの心配とは裏腹に、機嫌良さそうな男二人はきししと笑っている。まだ人目のある廊下であるからかもしれないが。
「おっかねえの。なあ、あれがお前をデスサイズにした職人か?」
ひょろりと背の高い方が愉快そうに言うと、小太りな方が「あっ」と思い出したかのように声を上げた。
「あれ、マカ=アルバーンだろ? 超筆記で一位の」
「マジかよ! じゃああのジンクスって本当だったわけか!?」
しかも今死神様のパートナーやってるデスサイズの娘らしいじゃん、だの、それどころか母親もそのパートナーなんだぜ、だのと自分そっちのけで盛り上がる二人に「何のために呼び出されたんだよ俺」と思ったソウルであったが、矛先が自分に向かうのも面倒なので、肩の重みと頭上で繰り広げられる喧しさを犠牲に黙ることにした。
そうしていたのだが。シャワールームに着いた途端、男たちの脱線した意識は戻ってきたらしい。脱衣所に入るなり「ところでお前、」と言われた言葉が己へ向けられたものだと一瞬ソウルは気づけなかったが、続く言葉で否応なく理解させられた。
「最近こっちでも話題だぜ? デスサイズになってから女子から人気急上昇、ってなぁ」
ソウルがデスサイズになった、という話は瞬く間に広まった。死武専生の目標であるデスサイズの作成。人間の魂100個回収はまだいいが、1個とはいえ強敵である魔女の魂を集める、という要件をを一ツ星職人とその武器が成し遂げたとあれば、話題になるのは当然である。そこまではソウルもマカも、彼らと親しい友人たちも誰もが予想していたことではあったが、予想外のところにも影響があった。そのひとつが彼らの言わんとする『それ』である。
デスサイズってなそれだけで注目の的だもんなぁ、と続けた男たちの笑いに、たまたま居合わせただけの他の男子生徒たちの視線までもがちらちらとソウル達の方へと向けられる。
実際マカにもそういう意味合いで揶揄されたことはあるし、初めてのことではなかったが、こうも露骨に衆目に晒されるのはさすがに思うところがある。ソウルはシャツと体操着をまとめて脱ぎながら、だるそうに返した。
「女子とか男子とかいちいち見てねえよ……つーか、単なるパートナー申請だろ。物珍しさの」
やや声のボリュームを上げたのは、聞き耳を立てている他の生徒に向けてのものだ。それを察してか、遠慮がちに向けられていた視線はぱっと外れ、そそくさとシャワーブースに向かう姿がソウルの視界の端をちらちら通り過ぎていく。
それでももちろん話を振った二人は怯まない。そもそも怯むようなかわいい神経を持っていれば、真正面からは来てはいないのだろうが。
「んなわけねぇのはお前もわかってんだろ? なんでもうデスサイズになってる武器とパートナーを組む必要がある?」
互いに上裸の状態で改めて肩に腕を回され、ソウルが露骨に嫌そうな顔をするが、男の言葉は止まらない。
「下駄箱に詰まった手紙にハートマークがついたものもあったって聞いてるぜ。ただのパートナー申請にそんなもん要るか? 要らねえだろ」
「そんなのは書いたやつにでも聞いてくれ」
「馬ァ鹿、そんなもんに興味があるんじゃねーんだよ。噂好きな女子じゃあるめえし」
「俺らが気になってんのはさ、それが続いてるってことなワケよ」
ソウルが訝しげに小太りの男を見上げる。男は得意げに鼻を鳴らす。意味ありげに目を閉じて、ぴんと立てた人差し指の先を眉間へとつける。名探偵が推理を披露する一幕であるかのように。
「少なくとも一人でも受けたと噂が立ちゃあ一回は止まるもんだろ? それがないってことは、お前はそれを受けてないってことだ」
「それが何なんだよ……全く話が見えねぇんだけど?」
刻一刻と過ぎていく無駄な時間。あぁこのままだとマジで次の授業遅れるかもなぁとソウルがぼんやり思い始めていたところで、ひょろ長の男が小太りの男の言葉を掠めとった。
「つまりだな――いらねぇならこっちに回してくれよ」
「……はァ?」
続く男たちの話をシンプルにまとめるとこうだ。『自分たちには既に組んでいるパートナーがいるが同性だ。別に現状に文句があるってほどじゃないが、やっぱりどうせ組むなら、どうせ同居するなら女子とがいい。お前にその気がないなら都合がいいだろ?』。
言葉が続けば続くほど、ソウルの表情が引きつっていったのは言うまでもない。再び内緒話の距離にまで近づいていた男たちを手でしっしと払い除ける。
「嫌だね。めんどくせーしCOOLじゃねェ……」
「んだよ、別にいーだろ? 興味ねーってんならwin-winってやつだろうが」
もはや下心を隠す気を全く感じない下卑た笑いを払い除けて脱衣を再開するその様子からは、この話を続けようとする意思が一切感じられない。それを分かっていてやっているのか、はたまたそうでないのかはわからないが、男たちはなおも食い下がる。
「つーかマジで興味ねえの? シャーロット先輩も美人だし一年のケイトちゃんとかすげースタイル良くて人気あるんだぜ? 少なくともさっきの……なんつったっけ」
「マカ=アルバーン?」
自身の職人の名前が出てくるも、ソウルの横顔に変化はない。手早く脱いだ衣類をまとめてシャワーブースへ歩き出す。男たちもそれに続く。
「そうそう、あっちより断然いい感じの女子も結構多いだろ?」
「そういうので選ぶもんじゃねえだろ」
「今まではそうでも、もう優秀な職人と組む理由なんてないだろ? お前はデスサイズにもうなったんだからさぁ」
――組む理由。
歩みは止めずにソウルは考える。自身が彼女と組んだ理由と、これからも組む理由。どちらもソウルにとってはシンプルなものだ。マカが魔鎌の自分を選んだ。そして、そんな彼女が見せる勇気にいつも自分は引き上げられている。惹き付けられている。デスサイズになるのは死武専に所属する武器としての目標だが、それとこれとは別問題だ。マカ本人に言ったこともないし、今後わざわざ言うつもりもない。その他の人間にも同じく。
それをわざわざこんなくだらない話をもちかけてくる赤の他人に言ってやるほど、ソウルは酔狂な人間ではなかった。無視を決め込むつもりで扉に手をかけたところで、背後の声がまたやけに愉快そうに響いてくる。
「なに、実はマカ=アルバーンってああ見えてすげー『いい』わけ?」
具体的になにが、どう、とは男たちは言わなかった。けれど、意味ありげに強調された単語であるとか、もう一方が上げた下世話な笑い声であるとか。先程までの会話から察せられる男たちの価値観を踏まえれば、ある程度類推することもできるだろう。
いやお前さすがにそりゃねえよと。女っていう感じじゃねえじゃんと。げらげら笑う様子に、脱衣所に入ってきた何も知らない他生徒が不審げな視線を向けて避けるように脇を通り過ぎていく。
ソウルはシャワーブースへ続く扉から手を離した。
あ? どーした? と腹を抱えて笑っていた男二人がようやくソウルへ視線を戻す。ソウルも男二人へ向き直る。
一秒、二秒。交わる視線に剣呑な色が見えたところで、先に視線を外したのはソウルだった。ため息をついて再び背を向ける。
「……なんだよ、何か反論があって振り返ったんじゃねぇの?」
「別に。あいつは見ての通りのちんちくりんだし、あんたらには俺の職人の『良さ』は一生わかんねぇだろうなと思っただけだ」
ソウルはもう振り返ることはなく、そのままタオル片手にシャワーブースへと消えていった。
その背中を見送る男二人は、
「……んだよ、シラけるぜ」
「マジのやつじゃん」
と、その言葉通りに冷めた目線を送っていた。
頭から熱いシャワーをかぶり、手早く洗髪を済ませ体を洗い、泡を流して蛇口をキュッと閉める。
「…………」
ぽたりぽたりと髪から滴る雫が濡れたタイルを打つのをじっと見つめながら、流したばかりの汗が新たにじわりと滲んだような感覚をソウルは覚えていた。
男たちの程度の低い軽口に苛立ちを覚えたのは事実だ。そんなものに自分のパートナーが巻き込まれたことが、それを助長したのも事実。そうソウルは自覚している。
(……別にそれくらい、普通のことだろ。パートナーとして今までやってきた奴を馬鹿にされて、なんとも思わない方がどうかしてる)
ましてソウルとマカの間に、あの男たちが一瞬でも想像したようなことは一切ありはしないのだ。男と女であるというだけで、安易にそういったカテゴリーに当てはめられてしまうのも大いに不満がある。だからあのまま相手にせずに無視してしまえばいいものを、つい反論してしまいたくなった。そういうことだ、とソウルは結論づける。
シャワーブースに入った直後、どうやら立ち聞きしていたらしい顔見知り連中に「ソウルお前……」「男だな……!」「今のお前はCOOLじゃねぇ、HOTだぜ」などと意味ありげな視線とともに絡まれたのを思い出しかけ、ぶるりと頭を振った。
濡れた髪を適当にかきあげて、壁掛け時計を確認する。急げばまだ間に合う程度の時間だ。担当教員はあのシュタインでもなく、眠気を誘う座学だからサボってしまったところでそう影響もないだろう――という考えがソウルの頭をよぎった。だが、別れ際のマカの言葉も同時についてくる。
明確に返事をしたわけではなかった。けれどシチュエーションがシチュエーションだったのだから、戻らなければ少なからず心配はかけるだろう。
(……)
髪の毛から水気を絞りつつ、脱衣所へと足早に向かっていった。
* * *
「そりゃあれだよ、ソウルのせいもあるって」
殊勝にもサボる選択肢を破棄し、髪を乾かすのも整えるのも手早く済ませた甲斐あって間に合ったというのに、教員の急用で授業は自習、さらに教室に入るなりソウルの耳に飛び込んできたのがリズとマカのそんな会話であったとなれば、どっと疲れが出るというもので。
はあ、と大仰に息をついて大股でソウルが二人の並ぶ席へと近づいていく。足音に先に気がついたのはマカの方だった。
「あっ、ソウル!」
「噂をすればだな」
ぱっと見いつも通りのマカと、ニヤニヤと笑うリズ。二人の顔をじろりと見てから、ソウルはどかりとマカの隣に腰掛ける。
「ったく……サボってやりゃよかった」
「何それ」
「あ〜、別に陰口とかじゃないって。たださぁ」
「俺のせいがどうのとか言っといてか?」
まあまあ聞けって、と言うリズは相変わらずニヤニヤと笑っている。対するマカはやはり平然と、むしろよく見ると不思議そうな様子をしているので、ソウルは無言で続きを促した。
「ほら、マカとソウルのパートナー申請の数の差あるだろ? その原因の話」
「は!? 俺はなんもしてねェだろ!」
思わず声の勢いが強くなる。脱衣所での発言やらその後の絡まれ方が一瞬にして思い出されてのことだが、何も知らないマカから「ソウルうるさい」と一蹴されてしまった。
さっきの今でもう変な噂でもたっているんじゃないだろうなと苦々しい顔になるソウルを置いて、女子二人は話を続ける。
「で、なんでソウル?」
「ソウルは……っつかパートナー申請してくる女子の方はさ、デスサイズをパートナーにする優越感だとか彼氏に欲しいとかそういうんだろ? 強い男に守ってもらいたい〜とか、そういうのもあるわけよ実際。あとはもうデスサイズになってる武器をパートナーにすれば課題にあくせくしなくていいから色々楽とかってのもあるかもな。でもマカの場合……マカがどうとかじゃなくて、そういう層がつきづらいんだよな〜」
話の着地点にソウルの姿が見えず、マカだけでなくソウルも頭に疑問符を浮かべて、リズの話の続きを待った。
「優秀な職人にデスサイズにしてもらおうって考えの武器もいるかもしんないけどさ、やっぱり前のパートナーがデスサイズとくりゃ出来が比較されるだろ? 半端なやつやプライドのあるやつなんかは声なんてかけて来ないって」
特に男は、と続けるリズに、マカは露骨にがっかりした顔で肩を落とした。
「えぇ〜……そんな理由?」
リズの語る『ソウルに申請が沢山来る理由』も大概だが、とソウルは思ったが、別段妙な噂がたっているのでもリズ個人が変な勘ぐりをしているのでもないとわかると少し気が抜けた。
呆れきったマカに「そんなもんなんだって」とリズは肩を叩き、聞いていたのかどうかもよくわからないが「マカちんどんま〜い」と笑うパティー。
「だからさ、あーゆーのは個人の魅力なんてあんまり関係ないんだよ」
リズの優しい声に、机に突っ伏して拗ねた様子のマカがちらりと彼女を見上げる。彼女がうん、と頷くのを見ながら、ソウルも心の中で同意した。
上っ面の、互いによく知りもしない相手から向けられる一方的な好意にも期待にも悪意にも意味なんてない。それは必ずしも本人の価値や魅力と比例はしないし、本質はそこにはないのだと。
先程の不愉快の原因とも結びつけながらソウルは一人安堵し、自然と頭に浮かんだ感想をぽろりと口にしていた。
「まあその程度の奴じゃお前のパートナーは務まらないだろうし、いいんじゃね?」
ソウルとしてはフォローのつもりで発した言葉だったが、
「……モテてるソウルに言われるのはなんか嫌」
マカにはあまり響いていなかった。
「なぁパティー……」
「なぁにおねーちゃん」
髪が生乾きだのなんだのという話題にシフトしてしまったソウルとマカから距離を取りつつ、反対隣に座る妹の方へとリズは身を寄せた。課題のプリントでせっせと折り紙を作るパティーは、妙に真面目な顔をしたリズとは異なりいつものように楽しげにしている。
「私ら今、とんでもないマウントを目の前で見せられなかったか? お姉ちゃんの気のせい!? ……マカは気づいてないみたいだけど」
こそこそと、じりじりと。自分に密着しながら小声で訴えかける姉の様子にパティーはきょとんとした目を向けた。
「……山?」
こうして新たに自分の首を絞める種をまいてしまったことを、ソウルはまだ知らない。
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