【web再録】ぷちまか。

 くりんとしたどんぐりまなこにまっすぐ肩口に垂れる癖のないツインテール。夜を切り取ったようなロングコートに身を包んだその人物の名前を、ソウルは、ブレアは、とても良く知っている。
「……うん、これはマカだにゃぁ」
「そうだけど、そうでいいのかよ?」
 何ともいえないふわふわした会話をする二人をよそに、手のひらサイズのマカは他人事のようにあくびを漏らした。
 事の起こりは定かではない。少なくとも、今この場にいる二人にそれを説明する術はなかった。ブレアは昼寝、ソウルは買い出し、とそれぞれにマカを観測していなかった空白の時間がある。その間に何かがあったのだろう、とあたりがつくくらいのものだ。
「見た感じはそうだけど、本物とも限らないだろ」
 頭身まで下がってしまったマカのつむじををソウルが人差し指でとらえる。指の腹をぐりぐりと軽く押し付けてやるとうー、とうめき声とうなり声の境のような声で抗議を飛ばしてきた。
「ハッキリしたことは言えにゃいけど、匂いは間違いなくマカ。ただ、何かの魔法がかかってる感じが気ににゃるのよね」
「魔法ねえ……」
 猫の姿ですんすんと鼻を近づけるブレアとむず痒そうに身をよじるマカの、ともすればなごんでしまいそうな光景に目をやりながら、ソウルの頭にはひとりの魔女の姿が浮かんでいた。
 大人しくしてさえいれば多くの人が認める愛らしい顔立ちの角灯職人、キムである。証拠があるわけでもないが、以前にも彼女の魔法で実害を被った経験がある身としては、とっさに結びつけてしまったのも仕方がない部分もあるだろう。
「さて、そうと分かればソウル君」
「ああ」
「ぶーたんお仕事行ってくるから、マカとお留守番よろしくね♪」
 ずこ、とソウルが転んだのは言うまでもない。
 いわく。魔力の残り香からは嫌なものを感じなかったとか、昼寝をしていようと怪しい侵入者がいればブレアも気づいたはずだとか。そうしてソウルをなだめると、ブレアは普段通りの軽やかさで仕事へと向かってしまった。取り残されたのは渋い顔のソウルと、ソファの座面に埋もれて足をぱたぱたさせる小さなマカだけ。ソウルが横目でその様子を確認すれば、色気もへったくれもないほど単純化された白い布地がちらちらと顔をのぞかせていた。
 ため息混じりにマカを救出してやると、ソウルはようやく着ていた上着をコートラックにかけた。
 それから三時間。このちいさくて奇妙な生き物についてソウルがわかったことは三つ。
 ぴーぴーと声は出るものの、およそまともな会話はできそうにないこと。小さすぎる体では何をするにもひと苦労だからか、いつにも増してソウルへの注文が多いこと。それからどういう理屈かわからないが、食事を必要としている素振りが見られないこと。
 前二つはさておき、最後の一つは引っかかるところだ。もしこれが本物のマカならば、飲み食いをしない時間が長ければ長いほど体への影響が気がかりだし、マカではない別の何かだとするなら『この時間になっても帰ってこないのはなぜか』の問いが出る。
 ブレアの見立てを信じてこのまま様子を見るべきか、キムにコンタクトをとってみるか、はたまたシュタイン博士に相談をしてみるか。
「……最後のはやっぱナシだわ。うん」
 解剖ダーと笑みを浮かべる博士を想像し、ソウルはぶるりと身を震わせた。さすがに相棒と同じ顔をした何かにメスが入るのは精神衛生上よろしくない。ひとり頷くソウルをよそに、手元のマカがソウルの袖口を引いた。
 今は夕食を終え、胃を休ませる小休止の時間だ。自分の身の丈より大きな文庫本を引っ張ってきたかと思えば、「手伝え」とばかりにソウルの腕と本の間を陣取ってマカは呑気に活字を追っている。
 ソウルも惰性でそれにならい、飛ばし飛ばしに文字列をなぞった。
 半分程落ちていた瞼からのぞく深紅の瞳のわずかな動き、それがある一節で止まる。
 きっと、この作中においては大した意味を持たないシーンなのだろう。その証拠に、あまり深堀りされることなくさらりと次のシーンへと移行している。けれどソウルにとっては違う。嫌な発想がつい頭をよぎってしまった。……『ベタなおとぎ話の呪いの解き方』、などと。
 こういうこっぱずかしいことをさせるのを見て楽しむ顔が数時間ぶりに脳内に浮上してくるのをとめられず、ソウルは立ち上がる。読みかけの小説も、それに熱中するマカも放り出し、ソウルは向かう。そう、固定電話の前へ。
 数コールのあと、ガチャリと回線が開く音がする。
「思ったより遅かったじゃん」
 名乗るでもなく名を問うでもなく、全てをわかっている魔女が決定的なセリフでもってソウルを出迎えた。

「ごめんって。別に驚かしてやろうとかそういうつもりでもなかったんだけど」
 夜のデス・シティーにて。数分の電話口での押し問答のあと、死武専近くの公園まで出てきたソウルは仏頂面だ。その隣を歩くマカは、言葉の上では謝っているものの、どこか機嫌の良さを感じさせる。
 結論から言えば、ブレアの言が正しかった。侵入者ははじめからおらず、悪いたくらみによるものでもなく、マカ当人も一枚噛んだ話だったのだから。
 対象の体の一部、もしくは普段から身に着けている持ち物から作った依り代に、魂の波長と魔力を送り込む。そうして作る自発的に動く人形制作……というちょっと、いやだいぶあやしい話に付き合っていたというのだ。何も知らされず観察されていたということを差し引いても、無事を喜ぶだけで済ませていい話ではないだろう。そんなソウルの渋面にも、相手はキムだし、と言うつもりなのか、マカはあまり悪びれていない。
「ところで、なんですぐ連絡してこなかったの? 早い段階からキムを疑ってたじゃん、あんた」
 歩きながらに体を傾け、わざわざ下から覗き込むようにソウルを見上げるマカの顔。
 ――今となっては隣にいるだけでも、うっすら感じ取れるマカの波長。その片鱗があの人形にも宿っていたのだという。きっとそのせいだ、という確信を抱きながら、教えてやらないとばかりにソウルの無言の手刀がマカの額に落とされた。
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