【web再録】青梅が時

 鎌職人のマカ=アルバーンとペアを組み始めてからもうすぐ一年になろうという頃。俺たちが死武専へ入学して、初めての夏。
「椿ちゃんからおすそ分けしてもらったんだ」
 そう言ってマカがビニール袋から取り出した瓶には、透き通る淡い琥珀色がきらめいていた。
 ラベルらしいものはなく、密封されているために匂いはわからない。椿の手書きと思われるタグには日付が書かれていることから、おそらくは椿本人の手作りのものなのだろう。マカから受け取って容器をわずかに傾ければ、タイムラグなくさらりと中身が揺れ動いた。はちみつにしては粘り気がなく、質感としては水に近い。アパート暮らしを始めてからは料理に手を出すようになったとはいえ、現状の知識ではみりんやオリーブオイルが候補に挙がるくらいか。もっとも、それらを家庭で自作するという話を聞いたことはないが。
 へぇ……としげしげと眺める俺に、マカが機嫌良く体を揺らす。
「きれいだよねー。梅のシロップなんだって」
「ウメ?」
 聞き馴染みのない言葉に思わず顔を上げると、マカの丸い瞳がぱちくりと瞬いた。
「あれ、ソウルってもしかして梅食べたことない?」
 私も特別詳しいわけじゃないんだけど、と前置いて、マカが人差し指を立てた。
 「ウメ」というのは椿の故郷での呼び名であって、英語での正式名称は「ジャパニーズアプリコット」――つまり、俺たちの知るアプリコットに似た果樹のことらしい。ただし生食には向かず、デス・シティーでは加工した状態で流通している場合がほとんどとのこと。たとえば、今目の前にある梅シロップのように。
 生粋のデスっ子にして日系であるマカの料理レパートリーには、デス・シティー内やアメリカ西部で好んで食べられる家庭料理や、外国から流入してきた料理のみならず、日本食もちょこちょこと混ざってくることがあるが、その内のまだ見ぬひとつ、ということなんだろう。
「でね、椿ちゃんの実家には梅の木があって、毎年この時期になると家でシロップとかお酒とか……あと塩漬けとかも作るんだって」
「ひょっとして、日本からの仕送りに?」
「そうみたい。なんかいいよね」
 相槌に添えられたふわっとした短い感想に、マカの横顔へと意識が向いた。その表情は普段のそれと大して変わりがないように見える。少なくとも今の俺から見て、という話にはなるが。
 死武専にはいくつもの独自ルールがあり、そのうちのひとつに『職人・魔武器のペアで学生寮ないしアパートにて共同生活を行う』というものがある。通学に支障のない範囲に実家があろうが、組んだ相手が異性だろうが、だ。相方との信頼関係や波長を合わせることが鍵となる以上、同じ環境に身を置き互いを知ることが理にかなっているとは思う。……今までの常識や個人的な感情は置いておいて、という注釈つきではあるが。
 そういうわけで、皆等しく親元を離れることになる一方で、マカの場合は他の生徒と少し勝手が違っている部分もある。
 父親(身から出た錆で離婚調停中。マカからはおおむね煙たがられている)が当代デスサイズであるために、死神様へ通信のたびにまず視界に入る。死武専校内ですれ違うこともざらにある。それだけで済むなら良いのだが、都度都度干渉してくるのだから、子離れ失敗のモデルケースがネクタイ締めて歩いてるような感じだ。そんな娘煩悩なデスサイズの、公私両方のパートナーであった母親はーといえばその逆で、基本的にデス・シティーを離れてあちこち飛び回っているとかなんとか。
 不定期に届く手紙に顔をほころばせている様子こそ見るものの、それをさみしがるより母への憧れを。ついでに目の前の父への苛立ちを。それらの様子を目にすることの方が印象的なものだから、マカが果たして遠方の家族をどう思っているのか、なんて今まで考えたことはなかったかもしれない。俺の方も家の話はほとんどしないから、なるべくしてなった流れともいえるか。
 と、不意にマカと視線がぱちりと絡んだ。つい見すぎていたらしい。
「気になる?」
 顎を引いて不敵に笑うと、マカはキッチンへと爪先を向けた。戸棚からはグラスを二つ取り出して、手首と視線でこちらに合図。諾々とグラスを受け取ってやれば、冷蔵庫からは未開封の炭酸水のお出ましだ。
「シンプルなのは水割りとか炭酸割り。あとはヨーグルトに混ぜたりとか~……あ、今の時期ならゼリーにしちゃうっていうのもアリかもね」
「どんくらい入れる?」
「うーん、5:1?」
「OK」
 かこっ、と瓶の蓋の開く軽い音。ぷし、とペットボトルの蓋が開く軽い音。しゅわしゅわと泡をはじけさせながら、ほどなくして甘くさわやかな香りがふわりと鼻腔をくすぐった。なるほど確かに、口にする前の時点から今の時期に合いそうだという予感がする。
「乾杯でもしとく?」
「何に?」
「ソウルの梅デビューに」
 ぶは、と反射的に笑いが出たけど悪くない。いいねェ、そういうささやかなヤツ。戯れの強さではたかれる背中をおどけた仕草で擦りつつ、かちんとグラスをぶつけあった。

 アプリコットよりも酸味が強く、けれど全体としてはすっきりと甘く。舌と喉を刺激する微炭酸が心地いい。早々にグラスを空にしたマカが氷を入れ始めるのを見て、俺もそれに続くことにした。



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 椿お手製の梅シロップに舌鼓を打ったあの夏から二年が経った頃。途中までは存外順調であるかに思えたデスサイズへの道が、迂闊な失敗やら誰かの思惑やらによって、大きく流れを変えてからの夏。
「椿ちゃんから作り方教わったから!」
 むん、と腕まくりをする仕草で意気込むマカを見上げる数は『二』へと増えていた。正確に言えば一人と一匹。「にゃんの話?」と首を傾げるブレアに説明するマカをよそに、机の上に並んだ二つのビニール袋の中身を俺は覗き込んだ。一つは広口の密閉瓶二つ。もう一つは緑色の小ぶりな果実がごろごろと身を寄せ合っている。
「なァマカ、これって熟してないよな?」
 袋の中からひとつを摘まみ上げる。軽く親指と人差し指で表面を押してみるがやや硬い。色合いもマカの瞳よりやや黄味がかったような明るい緑で、どう見ても食べごろのフルーツには見えなかった。
 早速瓶の煮沸消毒にとりかかっているマカが、首だけでちらとこちらを振り返る。
「うん、『青梅』って言うんだって。熟した実でも作れるらしいけど、青梅を使うことの方が多いみたい」
 ふうん、と手の中でくるくると青梅をもてあそんでいると、「ちなみに生食は毒だから」と補足が飛んでくる。そうなのか、と額面通り受け取る俺の視界の端でブレアが小さく飛び上がった。そしてその前足からころりと転がる青梅が一つ。……なるほど、泥棒猫ちゃんへの注意喚起だったようだ。
 二つの青梅をビニールに戻していると、コンロの脇に立ったマカがこちらを見ていた。まっすぐな視線はこちらの瞳に繋がっている。目は口ほどに、とは言うけれど、言葉なしに伝えられる範囲なんて限定的だ。魔武器と職人という魂をつなげる仲であってもそれは同じ。
 なんだよ、とわずかに顎を突き出せば、マカは後ろ手に回した手をもぞりと組み替えた。照れているのとも後ろめたいのとも少し違うような様子に、気持ち程度のものではあるが少し身構えてしまう。
 しかし、いささか俺は警戒しすぎていたのかもしれなかった。
「……一緒にやらない?」
 おお、ともああ、ともつかない曖昧な返事で、俺はマカからの提案を呑んだ……のだと思う。この時じわりと漏れ出た声に明確な意思は含まれていなかったのだが、よし決まり! とばかりに意気揚々とレシピメモを取り出したマカを止める気にはならず、俺は椅子から立ち上がることにした。
 エプロンを身に着けて、カチューシャで邪魔な前髪を後ろに流して。流し台の前に二人、横へと並ぶ。なんでもない日にキッチンに二人で並ぶなんて、最近ではそう多くはない。それこそ料理経験がほぼゼロだった俺に、あれこれとご指導してくれたはじめの頃以来だろうか。
 横目で盗み見たマカの背筋は相変わらずまっすぐ伸びているのに、頭の位置がすこしだけ低い。
「やるぞー!」
 勢いよく突き上げられた拳をすんでのところで避ける。……中身自体はあまり変わっていないのかもしれない。

 まずは梅本体を傷つけないよう注意しながら竹串でへたを取り除き、水洗いのあとしっかり水気をとる。次は先程消毒した瓶へと梅を入れていくのだが、梅・氷砂糖・梅……というように交互に入れていく。梅と氷砂糖の互い違いの地層が出来上がったら蓋を閉めて冷暗所で保存するのが基本的な流れだそうだ。
「でね、今回はここにりんご酢を入れるの」
 どうも椿に教わってきたのは、去年、一昨年のものにアレンジを加えたレシピであるらしい。元々の梅シロップ事態にも酸味を感じたが、梅と同量入っている氷砂糖の影響か、甘味の方が強い印象だった。それでも十分いいバランスだったが、うだる暑さに酸味が欲しくなる感覚も身に覚えがある。さらに良くなりそうな期待を胸に抱きながら、梅の隙間にりんご酢を流し込んでいった。
 こうしてすべての材料が詰め終えた瓶に、それぞれ蓋をする。既に見栄えのいいそれに一足早い達成感を覚えつつ、このアパートで一番涼しい場所へと瓶を移動させた。
 瓶の首元に今日の日付と自分の名前を書き記したタグをつけて、ひとまずの作業は終了となる。
「で、後はこのまま放置か?」
「えーと、『一日一回、蓋をした状態で瓶を振って、中の液体が瓶全体にいきわたるようにします。これを続けて三週間後に完成です。』……だって」
「じゃあ飲めるのは来月にゃのね♪ 楽しみだにゃ~」
 ゆらゆらとしっぽを揺らすブレアを撫でてやりつつ、マカは神妙な面持ちで俺に振り返った。
「……なんだかこうしてブレアといると、猫にあげていいものといけないものがわかんなくなりそう……」
 よその猫なんて可愛がったら、うちの愛猫が拗ねちまうぜ、マイマスター。苦笑と共にブレアを見下ろせば、返ってきたのは予想外の生ぬるいまなざしだった。
「ホーント、ソウルくんも苦労するにゃ」
 ……なんでそこで俺? 胡乱な視線を送ったところで、もはや気まぐれ猫の興味の外に行ってしまったらしい。まったく、なんだっていうんだか。

 ――三日後。
 初日は梅と氷砂糖がひしめき合っていたのが、もうすっかり氷砂糖が原形を保たなくなってきている。底の方に崩れかけて沈んでいるかけらはいくつか残っているとはいえ、勢いよく振ってしまえばほろほろと溶けてしまいそうだ。
 また、変化が起きているのは氷砂糖だけじゃない。みずみずしい青さを湛えていた梅は、完成したシロップの色を思い出させる黄色に変わり始めていた。隣でしゃがむマカが目をきらきらさせて瓶を傾けている。
「りんご酢入れたからかな。今の段階でもいい色してるよね」
「じゃあ出来上がった時には前より黄色が強いシロップになってるかもな」
 そう言うと、完成形を想像したのだろう。きゅっと目をつぶって握った拳を震わせた。
「うわ、それすっごくいい! そうなったらいいなぁ」
 きっと香りもすごくいいよ、と実に嬉しそうに語るものだから、三週間後の待ち遠しさがまた少し膨らんだ気がした。

 ――十日後。
 俺の瓶からもマカの瓶からも、氷砂糖のかけらが全て溶け消えていた。ぷかぷかと浮かぶ梅の色もまた少し黄色が強くなり、表面が柔らかくしわが寄り始めているのがわかる。こうなってくると『梅干し』のイメージにだんだんと近づいてくるな……と思ったところで、ふと疑問がわいてくる。
「なァマカ」
「うん?」
「シロップの梅は黄色くなるけど、梅干しって言やぁ赤だよな?」
「あ~あれね。確か赤しそで色が付くんじゃなかったかな。だから赤しそ使ってないのだと黄色とか茶色に近かった気が……」
 なかなか続かない言葉に顔を上げると、折り曲げた膝の上で肘をついたマカが「ソウルってさ」と笑う。
「結構好きだよね、料理の話」
 なんでそれをニヤけながら言うんだよ、と小突けば「失礼な!」なんて言いながらカメラを向けられた。四日目あたりからなんとなく写真で記録を付け出した関係で、ここしばらくはすぐ手の届くところにカメラを置くようになっていたのだ。
 やめろ、貸せ! ヤだ、撮る! と押し問答の合間に切られるシャッター音の遠くで、風呂が沸いたことを報せる電子音がいつも通りに鳴っていた。

 ――十四日後。
 シロップの色変化は毎日眺めていると分かりにくいが、梅の熟し具合、皴の付き具合は比較的分かりやすい方だと思う。パチリ、とシャッターを切っていると、マカが大真面目な顔をしてこんなことを言い出した。
「なんかさ、だんだん可愛く見えてこない?」
 何が。そりゃもちろんこれよ。目くばせだけの無言のやり取りを俺がきちんと正しく受け止めているとしたら、対象は間違いなくこの瓶詰めのことである。らしい。
「えェ……?」
 心の底からワカリマセン、という声を出してやると、案の定不満げな膨れ面になってしまった。例えば音楽の好みだとか趣味の違いなんていうのは個人差があるし、生まれ育った環境からくるカルチャーショックだっていくつも経験してきた。今更そこに驚くようなこともないといえばないのだが、ひとつどうしても不思議に感じることがある。
「女子ってなんでもかんでも『可愛い』って言うよな……」
 マカも椿もリズもパティも、全然違うルーツと個性のはずなのに、どういうわけかわかりやすく可愛いわけではないものに対しても『可愛い』と言いだすところがある。時折男だけの集まりで『(女子の言う)可愛いとは』という話になることがあるが、結論は未だ出ていない。マカはしらけ切った顔で「男のロマンと似たようなもんよ」などと鼻を鳴らすが、全然違うと思う。
 いつも通りの平行線だろうと高をくくっている俺の隣で、マカは瓶の蓋をさすさすと撫でる。
「やっぱさ、自分で世話してるっていうか、作ってるっていうか……。そういうのって愛着がわくでしょ?」
 そう言われて俺の脳裏に浮かんだものは二つ。今もアパートの駐輪場に停めてあるオレンジの愛車と、実家の防音室にまだいるはずのグランドピアノ。ついでに赤と黒の心象風景と誰かの笑い声も頭の片隅でちらとかすめるが、その感覚を正面切って受け入れるにはもう少し時間が欲しいところだ。
 今回の理屈にはうなずけるな、と脳内で結論づけたところで、今度はマカの手が俺の頭へ不時着する。
「なんだよこの手は」
 手首をつかんで引きはがすと、駄々っ子を見る母親のまなざしがそこにはあった。
「大丈夫、ソウルも可愛いって」
 そんな細い手首の奴に可愛いなんて言われても。喉元まで出かかった皮肉はついぞ出てくることはなかった。振り終わった自分の瓶をしまいなおすマカから伸びる影は、俺自身が作る影よりも小さくなっているように見えたから。

 ――十五日後。
 帰宅するなりマカの丸まった背中が目に入った。声をかけてやるまでもない。普通に鍵を開けて、普通にドアノブをひねって、普段通りに音を立てて帰ってきたのだから。それでも一応もう一度、言ってみる。
「ただいま」
「…………おかえり」
 返答があっただけ良い方だろう。言い逃げのようにマカは素早く駆け出して、リビングのソファへと沈み込んでしまった。しかしちょうどそこにはブレアがいる。ブレアがいてくれるなら少しはマカも心が落ち着くだろう。今はひとまずそう思っておくことにして、先程までマカがいた場所にしゃがみこんだ。
 いつもは隣同士に並んでいる瓶。今は妙に距離があって、昨日のまま変わらずそこにある俺の瓶とは異なり、マカの瓶は反対の端に寄せられ、あらぬ方向にタグが隠れてしまっている。
 俺はいつものように瓶を二~三傾けて混ぜ合わせ、そっとマカの瓶を定位置に戻した。

 ――十七日後。
 一昨日俺と一緒にいた女子――魔武器専用講義終了直後に俺を引き留め、マカを待たせる羽目になった原因の女生徒のことだ――がキリクのファンだったということを、どうも誰かがマカに伝えたらしい。「空気悪くしてごめん」と謝るマカが妙に気まずそうな顔をしているのが少し面白いような気もする。ただそんなに引きずるような話でもないから、気分を変えてやろうと「今の顔も記録しとくか?」と軽口を叩いてみたらマカチョップを食らう羽目になった。もちろんそれなりに痛いが、このくらいがちょうどいいだろう。

 ――二十一日後。
「……あ、開けるよ」
「どーぞ」
 マカが強張った面持ちで瓶を密閉している金具に手をかける。ぐ、と肩に力が一瞬入って、……緩んだ。少し眉を下げた情けない顔が俺へと振り返る。
「あ、あってるよね? 今日で三週間……」
「違ったら止めてるって」
 だよね! と再びきりりと唇を引き結んだ。マカ、ファイト! とよくわからない声援を飛ばすブレアにこくりと深くうなずいて、もう一度腕に力を込めた。
 ……かこん。
 俺もブレアも思わず腰を浮かせて、マカの漬けたシロップの瓶を覗き込む。もともと容器が透明だし、毎日のように手に取って様子を見ていたのだから、今更中身を確認するまでもないし、自分の分ももうすぐ開ける。開けたらすぐに試飲する気ではいたけれど、もうその辺りは理屈じゃないだろう。すっかり夏の風物詩と化した甘くさわやかな梅の香りに、酢特有のつんとくる匂いがほんのり混ざる。窓は閉まっているし、エアコンの直接あたる位置にはいないにも関わらず、風がふわりと吹き抜けたような気がした。三人のうち、誰が最初に顔を上げたのかはわからない。気づけば視線が絡んでいて、輪になってハイタッチを交わしていた。
「ねえっ。これって大成功なんじゃない⁉」
「だな! こいつは味も期待できそうだぜ」
「じゃーブレアはグラスと氷持ってくるから、ソウルくんのも開けといてね~」
 パンパンプキン、パンプキン♪ とお決まりの呪文を唱えるブレアにそういえばそうだと俺は自分の世話していた瓶へと向き直った。一方のマカは「あっ」と小さく声を上げる。
「そうそう、飲む前に梅の実を取り出しちゃわないと」
「取り出すのか?」
 確かに思い起こせば例年のおすそ分けにはシロップしか入っていなかったし、そもそも今使っているような広口のガラス瓶よりも小ぶりな瓶に移し替えられていた。大きい瓶で作って、人に渡すために小さい瓶に分けたのかと思っていたのだが、違ったのだろうか。
 取り皿を用意しながらマカが答える。
「絶対出さなきゃいけないわけじゃないんだけど、長く入れておくと多少の渋みが出ちゃうんだって」
 三週間前には丸々青々としていた果肉がはすっかりしぼんで、身を寄せ合うように浮いている。取り皿も穴杓子も準備できているのに、マカは液面を見つめたままだ。
「……梅入れっぱなしのやつと取り出したやつにして、味比べでもするか?」
 はっと顔を上げるマカの後ろで、ブレアがひとり炭酸水をロックで飲んでいるのが見える。「ゆっくり決めていーよ」ということだろうか。ひらひらと指先で俺の注意を引いて、それからウインク。まったく話のわかる猫だこと。
 そんな俺たちの考えとは裏腹に、マカは焦ったように顔の前で手をぶんぶんと振った。
「いっ、いいよ別に! ちゃんと教えてもらった通りに作りたいし、取り出した梅の実にもジャムとか活用法はあるから無駄にはなんないし、美味しく飲めた方が絶対いいもんね」
 明るい声を出して瓶に穴杓子を入れるマカを見ながら、ふといつかの夜を思い出していた。マカとデスサイズの戸籍が正式にばらばらになった日、いつものようにツンとすました顔をして、「これでママも私も肩の荷が下りたわ」なんて言いながら、しばらくスランプに陥っていたこと。それから、梅酢シロップ作り十五日目あたりのこととか。
 弱音を全く吐かないわけでもないけど、強がりの方向性を間違えることもあるけど。なりたい自分に向かって頑張れる、危なっかしくてかっこいい、自慢の相棒だ。
「苦みも味だと思うけどね、俺は」
 一つ目の果実を掬いかけたマカの右手が止まる。
「可愛い可愛いお前の作品なんだろ、その梅の実も含めてさ。苦みが気になって飲めないってんなら、俺が責任もって飲んでやるよ」
 なぜか言葉を失うマカの右手から穴杓子を拝借して、さっさと自分の瓶の梅の実だけを取り除く。しれっとちょうどいいタイミングで氷入りのグラスを三つ浮かせて戻ってきたブレアのことも、さっさと一杯目の準備を進める俺のこともスルーして、サイレントに百面相。なぜか顔を赤らめて口をもごもごさせたかと思えば、何かに気づいたように目を見開いて、眉間にしわが寄ったり、口角が上がったり、下がったり。
「マ~カ」
 グラスを差し出すブレアの笑顔に、不承不承とでも言いたげな緩慢さで梅酢の炭酸割りを受け取って。
「…………子供舌ってバカにしてる?」
 どこをどう読み取ってそっちに行くのかわからないが、まあそれも、マカ=アルバーンの味わいのひとつなのかもいしれない。おあとがよろしいようで。
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