9月は暑くて眩しい
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「うわ、あちい」
「ほんと、日差しすご…日焼け止め持ってきてて良かった」
「んふふ。背中とか塗ってあげてもいーよ?」
「自分で塗るんでいいです〜。増田先輩は塗らなくていいんですか?」
「俺は別に〜、あとそろそろまっすー先輩って」
「呼びませんからねっ」
早くももう9月になり、会社の昼休憩中に同僚と『今年は夏っぽいことできなかったねえ』なんて話していたのを増田先輩に聞かれていたらしく、その後『今週末ふたりでプール行かね?』と誘われたのが5日前のこと。
半ば強引に連れられてこんな時期まで営業しているプールに来たのだけれど、9月中旬と言ってもまだ残暑、である。暑いし眩しい。実際にプールの水面に光が当たっているからというのもあるのだけれど、それよりも目の前で入念に準備体操をしている彼が眩しい。プールサイドにまで持ってきた日焼け止めを塗りながら、気付かれないように彼を見やる。
(顔とのギャップありすぎじゃんか…!)
社内で可愛い可愛いと言われているだけあって増田先輩は年上にも関わらず、めちゃくちゃに可愛い。歓迎会の時に一目惚れしたとはまだ言えていないしこれからも言うつもりもないけれど。そんな少年のような顔とは裏腹に、初めて見た増田先輩の体は筋肉質で、圧倒的に『男の人』だった。
「増田先輩、めちゃめちゃ鍛えてます…?」
「んー、まあ?ちっちゃい頃から水泳好きだからよくジムに泳ぎには行ってる。なに、ドキってしたあ?」
「っ、べーつにっ!」
増田先輩は『ふうん?』なんて言いながら顔をニヤけさせている。これは、ギャップあるって絶対自分で分かってるやつ。
「…そんな分かんないもんですね、スーツじゃ」
「俺普通に買ったら腕も胸もパツパツになんの。だからちょっと大きめの買ってる〜」
「へー、別に隠さなくても。逆に社内のお姉さんたち喜びそうなのに」
「能ある鷹は爪を隠すって言うでしょ〜」
「ふふ、たかだけに?」
「んはは。そう、貴だけに!」
そんなことを笑って言い合いながら日焼け止めを塗り終わって、爪先からちゃぷ、と水に入れば思ったより低めだった水温。
「ひゃ、つめた!」
水の中に胸まで入るとさっきまで太陽に焼かれて火照った体が急に冷えて、つい咄嗟に抱き着いてしまったのは目の前にいた増田先輩の背中で。
「うおっ」
「うわあ!ごめんなさい!!!」
「んふふ、そのまま掴まってていーよ」
「それはなんか、色々無理です…!」
申し訳無さと恥ずかしさにいてもたってもいられず背中から離れると、『ちぇー』とぽってりとした唇を尖らせる。
「そういやひなたちゃんって泳げんの?」
「え、泳げませんけど」
「ふは、なんでちょっとドヤ顔なんだよ。泳げねえのにプール来るんだ?」
「それは〜…まあ、今年はまだ夏らしいことしてないし?みたいな?」
苦笑いしてそう言えば、彼の口角がにやりと上がる。正直な理由は『増田先輩に誘われたから』、という理由だけれど、言わなくてももう彼にはバレているみたいで悔しい。
「よし、ひなたちゃんがはぐれないよーに手繋いどいてあげる」
「もー、子どもじゃないし大丈夫ですよ」
「迷子になって溺れたら大変でしょ?俺一応ライフセーバーの資格持ってるから頼っていいよ、ほんと」
「ええ…じゃあ、仕方ないなあ」
またも強がって返すと、『役得〜』という声が聞こえた気がしたけど聞こえなかったフリをしておこう。水の中で手を繋ぐのはひんやりして、きゅっと強く握られれば彼の体温が伝わってなんだか気持ちが良かった。
*
「ーーーひなたちゃん、ひなたちゃーんっ」
「わ、寝てた!」
呼ぶ声が聞こえてぱちりと目を開けると、増田先輩の車の助手席にいて、見慣れない駐車場に止まっている。きょろきょろと見渡して改めて見てみても、夕日の差し込む駐車場は見覚えのない所だった。
「やーっと起きた。泳いだ後って疲れるんだよねえ」
「や、あの、どこですかここ」
「ここ?俺んち」
「なんで!」
「なんでって、帰るの俺んちで良い?って聞いたらひなたちゃんが頷いてくれたんじゃん。ねえ?」
身に覚えのないことを言われて戸惑うけれど、増田先輩は私を帰す選択肢はないようで、『覚えてねえの?』とあざとく首を傾げた。
(この人絶対私が眠たいときに聞いたな…?!)
そういえば、うとうととしているときに何やら色々と話しかけられて。眠たさもピークでとりあえず頷いていた気がするなあ、とぼんやりとした頭で思い出す。可愛い顔して悪賢い彼のことだ、多分そういうことなんだろう。
「別になんもしないよ?一緒にお酒飲んで、話してたいなーって」
「いやいや、なんも、ってなんですか」
「あ、聞きたい?ていうかされたい?」
「そっ、そういうわけではなく!」
「んは、顔真っ赤。今何考えたのひなたちゃん」
いつもいつも増田先輩はこうやって余裕ぶって、私は狼狽えて、ずるい。それでもやっぱりそんなところも好きで。寝惚けついでに言ってしまおうかと、勢いで隣に座る彼の左手に右手を乗せてみるとぴく、と小さく彼の手が反応する。
「ひなたちゃん?」
「………えと、いや、なんでもない!」
(あーもう、私のばか!)
何回も何回も頭の中で言えている言葉はうまく言い出せなくて、結局また元通りだ。しどろもどろと自分の目が泳いでいるのが分かるから、見られないようにふいと横を向いた。
いつも好きだと言ってくるのにまだ付き合おうとは言われたことがなくて、もしかして遊ばれてるのかなあなんて思うけど、彼の『好き』を丸々信じてしまう私も私だ。もし本当に好きじゃないとしても増田先輩が誘ってくれるのは嬉しいし、擬似カップルみたいなことが出来るのは楽しくて。
(やばい、めっちゃ切なくなってきた)
無機質なコンクリートの壁を見ながら、じわじわと涙が溜まってくる。こんな顔、見せたいんじゃないのに。
「…ごめんね、ずるい先輩で」
増田先輩は私の服の袖を引っ張って、ゆるりと近付く。至近距離で『好きだよ』と言われて、理解できる前にそのまま後頭部に手をやられて、唇が触れ合った。
「……え」
「いつ言おうかとずっと思ってたんだけど、好き好き言い過ぎてタイミング逃しちゃってたから。ちゃんと今日言おうと思ってたよ」
「ますだ、せんぱい…?」
「んふ、我慢できなくて先にちゅーしちゃったけど。俺はひなたちゃんと付き合いたい」
「…いつもの冗談じゃないですよね」
「いや、俺信頼されてなさすぎじゃない?両片思いの状態って楽しいじゃん、けどもうほんとに俺のにしたいって思ったから」
乾かしきれていない濡れた髪から覗くのは、真っ直ぐな黒い瞳。
「…可愛くない彼女でもいいんですか」
「俺からしたらツンツンしてんのも可愛いし。あと、言っとくけど顔に出てるから丸分かりだよ」
「うそだ!」
「残念、ほんとです〜。あ、呼び方。さすがにもう増田先輩はないよね?」
「ゔっ」
頑なに『まっすー先輩』と呼ばなかった私は言葉を詰まらせた。『増田先輩』でも『まっすー先輩』も、彼氏になるなら確かにどちらもおかしい。
「増田さん、は?」
「え〜?貴久が良い。ね、呼んでよ」
「いやそれはさすがにハードル高すぎるんですけど…!」
「ほんっと強情。じゃあ増田さんからの貴久さんからの貴久ね。いや何年かかんのこれ、待つけど」
今だけ、お遊びで付き合いたいなんて言ってるんじゃないかと心の奥で密かに思っていたけれど、喉を鳴らして笑う彼の一言は最低でも今だけではないということを物語っていて。
「俺は?もう呼び捨てで良いよね」
「…私は、べつになんでも」
「ひなた?」
「ひ、」
急に耳元で言ってくるのはさすがに反則だろう。何でもいいとは言ったものの、好きな人に呼び捨てで呼ばれるのは破壊力が高すぎることを知ってしまった。
「よし、そろそろ家入ろっか?」
「…なにもしないんですよね?」
「なに、期待してる?ひなたがされたいなら喜んで」
「そういうわけじゃない!」
くくくと肩で笑った増田さんが車から降りたのに倣って私も外に出ると、駐車場に差し込む強い西日に目を細めた。目の前の増田さんが手を差し出してきて素直に握ると、機嫌良さそうに彼の唇が弧を描いた。やっぱり9月は暑いし眩しい。
「ほんと、日差しすご…日焼け止め持ってきてて良かった」
「んふふ。背中とか塗ってあげてもいーよ?」
「自分で塗るんでいいです〜。増田先輩は塗らなくていいんですか?」
「俺は別に〜、あとそろそろまっすー先輩って」
「呼びませんからねっ」
早くももう9月になり、会社の昼休憩中に同僚と『今年は夏っぽいことできなかったねえ』なんて話していたのを増田先輩に聞かれていたらしく、その後『今週末ふたりでプール行かね?』と誘われたのが5日前のこと。
半ば強引に連れられてこんな時期まで営業しているプールに来たのだけれど、9月中旬と言ってもまだ残暑、である。暑いし眩しい。実際にプールの水面に光が当たっているからというのもあるのだけれど、それよりも目の前で入念に準備体操をしている彼が眩しい。プールサイドにまで持ってきた日焼け止めを塗りながら、気付かれないように彼を見やる。
(顔とのギャップありすぎじゃんか…!)
社内で可愛い可愛いと言われているだけあって増田先輩は年上にも関わらず、めちゃくちゃに可愛い。歓迎会の時に一目惚れしたとはまだ言えていないしこれからも言うつもりもないけれど。そんな少年のような顔とは裏腹に、初めて見た増田先輩の体は筋肉質で、圧倒的に『男の人』だった。
「増田先輩、めちゃめちゃ鍛えてます…?」
「んー、まあ?ちっちゃい頃から水泳好きだからよくジムに泳ぎには行ってる。なに、ドキってしたあ?」
「っ、べーつにっ!」
増田先輩は『ふうん?』なんて言いながら顔をニヤけさせている。これは、ギャップあるって絶対自分で分かってるやつ。
「…そんな分かんないもんですね、スーツじゃ」
「俺普通に買ったら腕も胸もパツパツになんの。だからちょっと大きめの買ってる〜」
「へー、別に隠さなくても。逆に社内のお姉さんたち喜びそうなのに」
「能ある鷹は爪を隠すって言うでしょ〜」
「ふふ、たかだけに?」
「んはは。そう、貴だけに!」
そんなことを笑って言い合いながら日焼け止めを塗り終わって、爪先からちゃぷ、と水に入れば思ったより低めだった水温。
「ひゃ、つめた!」
水の中に胸まで入るとさっきまで太陽に焼かれて火照った体が急に冷えて、つい咄嗟に抱き着いてしまったのは目の前にいた増田先輩の背中で。
「うおっ」
「うわあ!ごめんなさい!!!」
「んふふ、そのまま掴まってていーよ」
「それはなんか、色々無理です…!」
申し訳無さと恥ずかしさにいてもたってもいられず背中から離れると、『ちぇー』とぽってりとした唇を尖らせる。
「そういやひなたちゃんって泳げんの?」
「え、泳げませんけど」
「ふは、なんでちょっとドヤ顔なんだよ。泳げねえのにプール来るんだ?」
「それは〜…まあ、今年はまだ夏らしいことしてないし?みたいな?」
苦笑いしてそう言えば、彼の口角がにやりと上がる。正直な理由は『増田先輩に誘われたから』、という理由だけれど、言わなくてももう彼にはバレているみたいで悔しい。
「よし、ひなたちゃんがはぐれないよーに手繋いどいてあげる」
「もー、子どもじゃないし大丈夫ですよ」
「迷子になって溺れたら大変でしょ?俺一応ライフセーバーの資格持ってるから頼っていいよ、ほんと」
「ええ…じゃあ、仕方ないなあ」
またも強がって返すと、『役得〜』という声が聞こえた気がしたけど聞こえなかったフリをしておこう。水の中で手を繋ぐのはひんやりして、きゅっと強く握られれば彼の体温が伝わってなんだか気持ちが良かった。
*
「ーーーひなたちゃん、ひなたちゃーんっ」
「わ、寝てた!」
呼ぶ声が聞こえてぱちりと目を開けると、増田先輩の車の助手席にいて、見慣れない駐車場に止まっている。きょろきょろと見渡して改めて見てみても、夕日の差し込む駐車場は見覚えのない所だった。
「やーっと起きた。泳いだ後って疲れるんだよねえ」
「や、あの、どこですかここ」
「ここ?俺んち」
「なんで!」
「なんでって、帰るの俺んちで良い?って聞いたらひなたちゃんが頷いてくれたんじゃん。ねえ?」
身に覚えのないことを言われて戸惑うけれど、増田先輩は私を帰す選択肢はないようで、『覚えてねえの?』とあざとく首を傾げた。
(この人絶対私が眠たいときに聞いたな…?!)
そういえば、うとうととしているときに何やら色々と話しかけられて。眠たさもピークでとりあえず頷いていた気がするなあ、とぼんやりとした頭で思い出す。可愛い顔して悪賢い彼のことだ、多分そういうことなんだろう。
「別になんもしないよ?一緒にお酒飲んで、話してたいなーって」
「いやいや、なんも、ってなんですか」
「あ、聞きたい?ていうかされたい?」
「そっ、そういうわけではなく!」
「んは、顔真っ赤。今何考えたのひなたちゃん」
いつもいつも増田先輩はこうやって余裕ぶって、私は狼狽えて、ずるい。それでもやっぱりそんなところも好きで。寝惚けついでに言ってしまおうかと、勢いで隣に座る彼の左手に右手を乗せてみるとぴく、と小さく彼の手が反応する。
「ひなたちゃん?」
「………えと、いや、なんでもない!」
(あーもう、私のばか!)
何回も何回も頭の中で言えている言葉はうまく言い出せなくて、結局また元通りだ。しどろもどろと自分の目が泳いでいるのが分かるから、見られないようにふいと横を向いた。
いつも好きだと言ってくるのにまだ付き合おうとは言われたことがなくて、もしかして遊ばれてるのかなあなんて思うけど、彼の『好き』を丸々信じてしまう私も私だ。もし本当に好きじゃないとしても増田先輩が誘ってくれるのは嬉しいし、擬似カップルみたいなことが出来るのは楽しくて。
(やばい、めっちゃ切なくなってきた)
無機質なコンクリートの壁を見ながら、じわじわと涙が溜まってくる。こんな顔、見せたいんじゃないのに。
「…ごめんね、ずるい先輩で」
増田先輩は私の服の袖を引っ張って、ゆるりと近付く。至近距離で『好きだよ』と言われて、理解できる前にそのまま後頭部に手をやられて、唇が触れ合った。
「……え」
「いつ言おうかとずっと思ってたんだけど、好き好き言い過ぎてタイミング逃しちゃってたから。ちゃんと今日言おうと思ってたよ」
「ますだ、せんぱい…?」
「んふ、我慢できなくて先にちゅーしちゃったけど。俺はひなたちゃんと付き合いたい」
「…いつもの冗談じゃないですよね」
「いや、俺信頼されてなさすぎじゃない?両片思いの状態って楽しいじゃん、けどもうほんとに俺のにしたいって思ったから」
乾かしきれていない濡れた髪から覗くのは、真っ直ぐな黒い瞳。
「…可愛くない彼女でもいいんですか」
「俺からしたらツンツンしてんのも可愛いし。あと、言っとくけど顔に出てるから丸分かりだよ」
「うそだ!」
「残念、ほんとです〜。あ、呼び方。さすがにもう増田先輩はないよね?」
「ゔっ」
頑なに『まっすー先輩』と呼ばなかった私は言葉を詰まらせた。『増田先輩』でも『まっすー先輩』も、彼氏になるなら確かにどちらもおかしい。
「増田さん、は?」
「え〜?貴久が良い。ね、呼んでよ」
「いやそれはさすがにハードル高すぎるんですけど…!」
「ほんっと強情。じゃあ増田さんからの貴久さんからの貴久ね。いや何年かかんのこれ、待つけど」
今だけ、お遊びで付き合いたいなんて言ってるんじゃないかと心の奥で密かに思っていたけれど、喉を鳴らして笑う彼の一言は最低でも今だけではないということを物語っていて。
「俺は?もう呼び捨てで良いよね」
「…私は、べつになんでも」
「ひなた?」
「ひ、」
急に耳元で言ってくるのはさすがに反則だろう。何でもいいとは言ったものの、好きな人に呼び捨てで呼ばれるのは破壊力が高すぎることを知ってしまった。
「よし、そろそろ家入ろっか?」
「…なにもしないんですよね?」
「なに、期待してる?ひなたがされたいなら喜んで」
「そういうわけじゃない!」
くくくと肩で笑った増田さんが車から降りたのに倣って私も外に出ると、駐車場に差し込む強い西日に目を細めた。目の前の増田さんが手を差し出してきて素直に握ると、機嫌良さそうに彼の唇が弧を描いた。やっぱり9月は暑いし眩しい。
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