番外編
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夏と言えばサメ映画であることは以前にも言ったはずであるが、さらに付け加えるならば、まだ大切なイベントが残っている……それは…。
「吉野くん、ゆっくり熱中症って…」
「言わないからね」
「なん……だと…」
そんな馬鹿な。
こ、こういうのは大体よく分かっていないヒロインが言われるがままにゆっくりと熱中症…って言うものであるはずだ。
おかしい、これは……何かがおかしいぞ…。
「どうして…?」
「言ったらどうなるか怖いからかな」
「なん……だと…」
「あのさ、もしかして僕のこと馬鹿にしてる?」
「全くしてません」
それはあり得ないと首をブンブンと何度も横に振れば、そんなに振らなくても良いと言われてしまった。
私は首の動きを止め、そのまま虚空を睨むように視線を鋭くさせながら考える。
おかしいわね……吉野順平はプリンセス。プリンセスとはつまり、ヒロインだ。ヒロインと言えば少女漫画…少女漫画と言えばベタな展開……いや待て?吉野くんは確かにプリンセスだが…ヒロインでは無い?いや、そんなはず……しかし、でも…。
黙り込んで悩み出した私をツンツンとつついて来た吉野くんは、「あのさ」と話始めた。
「ちなみに…言ったらどうなるの?」
「そりゃあ……」
「うん」
「録音して…」
「待って」
吉野くんの待てが入ってしまったので大人しく口を閉ざして待つ。
顔に手のひらを当てて数秒沈黙してから、彼は「うん…続けて…」と会話を再開させて良い合図を出した。
「保存した音声をバックアップして」
「……」
「いつでも聞けるようにウォークマンに入れて」
「……」
「聞いたら、可愛いなって思うわ」
「……そっか…」
会話終了。
蝉のジィジィと燻るような鳴き声が遠くから聞こえてくる、それに対して 夏だなあとボンヤリ思った。
窓の外は綺麗に晴れていて、こんな中歩いたら流石の私でも汗を流してしまうだろうと予測すれば、帰るのが億劫になった。
そもそも今日吉野家に居る理由は、お菓子を貰ったが私一人じゃ消費し切れないので押し付けに来ただけである。
毎回お邪魔するのも悪いので、渡したらすぐ帰ろうと思ったが、吉野くんがお茶の一杯くらい…と言ってくれたのでご相伴に預からせて頂いた。
冷えた麦茶を出されて飲みながら他愛ない話をしていれば、先の話題に行き着いたのであった。
暑さが降り注ぐ中を自転車漕いで帰るのはとても面倒であるが、致し方無い。
会話も一段落ついたので、腹を括って麦茶を飲み干しそろそろ帰るかと気合いを入れれば、吉野くんは「僕だけが言うのは、不公平じゃない?」と言い出した。
「何が?」
「いや、だからさ…熱中症って…」
「……ごめんなさい、ちょっと理解が…」
なんで???
いや、あの、本当にごめんなさい。意味がちょっと……え、なんで???
「なんでって、何が?」
「需要的な問題が…」
私は一人混乱する。
吉野順平はすこぶる可愛い、異論は認めない。異論を口にした者は全からずリングの上でズタボロにする。
それはさておき、可愛い吉野くんが熱中症とゆっくり言うから可愛いのであって、私が言ってもだから何だと言う話であるわけで。
分かるか?例えば吉野くんが言えばめちゃ可愛くて世の中が明るくなり、小鳥が歌い出して天から光が注ぎ、花が咲き乱れ世界は平和になるかもしれない可能性だって無きにしもあらずなのだが……私が言ったところで…悲劇だ、悲劇しか産まない。
「そもそも言う意味が分からないわね」
「それ言ったら僕も本当に分からないんだけど」
うっ……確かにそれはそうなのだけど、でも吉野くんが言うと私が嬉しくなるから…でも私が嬉しくなるために吉野くんを消費するのは良くないわね。
思いを改め、私はこの時は諦めることとしたのだった。
………
……
…
後日。
高専内、吉野くんの部屋にて。
そういえばあんな話もしたよね、と数ヶ月前のことを口にした吉野くんに、ああ…あったな……と思い出した私は「ちゅうって言い方は安っぽいわね」と考えた。
ちゅうしよーって…キャラでは無い、私も彼も。
じゃあどう言うのが正しいんだろうか…
「キス…しましょう?」
「……え、いきなり何!?」
「いえ、キス…キスを、するべきだと思われ…」
「……あの、国語音痴発動してる?」
発動してますね……一瞬で迷走してしまった。
照れ隠しに頬を指先で掻いて、視線を適当な方へと投げれば、吉野くんも釣られて照れたように床を眺め出してしまった。
微妙な空気が部屋を包む。
背中と頬の内側が痒い。
だって私達、手を繋いで好意を口にするだけでいっぱいいっぱいなので…き、キスはまだあの、難しいと言いますか、いえあの、意識をあまりしなければオデコくらいなら……その…親愛を込めてなら出来るけれど…。
やはり何事も勢いが大切と言いますか、ね…ほら……。
「きょ、今日はこのくらいにしておこうか」
「そ…そうね、そうしましょう」
「じゃあ、あの…部屋まで送るから」
「ありがとう…」
そういえばまだ今日は吉野くんの名前すら呼べていないのだったことを思い出し、部屋を出る直前、玄関の付近で背中に力を入れて腹を引っ込めながら捻り出すように「…じ、じゅ、順平くん」と呼んでみた。
固まる吉野くん、同じく固まる私。
「な……に…?」
「……………」
どちらとも無く視線が交じり合う。
ゴクリ、と 唾液を飲み込んだ音が耳を刺激した。
見つめ合い数秒、次の行動に出るか出まいか互いに考えていた所で「おい」と吉野くんの背後、大全開に開かれた扉の向こうから声が投げられた。
「玄関先でやるな、あとお前もう部屋帰って寝ろ」
「恵ちゃん…!」
「帰らねぇと真希さん呼ぶからな」
「今帰ろうと思っていたもの!」
吉野くんを押し退け抗議のために伏黒恵の前までズンズンと歩いて行けば、肩を捕まれそのまま90℃回転させられ「ほら、戻れ」と背を押された。
クソ、邪魔しやがって……!
忌々しく思いながらも、どうすることも出来なかったことは確かであるので従うように歩き出す。
だがしかし、それに待ったの声を出したのはなんと吉野くんであった。
「待って、送ってく」
「…コイツ強いんで心配入りませんよ」
「うん、まだ一緒に居たい僕の我が儘なだけだから」
「ヒェッ…」
思わず情けない声が出てしまう。
再度固まる私の手を柔く握り、引くように先を歩き出した吉野くんに釣られて足音も消さずに歩く。
後ろで盛大な溜め息が聞こえたが、最早それに口を出すことも出来ずに自室を目指した。
黙りこくる私へ振り返った吉野くんが、楽しそうに笑いながら言う。
「熱中症ってゆっくり言おうか?」
「……今日は勘弁して下さい」
「だね、僕も今日は勇気が足りないかな」
また頑張るから。
とか何とか言って、照れながら微笑まれてしまえば私の完敗である。
いえ、勝ち負けの問題では無いのだけれど、でも心の中でカンカンカーンッとゴングが鳴り響き試合を終了させているから、やはり負けなのだと思う。
下唇を噛みながら眉間にシワを刻み、羞恥に耐える私の姿に満足したのか、吉野くんはそれ以上は何も言わずに居てくれた。
「命拾いしたな」と、心の中のランボーが言ったので肯定する。
次は負けない…と意気込んでいる私であったが、このやり取りの一部始終をトークアプリにて皆が共有していたことを知るのはまた別の話である。
勘弁してくれ。
「吉野くん、ゆっくり熱中症って…」
「言わないからね」
「なん……だと…」
そんな馬鹿な。
こ、こういうのは大体よく分かっていないヒロインが言われるがままにゆっくりと熱中症…って言うものであるはずだ。
おかしい、これは……何かがおかしいぞ…。
「どうして…?」
「言ったらどうなるか怖いからかな」
「なん……だと…」
「あのさ、もしかして僕のこと馬鹿にしてる?」
「全くしてません」
それはあり得ないと首をブンブンと何度も横に振れば、そんなに振らなくても良いと言われてしまった。
私は首の動きを止め、そのまま虚空を睨むように視線を鋭くさせながら考える。
おかしいわね……吉野順平はプリンセス。プリンセスとはつまり、ヒロインだ。ヒロインと言えば少女漫画…少女漫画と言えばベタな展開……いや待て?吉野くんは確かにプリンセスだが…ヒロインでは無い?いや、そんなはず……しかし、でも…。
黙り込んで悩み出した私をツンツンとつついて来た吉野くんは、「あのさ」と話始めた。
「ちなみに…言ったらどうなるの?」
「そりゃあ……」
「うん」
「録音して…」
「待って」
吉野くんの待てが入ってしまったので大人しく口を閉ざして待つ。
顔に手のひらを当てて数秒沈黙してから、彼は「うん…続けて…」と会話を再開させて良い合図を出した。
「保存した音声をバックアップして」
「……」
「いつでも聞けるようにウォークマンに入れて」
「……」
「聞いたら、可愛いなって思うわ」
「……そっか…」
会話終了。
蝉のジィジィと燻るような鳴き声が遠くから聞こえてくる、それに対して 夏だなあとボンヤリ思った。
窓の外は綺麗に晴れていて、こんな中歩いたら流石の私でも汗を流してしまうだろうと予測すれば、帰るのが億劫になった。
そもそも今日吉野家に居る理由は、お菓子を貰ったが私一人じゃ消費し切れないので押し付けに来ただけである。
毎回お邪魔するのも悪いので、渡したらすぐ帰ろうと思ったが、吉野くんがお茶の一杯くらい…と言ってくれたのでご相伴に預からせて頂いた。
冷えた麦茶を出されて飲みながら他愛ない話をしていれば、先の話題に行き着いたのであった。
暑さが降り注ぐ中を自転車漕いで帰るのはとても面倒であるが、致し方無い。
会話も一段落ついたので、腹を括って麦茶を飲み干しそろそろ帰るかと気合いを入れれば、吉野くんは「僕だけが言うのは、不公平じゃない?」と言い出した。
「何が?」
「いや、だからさ…熱中症って…」
「……ごめんなさい、ちょっと理解が…」
なんで???
いや、あの、本当にごめんなさい。意味がちょっと……え、なんで???
「なんでって、何が?」
「需要的な問題が…」
私は一人混乱する。
吉野順平はすこぶる可愛い、異論は認めない。異論を口にした者は全からずリングの上でズタボロにする。
それはさておき、可愛い吉野くんが熱中症とゆっくり言うから可愛いのであって、私が言ってもだから何だと言う話であるわけで。
分かるか?例えば吉野くんが言えばめちゃ可愛くて世の中が明るくなり、小鳥が歌い出して天から光が注ぎ、花が咲き乱れ世界は平和になるかもしれない可能性だって無きにしもあらずなのだが……私が言ったところで…悲劇だ、悲劇しか産まない。
「そもそも言う意味が分からないわね」
「それ言ったら僕も本当に分からないんだけど」
うっ……確かにそれはそうなのだけど、でも吉野くんが言うと私が嬉しくなるから…でも私が嬉しくなるために吉野くんを消費するのは良くないわね。
思いを改め、私はこの時は諦めることとしたのだった。
………
……
…
後日。
高専内、吉野くんの部屋にて。
そういえばあんな話もしたよね、と数ヶ月前のことを口にした吉野くんに、ああ…あったな……と思い出した私は「ちゅうって言い方は安っぽいわね」と考えた。
ちゅうしよーって…キャラでは無い、私も彼も。
じゃあどう言うのが正しいんだろうか…
「キス…しましょう?」
「……え、いきなり何!?」
「いえ、キス…キスを、するべきだと思われ…」
「……あの、国語音痴発動してる?」
発動してますね……一瞬で迷走してしまった。
照れ隠しに頬を指先で掻いて、視線を適当な方へと投げれば、吉野くんも釣られて照れたように床を眺め出してしまった。
微妙な空気が部屋を包む。
背中と頬の内側が痒い。
だって私達、手を繋いで好意を口にするだけでいっぱいいっぱいなので…き、キスはまだあの、難しいと言いますか、いえあの、意識をあまりしなければオデコくらいなら……その…親愛を込めてなら出来るけれど…。
やはり何事も勢いが大切と言いますか、ね…ほら……。
「きょ、今日はこのくらいにしておこうか」
「そ…そうね、そうしましょう」
「じゃあ、あの…部屋まで送るから」
「ありがとう…」
そういえばまだ今日は吉野くんの名前すら呼べていないのだったことを思い出し、部屋を出る直前、玄関の付近で背中に力を入れて腹を引っ込めながら捻り出すように「…じ、じゅ、順平くん」と呼んでみた。
固まる吉野くん、同じく固まる私。
「な……に…?」
「……………」
どちらとも無く視線が交じり合う。
ゴクリ、と 唾液を飲み込んだ音が耳を刺激した。
見つめ合い数秒、次の行動に出るか出まいか互いに考えていた所で「おい」と吉野くんの背後、大全開に開かれた扉の向こうから声が投げられた。
「玄関先でやるな、あとお前もう部屋帰って寝ろ」
「恵ちゃん…!」
「帰らねぇと真希さん呼ぶからな」
「今帰ろうと思っていたもの!」
吉野くんを押し退け抗議のために伏黒恵の前までズンズンと歩いて行けば、肩を捕まれそのまま90℃回転させられ「ほら、戻れ」と背を押された。
クソ、邪魔しやがって……!
忌々しく思いながらも、どうすることも出来なかったことは確かであるので従うように歩き出す。
だがしかし、それに待ったの声を出したのはなんと吉野くんであった。
「待って、送ってく」
「…コイツ強いんで心配入りませんよ」
「うん、まだ一緒に居たい僕の我が儘なだけだから」
「ヒェッ…」
思わず情けない声が出てしまう。
再度固まる私の手を柔く握り、引くように先を歩き出した吉野くんに釣られて足音も消さずに歩く。
後ろで盛大な溜め息が聞こえたが、最早それに口を出すことも出来ずに自室を目指した。
黙りこくる私へ振り返った吉野くんが、楽しそうに笑いながら言う。
「熱中症ってゆっくり言おうか?」
「……今日は勘弁して下さい」
「だね、僕も今日は勇気が足りないかな」
また頑張るから。
とか何とか言って、照れながら微笑まれてしまえば私の完敗である。
いえ、勝ち負けの問題では無いのだけれど、でも心の中でカンカンカーンッとゴングが鳴り響き試合を終了させているから、やはり負けなのだと思う。
下唇を噛みながら眉間にシワを刻み、羞恥に耐える私の姿に満足したのか、吉野くんはそれ以上は何も言わずに居てくれた。
「命拾いしたな」と、心の中のランボーが言ったので肯定する。
次は負けない…と意気込んでいる私であったが、このやり取りの一部始終をトークアプリにて皆が共有していたことを知るのはまた別の話である。
勘弁してくれ。
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