錆びた灯火
「ってことがね、数ヶ月前にあって」
「だからって夏油さんに会う度に私を盾にしないで貰いたいのですが」
「夏油さん、怖くないよ?」
「灰原くん今の話聞いてた?」
夏油さんに会う度に七海くんや灰原くんを盾にしていたら、疑問をぶつけられたので答えた。
悪い人では無いことは知っているものの、肉体を扱うのに慣れた今でもあの人は私をヨチヨチとしてくる、多分セラピードッグだと思われているに違いない。
灰原くんは人の良い面を見て、その人を評価するところがある。
どんな人にも良い所はある、これは分かる。完全なる悪人など存在しない。だがしかし、人には良い面もあれば悪い面も同時に存在するのだ、「でも本当は良い人なんだなよ」と彼は言うけれど、悪いもんは悪いのだ。
頼むから、夏油さんの異常行動をどうかしていると認識して欲しい。
「嫌なら嫌だと抵抗すれば良い」
「抵抗してどうにかなると…?」
その返しに七海くんは黙りこんだ。
現在、我々三人は東京駅付近の街中の適当な複合商業施設へと入り、買った飲み物片手にベンチに座りながら喋っていた。
というのも、各々の任務後に時間が出来たから合流しようと灰原くんから提案された私は、世田谷からこちらまで来て丸の内線南出口の辺りでボケッと待ち惚けていたら…謎のイタリア人にナンパされてしまった。
凄いわよイタリア人、会って数分の女を相手に「ああ、ボクはキミとこうして見つめ合っている間だけ…春を感じられる」とか言ってきたりした。暇だったからお喋りに付き合ってあげれば、何故か最終的に仕事の愚痴を聞いていた。
どこの国の人でも、労働は精神を病ませるのね。
「だからアサリ漁をはじめたんだ、でもアイツら…アサリは年々数が減っているとかなんとか、根拠の無いことを言って……!」
「そう、辛かったのね」
「ボクは嫌がらせに屈しない!!」
そうして丸の内線南口の何にも無いところで涙を流し決意を固めるイタリア人を適当に慰めていれば、やって来た七海くんと灰原くんが「どんな状況?」といった感じの視線を送ってきたので、イタリア人に別れを告げて合流するに至った。
商業施設内のコーヒースタンドで水分を調達してベンチへ。
とくに意味や価値のある会話をせずに、流れに任せていれば先程の会話に流れ着いた訳である。
「でもこの前夏油さんにカーネーションあげたって」
「あれは兄さんからの指示で…」
「夏油さん喜んでたよ?」
「ドライフラワーにしてましたね」
それは初めて知った。
疲れていらっしゃるのだろう、忙しい人だもの、そりゃ可愛がっている愛犬がプレゼントを持ってきて喜ばない飼い主はいないか。
今じゃ一人で買って一人で飲めるレモネードだって、最初の頃は嚥下することすら叶わなかったわけであるし、とても感謝はしている。感謝はしているが、それはそれとして時々怖い。
無意味に眺めていた靴の爪先から思いが膨らむ。
兄、と呼ぶようになった人間、五条悟。彼は確かに死にかけの私を救ってくれた、面白半分でだけれど。
彼が定義付け、存在を許してくれたからこそ私は今も息をしている。息をして、同級生と無駄なお喋りをして、そして戦っている。
戦うことは、あまり好きでは無い。
元来、好戦的な性格では無かったようで、今となっては遠い思い出である幼少期でも、私は争いごとが苦手であった。勝ち負けという結果が苦になるタイプの人間なのだろう。
だからだろうか、私は任務の度に精神を大きく疲弊する癖がついてしまった。
兄、と呼ぶべき男はそれに対して「雑魚いな」とこちらを見ずに言う。
「戦わなくても良い」と言ってくれたのは夏油さんだけであった。大人達は皆、当たり前のように戦場へ私を追いたてる。きっとこの世界ではこれが常識なのだ。
ボロボロになったブラウス、今では底の磨り減った靴、血に染まったお気に入りのハンカチ、手の甲に刻まれた文字を隠すための手袋、全て…用意してくれたのは夏油さんだ。買って下さったものを汚したり壊したりして、申し訳無い気持ちで謝りに行けば、新しい物を用意してくれた。
彼だけなのだ、戦いたくないと泣き言を言った私に「息をしているだけで良い」と言ってくれたのは。
相当甘やかされている。でもそれでは駄目だと気付いたから、私は彼から距離を取ることを選んだ。
本当は、甘えてしまえば楽なのだろうけれど、それをしても夏油さんは許してくれるのだろうけれど、兄である立場の男は最低限兄らしくあろうとしてくれているのか、迷って堕落しそうになる私を正してくれる。生きたいのなら、俺の妹らしくあれと望んでくれる。
彼の妹として定義され、そうとしか生きることを世界から許されないのならば、そうしなければならない。そうしなければ、私には何も無いのだから。もう二度とあの苦痛を味わい、消えたくは無かった。
草臥れて傷のついた靴の爪先を擦り合わせてレモネードを啜る。
あの人の側は楽だけれど、良くは無い。だから私は七海くんと灰原くんの二人の側に居ることを選んだ、彼等は私に多くを求めて来ないし、私も彼等に何かを求めていない。適度な気遣いと看過は居心地が良い。
「任務用の靴を買わなきゃ」
「自分で?」
「……自分で、自分で選んで買う」
「そっか、じゃあ飲んだら見に行こっか」
「素敵な靴は貴女を素敵な場所に連れていってくれるって言いますからね、ゆっくり選びましょう」
「…付き合わせてごめんなさいね、ありがとう」
自立することは怖いことだ、でも自立出来ないことはもっと怖いことだ。
もう、私には母も父も祖母も過去の友人も居ないのだから、頑張らないと。最後に頼れるものは自分だけなのだから。
しかし、結局靴屋に来たは良いが迷いに迷ってしまい、最後は二人に選んで貰った物を買うことにした。
それでも素敵な靴には違いない、これを履いて出掛ける先は任務地だけれど、もしかしたら素敵な何かが待っているかもしれない。
ピカピカの新品の靴をお店で履いて高専へと帰ることにする。
自分と世界を失ってそろそろ半年、私は何とか藻掻いて生きている。
「だからって夏油さんに会う度に私を盾にしないで貰いたいのですが」
「夏油さん、怖くないよ?」
「灰原くん今の話聞いてた?」
夏油さんに会う度に七海くんや灰原くんを盾にしていたら、疑問をぶつけられたので答えた。
悪い人では無いことは知っているものの、肉体を扱うのに慣れた今でもあの人は私をヨチヨチとしてくる、多分セラピードッグだと思われているに違いない。
灰原くんは人の良い面を見て、その人を評価するところがある。
どんな人にも良い所はある、これは分かる。完全なる悪人など存在しない。だがしかし、人には良い面もあれば悪い面も同時に存在するのだ、「でも本当は良い人なんだなよ」と彼は言うけれど、悪いもんは悪いのだ。
頼むから、夏油さんの異常行動をどうかしていると認識して欲しい。
「嫌なら嫌だと抵抗すれば良い」
「抵抗してどうにかなると…?」
その返しに七海くんは黙りこんだ。
現在、我々三人は東京駅付近の街中の適当な複合商業施設へと入り、買った飲み物片手にベンチに座りながら喋っていた。
というのも、各々の任務後に時間が出来たから合流しようと灰原くんから提案された私は、世田谷からこちらまで来て丸の内線南出口の辺りでボケッと待ち惚けていたら…謎のイタリア人にナンパされてしまった。
凄いわよイタリア人、会って数分の女を相手に「ああ、ボクはキミとこうして見つめ合っている間だけ…春を感じられる」とか言ってきたりした。暇だったからお喋りに付き合ってあげれば、何故か最終的に仕事の愚痴を聞いていた。
どこの国の人でも、労働は精神を病ませるのね。
「だからアサリ漁をはじめたんだ、でもアイツら…アサリは年々数が減っているとかなんとか、根拠の無いことを言って……!」
「そう、辛かったのね」
「ボクは嫌がらせに屈しない!!」
そうして丸の内線南口の何にも無いところで涙を流し決意を固めるイタリア人を適当に慰めていれば、やって来た七海くんと灰原くんが「どんな状況?」といった感じの視線を送ってきたので、イタリア人に別れを告げて合流するに至った。
商業施設内のコーヒースタンドで水分を調達してベンチへ。
とくに意味や価値のある会話をせずに、流れに任せていれば先程の会話に流れ着いた訳である。
「でもこの前夏油さんにカーネーションあげたって」
「あれは兄さんからの指示で…」
「夏油さん喜んでたよ?」
「ドライフラワーにしてましたね」
それは初めて知った。
疲れていらっしゃるのだろう、忙しい人だもの、そりゃ可愛がっている愛犬がプレゼントを持ってきて喜ばない飼い主はいないか。
今じゃ一人で買って一人で飲めるレモネードだって、最初の頃は嚥下することすら叶わなかったわけであるし、とても感謝はしている。感謝はしているが、それはそれとして時々怖い。
無意味に眺めていた靴の爪先から思いが膨らむ。
兄、と呼ぶようになった人間、五条悟。彼は確かに死にかけの私を救ってくれた、面白半分でだけれど。
彼が定義付け、存在を許してくれたからこそ私は今も息をしている。息をして、同級生と無駄なお喋りをして、そして戦っている。
戦うことは、あまり好きでは無い。
元来、好戦的な性格では無かったようで、今となっては遠い思い出である幼少期でも、私は争いごとが苦手であった。勝ち負けという結果が苦になるタイプの人間なのだろう。
だからだろうか、私は任務の度に精神を大きく疲弊する癖がついてしまった。
兄、と呼ぶべき男はそれに対して「雑魚いな」とこちらを見ずに言う。
「戦わなくても良い」と言ってくれたのは夏油さんだけであった。大人達は皆、当たり前のように戦場へ私を追いたてる。きっとこの世界ではこれが常識なのだ。
ボロボロになったブラウス、今では底の磨り減った靴、血に染まったお気に入りのハンカチ、手の甲に刻まれた文字を隠すための手袋、全て…用意してくれたのは夏油さんだ。買って下さったものを汚したり壊したりして、申し訳無い気持ちで謝りに行けば、新しい物を用意してくれた。
彼だけなのだ、戦いたくないと泣き言を言った私に「息をしているだけで良い」と言ってくれたのは。
相当甘やかされている。でもそれでは駄目だと気付いたから、私は彼から距離を取ることを選んだ。
本当は、甘えてしまえば楽なのだろうけれど、それをしても夏油さんは許してくれるのだろうけれど、兄である立場の男は最低限兄らしくあろうとしてくれているのか、迷って堕落しそうになる私を正してくれる。生きたいのなら、俺の妹らしくあれと望んでくれる。
彼の妹として定義され、そうとしか生きることを世界から許されないのならば、そうしなければならない。そうしなければ、私には何も無いのだから。もう二度とあの苦痛を味わい、消えたくは無かった。
草臥れて傷のついた靴の爪先を擦り合わせてレモネードを啜る。
あの人の側は楽だけれど、良くは無い。だから私は七海くんと灰原くんの二人の側に居ることを選んだ、彼等は私に多くを求めて来ないし、私も彼等に何かを求めていない。適度な気遣いと看過は居心地が良い。
「任務用の靴を買わなきゃ」
「自分で?」
「……自分で、自分で選んで買う」
「そっか、じゃあ飲んだら見に行こっか」
「素敵な靴は貴女を素敵な場所に連れていってくれるって言いますからね、ゆっくり選びましょう」
「…付き合わせてごめんなさいね、ありがとう」
自立することは怖いことだ、でも自立出来ないことはもっと怖いことだ。
もう、私には母も父も祖母も過去の友人も居ないのだから、頑張らないと。最後に頼れるものは自分だけなのだから。
しかし、結局靴屋に来たは良いが迷いに迷ってしまい、最後は二人に選んで貰った物を買うことにした。
それでも素敵な靴には違いない、これを履いて出掛ける先は任務地だけれど、もしかしたら素敵な何かが待っているかもしれない。
ピカピカの新品の靴をお店で履いて高専へと帰ることにする。
自分と世界を失ってそろそろ半年、私は何とか藻掻いて生きている。