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枯れ明かり

麻雀には、「上がると死ぬ」と言われている手があることをご存知だろうか?
そう言われる程完成が難しい役がある、もちろん俗説に過ぎないが……しかし、今宵ここにそんな役をテンパってしまった女が一人…。

いや、やっぱりこうなるのよね。

甚爾さんと稼いだお金(私は情報収集と契約窓口とのやり取りしかほぼしていないが)が一瞬で消えた。
否、溶けた。
競馬だか競艇だかに行って財産の半分を失って帰って来た甚爾さんは賭けがすこぶる弱いらしい、話を聞いて唖然としてしまった。
へ、へったくそ!賭け方が下手っぴ!直感ばかりを頼るな。
…さらに数日後、また減っていた貯金残高に目眩がして私は一人年齢を偽り雀荘に来ていた、勿論非合法な場だ。

もしものために金を稼いでおかねばならない。
そんなことにはならないと信じたいが、あの男は堅実的とは程遠い人間だ、七海くんの爪の垢を飲ませてやりたいくらいだ。
なので、もしものために金を自分用に用意しておこうと思った次第である。

ネオン街の裏、空き缶や吸殻だらけの道を歩き、看板のかかっていない雑居ビルに入って地下へと足を運んだ。
入り口で持ち物検査を受け、賭け金を渡す。
煩わしい煙草の煙と強面の男達、エナメル靴の踵を鳴らし、私を見て鼻で笑う。
いいわ、笑いたければ好きなだけ笑えば良い。こと賭け事において、そのうち嫌でも私がどれだけ強いか証明してあげるから。

何を隠そう、私は賭けに強い。
いや、天の庭ガチャでは散々ドブってますけど、そうでは無く所謂『賭博』金の動くゲームの方だ。
金がかかっているに限り強さを発揮出来る、それは何故か。

見えるからだ、金と勝ちの気配が。

私は昔から見える人間だった、聞いてはならない音を聞き、良くない気配を感じ取る。第六感とでも言うのか、そういう物が発達していた。
勿論、物が透けて見えるだとかは無い、ただ流れを見極める力が強かった。勝負強いとも置き換えられる。


若い女の麻雀だからって甘く見てたら内臓売るはめになるわよ、向こう見ずな打ち方なんてするものですか。


ところで、さっきからこのビルの上階の方から物凄く嫌な気配がするのだけれど……こっちまで来ないわよね?


まあいい、今は集中。

南3局、運は私に味方した。
いいや、これは完全なる私の実力だ。隙を付き、守る時は守り、鳴く時は鳴く。

ラス目(点棒がその時点で一番下の人、4着の人のこと)の男の顔色を見る、如何にも苦しそうだ。

さあこっから勝負!かかるか、どうだ……!









今日最後の仕事は、怪しい雑居ビルを根城にしている呪霊が蛹のような状態になっていることを確認したため、それをサクッと討伐するという内容の物であった。
五条は、「これ僕じゃ無くてもいいじゃん」と何度も口にし、送迎担当の補助監督を困らせた。

現場に到着すれば、まだ人払いが済んでいない状態であったが、さっさと終わらせて帰宅したい五条は「バレなきゃいいっしょ」と呪霊の元へ行き、パパッと仕事を終わらせた。
蛹の呪霊は本当にただ消されるだけで終わった、さあ帰宅するだけだと雑居ビルを後にしようとした所で不自然さに足を止める。

どうにも、変な感じがする。

まるでビル全体に蔦でも張り巡らされているかのように、見られているような、感付かれているような。
そもそも、よくよく神経を研ぎ澄ましてみれば、ビル自体がまるで何か途方もない存在の掌の上にあるかのような気配に包み込まれていた。
異常だ、何故今まで気付かなかったのか。
いや、今…このタイミングになって相手がどういう訳か、本気で探り始めたのだ。
何をだ?何を探っている、一体このビルをどうするつもりか。
どんどん気配は濃霧のように重く、濃くなっていく。ビルごと全て絡み取るように、己の手の届く範囲に強引に持ち込むように、相手を逃さないという意思を持って追ってくる、這ってくる、添ってくる。

これをこのままにしておくのは危険だ。

五条は状況を判断し、外に待機する補助監督へ連絡を終えると、気配がする方へと歩みを進めた。

感じる気配を追って辿り着いたのは地下、入り口で見張りをしている男の意識を奪い、ドアノブをガチャリと回して五条は足を踏み入れた。

その先で見たものは………。








「ロン!!九蓮宝燈!!!」
「ぐぁぁああああああああ!!!!」
「フハハハハハッ!!ヌルい、ヌル過ぎるわ!氷締めした麺を頼んだせいで温かさが失われたつけ麺のスープ並みにヌルいわ!!」
「最近じゃ温め直してくれる店も多くなって来たよな」
「そもそも冷盛りでいいだろってな」
「滑り落としってなんだよ本当、何が美味いんだ」






役満を高らかに宣言し、立ち上がって高笑いをする女と、振り込んだ絶望により撃沈する男、そしてつけ麺談義に花を咲かせる男二名。

なんだ、この空間は……。

五条は開け放ったドアをそのままに、ポカンと口を開けながら言葉を失って立ち尽くしていた。


「あー、勝った勝った、稼がせて貰ったわ…どうもありがとう、ああ半分は約束通りお返し致します」
「そりゃ助かる」
「初見で打たせて下さったお礼よ、本当にありがとうございました……ところで、あの御仁は?」

室内に居た人間が五条を振り返り見る。


四人の視線、その一つ。
青鈍色に錆びた瞳に灯る、燻る残り火を抱いた瞳。
あの日失ったはずの瞳が、五条を見つめていた。

何故。

言葉を失い立ち尽くす、四肢の末端から感覚が消え失せていくような絶望感に似た感情に襲われた。
失意、無力感、寂寞(せきばく)とした思いから、業を煮やすような憤りへ。


何故、他人の色に染まっているんだ。

誰の許可を得てあの子を、僕の物を勝手に色付けしたのか。


身震いしてしまう程に異様な雰囲気が部屋を包み込む、男達は身体を強張らせ、少女はひたすら狼狽えた。
オロオロと視線をさ迷わせた末に、そぉっと着席しようとするも、背後に感じた気配に、咄嗟に振り向かないまま椅子を蹴って雀卓の上に飛び乗った、派手な音を立てて牌が撒き散らかされる。後ろ足に力を入れ、いつでも次の体勢に移れるように振り返りながら警戒を続けた。

少女の背後に回った五条が手を伸ばした体勢で止まる。
見えないはずの瞳から感じる視線の熱量に危険を感じた少女は、五条を容赦なく睨み付けた。

「いきなりのお触りはマナー違反よ、礼儀のなってない男って嫌いなの」
「…うん、とりあえず話を」
「賭け金を貰ってこのビルを出てからなら聞きましょう、いいわね?」

警戒を解かないまま、雀卓からスタッと軽やかに降りた少女は、周りの大人に謝罪をし、サインをしてから金を受け取った。
その様子を眺めていた五条は、少女が五条を覚えていない様子であることに、さらに感情を乱した。

まるで見ず知らずの他人に警戒するような接し方、こんな風に接されたことなど一度も無い。
一体何故こんなことに、誰がこの子を…。

五条を振り返り、「出ますよ」と他人行儀に懐疑的な瞳を向けながら声を掛けてくる少女の元へ歩み寄る。
この華奢な肩幅も、小さな手も、瞳の色も何も変わっていないのに、彼女の持つ気配と髪色だけが違っていた。
モリオンよりも純度の高い透明感のある黒髪、同じ無彩色でも白とは対極に位置する色彩。
様子も違う。以前のような未知に怯え、痛みを嫌い、嘆き苦しむ様子は全く見て取れない。
向けられた背は、真っ直ぐに伸びていた。
こんなに強気なあの子の背中を僕は知らない。

僕の知る、妹だった者では無い。


少女に続いてビルを出る。
深まった夜の空気と、離れた通りから賑わう声が聞こえる中、少女は薄暗い煤けた通りを悠々と小さな歩幅で歩いて行く。

「あのさ、何処に向かってるか聞いてもいい?」

無言のまま歩き出した少女の背に、声を投げ掛ける。
質問の声に立ち止まり、振り替えって五条を見上げた少女は非常に真剣な顔をして言った。


「稼いだからご馳走を食べるのよ、ずっと粗食に耐え続けた半月だったの…もう我慢出来ない、私も豪遊してやるって決めてた…だから……」
「だから…?」
「回転寿司に行ってスイーツを三種類食べちゃう!!」
「すっごい貧弱な金の使い方じゃん」


あ、やっぱりこの子 うちの子だ。

五条は改めて、目の前で意気込む少女を上から下まで見下ろした。
いきなりの事態に少々平静さを失った考えを持ってしまったが、考えを改めよう。
色が変わろうが、雰囲気が変わろうが、僕を忘れていようが、この…無駄に小市民気質な所とか全然変わって無い。ご馳走で回転寿司一択な所とか本当変わって無かった。

「それだけじゃ無いわ、帰りにコンビニでモチモチパンを買って明日の朝御飯にしちゃう、おつまみサラダも買っちゃう」

この……豪遊の二文字を全く理解出来ていない感じ…凄く懐かしいな~。
昔も、コンビニでアイス奢ってやるよ何て言ったら、めちゃめちゃ葛藤した末にチョコモナカジャンボをカゴに入れて来たっけ…。僕がダッツを選んでるのを見て、固まってたな…。

五条は今は遠き思い出に浸りながら、目の前で腹を空かせている可哀想な妹だった子に笑顔を向けて言った。

「僕が何でも奢ってあげるよ、だから話を聞いてくれない?」
「今、何でもって……」
「回らない寿司でも、焼肉でも、何でもいいから選びな」

クラッと目眩がしそうな単語が並び、少女は「これが…正しい大人なのか?」と自分の叔父との差に戦いた。
この世の何処かにあると言われる回らない寿司ですって…?や、焼肉?次元が違う…このままでは飲まれる…!駄目よ、負けられない、ここで負けたら豪遊のプロである叔父に顔向け出来ない…貴方の姪だってやれば出来るんだって見せ付けてやらなければ!
謎の闘志に火が着いた少女は、余裕の笑み(本人は単純に微笑ましくて笑ってるだけ)を浮かべる五条を見上げて言った。
これが私が選んだ最強の店だ!!


「ろ、ロイヤルホストでもいいんですか!?」
「じゃ、ロイホ行こっか」


ヤッター!ロイホだー!ファミレスの中では値段設定お高めなロイホ、その分パフェなどのクオリティが高く、メニューが豊富でドリンクバーの種類も凄い。
最早恥も無く「ヤッター!」と喜ぶ少女に五条は「もっと美味しい物を食べさせてあげたい…」という気持ちになった。
誰だよ僕の物を勝手に奪った挙げ句に、ろくな飯を食わせてない奴は。毎日三食しっかり食べさせてあげてくれ、見てて悲しくなって来た。なんて侘しい生き物なのだろう。
金を稼ぐために麻雀を打ち、その帰りに豪遊と称して回転寿司に行こうとし、奢ると言えばロイホ。
僕が大事にしていた妹擬きを、こんな憐れな…あとちょっと頭ユルくなってるし…あ、そういえばまだ自己紹介をしていなかった。
名前を言えば何か思い出してくれるかもしれない。

「僕は五条悟、君は?」
「ゴッッッッッ」

五条が名前を言うと少女はピシリッと石のように固まった。

その瞬間、少女の脳内に最近の記憶が呼び起こされる。
グルグルと浮かび上がる朝の食事中のひとコマ、甚爾の声が頭の中に反復する。


「いいか、五条悟に会ったら絶対逃げろ。最悪捕まってキメラになるからなお前」
「ニーナ・タッカー!?」
「何でそれを覚えてて、過去の記憶忘れたんだよ」


回想終了。
まずい、まずいぞ……に、逃げなければ‥!
五条悟に捕まる…それ即ち、知能が下がって最後には傷のある男に殺され…や、やだ!人語を話す四つ足生物にはなりたくない!

少女は固まったまま思考を高速で走らせる、脳細胞が震えシナプスが活性化した。

五条悟については甚爾さんに色々教えて貰ったのだ。
最強の呪術師、六眼、無下限術式…体術も経験も全て、私では敵わない相手だ。おまけに顔も良いらしい、顔…顔なら甚爾さんも負けて無い!いや そうじゃない、不味いぞ…へっぽこキックとへなちょこパンチしか攻撃方法を持たない私ではまず勝てない。
いや……落ち着け、そもそも勝たなくて良い勝負だ、捕まらなければそれで良し。なるほど、それならば私にもチャンスはあるだろう。


五条が少女の反応に「何か思い出した?」と尋ねて来たのに対し、「強い呪術師の名前だって聞いたことがあるだけ」と答える。
そして、少々困った様子を装いながら会話を続けた。

「あの、申し訳無いのだけれど…お手洗いに行ってもよろしいかしら?」
「構わないよ、コンビニでいい?」
「ええ、申し訳ございません」

嘘だ、別に尿意なんて全く感じていない。
美少女が排泄シーンなんてものを載せないのはお約束でしょう?


金の絡む賭けで勝ったが、こっちはどうか。
上手く決まればいいのだけれど…少女は五条の案内で、一番近くにあったコンビニへと辿り着いた。
それにしても憎らしい程に脚が長い、京都市と山口県の下関を繋ぐ在来線みたいに長い、673.8kmある。私がセカセカ脚を動かして進む歩数の半分しか歩いていない。ムカつく。


店内へ入り、もう一度断りを入れてトイレへ向かう。
五条はご機嫌にスイーツコーナーへと足を運んだ。

トイレの扉を開けて、閉める。鍵を掛けて、頭を横に振ってなるだけ雑念を消す。


さてさて、理論上は確立した物だが使用するのは初めてだ。
何故なら、この技は本当にただの運頼みなギャンブルだからである。
なので大切なのは雑念を振り払うこと、物欲センサーを働かせてはならない。

この技、技名は一先ず「開けゴマ」とでもしておくが、開けゴマを使用した場合「縁や所縁のある場所」限定でランダムにワープが可能となっている。
対価は先払いだ、今回は二日前に捧げた宗教画の画集で一発勝負をかける次第である。


一呼吸の後に、肩の力を抜いて鍵をあけて扉へ手を掛けた。
舌に音を乗せて言葉を紡ぐ。


「真秀場呪法、星の法典第六条」

勢いよく扉を開く。

「ひらけ~……ごま塩!なーんちゃって!!」

そうして、繋がった ピアノの音色が誘う深潭の闇へ私は勢いよく駆け出した。

さらば、かつて出会った思い出の人よ!
私は業務ミスの責任を取るため、ここから帰らせて頂きます!!
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