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枯れ明かり

仕事終わりに窓の外を確認すれば、小降りだが雨が降っていた。
朝確認した天気予報では、降水確率は70%と出ていたので傘を持ってきていて正解だった。夏の終わりとは言え、日の落ちた夜に雨風に当たれば身体は冷える。

傘を広げて帰路に就けば、自分の他にも仕事終わりのサラリーマンが傘を差して歩いていた。
何事も無く駅まで歩き、電車に乗って家の近くの駅で降りる。
電車に乗っている間に雨脚は随分強まったらしく、本格的に酷くなって来た降りから逃げるように駅から出て家の方へと歩いていれば、前方から傘も差さずに歩いてくる黒い制服を着た子供に出会った。

思わず立ち止まってしまったのは、その制服の形に見覚えがあったからだ。
母校の制服、黒い詰め襟に渦巻きの金ボタン…そして、いつか見た…いや、共にあの少女選び買った靴を履いている。
偶然の一致であるだろうに、私の足は止まってしまった。

顔を見ようとしたが俯いていたため分からなかった、しかし髪色は黒一色で見知った特徴と一致しないことに止めていた思考を働かせる。
違う、彼女では無い、違う、別人だ。別の人間、彼女がここに存在している訳が無い。
しかし、背格好も歩き方も、髪色以外の全てが似ていた。
歩き出せないまま、身体が固まる。思わず呼吸を忘れる程だった。

こんな姿で項垂れながら歩くあの子を何度も見た。
任務帰り、恐怖と戦いながら暗闇を恐れて歩む。救えなかった命を嘆いて俯く、その姿と重なって動けない。

徐々に近付いてくるその人物に、思わず傘を差し出してしまった。

自分の身が濡れていく。
ゆっくり、ゆっくりと上を向いたその顔を、鈍く燻る瞳の色を、小さな唇を、私が忘れるはずが無かった。


「………七海くん?」



ふわふわとした、柔らかく甘い声が名前を呼ぶ。

気付けば差し出した傘を手放し、その華奢で、雨によって冷えきった身体を抱き締めていた。
息を吐き出すこともせずに、背中に腕を回して強く抱き締める。
ありすぎる身長差と体格差のせいで、雨に当たるのは私一人だけだった。
それで良かった、もうこの人が傷付くのも冷たくなるのも、嫌だった。二度とそんな目には合わせたく無かった。例えこれが夢だったとしても、冷たい貴女に触れたくないのだ。
自分の熱を分けるように、抱き込む。心に広がる感情に目を向けようとした所で………



ベチベチベチベチベチベチッ

抗議のつもりか、思いっきり背中を叩かれた。怒濤の叩きっぷり。
一気に頭も心も冷えていく、私はこんな土砂降りの中で何をやっているのか。
…あの頃も思っていた感情が呼び起こされる、この女…ムードという言葉を何処かに捨てて来ただろう絶対。
毎回そうだ、馬鹿なのだろうか、それともアホなのか。

人違いだったら……という考えは消え失せた、絶対これは本人だ。遠慮無く背中を叩き、胸に押し付けた顔の口元がモゴモゴ動いて何かを呻いている。
そこで喋るな、いい加減にしろ。
感動的な再会は5秒も続か無かった。

「ンゴゴ~~~!!!」
「叩かないで下さい、次に叩いたら力を更に込めます」
「ンピッ」

叩くのを止めて黙った彼女から少しだけ身を離す、腕の中から逃げ出さないように肩と腰を掴めば、上を向いた彼女がプハッと息をした。
どうやら、存外焦っていたらしく、息が吸えないくらい抱き締めてしまっていたらしい。

「死ぬかと思った……七海くん?窶れた…というか老けた?今幾つ?40くらい?」
「全てが無礼」
「え、こわ……睨まないでくださいまし…」

腕は掴んだままに、意味を無くした傘を拾い上げて彼女に差し出す。と言っても、私も彼女もずぶ濡れ状態だ。今さら差しても意味は無いだろう。

「貴女は一体…」
「説明したいのは山々なんだけど…実は記憶喪失になっちゃって」
「…もう既にこれ以上聞きたくない」
「七海くんの名前は覚えてたわね…なんでだろ?」

厄介事の気配が凄い。
疲れた身体にさらに疲労が重なっていくのを感じる、よりにもよってどうして第一発見者になってしまったのか。
知っていた、分かっていた、この女の相手が自分一人では荷重なことは十分経験していた。

「…灰原を呼びます、いいですね?」
「……あ、灰原くん…名前だけは覚えてる!」
「私の家に行きますよ、傘を持って下さい」

眉間を揉みながら掴んでいた手を一度離し、手を握る。
最後に触れた温度を失った身体とは違う、雨で表面は濡れたがその下から熱を確かに感じる身体に息が詰まった。込み上がってくる思いを口に出さずに再び帰路へと足を運ぶ。

理解出来ない奇跡を引き連れ、私はやっと家に帰れた。
長い一日はまだもう少しだけ続く。
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