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枯れ明かり

『五条悟の妹死んじゃった記念開催中!』とカラフルな丸い文字で書かれた看板が雑に立っている、他には何も無い場所に伏黒甚爾は気付くと立っていた。
空を見上げれば太陽の光は見えず、灰色の雲に包まれている。足元は赤土の大地が何処までも続き、何台ものテレビが置かれ、その画面は常に砂嵐を映し出していた。
一体ここは何処だ、地獄か何かか?とりあえず足を進め始めた甚爾は、ふと生命の気配を感じ取りそちらへ向かうことにした。

赤い大地をひたすらに歩く。
暑さも寒さも感じない、音も刺激も無い世界は何処までも続いて行く。
時折、気味の悪い子供が描いたかのような花がポツリポツリと咲いており、果ての無い道の先にソレは存在した。

陽気に鼻歌を奏でながら、グランドピアノの前に置かれた椅子に腰を掛けて片膝を立て、前屈みになり足先を弄る女。
……女?こんな所に?


話が通じるかどうか不安な相手であったが、人型をしているので意思の疎通くらいはどうにかなるだろうと考えた甚爾は場違いな女に「おい」と声を掛けた。

「待って、今凄く忙しいの」

驚くほど普通に返事を返した女は、身を曲げて真剣に足の指先に何かを塗っていた。

「……忙しいって何してんだ、ソレ」
「ネイルのお手入れだけど?」

あ、これは話掛けない方が良かったタイプの人間かもしれない。甚爾は数秒前の己の判断へ責任を押し付けた。
曇天が広がる空の下、赤い大地と砂嵐を映し出すテレビ達、奇妙な花とグランドピアノ。そんな中で爪の手入れをする女なんて絶対まともじゃ無いに決まっていたのに、どうして話掛けてしまったのか。
しかし、他に現状を知っていそうな住人も居ないため、仕方無く作業が終わるのを黙って待った。

綺麗に両足の爪が色鮮やかに塗り終れば、さらに身を一生懸命曲げてフゥフゥと息を吹き掛けている。
しかし、あの距離で果たして息は当たっているのか。
待つことにも飽々して来た甚爾は、女が座る椅子の前にしゃがみ込むと、足をむんずと掴み片手で扇いでやった。
「まあ」と声を漏らした女は、甚爾の旋毛を眺めながらお決まりになった歓迎の言葉を口にした。

「…ようこそ、天の庭へ。ここは世界と世界、道と道を繋ぐ中間地点」
「は?」
「貴方は何処へ行きたいの?」

扇ぐのを止め見上げれば、女は甚爾を見下ろしながら笑みを浮かべていた。

行きたい居場所。

そう言われて真っ先に、愛した人と暮らした小さな部屋を思いだす。
世界と世界を繋ぐターニングポイント、途方も無い場所で奇跡を掴む権利を手に入れたかと思った。
思った矢先に、感動をぶち壊すような猫なで声で女は「お客様ぁ~」と声を掛けた。

「なんとね、現在セール中に付き代償3割引セールを行っておりまして」
「は?」
「今なら何とその場で代償値引き!さらに初回限定その場で使えるクーポンも付いて来る!」
「は?」
「この機会をお見逃し無く!」

バチコーンッと星を飛ばす勢いで華麗にウィンクを決めて、急に始まったセールストークが締めくくられる。
なんだコイツ。甚爾は先程から続く理解仕切れない現状に逃げ出したくなって来た。
しかしそうは行かない、甚爾の肩を小さな両手がガシッと掴む。否、勢いとしてはガシッであったが、甚爾からしてみたら ふにょっ くらいの力加減であった。おい、コイツ押しの割りに力が弱いぞ。

「いやあ、最近どうにもこうにも供物…ゴホンゴホンッ 売上が伸び悩んでいたのよね」
「今、供物っつったよな?」
「嫌だわそんな、聞き間違いよ。生け贄だなんて一言も言っておりませんわ」
「生け贄の方が尚更酷い」

来てはいけない場所に来てしまった。
地獄への入り口か、それともここが地獄そのものか。
ならば目の前の女は亡者の運命を決める冥府の主人か。
……いや、待て。来た時に確か妙な看板があったような…。

「五条悟の妹…?」
「ええ、そういう時もあったわね。あ、今実は五条悟の妹死んじゃった記念キャンペーンを実施しておりまして」
「俺が調べた時はそんな奴居なかったと思ったんだが」
「後から生えた設定なのよ」

もうめちゃくちゃだ。
仮に、目の前の女が五条悟の妹だったとして、ではここはコイツの領域か何かだろうか?死んだ人間に作用する術式ってことだろうか?魂の契約、肉体への定着、死者を仮初めに甦らせる術、降霊術…。頭の中で可能性を探る、どれだ、何が目的だ。
探るように女を見据えれば、ビクッと身を一度震わせ視線を反らした。おい、やっぱコイツ絶対弱いだろ。睨んだつもりでは無かったが、確実に怯えられた。
明後日の方へと視線を投げ、身を縮こませた相手は「だって…」と小さな声をまごまごと出す。

「私は貴方が居た世界には存在し得るはずの無い命だったから、誰かに定義付けられないと存在を保て無くて…だから五条悟に妹だってことにして貰って…」
「別に聞いてねえけど」
「本当は今すぐ戻りたいけど、門を開くための代償が足りないから…」
「だから聞いてねえよ」
「あ、お兄さん魂貸して?」
「金借りるノリで言うことじゃねえだろ」

しかも絶対返すつもり無いだろ。
俺は分かるぞ、何故なら同じノリで何度も女から金を借りたからだ。なのでその手は通じない。

「絶対貸さねえし、妙な契約もしねえ」
「そんな……ちょ、ちょこっとだけ!」
「ちょこっともしねえ」
「先っちょだけ!」
「そう言う奴は大体最後までするんだよ」
「え、魂の先っちょをどうするの…?最後までって…?」

立ち上がった甚爾に縋りつき、お願いお願い!と喚く女を適当に担ぎ上げる。よく分かってはいないが、先程門がどうたら…と言っていたので出入口はあるのだろう。
本当に代償を支払わなければ開かないと言うのなら、最悪コイツを贄にすれば良い、と考えた。

「私に何をする気なの!ま、まさか…年齢制限R18に該当すると言われるあんなことやこんなことを…!」
「あんなことってどんなことだよ」
「えっと、あの……何か、ウロボロスマークみたいになる…?」
「お前絶対処女だろ」
「いいでしょう処女だって!もっと誠意を持て!!」

誠意って何だよ、宗教用語か?

「そもそも何処に向かっているの?ここ、田舎の無人駅より何も無いのよ?」
「門があるって言ってただろ」
「門ならここにあるけど…」
「は?どこに…」

ここ、と己に指を差す女に会話を止めた。二人の間に沈黙がやって来る、甚爾は一気に気が遠くなり女を担ぐのをやめ地面に転がした。受け身を取った女は、そのまま甚爾を見上げて「ピアノの場所まで帰りましょう」とだけ言って立ち上がり、来た道を戻って行く。

「お兄さん、行きたい場所は無いの?」

後ろを振り返らずに歩む女が語り掛ける、甚爾はそれに無言で返す。

「天国でも地獄でも、楽園でも現実でも、対価を支払えば何処へだって道を繋いであげる」

甘く、囁くように。生命を冒涜せんとする意識をまろい声で包み隠し女は招き謳う。先に待つものは一体何か、何を支払えば良いのか、支払ったとして正しい道を歩めるのか。
何もかもを曖昧にしたまま、しかし耳障りの良い内容の契約を目の前にちらつかせる。

「対価の内容は」
「それは……私にも謎。運が良ければ記憶の一部とか、運が悪ければ存在権利丸ごと全部とか」
「質の悪いギャンブルじゃねえか」
「ランダム性があって楽しいでしょ?ちなみに私は存在権利+肉体も持っていかれちゃった」

ドンドン、パフパフ、大当たり~!と何が当たりなのか全く分からないが、女は一人ではしゃいでいる。ちょっと感情が理解出来ない。なんだコイツ。

「ああ、だからさっき定義がうんたらってベラベラと‥」
「そう、今の私はまさに寄生虫…誰かに存在権利を委ねないと色の灯らぬ透明の少女……」
「依存体質の処女ってことか」
「最悪解釈やめて貰えます???」
「相手すんのめんどくせぇ、帰らせろ」

言ってみただけだ、帰り道など期待はしていなかった。
女も、帰せるのなら帰していると首を振って不可能を示す。
そりゃそうだろう、コイツも他に行く場所も道も無いからここにいるに違いない。

「悪徳業者では無いのですぐに決めろとは言わないけれど、働かざる者食うべからず…ここに居る間はキッチリ労働して貰いますので」
「食うもんあんのか」
「魚肉ソーセージだってあるわよ」
「魚肉ソーセージは別に求めてねえな」

会話が成り立つのが不思議なくらい、脈絡の無い舵の切り方をする女に段々慣れて来た。
コイツ、あんまり考えて喋ってねえな。

「ちなみに、いつまでも居座るのは無しよ。何処にも行かないのならアレになるから気をつけてね」

指差す先には例の奇妙な花。
……アレって、アレか?あのグロテスクで悪趣味な花になる?
花を見て、女を見て、花をもう一度見る。
ニコリとまろく微笑んだ女が「可愛がってあげるから心配しないで」と馬鹿げたことを口にした。

「じゃあ、精々…悔いの無いよう、よく考えるように」

そう言って、女はピアノのペダルに片足を乗せて、鍵盤を叩き始める。軽やかな旋律を奏でながら、モーツァルトのレクイエムを唄い出した。



「喜べよ、その喜びをあらわせよ、祝福された魂よ」



天の庭に客人を持て成す歓迎の歌声とピアノの音色が響き渡る。
甘く柔らかな音達は、門の外へと時折零れ出す。

いつか貴方に届くようにと願って奏でている。
大丈夫、きっと何処かに私を必要としてくれる人は必ず居る。

門が開かれるまで、もう少しだけ待っていて。
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