枯れ明かり
血塗れの妹をこの手に抱いて、叫ぶように何度も名前を呼んだ日のことを忘れはしない。
燻る火種を思わせる消炭色の瞳が二度と開くことは無かった。
温度を失っていく柔い身体、体内から溢れ出ていく血、最後に聞こえた小さな声。
必死に声を掛け揺さぶった、動かなくなった心臓に涙を溢した。
それでも、白い身体を赤く染めた少女が微笑む日は二度と来なかった。
五条悟に妹が出来て、そのよく似た妹が世界に存在していた期間は2年にも満たない月日であった。
あの日任務に出て行った 自分の写しの如き 白く、柔らかく、壊れやすい女の子は帰らぬ人となり、無色透明の灰になって空へと煙と共に昇っていった。
誰もが口を閉ざし、彼女について何一つ語ることはしなかった。
この世界で初めて彼女を見付けて存在することを許してやった五条すら、何も言わずに葬式が終わり席を立ち帰路に就くべく帰り支度をする。
祭壇に飾られた菊の花がわざとらしく咲いて、生きる者を見送る。
白い菊が、生者を嗜め嘲笑い、罪悪感を煽った。
五条悟には妹が居た。
白く、柔らかく、脆く、必死に生き抜いた妹が確かに存在した。
その存在を、彼は無闇に思い出して汚さぬようにと心の深く深くに沈めた。
もう二度と、妹などいらないと自らに言い聞かせる。
妹じゃなければ、妹でさえなければもっと大切に出来た存在。
五条悟の妹だから戦えと、背中を押してしまったから…戦場に立って死んだのだ。
「兄さんの誇れる妹だった?」
そんなものに成らなくて良いと、言ってやれたならばどれ程良かったか。
ただただ愛して、可愛がって、寄り添うことを許し、大切に仕舞ってやりたかったのに。
自分が最初に間違えてしまったから、妹であることを押し付けたせいで、彼女は五条悟の妹を全うして再び透明になってしまった。
遺品として預かった、彼女にあげたピアスを雑にポケットに突っ込んだまま五条は高専へと帰宅の足を向ける。
参列した友人や後輩は皆バラバラに帰っていき、あとは最後まで残っていた身内の自分だけであった。
空を一度見上げて、息を止めて首を垂れた。サングラスをかけ直し、足を前へと進める。
靴底を磨り減らすような歩き方で敷居を跨ぎ外へと出た。
その時、ほんの一瞬。
刹那の瞬間に、今しがた出て来た敷地の内からピアノの音が聞こえた気がして五条は振り替える。
その時にはもう何も聞こえなかったが、確かに五条はピアノの音色を聞いた。
こちらとそちらを分け隔てる何かの向こう、きっと彼女は透明のままで居る。
天の庭の真実と、彼女の元の名を五条悟だけが知っていた。
その真実を、誰にも言うことは無かった。
燻る火種を思わせる消炭色の瞳が二度と開くことは無かった。
温度を失っていく柔い身体、体内から溢れ出ていく血、最後に聞こえた小さな声。
必死に声を掛け揺さぶった、動かなくなった心臓に涙を溢した。
それでも、白い身体を赤く染めた少女が微笑む日は二度と来なかった。
五条悟に妹が出来て、そのよく似た妹が世界に存在していた期間は2年にも満たない月日であった。
あの日任務に出て行った 自分の写しの如き 白く、柔らかく、壊れやすい女の子は帰らぬ人となり、無色透明の灰になって空へと煙と共に昇っていった。
誰もが口を閉ざし、彼女について何一つ語ることはしなかった。
この世界で初めて彼女を見付けて存在することを許してやった五条すら、何も言わずに葬式が終わり席を立ち帰路に就くべく帰り支度をする。
祭壇に飾られた菊の花がわざとらしく咲いて、生きる者を見送る。
白い菊が、生者を嗜め嘲笑い、罪悪感を煽った。
五条悟には妹が居た。
白く、柔らかく、脆く、必死に生き抜いた妹が確かに存在した。
その存在を、彼は無闇に思い出して汚さぬようにと心の深く深くに沈めた。
もう二度と、妹などいらないと自らに言い聞かせる。
妹じゃなければ、妹でさえなければもっと大切に出来た存在。
五条悟の妹だから戦えと、背中を押してしまったから…戦場に立って死んだのだ。
「兄さんの誇れる妹だった?」
そんなものに成らなくて良いと、言ってやれたならばどれ程良かったか。
ただただ愛して、可愛がって、寄り添うことを許し、大切に仕舞ってやりたかったのに。
自分が最初に間違えてしまったから、妹であることを押し付けたせいで、彼女は五条悟の妹を全うして再び透明になってしまった。
遺品として預かった、彼女にあげたピアスを雑にポケットに突っ込んだまま五条は高専へと帰宅の足を向ける。
参列した友人や後輩は皆バラバラに帰っていき、あとは最後まで残っていた身内の自分だけであった。
空を一度見上げて、息を止めて首を垂れた。サングラスをかけ直し、足を前へと進める。
靴底を磨り減らすような歩き方で敷居を跨ぎ外へと出た。
その時、ほんの一瞬。
刹那の瞬間に、今しがた出て来た敷地の内からピアノの音が聞こえた気がして五条は振り替える。
その時にはもう何も聞こえなかったが、確かに五条はピアノの音色を聞いた。
こちらとそちらを分け隔てる何かの向こう、きっと彼女は透明のままで居る。
天の庭の真実と、彼女の元の名を五条悟だけが知っていた。
その真実を、誰にも言うことは無かった。