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錆びた灯火

特別な人間とは、成るべくして成るのだろうか。
特別な場所に産まれたから、特別な才能があったから、特別な人に出会ったから…。

私が特別になれないのは、何が原因だろう。
願うことをやめ、縋ることをやめ、甘えることを拒み、友を信じた。
それでもずっと、私は何色にもなれずに足掻いて悩んでいる。


結局、答えが出ないまま その日はやって来た。










___




………目前に迫る呪霊の攻撃は、灰原くんへ当たるだろう。



思考が加速し、一瞬一瞬がスロー再生のように見える光景を前に、私は選択を迫られた。

前に庇いでることは出来なくても、隣から押し退けることは出来る。
灰原くんの身体へ自らの身体を当て、真正面から当たるはずだった攻撃を何とか交わせないか心見た。
足を前に出し、手を伸ばす。


……しかし私はいつも、私にしか解答権が無い時に 正しい選択が出来ない。


衝撃と鋭い痛みが我が身を襲う、全身にビリビリと痺れが広がる。
直撃は免れたが、二人揃って盛大に吹っ飛んだ。
受け身も取らずに背中から地面に投げ飛ばされる、ガハッと肺から空気が出て、脳が揺れた。吐き気がして、思わず喉からせり上がる物を吐き出せば、胃液に血が混ざっていた。
全身が痛い、肋骨か、胸骨か、折れたかもしれない。息を吸う度に激痛が走り、涙が滲む。呼吸が苦しい。
…離れた所から七海くんの「灰原!!」と焦る声が聞こえる、灰原くん、灰原くん、灰原くん、大丈夫なの?生きているの?
ああ、私はどうしていつも間違うの?何が足りないの?あと幾つ失えば良いの?


腹に力を入れ、根性で身体を起き上がらせる。途中、またせり上がって来た血を噎せながらも吐き出し、荒い息を吐きながら声のした方を見る。

灰原くんを抱えた七海くんが、必死に灰原くんの名を呼んでいた。

…こんな身体で、こんな状況だけれど、呪霊にはそんなこと関係無い。
次の攻撃体制に移った呪霊の攻撃対象は、私では無く彼等であった。

重たい足を震わせながら立たせて、何とか彼等の方へと無理矢理に走る。
痛みで意識が飛びそうだ、口の中に溜まった血を強引に飲み込む、走れ、走れ、走れ、頼むからもっとちゃんと動けよ私の身体!
灰原くんを抱えた七海くんが、灰原くんを引き摺って後退する。その前に倒れるように回り込んで、両手を地面につけた。

敵の攻撃が一瞬止まる。私の術の一つ、視界情報を砂嵐にするもの。
今のうちにと私は後ろに向かって吠えるように叫んだ。

「灰原くんを、連れて、撤退を!!!」
「貴女も、」

七海くんの言葉に首を横に振った。
そうしたいのは山々だが、駄目だ。ここで三人背を向ければ、きっと誰も助からない。そんなこと考えなくても分かる。
私一人じゃ灰原くんを引き摺って逃げる余力はもう無い、七海くんと灰原くん二人ならば……私が残れば助かるかもしれない。

もし 撤退を選べば、一生の後悔になるだろう。


だから、私は帰りたい場所に帰らないことを選んだ。
今までずっと間違えて来たけれど、これはきっと正しい解答だ。
もう間違えない、私はやりきるんだ。


「帰らな、い」
「何を言って…」
「私の帰るべき場所が、あそこでは、無かっただけの、こと」

七海くん、灰原くん、ごめんなさい、本当にごめんなさい。
これは、特別にも成れず、貴方達以外に何にも無い私に唯一残された、命を掛ける価値のあることだと、そう思ってしまったから。
貴方達こそが、私を証明する友情。私の半分達、勇気と優しさ。

「お願い、何も言わずに行って、理解して」

力が上手く入らない身体を起こして敵を見据える。
ややあって、後方の七海くんから「必ず応援を呼びます」と言葉があった、そんなの良いから、早く逃げて。
貴方達って本当に真面目で優しい人だ、だから生きて欲しいと思ったの、これは私の我が儘だ。
明日を生きて欲しい。願うことはやめたけれど、これは我が儘だから良いでしょう?


両手を握りしめ、開き、そして印を結ぶ。
…呪力が流れるのと同時に、ピアノの音色が聞こえ始めた、デタラメに鍵盤を叩いただけのような音、しかし不思議と今日は纏まりのあるメロディーに聴こえる。
激しく鋭く鍵盤が踊る度に、私の背後に高い高い壁が築かれていく。
こちらとそちらを分けるもの、帳とは異なる行き止まりの証。
ここが門、そして私が番、鍵は私の中にしか存在しない、つまり。


「ここから先は、通行止めだ。お前はここで死ね」


成すべくことはただ一つ、一歩足りとも先へは行かせない。






……
………
…………

意識が朦朧とする、そんな中で必死に呪霊の攻撃を交わしながら時間を稼いだ。
足を縺れさせながらも動かすことは止めず、痛みは脳内分泌成分で麻痺したのか、最早何も感じなかった。それが救いだった。
でも本当は苦しい、辛い、逃げてしまいたい。やっぱり戦いたくなんて無い。
甘えられたらどんなに楽か、迷っていられるままならばどれほど居心地良かったか。努力をやめて願うことしかしない日々が恋しい。


ガハガハッと血と唾を吐き、交わし切れない敵の攻撃を受け止める。身体の中からミシミシと音が聞こえた。意識が揺れて、気を失いそうになる。目を瞑ってしまいたい、もう楽になってしまえたら。
…駄目だ、耐えろ。
それでも、意地を張ると決めたのだろう、自分が帰りたい場所へ帰ることよりも、彼等に明日を生きて貰うことを望んだのは私じゃないか。
これが正解だって、決めたのだから。

望んだ結末じゃなくても、彼等が生きて帰ってくれるのならば、その未来の犠牲になれるのならば、私が礎になってやる。
私と言う墓標の上に、友の明日を紡いでみせる。

途切れそうな意識を根性で繋げば、激しいピアノと私の呼吸が合わさる。
限界を超えた先で門の向こう、星が奏でる鼓動と一体になった。
転がりこんだ地面に両手を地面をつける、内なる鍵が震えてガチャリと音が聞こえた。
そして、私は再び門を開く。

代償は決まっている。


さあ、持てる物全てを持って戦い尽くせ

「拡張術式、天庭!」


呪霊を閉じ込めた箱庭が、開かれた門より溢れ出た花と熱、攻撃的で痛ましい、理性を失ったピアノの音色で満ちていく。
呪霊の酸素を奪い、意識を奪い、感覚を、感情を、存在権利を強制的に剥奪していく。
途方も無く大きな天の庭の一部。私が一度だけ降り立った、かの庭の支配者が、喜びか歓楽か、高らかに絶頂の声を上げた。
持っていけ、連れて行け、私もコイツも全て、この命で事足りるのならば終わらせる!!

私の身体の内が熱くなるのと同時に、雪が溶けるように、呪霊が形を保てず崩れ落ちていく。
身体が一気に軽くなった気がした、それでも肉体は形を保っている。
これならば、あとは呪霊が力尽きれば…帰れる、帰りたかった場所に。


……ああ、なんだ、私だってやれば出来るじゃないか。

ちゃんと、戦えたじゃないか。


身体からは力が抜け、口からは止めどなく血が流れて落ちていく。

肺が苦しい、お腹が熱い…裂けているのかもしれない。溺れるように呼吸が出来なくて、急速に寒くなってきた。でも、もうそんなことどうでも良かった。私は勝った、勝てたのだ。
安堵からか、徐々に呼吸と意識が薄れていく。

帰ったら褒めてくれるだろうか、今日くらいは甘えても許されるだろうか。ああでも、もう日が落ちてしまった。さっきまで、まだ明るかったのにな。
まあ、いいか。帰ったらきっと、朝になっている、そうしたら…そうしたら……。


とうとうピクリとも動かなくなった身体で呪霊が死に絶える様を横目に眺めながら、私はゆっくりと瞳を閉じた。


鳴りやんだピアノの音色と交代に、声がする、兄の声だ。
叫んでいる、でも もう何と言っているか理解出来なかった。
眠くて、寒くて、疲れてしまって、声なんて出せなかった。

ねぇ兄さん、私は…貴方の妹として、相応しくあれたでしょうか。
私は、特別になれましたか?







報告 2007年●月
一級呪霊との戦闘により、高専所属呪術師一名の死亡を確認。

死因
原因不明
解剖の結果、内臓部分が多数失われている事が判明。










遠い遠い世界の果て、天の庭の片隅で、私はピアノを弾いている。

そうしていると、時々客人がやって来るので、私は少しだけ語り掛ける。


「大丈夫、例え透明になっても、貴方のことを必要としてくれる人はきっと何処かに必ず居るはずだから」

いってらっしゃい、良い旅路を。
いつか、夢を越えた先で会いましょう。


私はまたピアノを弾きはじめる、いつか貴方達にこの音が届くようにと願って弾いている。

私の音を聴く貴女へ、どうか何処かの世界で私の白紙の人生を彩ってくれた彼等に出会えたならば、伝えて欲しい。

いつか帰るその日まで、どうか皆様お元気で、と。

さあ、こんな意味の無い音を聞いていないで、貴女は貴女が望む次の世界に行ってらっしゃい。
私はまだもう少し、ここでピアノを弾いていますから。

では、さようなら。





【強制帰還end】
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