夏油、吐いたってよ
夕方6時過ぎに任務から帰って来た夏油は、一先ず自室へと赴くために男子寮へと足を向けた。
自室に帰り、一息ついたらシャワーを浴びて着替えて食事にしよう。
長かった一日もあとは休むだけだ、と穏やかな気持ちで廊下を歩んでいた時、何やら誰かが喋っている声が聞こえて来る。
廊下で誰が何を喋っているのか不思議に思い、耳を澄ませば聞こえて来たのはよく知った男の声であった。
「お前マジで男子寮に住むの?犯されに来てるワケ?」
「おか…され……?"病に冒される"ということでしょうか?」
「ちげーよ、何?マジでなんも分かってないの?それともフリ?」
「free?」
「は?…あー、会話ダル……」
悟の声だ。
そしてもう一人は………。
「悟、」
「傑、お疲れ」
「ああ、お疲れ様…その子は、どうしてここに?」
「あー……」
もう一人は他でも無い、自分が吐き出した銀河から突如現れた白い少女だった。
背中には登山用のザック、手には然程大きくはない茶色い段ボール箱を抱えてちんまりと悟の前に立つ彼女は、改めて見ると大分小さかった。
比較対象が悟だからかもしれないが、それにしたって小さい。身長150cmあるか無いか微妙なサイズだ。
疲れも相俟って「簡単にどうにか出来そうだな」という感想が頭の中を過るも、それを表には全く出さずに彼等の方へと近付いた。
「コイツ、男子寮の方に部屋用意されてんだって」
「それは本当か?」
「女子寮だと何かあった時対応出来ないだろうからって」
「それは…確かにそうかも知れないが……」
そう言われてしまえば反論が難しい。
何せ高専でも上層部でも扱いに困っている子なのだ、見た目は少女のようではあるが未知の生命体、性別も不明。悟が見る限りでは、現在の文明レベルでは産み出す事が不可能な存在だとしか分からないとか。そんな相手を女子寮には置いておけないというのは分かる。だがしかし………。
段ボールを抱えながら、ちまっと立ち尽くしこちらを見上げる彼女はどうしたって力の無さそうな子供にしか見えない。
七海の話によれば、常識レベルは赤ちゃんで、俗な事や下品なことは何も知らず、物事への興味関心が深く、純粋であると。
そんな子をここに置くのか?大丈夫か?
これは、本人はそのことについてどう思っているのか聞く必要がある。
もし嫌々、渋々といった風であるならば、先生方に話しに言った方が良いだろう。
「君は男子寮でいいのかい?嫌なら言っていいんだよ?」
「大きなお部屋、嬉しいです」
「……そんなに広くは無いと思うが」
「宇宙船よりは大きいです、嬉しい」
それはもう本当に嬉しそうに、花が飛ぶような笑顔でニコニコと言う相手に何も言えなくなってしまう。
何と言うか、自分でも不思議な感覚なのだが、まるで子でも産んだような気分なのだ。
腹は痛めていないが、それなりに苦しんで自分の内から出てきた子。
七海が言った通りこの子は赤ちゃんだ、だって産まれて来たばかりなのだから、自分の中から。
気付くと真綿のように白い髪をした小さな頭を何度も撫でていた。
こうなっては仕方無い、この子は私が守る。男子寮という魔窟だろうが、誰にも傷付けさせはしない。
決意を固めて悟を見る、そうすれば如何にも「めんどっちい」と言わんばかりの顔でこちらを見返した。
「マジでコイツここに住まわせんの?どうすんだよ、今日だけ寮使いに来たとか言って俺ら居ない時にコイツ目当ての男来たら、絶対犯されて終わりだぞ」
「おかす…侵す?侵略ですか?」
「ちょっとお前は黙ってて」
「はい」
どうやら一応悟は悟なりに心配をしているらしい、彼女の頭を撫でる手を止め、作戦を立てる。
高専の結界は厳重だが、学生寮の管理体制が強固なわけでは無い。
一応それなりに人の出入りには規制があるし、プライバシーも考慮され男女にも分けられてはいるが、裏を返せばその程度の物。鉄の扉で守られているわけでも無い場所で、果たしてこの小さくて頼りなさそうな子が無事生きていけるのか。
いや、そもそも彼女には何らかの自己防衛手段があるのか?
「悟、この子戦えると思う?」
「俺の目から見たとこ、呪力はあるけど…こんな手足じゃ無理だろ」
「まあ、そうだね」
段ボールを抱える腕は見るからに細く、掌は小さい。真っ白く美しい手はきっと暴力など振るったこと無いだろう…と私は予想したが、それは本人によって否定された。
「自衛のための戦闘くらいならば許可があれば出来ます」
「それは本当かい?」
「はい、身の危険を感じた場合のみ人類種に対しての防衛行動が許されています」
「いや、身の危険を感じる前に何とかしろよ」
その言葉に「許可があれば……」と困ったように言う彼女に、悟は「許可してやるよ」と尊大に言った。
いや、何故そこで悟が許可を出すのだ。許可を出すのは私の役目だろう。
「まあお前で興奮出来るのなんて、ロリコンのド変態くらいだろうけど」
「こら、彼女に変な言葉を覚えさせるな」
というような話をしていれば、彼女は荷物を置いてくると言って一つ頭を下げて自室となるであろう部屋の方へと行ってしまった。
もしかしたら思ったよりも弱い子じゃないのかもしれない、図太い所もあるのかも。
「でも良かった」
「何が?」
「悟があの子に興奮するような奴じゃなくて」
「は?無理だろ、あんなちんちくりんの餅みてえな奴」
「でも可愛いことには違い無いだろう?私の産んだ子なんだ、間違っても手は出さないでくれ」
「…傑、疲れてる?」
疲れているには疲れているが、今更の話だ。
しかし、新しい癒しを手に入れたから多分大丈夫だ。私は無意識に自分の硬いだけでつまらない腹を撫でていた。
忙しい毎日に突如現れた、苦しんで吐き出した未知の生命体。
あの子はきっと、天使に違い無い。だってほら、真っ白だし。
「実は今日本を買って来たんだ、これ」
「…ひよこ……クラブ…」
シャワーを浴びて食事を終えたら部屋でじっくり読もう。ああ、それとも彼女の様子を見てあげた方がいいだろうか。
ドン引いた顔で私を見る悟のことを置いて、私は部屋へと戻った。
翌日、何がどうしたのか、急遽一日休日となったのだった。
自室に帰り、一息ついたらシャワーを浴びて着替えて食事にしよう。
長かった一日もあとは休むだけだ、と穏やかな気持ちで廊下を歩んでいた時、何やら誰かが喋っている声が聞こえて来る。
廊下で誰が何を喋っているのか不思議に思い、耳を澄ませば聞こえて来たのはよく知った男の声であった。
「お前マジで男子寮に住むの?犯されに来てるワケ?」
「おか…され……?"病に冒される"ということでしょうか?」
「ちげーよ、何?マジでなんも分かってないの?それともフリ?」
「free?」
「は?…あー、会話ダル……」
悟の声だ。
そしてもう一人は………。
「悟、」
「傑、お疲れ」
「ああ、お疲れ様…その子は、どうしてここに?」
「あー……」
もう一人は他でも無い、自分が吐き出した銀河から突如現れた白い少女だった。
背中には登山用のザック、手には然程大きくはない茶色い段ボール箱を抱えてちんまりと悟の前に立つ彼女は、改めて見ると大分小さかった。
比較対象が悟だからかもしれないが、それにしたって小さい。身長150cmあるか無いか微妙なサイズだ。
疲れも相俟って「簡単にどうにか出来そうだな」という感想が頭の中を過るも、それを表には全く出さずに彼等の方へと近付いた。
「コイツ、男子寮の方に部屋用意されてんだって」
「それは本当か?」
「女子寮だと何かあった時対応出来ないだろうからって」
「それは…確かにそうかも知れないが……」
そう言われてしまえば反論が難しい。
何せ高専でも上層部でも扱いに困っている子なのだ、見た目は少女のようではあるが未知の生命体、性別も不明。悟が見る限りでは、現在の文明レベルでは産み出す事が不可能な存在だとしか分からないとか。そんな相手を女子寮には置いておけないというのは分かる。だがしかし………。
段ボールを抱えながら、ちまっと立ち尽くしこちらを見上げる彼女はどうしたって力の無さそうな子供にしか見えない。
七海の話によれば、常識レベルは赤ちゃんで、俗な事や下品なことは何も知らず、物事への興味関心が深く、純粋であると。
そんな子をここに置くのか?大丈夫か?
これは、本人はそのことについてどう思っているのか聞く必要がある。
もし嫌々、渋々といった風であるならば、先生方に話しに言った方が良いだろう。
「君は男子寮でいいのかい?嫌なら言っていいんだよ?」
「大きなお部屋、嬉しいです」
「……そんなに広くは無いと思うが」
「宇宙船よりは大きいです、嬉しい」
それはもう本当に嬉しそうに、花が飛ぶような笑顔でニコニコと言う相手に何も言えなくなってしまう。
何と言うか、自分でも不思議な感覚なのだが、まるで子でも産んだような気分なのだ。
腹は痛めていないが、それなりに苦しんで自分の内から出てきた子。
七海が言った通りこの子は赤ちゃんだ、だって産まれて来たばかりなのだから、自分の中から。
気付くと真綿のように白い髪をした小さな頭を何度も撫でていた。
こうなっては仕方無い、この子は私が守る。男子寮という魔窟だろうが、誰にも傷付けさせはしない。
決意を固めて悟を見る、そうすれば如何にも「めんどっちい」と言わんばかりの顔でこちらを見返した。
「マジでコイツここに住まわせんの?どうすんだよ、今日だけ寮使いに来たとか言って俺ら居ない時にコイツ目当ての男来たら、絶対犯されて終わりだぞ」
「おかす…侵す?侵略ですか?」
「ちょっとお前は黙ってて」
「はい」
どうやら一応悟は悟なりに心配をしているらしい、彼女の頭を撫でる手を止め、作戦を立てる。
高専の結界は厳重だが、学生寮の管理体制が強固なわけでは無い。
一応それなりに人の出入りには規制があるし、プライバシーも考慮され男女にも分けられてはいるが、裏を返せばその程度の物。鉄の扉で守られているわけでも無い場所で、果たしてこの小さくて頼りなさそうな子が無事生きていけるのか。
いや、そもそも彼女には何らかの自己防衛手段があるのか?
「悟、この子戦えると思う?」
「俺の目から見たとこ、呪力はあるけど…こんな手足じゃ無理だろ」
「まあ、そうだね」
段ボールを抱える腕は見るからに細く、掌は小さい。真っ白く美しい手はきっと暴力など振るったこと無いだろう…と私は予想したが、それは本人によって否定された。
「自衛のための戦闘くらいならば許可があれば出来ます」
「それは本当かい?」
「はい、身の危険を感じた場合のみ人類種に対しての防衛行動が許されています」
「いや、身の危険を感じる前に何とかしろよ」
その言葉に「許可があれば……」と困ったように言う彼女に、悟は「許可してやるよ」と尊大に言った。
いや、何故そこで悟が許可を出すのだ。許可を出すのは私の役目だろう。
「まあお前で興奮出来るのなんて、ロリコンのド変態くらいだろうけど」
「こら、彼女に変な言葉を覚えさせるな」
というような話をしていれば、彼女は荷物を置いてくると言って一つ頭を下げて自室となるであろう部屋の方へと行ってしまった。
もしかしたら思ったよりも弱い子じゃないのかもしれない、図太い所もあるのかも。
「でも良かった」
「何が?」
「悟があの子に興奮するような奴じゃなくて」
「は?無理だろ、あんなちんちくりんの餅みてえな奴」
「でも可愛いことには違い無いだろう?私の産んだ子なんだ、間違っても手は出さないでくれ」
「…傑、疲れてる?」
疲れているには疲れているが、今更の話だ。
しかし、新しい癒しを手に入れたから多分大丈夫だ。私は無意識に自分の硬いだけでつまらない腹を撫でていた。
忙しい毎日に突如現れた、苦しんで吐き出した未知の生命体。
あの子はきっと、天使に違い無い。だってほら、真っ白だし。
「実は今日本を買って来たんだ、これ」
「…ひよこ……クラブ…」
シャワーを浴びて食事を終えたら部屋でじっくり読もう。ああ、それとも彼女の様子を見てあげた方がいいだろうか。
ドン引いた顔で私を見る悟のことを置いて、私は部屋へと戻った。
翌日、何がどうしたのか、急遽一日休日となったのだった。