夏油、吐いたってよ
一先ずの名称として、スピカと書類上名称された雪のように白い漂流者は、高専にて簡易的に拘束された後に解放されることとなった。
漂流者である彼女の話によると、「自分は人類種によって作られた労働個体であり、労働内容は星を旅して人類種の未来に貢献すること」であるらしく、実にSFチックな話は結論として「意味不明な現象」は正に呪術を越えた"神秘"である、と一先ず片付けられることとなった。
行く宛ても無く、外部に放すことも出来ない、何かをして妙なことになったら困る……等々の理由から、主に高専にて監視されながらの生活をすることとなった彼女は、本日から日中は学生の側で大人しくしていて貰うらしい……という知らせを受けた七海は、重たい溜め息を堪えることなく吐き出した。
………とんでもないことになった。
本日高専にて朝から授業を受けるのは自分一人だけである。
他は皆任務に出払っており、必然的に自分が監視役を担うことになる。
……もう疲れた、何もしていないのに疲れた、帰りたい、休みたい。
そうは思うも、真面目な彼は教室へ向かう足は止めずに廊下を進んだ。
閉められた教室の扉の前でもう一度溜め息を吐いてから、ガラガラと扉を開く。
そうすれば、椅子にちょこんと座って自分が持つ物と同じ教科書を静かに行儀良く読んでいる例の漂流者が居た。
七海は一拍間をあけてから、口を開く。
「おはようございます」
「はい、おはようございます」
なんともスムーズでまともな挨拶であった。
ついでに言えば、耳障りの良く柔らかい声質は心が安らぐ心地すらした。
しっかりと七海の目を見て、口角をニコリと上げて笑みを作り挨拶を返す姿に、思わず肩から力が抜けてしまう。予想していたようなハチャメチャな事態とは180度違う態度に行動を停止せざるを負えない七海を見上げながら、真綿のように白い漂流者は続けて言葉を発した。
「教科書をお借りしまして、本日勉強すると指定されている範囲を読み込んでいました」
「……そうですか、随分…真面目なんですね」
「人類種からの命令は原則絶対となっております」
何処か機械的な感情無く発せられた声は真面目とは違う部類の物なのかもしれない。
だが意思の疎通に何ら問題は無い、むしろ驚くほどスムーズだ。
興味と関心、それから久方振りの比較的まともな会話に七海は黙することをしなかった。
「何か、教科書で気になる範囲はありましたか?」
教科書をマジマジと興味深そうに読む人間なんてここには滅多に居ない。
心なしか楽しそうにページを捲る様子が気になった七海は親切心も合間ってそう声を掛けた。
声を掛けられた少女の姿をした人らしき生命体は、広げていたページを穏やかな表情を浮かべながら七海に向けて見せる。
そこには、デカデカと男性器の絵と共に「思春期の健康と性意識について」とタイトルされたページが広がっていた。
暫しの沈黙。
広げられた男性器について書かれたページの向こうでは、花畑とかが似合うだろう純粋そうな少女がにこやかにしている。
あまりの酷いアンバランスさに立ち眩みがした。
七海はこの時点で「自分は今、もしかしたらとんでもない奴を相手にしてしまっているのではないか」と認識を改める。
「ここが気になります、読みますね……精子の旅について、精子とは精巣で作られ精巣上体に溜まり、性的刺激が伝わることで…」
「やめなさい、やめて下さい、頼みますから」
「…どうして?」
パチクリパチクリ。
藤色と表現するのが近いような、何とも表現し難い色をした愛らしい瞳を瞬かせながら、小首を傾げて疑問を訴える。
七海はその様子に眉間を揉みながら、まずは黙って教科書を閉じさせた。いつまでも性器の絵をこちらに見せ付けて欲しくは無かったのだ、何せまだ朝なので。
「先生方に聞いて下さい、とにかくその分野について表立って話すのはあまりよろしくありませんので」
「そうなんですね、すみません…知らなくて……」
「…いえ、」
文字にすればまさに シュン… といった具合に眉を垂れさせ申し訳なさそうに教科書を引っ込めた相手に七海は逃げ出したい気持ちになった。
助けてくれ灰原、私にはもう無理だ、この常識が無い繊細そうな生き物の相手はとてもじゃないが務まらない。どうやら自分は高専に来てから随分と毒されていたようだ、純粋な瞳で心から謝られた瞬間、自己嫌悪すらしてしまった。
謎の罪悪感に言葉を詰まらせた七海に追い討ちを掛けるように、見た目通りに穢れの一切を持たない純粋無垢な存在は言う。
「私達には付いていない機能なので興味があって……あ、貴方にはあるのでしょうか?」
「いや、その…」
「無いのですか?では、えっと…貴方は…こっちですか?子宮と卵巣……」
「違います、あります、ありますから、だからとりあえず教科書を仕舞ってくれ」
閉じた教科書を再度開いてペラリとページを捲り、今度は子宮のイラストが描かれたページに細い指先を伸ばした手を取って七海は強制的に教科書を閉じさせた。
なんて話を朝からしているんだ、頼むからこれ以上興味を持たないでくれ、貴女のことはよく知らないが、清いままでいいのだ、その顔と声で性器の名前を連呼するな。頼むから。
だが、悲しきかな七海の願いは通じなかった。
「これを使って子孫を作るのですか?」
「ちょ、」
もにゅ。
あろうことか何も知らない未知の少女は、七海に掴まれていない方の手を七海の七海に伸ばしてふわりと触れて来た。
未知の生命体に股間をやわやわと触られている状況に七海は思考も行動も停止する。
どうして?何故?何故自分は朝から地球外生命体に股間をまさぐられているんだ。
何故だ、私が何をしたと言うんだ。
助けてくれ灰原、早く帰って来てくれ。
混乱を極めていたが、しかし敏感な部分に微妙な刺激を受けていれば嫌でも妙な感覚に陥るもの。ましてや七海はれっきとした健全な男子高校生、見た目だけは一応女子っぽい存在にツンツンもみもみされていれば嫌でも反応せざる負えない。
七海は白い肌を可哀想なくらい真っ赤にして、眉間にシワをぐぐっと寄せながら咄嗟に「やめろ!!!」と大きな声で叫んだ。もうそうする他無かった。
小さな手を叩き落とし、掴んでいた手を離して距離を取る。
バシッと音を立てて叩かれた手は七海の七海から無事に離れたが、本人は何故叩かれたのか全く分かっていない様子でポケッとした顔でたじろぐ七海を見上げていた。
「ここは…触ってはいけない部位です、覚えて下さい、絶対に触ってはいけません」
「あ…ごめんなさい……私、人類種について知りたくて、つい…」
「興味関心でして良いことにも限度はあります、とにかく…無闇矢鱈と他者に触れるのは良くない」
まるで親か教師にでもなった気分だと七海は痛む米神を押さえずにはいられなかった。
だが七海の言葉を正しく理解したらしい相手は、すまなそうな顔で「ごめんなさい」「もうしません」と繰り返した。正直に謝られ、反省の色を見せる相手にこれ以上言う必要も無いだろうと判断した七海は顔に熱を感じながらも「もう謝らなくていいですよ」と反省を受け入れた。
この光景を五条辺りが見ていたら大変なことになっただろうと、今の時間自分一人であることに安堵する。
「…許して頂けますか?」
白い少女は首を傾げながら七海を見上げ、心無しかションボリした雰囲気を醸し出す。
少し強く言い過ぎただろうか、よくよく考えれば相手は何も知らない子供のようなものだ、だがそれならば尚更叱る時は叱らねばならないだろう、そう思いながらも「ええ、もう怒っていません」と落ち着いた様子で許しを口にする。
それを聞いた白い少女は、「よかった……」と安堵に胸を撫で下ろしながら口角を緩めた。
そんな実に可愛らしい容姿と仕草をしているが、少女は少女でも地球の外からやって来た謎の生命体である。
つまるところ、常識もルールも違う相手に、七海はさらに振り回されることとなる。
ホッとした様子で七海を見上げながら、「では」と口にした未開の宇宙からやって来た少女の形をした神秘は、にこやかに穏やかに言葉を発す。
「見るのは大丈夫ですか?服を脱いで頂くのは可能でしょうか?出来れば、教科書で見た性行為?のための準備状態とやらも見たいのですが」
「……………」
「あと、肛門についても知りたくて、自分で広げて貰うことは出来ますか?触れませんので、観察だけ…」
「……………」
前言撤回、この際五条でもいいから帰って来てくれ。
そんなこんなでその日の七海は、授業中以外の時間永遠と常識の通じない神秘を相手にひたすら「社会常識」「一般知識」「マナー」などを叩き込むことになった。
少女の形を神秘は、七海から教えられた人間の常識を元に七海を「師匠」と呼ぶようになった。
漂流者である彼女の話によると、「自分は人類種によって作られた労働個体であり、労働内容は星を旅して人類種の未来に貢献すること」であるらしく、実にSFチックな話は結論として「意味不明な現象」は正に呪術を越えた"神秘"である、と一先ず片付けられることとなった。
行く宛ても無く、外部に放すことも出来ない、何かをして妙なことになったら困る……等々の理由から、主に高専にて監視されながらの生活をすることとなった彼女は、本日から日中は学生の側で大人しくしていて貰うらしい……という知らせを受けた七海は、重たい溜め息を堪えることなく吐き出した。
………とんでもないことになった。
本日高専にて朝から授業を受けるのは自分一人だけである。
他は皆任務に出払っており、必然的に自分が監視役を担うことになる。
……もう疲れた、何もしていないのに疲れた、帰りたい、休みたい。
そうは思うも、真面目な彼は教室へ向かう足は止めずに廊下を進んだ。
閉められた教室の扉の前でもう一度溜め息を吐いてから、ガラガラと扉を開く。
そうすれば、椅子にちょこんと座って自分が持つ物と同じ教科書を静かに行儀良く読んでいる例の漂流者が居た。
七海は一拍間をあけてから、口を開く。
「おはようございます」
「はい、おはようございます」
なんともスムーズでまともな挨拶であった。
ついでに言えば、耳障りの良く柔らかい声質は心が安らぐ心地すらした。
しっかりと七海の目を見て、口角をニコリと上げて笑みを作り挨拶を返す姿に、思わず肩から力が抜けてしまう。予想していたようなハチャメチャな事態とは180度違う態度に行動を停止せざるを負えない七海を見上げながら、真綿のように白い漂流者は続けて言葉を発した。
「教科書をお借りしまして、本日勉強すると指定されている範囲を読み込んでいました」
「……そうですか、随分…真面目なんですね」
「人類種からの命令は原則絶対となっております」
何処か機械的な感情無く発せられた声は真面目とは違う部類の物なのかもしれない。
だが意思の疎通に何ら問題は無い、むしろ驚くほどスムーズだ。
興味と関心、それから久方振りの比較的まともな会話に七海は黙することをしなかった。
「何か、教科書で気になる範囲はありましたか?」
教科書をマジマジと興味深そうに読む人間なんてここには滅多に居ない。
心なしか楽しそうにページを捲る様子が気になった七海は親切心も合間ってそう声を掛けた。
声を掛けられた少女の姿をした人らしき生命体は、広げていたページを穏やかな表情を浮かべながら七海に向けて見せる。
そこには、デカデカと男性器の絵と共に「思春期の健康と性意識について」とタイトルされたページが広がっていた。
暫しの沈黙。
広げられた男性器について書かれたページの向こうでは、花畑とかが似合うだろう純粋そうな少女がにこやかにしている。
あまりの酷いアンバランスさに立ち眩みがした。
七海はこの時点で「自分は今、もしかしたらとんでもない奴を相手にしてしまっているのではないか」と認識を改める。
「ここが気になります、読みますね……精子の旅について、精子とは精巣で作られ精巣上体に溜まり、性的刺激が伝わることで…」
「やめなさい、やめて下さい、頼みますから」
「…どうして?」
パチクリパチクリ。
藤色と表現するのが近いような、何とも表現し難い色をした愛らしい瞳を瞬かせながら、小首を傾げて疑問を訴える。
七海はその様子に眉間を揉みながら、まずは黙って教科書を閉じさせた。いつまでも性器の絵をこちらに見せ付けて欲しくは無かったのだ、何せまだ朝なので。
「先生方に聞いて下さい、とにかくその分野について表立って話すのはあまりよろしくありませんので」
「そうなんですね、すみません…知らなくて……」
「…いえ、」
文字にすればまさに シュン… といった具合に眉を垂れさせ申し訳なさそうに教科書を引っ込めた相手に七海は逃げ出したい気持ちになった。
助けてくれ灰原、私にはもう無理だ、この常識が無い繊細そうな生き物の相手はとてもじゃないが務まらない。どうやら自分は高専に来てから随分と毒されていたようだ、純粋な瞳で心から謝られた瞬間、自己嫌悪すらしてしまった。
謎の罪悪感に言葉を詰まらせた七海に追い討ちを掛けるように、見た目通りに穢れの一切を持たない純粋無垢な存在は言う。
「私達には付いていない機能なので興味があって……あ、貴方にはあるのでしょうか?」
「いや、その…」
「無いのですか?では、えっと…貴方は…こっちですか?子宮と卵巣……」
「違います、あります、ありますから、だからとりあえず教科書を仕舞ってくれ」
閉じた教科書を再度開いてペラリとページを捲り、今度は子宮のイラストが描かれたページに細い指先を伸ばした手を取って七海は強制的に教科書を閉じさせた。
なんて話を朝からしているんだ、頼むからこれ以上興味を持たないでくれ、貴女のことはよく知らないが、清いままでいいのだ、その顔と声で性器の名前を連呼するな。頼むから。
だが、悲しきかな七海の願いは通じなかった。
「これを使って子孫を作るのですか?」
「ちょ、」
もにゅ。
あろうことか何も知らない未知の少女は、七海に掴まれていない方の手を七海の七海に伸ばしてふわりと触れて来た。
未知の生命体に股間をやわやわと触られている状況に七海は思考も行動も停止する。
どうして?何故?何故自分は朝から地球外生命体に股間をまさぐられているんだ。
何故だ、私が何をしたと言うんだ。
助けてくれ灰原、早く帰って来てくれ。
混乱を極めていたが、しかし敏感な部分に微妙な刺激を受けていれば嫌でも妙な感覚に陥るもの。ましてや七海はれっきとした健全な男子高校生、見た目だけは一応女子っぽい存在にツンツンもみもみされていれば嫌でも反応せざる負えない。
七海は白い肌を可哀想なくらい真っ赤にして、眉間にシワをぐぐっと寄せながら咄嗟に「やめろ!!!」と大きな声で叫んだ。もうそうする他無かった。
小さな手を叩き落とし、掴んでいた手を離して距離を取る。
バシッと音を立てて叩かれた手は七海の七海から無事に離れたが、本人は何故叩かれたのか全く分かっていない様子でポケッとした顔でたじろぐ七海を見上げていた。
「ここは…触ってはいけない部位です、覚えて下さい、絶対に触ってはいけません」
「あ…ごめんなさい……私、人類種について知りたくて、つい…」
「興味関心でして良いことにも限度はあります、とにかく…無闇矢鱈と他者に触れるのは良くない」
まるで親か教師にでもなった気分だと七海は痛む米神を押さえずにはいられなかった。
だが七海の言葉を正しく理解したらしい相手は、すまなそうな顔で「ごめんなさい」「もうしません」と繰り返した。正直に謝られ、反省の色を見せる相手にこれ以上言う必要も無いだろうと判断した七海は顔に熱を感じながらも「もう謝らなくていいですよ」と反省を受け入れた。
この光景を五条辺りが見ていたら大変なことになっただろうと、今の時間自分一人であることに安堵する。
「…許して頂けますか?」
白い少女は首を傾げながら七海を見上げ、心無しかションボリした雰囲気を醸し出す。
少し強く言い過ぎただろうか、よくよく考えれば相手は何も知らない子供のようなものだ、だがそれならば尚更叱る時は叱らねばならないだろう、そう思いながらも「ええ、もう怒っていません」と落ち着いた様子で許しを口にする。
それを聞いた白い少女は、「よかった……」と安堵に胸を撫で下ろしながら口角を緩めた。
そんな実に可愛らしい容姿と仕草をしているが、少女は少女でも地球の外からやって来た謎の生命体である。
つまるところ、常識もルールも違う相手に、七海はさらに振り回されることとなる。
ホッとした様子で七海を見上げながら、「では」と口にした未開の宇宙からやって来た少女の形をした神秘は、にこやかに穏やかに言葉を発す。
「見るのは大丈夫ですか?服を脱いで頂くのは可能でしょうか?出来れば、教科書で見た性行為?のための準備状態とやらも見たいのですが」
「……………」
「あと、肛門についても知りたくて、自分で広げて貰うことは出来ますか?触れませんので、観察だけ…」
「……………」
前言撤回、この際五条でもいいから帰って来てくれ。
そんなこんなでその日の七海は、授業中以外の時間永遠と常識の通じない神秘を相手にひたすら「社会常識」「一般知識」「マナー」などを叩き込むことになった。
少女の形を神秘は、七海から教えられた人間の常識を元に七海を「師匠」と呼ぶようになった。