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夏油、吐いたってよ

真珠星、乙女座、スピカ……様々な名称のあるかの星は、春の夜に青白く輝く1等星である。
地球から遥か260光年離れた宇宙に存在するその星は、太陽よりもずっと大きく、表面温度は22000℃というおよそ文字列に表した所で想像出来ないような温度だ。

その星にちなんで名付けられたらしい夏油が取り込んだ特級呪霊の一体は、彼の身体から吐き出されると、謎の無機質な声を奏でた後に、星の灯火が消えるかの如く沈黙し、シュワリと泡のように消えていった。


そして、それから一週間後…


春から夏に移ろい行く季節、頭上を過ぎる雲は形を変えて流れていき、穏やかな午後の日差しが照らす中……突如、高専に侵入者発生アラームがけたたましく鳴り出した。

特級ナカヨピコンビも喧嘩せず、緊急の任務も入って来ない、今日は比較的平和だな~ と和やかな空気を醸し出していた職員室は一気に臨戦態勢となる。
侵入者の位置は!今居る呪術師を防衛配置に!学生はどうする!?ともかく現場に行かなければ!!
推定される侵入者の居るであろうポイントに黒服の職員達が揃って向かう。

普段学生が屯(たむろ)している一室、そこに侵入者の影はあった。

いや、影と呼称するにはあまりに目映く幻想的で、人間であれば本能的に立ち竦んでしまう物…広大な宇宙(ソラ)のひと欠片が渦を、幕星雲を部屋の中に作っていたのである。

輝ける星々と、底の見えない闇、その中心部から押し出されるようにとてつもない突風が吹き出し、部屋をめちゃくちゃにしている。
一週間前と同じように突然の嘔吐感に抗えず、苦しみながら異物を吐いた夏油は口の端を拭い、目の前に広がる 広大で神秘的な物理法則をねじ曲げる星空を黒い瞳に写していた。
彼の後方でドン引きしながら身を寄せ合う他生徒達がおり、最早言葉も忘れて事の成り行きを見守っていた。

地球に届くには数億年を必要とするはずの星の光が、彼方のソラから高専の人々の前に姿を現す。


この場にあるのは、完全なる静寂と未知への畏怖。


静寂の向こうから日常を侵食するように、パキリ、パキリ、と異物音が脳裏を掻き回すように鳴り出した。

ある者は恐怖を、ある者は陶酔を、またある者は無を。
そういったことを、逸脱してしまった思考では無く、心で思い立ち尽くす。


銀河の端から溢れ出した一つの星が超新星爆発を遂げる。


ガスが噴出し、星の残留物が流れていく。
大質量の星が終わりを遂げ、その破滅を持ってして他の星々を赤く照らした。
そんな壮絶な終わりを肉眼で目の当たりにした人間は、ただただ雄大で驚異的な人類には敵うことの出来ない光景の前に、口を開けて眺め続けることしか出来なかったのであった。

そんな光景の最中、一つの異物がこちらに向かって流れてくることに気付く。

それは小さく、ともすれば他の残留物に押し流されて消えてしまうのでは無いかと思える程の物で、しかし、確実に夏油達の元へと向かって来ていたのだった。

誰かが「……ひと?」と呟く。

そう、人である。

小さな漂流物は、漂流者であった。
眼前に広がる広大な星の海から流れて来たそれは、宇宙服に似た物を着てふわりふわりと漂いながら、星の海を越えて部屋の床に投げ出されるようにたどり着く。

漂流者がたどり着くと同時に星々は静まり返るように遠ざかっていき、小さく広がっていた闇も収縮していく。
最後に明かりが消えるようにパチンッと闇は小さく爆ぜて消え、日常音が戻り出した。
安堵を覚える者、未だ呆けたままの者、とにかく動こうとする者などが居る中、自分の吐き出した呪いがさらなる何かを引き起こし呼び寄せた現実を理解した夏油は、よろけながらも漂流者に近寄って行く。

顔を覆うヘルメットを覗き込み、息を飲む。

「……女の子だ」


五条悟の瞳然り、この世には「呪い」にはカテゴライズ出来ない「神秘」が存在する。
彼等はこの日、神秘を見て、触れた。
理解出来ぬ現象に惑い、呆け、慌てる者達を放って、夏油はヘルメットの奥で窶れたように目を閉じる白銀の少女を見つめ続けるのであった。
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