夏油、吐いたってよ
本を開き、読むフリをして、隣の席に座る最近時々金色に発光したりするようになった謎の女子っぽい生徒が、灰原に毎日恒例の質問攻めをしている様子を聞いていた。
「昨日五条さんからお借りしたDVDの内容で不明点が幾つかあるのですが…」
「DVD?なにか映画借りたの?」
「映画…なのでしょうか?確かに一時間以上ある長い作品でした」
「なんてタイトル?」
「ハードSM王者夢のタイトルマッチ、夜の日本一決定戦……性豪共の宴 ここに開幕…」
「うん、僕が返しておくから後で貸してくれるかな?」
始まった。
最早この朝の時間もお決まりのことになって来た。
あれから仲直りをしたのかどうなのかは不明だが、最近の五条さんは我々があの手この手で止めたり没収したりして来たアダルト関連の物を、嬉々として彼女に与えては反応を楽しむことを覚えてしまいこの様だ。
本人としては与えられたからには見ずにはいられないらしく、いつもこうして観たことを事後報告されるので、どうにもならない。
せめて一言連絡してくれとは思うものの、彼女は携帯機器等の連絡手段は一切持っていないため、我々が外に居るときなどはどうしようも無い。
だから、今日も今日とて朝から居たたまれない話をしなければならなくなる。
「どうして繁殖行為中に鞭で叩かれなければならないのですか?」
「うーん…僕には分からないかも……」
「男性の性器を踏みつけることにも何か重要な意味が?」
「そういう趣味を持ってる人も居て…」
「人類はどうしてあんなにも気持ちの悪い行為を考え付くのでしょうか…」
「うっ、人類を代表して謝るね、ごめんね……」
純粋な眼差しで「気持ち悪い」と言われた灰原は、自身の左胸を押さえて呻き声をあげた。
そんな灰原の様子をパチクリパチクリと瞬きをしながら、少女はじっと見つめていた。
「灰原さんが謝る必要は無いかと…」
「でも僕も人類だから…」
「灰原さんにもああいったご趣味が?」
「ないよ!?」
首をブンブンと横に振り、激しく否定する灰原を見て「知っています」と少女はやや笑って言う。
「灰原さんや七海師匠には、アブノーマルと呼ばれる趣味が無いことは調査済みです」
なんだその調査は、いつしたんだ。
「五条さん調べによると、学生内で最も尖った趣味をお持ちなのは…」
「ストップ、それ以上は結構です」
「うん、世の中には知らない方が良いこともあるよね!」
……とかなんとか、我々は比較的普段と変わらぬ日常を送っている。
だがしかし、大きく変わったこともあった。
それは……
ガラリッ。
教室の扉が開かれ、「娘を迎えに来たんだけど、いるかな?」と言いながら現れたのは、母性愛に目覚めた一つ上の先輩である夏油さんだった。
彼に"娘"と呼ばれた少女は「はい」と行儀の良い返事をして席から立ち上がると、彼の方へとてくてく歩み寄って行く。
「私にご用命でしょうか」
「ああ、次の任務が決まったから伝えに来たんだ」
「どんな任務でもお任せを」
「頼もしいね」
笑みを浮かべて母と子の会話を繰り広げる彼等が、教室から離れて行くのを見届けてから、私は姿勢を元に戻す。
「スピカ」と書類上呼称されている少女は、特級呪術師二人がお墨付きを出したことを切っ掛けに、現在呪術師として任務に就くようになった。
とは言え、未だ謎が深い彼女を一人で任務出すことも出来まいと、一級呪師や特級呪術師に着いて回る形で彼女の生態を知りながら、有効性を見極めながら、少しずつ活動の幅を広げている様子である。
夏油さんはその付き添い筆頭で、優先的に彼女と共に任務に出るため、"子育て申請"なるものを提出したりしているらしい。
良かったのかどうかは本人に聞かなければ分からないことだが、端から見ていれば楽しそうにやっているようなので、私としては文句も無い。
そうして私は読書に戻る。
ブックカバーの下には、読み直している「星の王子様」のタイトルが記されている。
物語は丁度クライマックスに近く、王子様が「大切な物への責任のため、身体を置いて星へと帰る」ことを伝えるシーン。
何処からかにじみ出る悲壮感と緊迫感、別れの辛さが伝わる場面で王子様は「大切なことは目では見えない」と言う。
そうして、私の脳裏には先程クラスから退室して行った少女が思い浮かんだ。
彼女にも大切な物が出来たのだろうか。
彼女が果たすべき責任は果たせたのだろうか。
地球から遥か遠く、我々の肉眼では見ることの出来ない彼方の何処かから来た彼女に、宇宙の規模からすれば塵の一つでしかないようなこの星で、大切な物を見つけられたのならば、彼女は王子様のように身体を置いて星に帰るだなんて言い出さないだろう。
そうであって欲しいと願う。
星の王子様という物語は語る。
生きることは愛することであり、愛することは死ぬことだ、と。
ならばせめて彼女には、この星を選んでから死んで欲しいと思うのは、何故だろう。
乙女座の怪物よ、どうか私のこの気持ちに価値を付けてくれ。
「昨日五条さんからお借りしたDVDの内容で不明点が幾つかあるのですが…」
「DVD?なにか映画借りたの?」
「映画…なのでしょうか?確かに一時間以上ある長い作品でした」
「なんてタイトル?」
「ハードSM王者夢のタイトルマッチ、夜の日本一決定戦……性豪共の宴 ここに開幕…」
「うん、僕が返しておくから後で貸してくれるかな?」
始まった。
最早この朝の時間もお決まりのことになって来た。
あれから仲直りをしたのかどうなのかは不明だが、最近の五条さんは我々があの手この手で止めたり没収したりして来たアダルト関連の物を、嬉々として彼女に与えては反応を楽しむことを覚えてしまいこの様だ。
本人としては与えられたからには見ずにはいられないらしく、いつもこうして観たことを事後報告されるので、どうにもならない。
せめて一言連絡してくれとは思うものの、彼女は携帯機器等の連絡手段は一切持っていないため、我々が外に居るときなどはどうしようも無い。
だから、今日も今日とて朝から居たたまれない話をしなければならなくなる。
「どうして繁殖行為中に鞭で叩かれなければならないのですか?」
「うーん…僕には分からないかも……」
「男性の性器を踏みつけることにも何か重要な意味が?」
「そういう趣味を持ってる人も居て…」
「人類はどうしてあんなにも気持ちの悪い行為を考え付くのでしょうか…」
「うっ、人類を代表して謝るね、ごめんね……」
純粋な眼差しで「気持ち悪い」と言われた灰原は、自身の左胸を押さえて呻き声をあげた。
そんな灰原の様子をパチクリパチクリと瞬きをしながら、少女はじっと見つめていた。
「灰原さんが謝る必要は無いかと…」
「でも僕も人類だから…」
「灰原さんにもああいったご趣味が?」
「ないよ!?」
首をブンブンと横に振り、激しく否定する灰原を見て「知っています」と少女はやや笑って言う。
「灰原さんや七海師匠には、アブノーマルと呼ばれる趣味が無いことは調査済みです」
なんだその調査は、いつしたんだ。
「五条さん調べによると、学生内で最も尖った趣味をお持ちなのは…」
「ストップ、それ以上は結構です」
「うん、世の中には知らない方が良いこともあるよね!」
……とかなんとか、我々は比較的普段と変わらぬ日常を送っている。
だがしかし、大きく変わったこともあった。
それは……
ガラリッ。
教室の扉が開かれ、「娘を迎えに来たんだけど、いるかな?」と言いながら現れたのは、母性愛に目覚めた一つ上の先輩である夏油さんだった。
彼に"娘"と呼ばれた少女は「はい」と行儀の良い返事をして席から立ち上がると、彼の方へとてくてく歩み寄って行く。
「私にご用命でしょうか」
「ああ、次の任務が決まったから伝えに来たんだ」
「どんな任務でもお任せを」
「頼もしいね」
笑みを浮かべて母と子の会話を繰り広げる彼等が、教室から離れて行くのを見届けてから、私は姿勢を元に戻す。
「スピカ」と書類上呼称されている少女は、特級呪術師二人がお墨付きを出したことを切っ掛けに、現在呪術師として任務に就くようになった。
とは言え、未だ謎が深い彼女を一人で任務出すことも出来まいと、一級呪師や特級呪術師に着いて回る形で彼女の生態を知りながら、有効性を見極めながら、少しずつ活動の幅を広げている様子である。
夏油さんはその付き添い筆頭で、優先的に彼女と共に任務に出るため、"子育て申請"なるものを提出したりしているらしい。
良かったのかどうかは本人に聞かなければ分からないことだが、端から見ていれば楽しそうにやっているようなので、私としては文句も無い。
そうして私は読書に戻る。
ブックカバーの下には、読み直している「星の王子様」のタイトルが記されている。
物語は丁度クライマックスに近く、王子様が「大切な物への責任のため、身体を置いて星へと帰る」ことを伝えるシーン。
何処からかにじみ出る悲壮感と緊迫感、別れの辛さが伝わる場面で王子様は「大切なことは目では見えない」と言う。
そうして、私の脳裏には先程クラスから退室して行った少女が思い浮かんだ。
彼女にも大切な物が出来たのだろうか。
彼女が果たすべき責任は果たせたのだろうか。
地球から遥か遠く、我々の肉眼では見ることの出来ない彼方の何処かから来た彼女に、宇宙の規模からすれば塵の一つでしかないようなこの星で、大切な物を見つけられたのならば、彼女は王子様のように身体を置いて星に帰るだなんて言い出さないだろう。
そうであって欲しいと願う。
星の王子様という物語は語る。
生きることは愛することであり、愛することは死ぬことだ、と。
ならばせめて彼女には、この星を選んでから死んで欲しいと思うのは、何故だろう。
乙女座の怪物よ、どうか私のこの気持ちに価値を付けてくれ。