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七海が犬を飼ったよ

五条悟が流した適当な噂が一人歩きした結果、七海と七海がとりあえず保護している少女との関係が、「七海が社畜時代に出会った魂を照らす光」「七海に生きる希望を与えたアイドル」「地上に舞い降り、翼を失った天使」「七海が監禁することでAV堕ちを免れた処女」などなど…といった有り様であった。

「なんで…?」
「何故でしょうかね……全くもっていい迷惑だ」

青筋を立てながら謂れの無い噂話にご立腹な様子である七海と、ひたすらに困惑をする少女は、集められた尾ひれの付き過ぎな噂話を話題に話し合い、部屋の空気を重くしていた。
一度大きく溜め息をつき、肺から二酸化炭素を吐き出した七海は米神に指を添えながら口を開く。

「そもそも君を住まわせている理由は…」
「はい……」
「ペットを飼いたかったからで」
「七海さん、さては疲れてますね?」

いきなりの「ペット」発言に戦いた少女は椅子から立ち上がり、「お茶とお菓子を用意します!」と慌ててキッチンへと駆けて行ってしまった。
その後ろ姿を眺めて見送った七海は、確かに自分は疲れているのかもしれないなと眉間を揉んだ。

本当は共感性の高い犬を飼ってみたかったが、出張が多く、尚且ついつ死ぬか分からない職業柄、責任を持って終生面倒を見ることなど不可能。だがしかし、心は確実に癒しを求めていた。
近所で見掛けるモフモフした愛くるしい生き物達を見ては、自分も休日に共に散歩に出掛けたり、こねくり回すように撫でたり、ペット用品を時間を掛けて見たり、疲れた時に寄り添ってくれたりするような存在が欲しいと思うことが半月前まで多々あった。しかし、断り切れずに一先ずの保護先として受け入れた少女が来てから、ペットを飼いたい欲は消えてしまった。
あの子は人間だ、フワフワとした毛並みをしているわけでは無いが、私と自分 両者の立場を理解して動き、時に媚びて時に心配してくれる。色恋の情を抱えた目で見てくることも無く、ただお利口に私の帰りを待ち、帰宅すれば笑顔で出迎え懐いてくる。
七海は少女を、「親に先立たれて不幸な道に進んでしまった犬」的なモノとして見ていた、それ程に少女の犬力(いぬぢから)は強かった。

少女本人は、優しい大人を利用しているようで心苦しい……でも、大人に頼らないと生きていけないから仕方無い…全力で媚びます!というスタンスであったが、保護主である七海や玩具にしている五条から見れば、目を潤ませ「わたし、良い子にしてるよ。。。たしゅけて。。。」と、同情やら涙やらあとはクチャクチャにしたいやらの気持ちを沸かせる生き物…犬、捨てられた子犬が自分達に必死に尻尾を振って媚を売り健気に生きている様子に見えた。




さて、では何故こんなことになってしまったのか……それは一重に少女の血が原因であった。
少女曰く、「妖精のような母」はまさに言葉通りの外見をしていた、衰えを知らぬ肌艶と滑らかな髪、瑞々しい唇、まさに爪先から頭のてっぺんまで、完全無欠の麗しさを持つ母親は、主食が花の蜜ですと言われても納得してしまうような外見をしていた。
見る者が見れば分かっただろう、しかし何の不運か今の今まで誰にも存在は知られることなく、母親は亡き者となってしまった。

彼女の母親は嘘偽り無く、妖精の部類に認定されてしまう体質である。

呪霊には細かく分類すると様々な種類が居る、例えば精霊、科目として表現するならば、呪霊目精霊科 となるだろう。
それらと近しく、妖精と呼ばれる存在はおり、彼等は実に悪戯好きだ。
気紛れで人好き、陽気で自由意思が高く、中には気に入った人間を連れ去ってしまう存在も居ると語られる妖精こそが少女の発生源。

少女の母親は後天的に妖精の力が混ざってしまった、それは何故か。


自分の腹に妖精が宿ってしまったからだ。


赤子と母親は、胎内にて臍の緒を通じ血液のやり取りを行うのだ、臍の緒から栄養や酸素を赤子に送り込む。
必然的に、赤子から送られる血と母親の血が混ざり合うのだ。
だから少女の母親は後天的に妖精の血を得てしまい、少女は母親から送り込まれる人間の血のお陰で妖精の血が薄まった。

では何故母親は妖精を腹に宿してしまったのか、こればかりは妖精の気紛れと呼ぶ他無い話であるが、鳥で言うところの「托卵」が起きたのだ。

人間でありながら妖精の血が混ざり人ならざる美しさを手に入れた母親。
妖精でありながら人間の血が混ざり人に近い存在となった娘。

そして、自分が愛した女が奇妙な現象により不可思議な存在へと変貌していくことに堪えられなかった夫。
何度も娘を愛そうとした、だがしかし、何処かで娘が「自分達のものでは無い」ことを理解していた父親は別の女に逃げてしまったのだ。
母親は腹を痛めて子を産むが、父親は苦悩や痛みを受けられない、だから痛みを愛に変えることが出来なかった。

つまりは、少女が自分で言った通りなのである。

少女の存在こそが夫婦に理由無く気紛れに与えられた呪いであり、それぞれを死に追いやった根本的原因なのだ。

妖精は人を惑わす。
本人にその気は無くとも、少女は他人を惑わし困らせ誑かす存在だ。


そうとは知らない、知らされていない七海は言わば軽い催眠状態であり、彼の「犬を飼いたい、愛でたい」欲求と直結した結果、両者の関係は上手い具合に納まる所に納まってしまったのだった。


軽い足音を鳴らしながら、トレーの上に紅茶の入ったカップと焼き菓子を乗せた少女がエプロンの紐を揺らしながら七海の元へと戻ってくる。

「ど、どうぞ……」
「ありがとうございます」
「お菓子は、あの…私が焼いた物で……お口に合うか分かりませんが…」

おずおずと差し出された茶菓子を見つめた七海はおもむろに手を伸ばす。

ワシャワシャワシャワシャ

「あの……?」

手を伸ばした先は言わずもがな少女の頭だ、指通りの良い髪が心地好い頭をウリウリと撫でくり回す。
うちの子は何て賢くて主人思いな良い子なのだろうか…七海は感動で胸の内が温かくなった。
ふわふわの髪をよしよしと何度も何度も撫でてから手を離し、少々乱れた髪を数回説いて元の髪型へと戻してから、差し出された手拭きで手を拭い今度こそ茶菓子に手をつけた。
口の中でバターの練り込まれた程好い甘みの生地がホロホロと崩れる、優しい口当たりは癖の無いブラックティーに良く合った。

「美味しいですよ」
「本当ですか?良かった……」

ほへへ…とニヨニヨ頬を緩めて喜ぶ少女に七海の眉間のシワも緩やかになる。
丁寧で穏やかな暮らし、可愛い犬との安らぎの時間。ああ、文句無しの休日だ……。


ツッコミが誰も居ないため、朝から晩まで七海は少女を愛犬のように可愛がったとさ。
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