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七海が犬を飼ったよ

呪殺を生業とする呪詛師という職業がある。
非術師を守る者が呪術師ならば、非術師を己の欲のために殺めるのが呪詛師。

最近、呪詛師を中心とした呪術界に新しい単語が飛び交い始めた。

「黒蝶」

なんでも、黒い蝶の呪いを引き連れて、剣を持ち歩くとても強い呪詛師らしい。
単独行動を好むため徒党は組まず、何処で何をしているのか不明。
時々名前が話題に浮かび上がってくるのは、その呪詛師が「犯罪歴のある人間」のみを狙って活動をするせいだった。

軽犯罪、重罪、指名手配犯、そういった類いの者を斬り捨てて金を稼ぐ。

さらに噂では、随分と若いらしい。
呪術師界隈では遭遇率の低さが貴重性を呼び、現在ちょっとした未知のアイドル的存在となっている。



「…アイドルですか」
「そう、会いたくない?アイドル」
「いえ、特には」

情報共有のため印刷して貰っておいた書類を七海に手渡した五条は、纏めた紙をペラペラと遊ばせ「僕はちょっと会ってみたいんだよねー」と、口元を緩めて笑った。

黒蝶、若く、剣の才能を持つ呪詛師。
犯罪歴のある人間を狩り、単独での仕事を好む。

まるでダークヒーローのような話だ、しかし、犯罪者だろうと一般人の命を奪っていることには違い無かった。
相手はまだ若い、精殺める人間を選択しているということは、彼ないし彼女には正義感があるのかもしれない、もしくはもっと形容し難い理想を語るタイプの人間かもしれないが、どのみち未発達、未成熟な者であるのならば、更正可能な人物かもしれない。

強く若い呪術を扱える人材を発掘することは、五条が描く未来の呪術界への一歩に繋がる。

書類を一枚捲り、特徴や今までの出没地域、関連すると予想される出来事や人物を七海はサングラス越しに流し読んでいく。
目立つ特徴ばかりなのにデータが少ないということは、それだけ隠密行動のやり手と言うわけだ。
潜伏先と思わしき地域の名前を読み上げる。

「横浜」
「行ったら横浜中華街でエッグタルトと番餅(バンピン)買って来てよ」
「ご自分でどうぞ」

横浜、表側は中華街等の観光客向け施設が多く、旅行の定番とも言える地域は、しかし昔から ヤクザが看板を下ろして地下に潜り半マフィア化している地域もあるような土地だ。アングラな世界が多い、違法風俗から始まり賭博場、果ては警察関係者までもが団子になっている。
裏と表が隣合っているからこそ、身を隠しやすく目立ち難い生活が出来る環境は、若い呪詛師が生きるには最適な地域の一つとも言えよう。

話の通じる相手だと助かるが… 七海は書類をクリアファイルへ戻すと席を立った。
今回の任務内容は敵との戦闘や殲滅でも捕獲でも無く、第一に対話可能かどうかの確認からだ。
対話不可能な相手であれば拘束を、対話が可能な場合は説得、ないしは交渉。
セールストークのようなものだ、そちらの世界で生きるよりも、こちらで生きる方がメリットがあると示して引き込む。
契約を取ることはサラリーマン時代にスキルとして身に付けている、あとは相手の精神状態次第だと、七海はネクタイを締め直しながら部屋を後にした。
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