七海が犬を飼ったよ
「ってことで、新入りを紹介するよ!一級呪術師に飼われているミラクルラブリーフェアリーちゃんです!」
五条さんが大きな声で適当な紹介をするせいで、私は微妙な雰囲気となった教室で肩を縮こませながら「よろしくお願いします…」と小さく呟いた。
ヒソヒソと聞こえてくる声は、「これが例の魔性の妖精ちゃん!?」「違う、元アイドル呪詛師だ」「私は社畜の慰み者系幼妻だって聞いたわよ」とか何とか…ぜ、全部違う……!あ、呪詛師はあってる…そこはあってます、けど!
私が訂正のために口を開くより先に、五条さんが頷きながら言った。
「さらにモデル経験もあり!」
「マジ!?」
「歌って踊れて呪霊も倒せちゃう、しかもスーパーキュート!」
「すげぇ!」
「ブロマイドもあるよ、ほら」
待って…そのブロマイド、前に広告作るって言った時に撮った写真では!?
五条さんが私の同級生となる三人へ一枚ずつ私の笑顔がプリントされた写真を配り歩いた、皆がしげしげと写真を見つめるものだから、私はあまりに恥ずかしくて半泣きになった。
しかし、隣からカシャッとシャッター音が鳴り響き、ハッとして振り向く。
「七海にも送っとこ」
…送らないで!
とは思うものの、私はいつも通り何も言えずに口を引き結ぶことしか出来なかった。
と、そんなことを帰宅後に七海さんへ報告すれば、温かい大きな手で私を撫でくり回しながら「お疲れ様でした、ですが五条さんのことは諦めて下さい」と言われてしまった。
「もうやだ……」
「無理に呪術師なんてしなくても、私は構いませんよ」
「…やっぱり頑張ります……」
甘やかす言葉に反抗するような態度を取れば、「そうですか」と呟いた七海さんは私の髪を整えるように透きながら小さく笑った。
もうお分かりだと思うが、私はあの後色々ありつつも、こうして以前の生活に戻ってきてしまった。
五条さんは相変わらず適当で、七海さんは変わらず優しい。
帰宅後は暫く塞ぎ込んでいた。
何せ私は自分が人を破滅に導く呪いであると思っていたので…しかし、五条さんに説明があると言われ出向いた先、写真をピラピラと揺らしながら彼は私にこう言った。
「呪霊って写真には写らないもんなんだよ、見てみこれ、バッチリ可愛い笑顔が写ってる」
つまりねぇ、君…全然呪いじゃないから。ただの可愛い妖精さんだから。
六眼持ちの最強の呪術師直々にそんな風に言われれば、納得しないわけにはいかない。
「そうなんですか……」
「てか君を呪い扱いしたら呪いに失礼だよ」
「そ、そこまで……」
弱い、雑魚、素人に毛の生えた程度……グサグサと遠慮無く突き刺してくる言葉に色々な意味で涙ぐんだ。
じゃ、じゃあ…私の今までの迷走っぷりは一体……とても迷惑で面倒なことをやらかしてしまったのでは無いかと涙を瞳にたっぷり溜めながら七海さんを見やれば、彼は一度頷いたかと思うと「短い反抗期でしたね」と言った。
私はその言葉にとうとう泣いた、それはもう声を漏らして泣いた。
悩み、苦しみ、自らを責めて大切な人の幸せのために身を引く決意をしたあの時間は、彼等からしたら「反抗期」として見なされているらしい。
やっぱりおかしい!どう考えてもおかしいよ!
七海さんには私の妖精フィルター効果が働いているから仕方無いとして、五条さんは本人曰く「全く効いてない」らしいのにどうしてこんな…惨めだ、呪いとしてのプライドを傷付けられている、呪いと呼ぶのは烏滸がましいらしいけど…。
私は頬をプクリと膨らませ、ツンッと顔を横に向ける。子供っぽい態度で「不満があります」と表せば、五条さんが「可愛い~~~!」と声を大きくして喜び、スマホで写真を録り始めたのでまた少し泣いた。
それでもシャッターを切ることを止めてくれなかったので、七海さんの後ろに回り、背中に引っ付いて隠れる。
そのまま今後についての話合いを続け、最終的に、私は高専一年生に混ざって人間らしく生きるリハビリをすることとなった。
寮暮らしを提案されたが、それに対しては私も七海さんも拒否を示した。
「人間苦手なのに、知らない人間と生活するのは……」
「七海の意見は?」
「うちの子に寮生活はまだ早いかと」
ということで、私はまた七海さんと暮らす生活へと戻った。
私を思う存分撫で、頭から手を離した七海さんはお酒を飲みながら本を開いた。
そう言えばツマミが用意されていないことに気付き、自分の分の飲み物を用意するついでにお酒のお供のツマミも持って来ようと立ち上がれば、七海さんが「何処へ?」と聞いて来たので、「おツマミと私の飲み物を持って来ます」と返す。
「さつまいものレモン煮と、焼いたアスパラのマリネがあるんです」
「昨日焼いたキッシュはまだ残ってましたか?」
「あります、持って来ますね」
スリッパを履き直しキッチンへと向かおうとすれば、「手伝います」と開いたばかりの本を閉じた七海さんも立ち上がった。
断るのも何だか可笑しい気がしたので、一緒にキッチンへ行く。
冷蔵庫から取り出したタッパーに入った作り置きの惣菜を、共に皿に並べていると、何だか言い表せない感情が湧いて来て七海さんの手が視界に入る度に恥ずかしくなってしまい、いつの間にか手が止まっていた。
「どうしましたか」
「…えっと………」
視線をウロウロとさせて、隣に並ぶ七海さんを見上げれば、頬が熱くなってくる。
きっと情けない表情をしているであろう自分の顔を見られたくなくて俯くも、今度は大きさやデザインが全然違うスリッパが視界に入り脳内がパニックになった。
今さら、自分が誰と一緒に暮らしているかを意識し、挙げ句の果てには彼へ向けて「呪いは人を愛せない」「貴方を好きになったら人生を壊してしまう」などと言ったことを思い出す。
呪いは人を愛せない、でも私は呪いじゃない。
ならば、この感情をどうすることが一番正しいの?
犬扱いされて、幻覚が消えても迎えに来てくれて、可愛いと言ってくれて…また私を側に置いて下さった貴方は、私をどう思っているの。
そんなことが頭の中を駆け巡り、混乱した私は気付けばとんでもないことを口走っていた。
「私が正真正銘の人間だったら、きっと良い奥さんになってましたね……なんて…」
「………………」
「………………」
耳が痛くなる程の沈黙がキッチンに響き渡る。
菜箸を持ったまま固まる七海さんに、「す、すみません…間違えました、忘れて下さい」と早口で言って、焦りと羞恥で泣きそうになりながらさつまいもを小皿に盛り付ける作業に戻った。
せっせとさつまいもを食べる分だけ盛り付け、タッパーの蓋を閉めながら隣をソロソロと見上げれば、七海さんは目をかっ開いてこちらを凝視しておられた。
あまりの眼光にギョッとして菜箸が手から滑り落ちていく、カツンッと音を立てて床に落ちた菜箸を拾おうと慌てて手を伸ばせば、菜箸に触れるより先に七海さんの手が私の手をパシリッと掴んだ。
そのまま、ゆっくりと親指の腹でスリスリと撫でるように私の手の甲を撫で始め、その指の動きを目にしてしまい、とうとうどうしたら良いか分からなくなって言葉にもならない母音を喘ぐしか出来なくなった。
あ、だの、ぅ、だのを繰り返し呟けば、混乱を極めた私の状態が可笑しかったのか、頭上でフッと息を溢すように七海さんが笑ったのが分かった。
「わ、笑わないで……」
「すみません、貴女があまりに可愛くて」
「そういうの、いいですから……」
空いた片手で顔を覆うも、その手も同じように握られてしまえば私にはもうどうすることも出来ない。
「も、もう…堪忍なさって……」
「堪忍するのは貴女の方です」
突然握っていた手をパッと離した七海さんは、今度は軽々と私を抱き上げた。
至近距離に、彼の顔が来る。
彼の瞳に私が写っている、情けない顔を晒して。呪いにもならないようなちっぽけな愛を訴える自分の瞳が見える。
片手で私を抱き上げ、もう片手で熱くなってしまった頬に触れる。
「どうしました?」
「………………」
黙り込んでうつむこうとする私を覗き込み、穏やかに笑みを綻ばせると、七海さんは甘い声で私を縛る言葉を吐いた。
「愛してますよ、私の可愛い妖精さん」
もう恥ずかしいのか、嬉しいのか、憎いのか、何が何だか分からなくて私はポロポロと涙を溢した。
何が妖精さんだ、訂正を求めたい。
呪いですよ、この世で一番弱くて惨めな呪いなんです。
貴方を好きになって泣くことしか出来ない憐れな呪いなんです。
七海さんの肩におでこをコツリとくっつけ、「…………堪忍します」と震えた声で呟く。
誑かすのも、呪うのも、私より余程七海さんの方が上手だ。
何も勝てない、私はこの人には逆立ちしたって勝てやしない。
そのままゆっくり頭を撫でられ、私は目を瞑って幸福に浸った。
貴方の愛は私を縛る呪いとなる。
では私の愛は、貴方にどんな呪いをもたらすのか。
俗物的な名前の付いた関係なんていらないから、どうか末永くお側に、私に呪いをもたらす愛しい人よ。
この愛はまやかしじゃない、きっと本物の呪いだ。
五条さんが大きな声で適当な紹介をするせいで、私は微妙な雰囲気となった教室で肩を縮こませながら「よろしくお願いします…」と小さく呟いた。
ヒソヒソと聞こえてくる声は、「これが例の魔性の妖精ちゃん!?」「違う、元アイドル呪詛師だ」「私は社畜の慰み者系幼妻だって聞いたわよ」とか何とか…ぜ、全部違う……!あ、呪詛師はあってる…そこはあってます、けど!
私が訂正のために口を開くより先に、五条さんが頷きながら言った。
「さらにモデル経験もあり!」
「マジ!?」
「歌って踊れて呪霊も倒せちゃう、しかもスーパーキュート!」
「すげぇ!」
「ブロマイドもあるよ、ほら」
待って…そのブロマイド、前に広告作るって言った時に撮った写真では!?
五条さんが私の同級生となる三人へ一枚ずつ私の笑顔がプリントされた写真を配り歩いた、皆がしげしげと写真を見つめるものだから、私はあまりに恥ずかしくて半泣きになった。
しかし、隣からカシャッとシャッター音が鳴り響き、ハッとして振り向く。
「七海にも送っとこ」
…送らないで!
とは思うものの、私はいつも通り何も言えずに口を引き結ぶことしか出来なかった。
と、そんなことを帰宅後に七海さんへ報告すれば、温かい大きな手で私を撫でくり回しながら「お疲れ様でした、ですが五条さんのことは諦めて下さい」と言われてしまった。
「もうやだ……」
「無理に呪術師なんてしなくても、私は構いませんよ」
「…やっぱり頑張ります……」
甘やかす言葉に反抗するような態度を取れば、「そうですか」と呟いた七海さんは私の髪を整えるように透きながら小さく笑った。
もうお分かりだと思うが、私はあの後色々ありつつも、こうして以前の生活に戻ってきてしまった。
五条さんは相変わらず適当で、七海さんは変わらず優しい。
帰宅後は暫く塞ぎ込んでいた。
何せ私は自分が人を破滅に導く呪いであると思っていたので…しかし、五条さんに説明があると言われ出向いた先、写真をピラピラと揺らしながら彼は私にこう言った。
「呪霊って写真には写らないもんなんだよ、見てみこれ、バッチリ可愛い笑顔が写ってる」
つまりねぇ、君…全然呪いじゃないから。ただの可愛い妖精さんだから。
六眼持ちの最強の呪術師直々にそんな風に言われれば、納得しないわけにはいかない。
「そうなんですか……」
「てか君を呪い扱いしたら呪いに失礼だよ」
「そ、そこまで……」
弱い、雑魚、素人に毛の生えた程度……グサグサと遠慮無く突き刺してくる言葉に色々な意味で涙ぐんだ。
じゃ、じゃあ…私の今までの迷走っぷりは一体……とても迷惑で面倒なことをやらかしてしまったのでは無いかと涙を瞳にたっぷり溜めながら七海さんを見やれば、彼は一度頷いたかと思うと「短い反抗期でしたね」と言った。
私はその言葉にとうとう泣いた、それはもう声を漏らして泣いた。
悩み、苦しみ、自らを責めて大切な人の幸せのために身を引く決意をしたあの時間は、彼等からしたら「反抗期」として見なされているらしい。
やっぱりおかしい!どう考えてもおかしいよ!
七海さんには私の妖精フィルター効果が働いているから仕方無いとして、五条さんは本人曰く「全く効いてない」らしいのにどうしてこんな…惨めだ、呪いとしてのプライドを傷付けられている、呪いと呼ぶのは烏滸がましいらしいけど…。
私は頬をプクリと膨らませ、ツンッと顔を横に向ける。子供っぽい態度で「不満があります」と表せば、五条さんが「可愛い~~~!」と声を大きくして喜び、スマホで写真を録り始めたのでまた少し泣いた。
それでもシャッターを切ることを止めてくれなかったので、七海さんの後ろに回り、背中に引っ付いて隠れる。
そのまま今後についての話合いを続け、最終的に、私は高専一年生に混ざって人間らしく生きるリハビリをすることとなった。
寮暮らしを提案されたが、それに対しては私も七海さんも拒否を示した。
「人間苦手なのに、知らない人間と生活するのは……」
「七海の意見は?」
「うちの子に寮生活はまだ早いかと」
ということで、私はまた七海さんと暮らす生活へと戻った。
私を思う存分撫で、頭から手を離した七海さんはお酒を飲みながら本を開いた。
そう言えばツマミが用意されていないことに気付き、自分の分の飲み物を用意するついでにお酒のお供のツマミも持って来ようと立ち上がれば、七海さんが「何処へ?」と聞いて来たので、「おツマミと私の飲み物を持って来ます」と返す。
「さつまいものレモン煮と、焼いたアスパラのマリネがあるんです」
「昨日焼いたキッシュはまだ残ってましたか?」
「あります、持って来ますね」
スリッパを履き直しキッチンへと向かおうとすれば、「手伝います」と開いたばかりの本を閉じた七海さんも立ち上がった。
断るのも何だか可笑しい気がしたので、一緒にキッチンへ行く。
冷蔵庫から取り出したタッパーに入った作り置きの惣菜を、共に皿に並べていると、何だか言い表せない感情が湧いて来て七海さんの手が視界に入る度に恥ずかしくなってしまい、いつの間にか手が止まっていた。
「どうしましたか」
「…えっと………」
視線をウロウロとさせて、隣に並ぶ七海さんを見上げれば、頬が熱くなってくる。
きっと情けない表情をしているであろう自分の顔を見られたくなくて俯くも、今度は大きさやデザインが全然違うスリッパが視界に入り脳内がパニックになった。
今さら、自分が誰と一緒に暮らしているかを意識し、挙げ句の果てには彼へ向けて「呪いは人を愛せない」「貴方を好きになったら人生を壊してしまう」などと言ったことを思い出す。
呪いは人を愛せない、でも私は呪いじゃない。
ならば、この感情をどうすることが一番正しいの?
犬扱いされて、幻覚が消えても迎えに来てくれて、可愛いと言ってくれて…また私を側に置いて下さった貴方は、私をどう思っているの。
そんなことが頭の中を駆け巡り、混乱した私は気付けばとんでもないことを口走っていた。
「私が正真正銘の人間だったら、きっと良い奥さんになってましたね……なんて…」
「………………」
「………………」
耳が痛くなる程の沈黙がキッチンに響き渡る。
菜箸を持ったまま固まる七海さんに、「す、すみません…間違えました、忘れて下さい」と早口で言って、焦りと羞恥で泣きそうになりながらさつまいもを小皿に盛り付ける作業に戻った。
せっせとさつまいもを食べる分だけ盛り付け、タッパーの蓋を閉めながら隣をソロソロと見上げれば、七海さんは目をかっ開いてこちらを凝視しておられた。
あまりの眼光にギョッとして菜箸が手から滑り落ちていく、カツンッと音を立てて床に落ちた菜箸を拾おうと慌てて手を伸ばせば、菜箸に触れるより先に七海さんの手が私の手をパシリッと掴んだ。
そのまま、ゆっくりと親指の腹でスリスリと撫でるように私の手の甲を撫で始め、その指の動きを目にしてしまい、とうとうどうしたら良いか分からなくなって言葉にもならない母音を喘ぐしか出来なくなった。
あ、だの、ぅ、だのを繰り返し呟けば、混乱を極めた私の状態が可笑しかったのか、頭上でフッと息を溢すように七海さんが笑ったのが分かった。
「わ、笑わないで……」
「すみません、貴女があまりに可愛くて」
「そういうの、いいですから……」
空いた片手で顔を覆うも、その手も同じように握られてしまえば私にはもうどうすることも出来ない。
「も、もう…堪忍なさって……」
「堪忍するのは貴女の方です」
突然握っていた手をパッと離した七海さんは、今度は軽々と私を抱き上げた。
至近距離に、彼の顔が来る。
彼の瞳に私が写っている、情けない顔を晒して。呪いにもならないようなちっぽけな愛を訴える自分の瞳が見える。
片手で私を抱き上げ、もう片手で熱くなってしまった頬に触れる。
「どうしました?」
「………………」
黙り込んでうつむこうとする私を覗き込み、穏やかに笑みを綻ばせると、七海さんは甘い声で私を縛る言葉を吐いた。
「愛してますよ、私の可愛い妖精さん」
もう恥ずかしいのか、嬉しいのか、憎いのか、何が何だか分からなくて私はポロポロと涙を溢した。
何が妖精さんだ、訂正を求めたい。
呪いですよ、この世で一番弱くて惨めな呪いなんです。
貴方を好きになって泣くことしか出来ない憐れな呪いなんです。
七海さんの肩におでこをコツリとくっつけ、「…………堪忍します」と震えた声で呟く。
誑かすのも、呪うのも、私より余程七海さんの方が上手だ。
何も勝てない、私はこの人には逆立ちしたって勝てやしない。
そのままゆっくり頭を撫でられ、私は目を瞑って幸福に浸った。
貴方の愛は私を縛る呪いとなる。
では私の愛は、貴方にどんな呪いをもたらすのか。
俗物的な名前の付いた関係なんていらないから、どうか末永くお側に、私に呪いをもたらす愛しい人よ。
この愛はまやかしじゃない、きっと本物の呪いだ。