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七海が犬を飼ったよ

ふと、目が覚めた。
どうやら寝ていたらしい。

暗闇の中で目を覚ました私は、問題無く呼吸が行える体に不思議な気持ちとなった。

どういうことなのだろうか、死んだはずでは無かったのか…と、記憶を思い出そうとするも、ツキンッと頭が痛むばかりで、何も思い出すことは出来なかった。
夏油傑はどうなったのか、七海さんは無事なのか、知りたいことだらけなのに、何も思い出せない自分のことをまた嫌いになりそうになっていた時、パチンッと音がしたかと思えば、急に辺りが明るくなった。
どうやら、部屋の明かりが点いたらしい。

「あー!やっと起きたー!おそーい」

軽い足音を立てながら、見知らぬ男がこちらへ近寄ってくる。いや…男?違う、この人……

「呪、霊…?」
「正解、やっぱ分かるんだ?」

ニンマリと口角を上げた継ぎ接ぎの呪霊が「真人」と名乗る。
彼曰く、私はずっと眠っていたらしい。
日付を聞けば、あの百鬼夜行から既に数ヶ月は過ぎており、高専の方では私は「行方不明者」という扱いを受けているそうだ。
何故生きているのか全く分からないが、私はどうやら、高専と敵対する立場の一派の元で悠長に眠りこけていたみたいだ。
ポンポンと次から次に与えられる説明に軽く目を回していれば、可笑しそうに笑い声を上げた真人さん…真人くん?呪霊は、「しっかりしてよ、先輩」と、私を「先輩」と呼称した。

「せ、先輩?」
「うん、だって俺より先に産まれた、人の形をした呪いだから」
「でも、私は…半分人間だから……」
「でも後の半分は呪いじゃん」

確かにそれはそうなのだけれど、そんなに単純な話では無いというか…貴方に先輩扱いされる謂われは無いというか……。だがしかし、そんな考えなんて、怖くて口には出来ない、私は布団を握り締めてただ困り果てるしかなかった。
これから、どうしよう……。

そこまで考えるも、どうしようも無い気がした。
だって私は自分の正体に気付いてしまった、もう皆の元には戻れないと思ってしまった。
それこそが答えに他ならない。

私は七海さんの側には居られない、呪いだから。
彼を蝕んで惑わせてしまう、正しい道を歩む人の邪魔には出来なりたくない、命を摘み取りたくない。だから共にはあれない。
それに、これだけ時間が開いてしまえば、きっと私が側に居たからこそ作用していたまやかし効果も切れているだろう。
無意識とは言え、誑かし、偽りの愛情を芽生えさせた私のことなど、正気になってしまえば気持ち悪いだけのはず。

なら余計に戻れない、彼に拒絶されることより怖くて悲しいことはきっと無い。
自分の方から生きるためにと散々媚を売った癖に、結局離れ難くなっているのだから滑稽だ。

私はやはり、人間のようには生きられないのかもしれない。

「なんで泣いてんの?」
「泣いてません」
「嘘じゃん!えー、どっか痛い?」
「…痛くありません」

大丈夫、大丈夫。
自分に言い聞かせるように心の中で呟く。

大丈夫、きっとすぐに慣れる。

目から流れ落ちる温かい液体が、布団に染みを作った。

「ねえ、なんで泣いてるか教えてよ、興味あるな」
「……お腹が」
「おなか?何?」
「お腹が減って悲しいだけです、だから大丈夫」

どこも痛く無いし、悲しくない、ただ満たされないだけ。
犬のふりも人間のふりもお終いだ、呪いとして生きていく。

この人生にきっと、輝くような価値は無い。
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