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七海が犬を飼ったよ

乙骨裕太の前に立ち塞がるも、追い詰められた夏油が繰り出した苦し紛れの一体は、彼が知る人物の姿形をしていた。

「なんで、君が」

思わず、悲観の呟きを落とす。
唖然と見つめるその先には、夏油の身を庇うように立つ剣を持った華奢な少女の体躯があった。
千切れたマフラーと、綻ぶ衣服、そして意識が混濁して濁った瞳。

先の互いが出せる最大出力の一撃同士の影響で、半身が吹き飛んだ夏油が、息を切らしながら「乙骨を殺せ」と少女に命じると、少女は剣を握り直し目にも止まらぬ速さで一直線にこちらへ駆けて来る。
応戦するために唸りを上げた里香を止めさせ、意識が落ちそうになりながらも、乙骨は少女の動きを止めようと自らが打って出た、だがしかし、異常なまでの力によって簡単に身を弾かれてしまう。
乙骨に危害を加えたことにより、逆上した里香が吠え叫び、少女を襲う。

「里香、」

もう立ってもいられない状態となった乙骨は、フラつくままにその場へ倒れ、最早声も無くただ二人の戦いを見つめることしか出来なかった。

里香の攻撃を真正面から受けた少女が、意識のハッキリしない状態で、「おかあ、さん…いたい…いたい……」と痛みに震える声を溢す。

乙骨と同じように地に膝を付き、剣を手から滑り落とした少女は、頭上に迫る里香の攻撃に小さく「ぁ」と呟いた。

絶望的光景、これから起こるであろう、無情、無慈悲、無惨な行いを、止められる人間は居なかった。

愛によって縛られた、兇悪な呪いの腕が少女を捕らえる。
ギチギチと音が鳴りそうな力で両側から身を割かんと引きちぎるように力を込める里香へ向けてか、それとも自身を取り込んだ主人である夏油に向かってか、少女は痛みから本能的にカン高い声を張り上げた。


「やめてッ!裂かないで!死んじゃう、私、死んじゃう!!」


ミシリミシリと、骨が砕ける音を乙骨の聴覚が拾う。


「痛い、イヤ、イヤイヤイヤイヤ、」


痛ましく、むごい光景が視界を、聴覚を、嗅覚を刺激する。
惨憺たる有り様に、先に音を上げたのは乙骨であった。
ゆっくりと意識が底の方へと沈んでいく。


その後、少女がどうなったのかを知る者は一人も居ない。
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