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真人と先生の話

銃は別に特別面白くは無いし、先生は全然質問に答えてくれなくてつまらなかった。先生なら生徒の疑問に答えるべきなんじゃないかな?だって教えるのが仕事だし。

最初見た時からガキっぽい見た目してたのが気になって年齢を聞いた時は流石に驚いたけれど、それだって結局答えては貰えなかったし、術式も教えてはくれなかった。
好きに撃ってみろと言われたから2つ持って撃てば駄目だしされるし、実際…先生の射撃は上手いのだろうけど、だから何?って感じだった。

でも、銃についてペラペラ喋れるくらい詳しい癖に、特別楽しそうにするわけでもないその顔には違和感を覚えた。
人間は、好きなことには詳しくなれる生き物だ。
なのに、こんなに次から次へと色々語っているのにも関わらず先生は全く楽しそうじゃ無かった。拳銃を見る瞳が冷ややかで、マガジンを雑に置いている。

俺がお手本のように真似して両手固定の撃ち方をすれば「立派立派」と褒めてくれたことは、まあ嬉しいかもしれないけど。でもその声だって別に特に何か感情が伝わってくるわけでは無い。あるのは、本当に言葉だけだ。

先生は次に授業をする予定があるなら俺に合う別の銃を用意すると言っているが、もう授業は飽きてしまった。
この人間はつまらない、面白くない呪術師もどきだ。
適当に殺すか……そう思って、聞いてもいないのに教科書を読むように語る説明をぶったぎって最後に質問してやれば、俺の目を見つめ返して沈黙していた。

そうして悩むような素振りをするので、待ってやれば、俺が求めていた問いから少しズレた答えをして来たため、質問の仕方を変えてやった。
なんで銃持って呪霊と戦ってたの?
どうして今は人に銃を売ってるの?
なんで、何のためにこの世界で銃なんて持ってんの?それってさあ、意味ある?
だって呪術が使えるに、他にも戦える人間はいるのに、別に呪霊が憎いわけでも無いみたいだし?
ねえ?

なんでお前は銃なんて握りしめてんの?

ああ、これで答えたらコイツ死ぬんだよなって思ったら少しだけ楽しくなってきて、思わず笑みが溢れる。自分が死ぬことなど分かっていないだろう女は、今度は本当に真剣に悩んでいるようだった。

これは勉強だ、人間を学ぶための勉強。
そしてこの女は俺のために夏油が用意した教師だ、だから最後に俺に人間の在り方を一つでも良いから新しく教えて欲しい。俺はそれをきっと糧にして呪いらしく成長するから。
俺って、もしかして結構良い生徒じゃん。

女は考えながら口を開いた。
どうやら、自分では気付いていない様子だった。間抜けな奴、何を言って……


「ああ、世界が嫌いだ」


ポツリ、純度の高い水滴が落ちるような、そんな声色でその呪われた言葉は吐き出された。

「武器が嫌いだ」

ボンヤリと考え込みながら、呟かれるその言葉の続きをいつの間にか待っていた。
知りたくなったのだ、その呪いの含まれた感情の正体を。

「人間が嫌いだ」

そう言って、深く、深く沈み込むように黙ってしまう。
どうして?もっと聞きたい。
どうして世界が嫌いなの?自分が生まれて来た場所が嫌いなの、それとも取り巻く環境が苦痛なの?
なんで武器が嫌いなの?だってわざわざ呪術師やめて、それを職業に飯を食ってるんだろ?
何故人間が嫌いなの?それはどこまで?この世に生きる全ての人という人が嫌いなの?

「私は一体、誰の味方なのだろう」

そんなの、俺が一番知りたいよ。
教えて欲しい、どうしてその発想に至ったのか。だってまるでこんなの生きた人間の呪いだ。
人間から産まれた呪いじゃない、彼女自身が呪いなんだ、世界を…人を嫌って拒むその大きな嫌悪の正体、本質を俺は知りたい。

「ああ、でも」と、答えがやっと纏まったのか女は視線を再び俺と交わらせ、本当に本心からの声色で淡々と、しかしどこかスッキリとした風に告げた。


「世界平和のため…かな」


その答えに思わず笑顔を止めて固まった。
世界…平和、え?この人間本気で言ってる?あ、本気っぽいぞ…魂が先程よりも硬度を高めたのが分かる。
ああ、もしかして自分は何か面白くなりそうな問題の片鱗に触れてしまったのでは無いだろうか、これを育てたら触り三百になりそうではなかろうか。
それにしたって世界平和とは…この人間は銃を組み立てそれを売っているのに。銃とは人を効率良く殺すための道具だ、実際に触ってみてその性能は良く分かった、あれは人が生命を殺すために生み出した物。
それを売ると言うことは、間接的に人を殺しているということだ。
この人間の売った銃はどれだけ人を脅し、殺し、悲しませたのだろうか。罪の無い子供だって死んだかもしれない、そんな物を組み立て売り捌いている人間が、何故そんなことをしているかと言う問いに、至極真面目に「世界が平和になるためだ」と言っているのだから…ああ、やっぱり人間って変だ。

思わず確認のために問い返せば、「うん、世界平和」と強い眼差しをしながら平坦な声で言うものであるから、思わず笑いだしてしまった。

どうしよう、笑いが止まらない。こんなの可笑しすぎる、この人間絶対頭がおかしい!
身体を揺らし、腹を抱えて太腿を叩いてゲラゲラと汚く大きな声で笑う。つっかえ棒が取れてしまったかのように笑いが止まらない、頭がおかしいことを自覚していない目の前の女は、自分の今気付いた信念の欠片を呪霊に笑われている現状に照れていた。その態度がまたおかしくて次の笑いの波が襲ってくる、もう今なら箸が転がっても笑えるんじゃないかな。

体中が笑いに溢れる、それを堪えようとしながら堪え切れずに笑い声を溢しつつも、気分良くなったままに興奮気味に言葉を放つ。

「いいね、先生。俺は気に入ったよ、世界平和!何だか絶対普通じゃ無さそうで楽しそうだし、それに銃で人殺しまくりながら言ってんの面白すぎ!」

うん、気に入った。
だから殺すのは一先ずやめることにする、だってこんなにイカれた人間をストックにするなんて勿体無い。絶対もっと面白い活用方があるはずだ、それに何故世界を嫌っているのかもまだ知れていない。術式も、どうして若い体のままなのかも。
知りたい、この人間のことを俺は探求してみたい。
知的好奇心と追求欲がどんどん溢れてくる、理解してみたいのだ、この目の前に居る絶対に今まで誰にも知られたことが無いだろう呪われた原石の存在を。

ああ、でも自分で間接的に人を殺しまくってることは自覚があるんだ。
それでも、その声にこれといった思いは含まれていない。そして魂も揺らぎは無い。

気に入ったので、それまで開いていた距離を物理的に縮めてくっついてみた。お、今度は弾かれない、受け入れてくれたのだろうか。
俺から距離を縮めて、相手は弾くことなく受け入れてくれた状況にやや嬉しくなる。
その気持ちのまま、ムイムイと身体を押し付けてみれば、小さな身体は俺を邪魔そうに押し退けようとする。なので、思いきって脇の下に手を突っ込んで抱き上げてみたら、先生は眉間にシワを寄せながらもされるがままになっていた。
同じくらいの目線になった先生が溜め息混じりに言う。

「真人くん、今日の授業まだ終わって無いよ」
「えー!この状況でそれ?他に何か無いの?」
「おっぱい触ってるからやめて、下ろして」

そう言われてまた派手に笑ってしまった。
笑いながらも抱え直して、ちゃんと抱っこしてやれば「あーもう、あとで親御さんに苦情入れてやろ」とブツクサ文句を言っていた。親御さんってまさか夏油じゃないよね?
それを聞き流しながら機嫌の良いままに射撃場を後にする、ここでお勉強するよりも今はドライブしたい気分だ。

「先生ドライブしよ!さっきと違う曲にしてね」
「好き放題だな…」

そうだよ、俺は好きにする。
だから先生も好きにすれば良い、俺は許すよ。
お決まりの楽しい結末なんてつまらない、やるならもっと激しく不愉快千万で不倶戴天な厭談な終わりにしようよ、晴れた日も曇るような、そんな結末が良い。先生だけが求める先生にとってのみ都合の良い終末が見てみたい。

どうか呪いを超えて、災いになってくれ。
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