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灰原雄と外宇宙産生命

死に襲われ、次に目が開くと宙を泳いでいた。

那由多に広がる星の海、その中で一際輝いて見えた星に吸い込まれるように灰原は流れ着いた。
夜の底のように黒い空と、白い大地。白かったのは砂では無く、花が一面に咲きほこっていたからであった。

死後の世界とは本当にあるんだ、と灰原は柔らかい花の地を踏みしめて、静かな星を宛もなく真っ直ぐ歩く。
美しい花はあるが、音も無く光も無い随分と寂しい場所に思えた。

歩けども歩けども景色が変わることは無く、仕方無しに足を止めれば背後から歓迎の声がした。



「地球より76億光年 ようこそ、大宇宙の楽園へ」



その声に反射的に振り向くがそこには誰も、何も無い。地平がどこまでも広がっている。
しかし声は静かに続く。

「ここは太陽系外、地球から見てくじら座の方角にある、HD1461 と、君達地球の生命が名付けた、太陽に非常に近い性質を持つG型主系列星を主とする外縁天体の一つである」

「さて、生命40億年、君は生命の始まりを知っているか?」

声を出そうとして、灰原はその喉から何の音も出ないことに気付く。だが、一度死んだからなのか、はたまたこの不可思議で静謐な星のせいなのか、大いなる意思を感じながらも焦りや不安は無く、その言葉に首を横に振って見せた。


「生命の歴史は、最も壮大な物語だ。始まりの海で生まれたバクテリア、進化し多様化する生き物達、地殻変動が起き、劇的な気候の変化を伴い生命は環境に適応し、進化し、時に絶滅を遂げた」

「ここまで理解したら、右手側へ進みたまえ」


灰原はその言葉通りに右手の方へ向けて歩き出す。
風景は変わらない、白い花に覆われた大地と黒曜の空がどこまでも広がる。
不思議と身体はどこも傷まず、苦しくも無い。
ここは死後の世界では無く、どこか遠い星……と説明を噛み砕いて飲み込むが、どうして自分がこんな場所に居るかさっぱり意味が分からず、己の手を握りしめて開いてを繰り返し自分の身が正常であることを確かめた。

暫く歩いていれば、また声が降ってくる。
次は上からだ。


「生命の健やかなる進化のため、そしてかの星に関する興味深い記録のために、神秘的な力を探す旅を…」


そうして、突如風が巻き上がる。
花の嵐のようだった、花弁が舞い 温度の無い風が強く灰原の身体をなぞって髪を巻き上げる。
身体を庇うように顔の前に上げた手の間、風圧から瞑ってしまった瞳を開いたその先に、この楽園の住人は存在した。


「旅を、しなくてはならない」


地球から、遠く離れた星の果て。
その花畑と闇夜で出来た星には、この星の空と同じ色をした髪を持ち、この星の花々と同じ色をした肌を持つ、灰原と同じ『人類』の形をした生命体が存在していた。

灰原に向けて、人と寸分違わないそっくりな手を出してくる。
動作に敵意は感じられず、指先には爪すら見て取れた。


「私は、ここよりさらに遠い銀河系…PK S 0426-380 と君達が名付けた活動銀河よりさらに向こうだ。"初期の宇宙"より誕生し、飛来した小惑星の核が、長い年月をかけて形を変えたモノこそが私である。HD 1461は君達の住まう地球の主系惑星である太陽と違い、鉄と水素が約2.5倍な割合のため、私の現在の身体は……」


そこで灰原は首を横にブンブンと振った、ツラツラとまるで念仏か何かのように説明をされても全く頭に入っては来ない、こんな時であったが「こんな先生中学に居たな…」と懐かしい思い出が甦ってくる。
話を止めた、異星人…人なのかは不明だが、それはやや考えた様子の後に「つまりは…」と結論を話出す。

「地球で正解なデータを取るために、神の名を借り、かの地……君が死んだ場所だ、そこに降り立つ予定であったが…地は穢れに墜ち、人の血で染まってしまい、あんな場所では私は神の皮を纏おうが降り立てないと結論付けた……ここまではいいか?」

灰原は問いに対して頷く、つまり…研究のために神様として地球にやって来ようとしたが、呪霊と自分が死んだ影響により予定が狂って行けなくなった……と言うことだろう、多分。自信はあまり無い…といった顔で灰原はそれの返答を待つ。

「君は死んだ、死んだ者は生き返らない…というのが、君達地球の生命が定めたルールだ」

一歩、前にそれが足を踏み出し灰原へと近寄った。

「だが残念なことに、この宇宙において人間の目に見えて理解出来ていることなど、たったの5%だけだ。宇宙の95%は君達の理解が及ばない物事で出来ている」

「君が今ここに居ることこそが、その95%の内の0.000001%程の証明だ」

また一歩、近寄った。
それは言う。

「私をあの星に連れて行け。その礼に、私の滞在期間中に限りお前の肉体を私の発見した新種の金と銀で傷を埋め、魂を私と共に降ろしてやろう」

「私はもう、この何も無い星から地を見下ろすことに飽きたのだ」

まるで人間のように、寂しさを伴った浮かない顔で語り切り、再度手を灰原へ握手を求めるように伸ばす。


掴むか、否か。


そんなの迷うまでも無い、と灰原はソレの手を掴んだ。

その瞬間、ソレは優しく微笑んだと思ったら、身体の内から金と銀のトゲで己を無数に突き刺し、バラバラと…肉体であろう物は崩壊していく。
地に落ちるは血では無く、流れ落ちる金属体と水分が花を汚し折り曲げる。
そうして、そのまま頭部だけを残して大量の金と銀は空中で形を変える。
次の瞬間、金と銀が流体となって灰原の身に頭上から降るように肉体も視界も覆い尽くした。

一瞬の出来事に何も理解出来ぬまま、鼻やら目やら耳やらから肉体にズルズルと進入してくる金と銀を振り払おうとするも、あまりに重く立つことすらままならない。
もがいている内に気が遠くなっていく、息も出来ない状態となり、やがて意識がチカチカと瞼の裏で何かを捉えたのを最後に途絶えた。


脳裏で声がする。

「おやすみ、目が覚めたらまた会おう」
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