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番外編

季節を楽しむ文化のある日本では、春は淡く咲く桜を眺めたり、秋には食や芸術を楽しむことがある。
と、いうことを日本について学んでいた星クズは、ふむなるほどと頷いた。

「私が得たデータによると、夏は暑さから逃れるために水で遊ぶ者が多いらしい、そして、水で遊ぶ場合には専門の着衣が必要であると」
「うん、よく勉強してきたね!」
「予習して来て偉いですね」

人間文化を正しく勉強してくる度に絶賛されることに今となっては慣れ切った星クズこと彗星の子は、表情は変えずに雰囲気のみでドヤァ…としてみせた。
灰原は闇より真っ黒な星クズの頭をナデナデする。七海は二人を見て何を理解したかは知らないが、深く頷いていた。母と子とそれを見守る父の図であった。

現在星クズは、次の任務で海辺に行くことが決まったため、それを知った優しき補助監の方に「時間に余裕があるから、海でも楽しんでみたらどうかな?」と声を掛けられたので、急遽保護者二人に相談し、保護者引率の元 水着を買いに来たのである。

だがしかし、やはりいつも通りに保護者と子の間に意見の食い違いが発生する。
星クズが連れて来られたのは女性用水着売り場、問答無用で女性用である。
灰原と七海の二人は後方で突っ立っているだけの星クズを放って早速水着を見始めると、星クズ本人は「一応言っておくが」と前置きをしてから語りはじめた。

「私の肉体構造は卵巣や精巣、生殖腺、性腺とも呼ばれる生殖巣が存在せず、間性と呼ばれるY染色体を…」
「わかりやすく言って?」
「女の子の水着恥ずかしいな…」

ふぇぇ…///お、女の子じゃないのに女の子の水着きるの恥ずかしいよぉ…/// 人間の感情に直すと大体こんな感じであった。
灰原と七海は顔を見合せニッコリ、僕達が育てた星クズがこんなにも人間らしくなった、喜ばしい限りだね!ええ、今日も順調に人間の感性に近付いていってますね。二人は頷き合い、星クズへと視線を戻した。

「しかし、上裸なんて許可出来ません」
「それにこういう方が似合うよ」
「またフリフリじゃないか…」

小さなおむねの人でも安心な胸元がフリフリヒラヒラした可愛らしいフリルで覆われたセパレートタイプを持ち出して来た灰原に、真顔で諦めのオーラを醸し出した星クズは何でも良くなって来た。
自分が何を言っても彼等の方が、この星に住まう支配者…人間として正しい判断が出来、その判断は自分に味方するのだから、成り行きに任せるが吉である。

星クズは瞳を平べったくして「あまり目立つものにはしないでくれ、声を掛けられるのは面倒だ」とだけ口にした。

だがしかし、七海はその言葉に違和感を覚える。
声を掛けられるのは面倒だ……声を掛けられる、ナンパか?星クズ、貴方ナンパされたことがあるんですか!?
ナンパした奴の勇気を讃えればいいのか、星クズに危機感を学ばせた方が良いのか判断に迷った七海は、灰原の耳に口を寄せて小声で話始めた。

「海に行かせて大丈夫でしょうか、我々も付いて行くべきでは」
「でも任務が……」
「うちの子がどこの馬の骨とも知れぬ男に声を掛けられてもいいんですか?」
「僕は声を掛けた人の方が心配だけど…」

それは確かにそう。
うちの子、ヒューマンのこと「素材」として見てる時があるから…二人は心配する要素が増えて沈黙した。

「やはり引率者が必要です、一般人のためにも」
「そうだね、僕ちょっと帰ったら聞いてみる!」

二人は我が子に聞かせぬようにとヒソヒソと話していたが、聴力も人間とは全く異なる星クズには普通に聞こえていたため、自分を心配しているらしい灰原と七海の会話に唐突に混じった。

「それなら私が海に行かなければ良いだけの話では」

星クズからしてみれば、海洋探索には多少の好奇心が疼くものの、今回必ず遂行しなければならない事でも無いという思いからの提案であったが、灰原はその言葉にやや考えた後、素直な気持ちを伝えることとした。

「違うんだよ、星クズ」
「何がだ」
「本当はね、僕も七海も一緒に海に行きたいだけなんだ」

ね、七海!
灰原は夏の太陽すら霞む程の笑みで微笑む。
友人の笑顔と本音に肩から力を抜いた七海は、同意を示すように小さく顎を引いた。

そんな二人の様子を眺めていた星クズは、頭の中で素早くスケジュールを確認し、時間計算を行い、自分がどのように行動すれば彼等の願いを叶えられるかを考え答えを弾き出すと、「私は少し電話をしてくる」と言ってその場から離れてしまった。


人は古来から星を神聖な物とし、祈りを捧げ願いを請うた。
星クズは星である。
正しくは、彗星のチリだ。
地球から遥か76億光年向こう、2008年の段階では観測不可能なくじら座の方角にある「大宇宙の楽園」にて、ずっと地球を見て来た星の人だ。

人の願いを聞きながら、彗星は身を燃やし果てるもの。

だがしかし、自分は果てること無く人の願いを聞き留めてしまった。
ならば、人の願いを叶えられなかった彗星達の変わりに、彼等の代表としてたまには星らしいことをしてみても良いかと考える。

彼等の夏に凡そ自分という異分子が必要であるとは思えなかったが、それでも星クズは、遠すぎて自分の星を照らすことの叶わぬ太陽よりも、身近で輝く灰原の笑顔によって 心に近い…今はまだ未完成の何かを照らされ、衝動に突き動かされるままに高専に「灰原と七海の任務を私に入れてくれ」とスケジュール調整の電話を掛けた。

大好きな彼等に輝かしい夏を贈るため、星のクズは沢山働くのであった。

ちなみに水着は、タンキニこと「タンクトップビキニ」となった。
星クズは真顔で引く程クオリティの高い1m30cmはある砂の城を作成して夏を満喫した。
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