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ヴィーナスお願い

新たに入学してきた一年生三人と最初に会った時、ものすご〜くビックリされて困った。

「こ、子供…?」

水色の髪の女の子が目を丸くして言うのを、私は渇いた笑い声を出して流したのだった。


遡ること三日前、地方に任務へ出ていた私は上半身の首から上以外をスッパリ綺麗に失った。
頭と下半身だけになっても生きてる自分が怖すぎた。いやもう化け物であることを何一つ否定出来んのよ。
ビチャビチャと巻き散らかされた自身の血をなんとか飲み、予備に持たされた輸血パック(憲紀くんのものではないやつ)を飲み、なんとかそれっぽく復活したがサイズが縮み、幼女になってしまった。

クリクリのお目々に上向き睫毛、真紅の髪はサラリと揺れて、白いお手々がフニフニと自身のまろい頬を揉む。
美丈夫の次は美幼女か…バリエーション豊かになってきたな。

元に戻るためにはかなりの量の血を接種しなければならないため、絶賛用意中の現在、私は憲紀くんの片腕に抱かれる幼女となっていた。
憲紀くんに抱っこされているのはエネルギー節約のためである。別に仲良し小好しをしているわけではない。

「その赤毛と呪力……待って、どういうこと?」
「真衣ちゃんだ、久しぶり。えっと…私のことはあんまり深く考えなくて良いよ」
「……は?」

親しげに話し掛けたつもりが、なんか知らないけどキレさせてしまった。
私を抱える憲紀くんも不思議そうにしている。桃ちゃんだけはとても楽しそうにしていた。

「貴方、男だったわよね?」
「あー…その、男の時もあるし女の時もあるし、幼女の時もあるよ」
「そういう術式ってこと?本当はどっちなの?はぐらかさないで答えてくれるかしら」

どう説明したものかと悩み、暫し考える。
しかし、私が口を開くよりも先に様子を静観していた東堂くんが口を開いた。

「そもそもコイツは人間じゃない、吸血鬼だ。人間を餌だと思っているような奴とまともに対話するだけ無駄だ、覚えておけ」
「え、ひど……」
「コイツは高田ちゃんのことも「食いでがありそうで良い」等と真面目に言うような奴だからな。基本食うか戦うか寝るかしか頭には無い」
「いや、それは東堂くんが鬱陶しかったからわざと言っただけだよ」
「なに……?」

あ、やべ。本当のこと言っちゃった。

「ならば本当は高田ちゃんをどう思っているんだ、ここで聞かせて貰おう…吸血鬼よ」
「オレンジ系リップが似合いそうだな…とか?」
「……なるほど、同士だったか」
「全く違うけど…」

やっぱコイツ面倒臭いな…という顔をするも、本人は何かに浸りはじめてしまったので意味は無かった。見れば、憲紀くんも桃ちゃんも微妙な顔をしている。分かる、東堂くんって基本的に一方通行だよね。コミュニケーションがとても難しい。なのに繊細な所があるから面倒臭い。

同級生は勿論私が元一般人、現化け物なことをご理解して頂いているのでこんな感じの反応だが、新入生はそうでもなかったらしい。
血の香りのしない鉄の塊はあからさまに警戒し、水色の髪をした女子は身を強張らせた。そして、真衣ちゃんは理解に苦しむ表情を浮かべている。

まあ、そりゃそうか。

別に餌共に今更何と思われようと、どうでも良かった。
けれど、血を分け与えている者は違ったらしい。
私の身体を支える手に少し力が入ったのを、確かに感じた。

「大丈夫だ、彼女には定期的に私が血を与えているから暴走などはしない。勝手に人の血を飲むこともしないし、難しい任務でも必ず完遂する。こう見えて優秀な術師だ」

静かに淡々と、彼が見てきた私の在り方をありのままに伝える。

出会った当初は私を化け物として見ていたのに、化け物と呼んだのに、今は悪意を込めずに仲間として受け入れてくれている。
その事実のなんと嬉しいことか。
フツフツと沸き上がる衝動のままに、私は彼に飛び付き名前を呼んだ。

「憲紀くん〜!そんなに私のことが好きか、そうかそうか…可愛い奴め〜〜!」
「君を好きだとは一言も言っていないはずだが…」
「言わなくても全部伝わってるゾ♡君の血飲んでるからね♡」
「…人のプライベートな情報を勝手に盗み見る癖だけは優秀とは呼べないな、今すぐやめるように」

うふふ、ごめんね憲紀くん。盗み見ているわけじゃなくって勝手に入り込んでくるんだな、これが。
だから憲紀くんが一年で何回私にドキッとしちゃったかも伝わってるよ、可愛い人間だね本当。

桃ちゃんがニヤニヤしながら「愛だね〜」と嬉しそうに言うので、「ね〜!」と私も喜んではしゃいだ。憲紀くんはすこぶる迷惑そうな顔をしていた。

「可愛い可愛い憲紀くんのためにも、早く身体の半分を取り戻すからね!」
「身体が変わろうと実力に差は無いのだから、このままで構わないと思うのだが…」
「でも、大きな方がドキドキするでしょう?」
「妙な言い掛かりは止めてもらおうか」

事実を言っただけなのだけれど。

まあ、それはそれとして身体を元に戻したいのは本音だ。この身体ではあまりにもエネルギー効率が悪いので。


そんなわけで楽しい高専生活ニ年目は、可愛い餌が増えてルンルン気分で開幕したのだった。
真衣ちゃんにはめっちゃ冷たくされたけど。




___




金星の吸血種とは、金星に由来する呪霊に名付けられた名である。

地球の姉妹星であり、地獄の星とも呼称される、腐食性の酸性雨が降り注ぐ灼熱の乾燥した星。濃密な大気は約95%が二酸化炭素で、息など出来ない。雲の層には硫酸を多く含み、皮膚や骨だけでなく金属すらも溶かし尽くす。そんな不毛の大地には生命の一匹すら存在するはずも無かった。

しかし、それは間違いだった。

かの星には昔、海があったのだ。
幼年期の金星は水の星であった、川や湖、大小の海があるような熱帯世界。それを消し去ったのが太陽の存在である。
太陽系の歴史を遡れば、生まれて間もない太陽の輝きがゆっくりと、しかし着実に増したことによる加熱現象が金星を地獄の星へと変えた要因の一つと言えた。
若い太陽によって水は蒸気となり、水蒸気は温室効果ガスなため星の温度は急上昇を続ける。
そうして膨大な温室効果ガスと二酸化炭素が大気中に数十万年から数百万年にわたって存在することにより、金星に備わるはずだった生物は大量絶滅となったわけだ。

そして現在、金星の大気中には重水と呼ばれる水の存在比が多くなっている。
重水とは、水分子を構成する水素が重水素(中性子を一個持つ水素原子)に置き換わったもので、地球の自然界にも微量に存在するものだ。
重水は普通の水よりも重く蒸発しにくいため、宇宙空間に流出しにくい。

金星の重水とは、太古の時代の海が干上がったあとの残渣だとされている。


そんな金星の重水を大量に飲んだとされる者こそが、「金星の吸血種」であった。


その呪霊は「情報を多分に含んだ水分」を餌としており、接種した水分で肉体を構成している。
そして、その接種した水分に含まれる歴史を分析し知ることで、より高度な知能と技術を手に入れるのだ。

金星の吸血種が恐れられたのはその分析力、現代の科学力ではまだ知り得ないはずの未開の宇宙を知り、地球に悪影響を及ぼさんとする行動を予見され、かの呪いは呪術師から追われ続けていた。

しかし何の因果か餌にした人間の子供に喉笛を食い千切られ捕食され、その身を乗っ取ろうとしたら逆に力を我が物とされてしまった。


……というような経緯を、七海は資料で読み込み目頭を押さえた。

呪術師にはイカれた連中が多いが、その中でもずば抜けけイカれている。生命の危機に瀕したからといって、呪霊を食い殺す中学生なんてまず居ないだろう。恐ろしくガッツがありすぎる。

しかも呪霊と一つになるために自分の母親の血を啜って生き延びるなど、例え生命の危機に瀕していたからとて簡単に出来るものではない。言うなれば、狂人の中の狂人の所業だ。

そんな子供とこれから呪霊退治に行くというのだから、妙な緊張感を抱えてしまうのも無理はない。
何せ、見た目は子供だが中身は人外になったゆえの上位種意識が強い者だと聞き及ぶ。人間のことを「餌」「家畜」称し、上層部役員でさえ恐れる存在。かの禪院家の当主が真面目に「あれはガチ」と言う生粋の化け物。
様々な縛りを課せられているとは言え、琴千に触れれば血をゴクゴクプハーッ!されてしまうことを七海は出会う前から知っていた。

しかし、いざ会ってみれば意外や意外、普通に意思疎通の取れる術師だったので、幼女のような見た目に絆されたのもあり七海は少しだけ警戒を緩めた。

「本日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いしまーす!」
「そのリュックサックは?」
「おべんと!」

可愛らしいリュックサックを背負い、特注で作ったのであろう子供用の制服を着用する姿は元気いっぱいな幼女そのもの。
自身を見上げるツヤツヤパッチリおめめからは嫌な感情一つ見受けられず、七海は微笑ましい気持ちになった。

しかし、その気持ちはすぐに木っ端微塵にされる。

会話を繋げるために「自分でお弁当を用意したのですか?偉いですね」と褒めれば、幼女(の皮を被った化け物)は「うん、自分で狩ったんだ」とニコニコして言った。

「死刑確定の呪詛師でね、どうせ殺すことになるから好きにしていいって…だから生き餌として飼い殺すことにして」
「……聞いたことを後悔しました」
「貴方も美味しそうな香りがする、任務中にお腹空いちゃいそうだなぁ」
「ヨダレ垂れてますよ」

自分を見て美味そうだとヨダレを垂らす瞳は肉食獣のソレであった。
完全に餌として認識されている。歩き出した今なんぞ「デザート、デザート♪」とスキップしながらウキウキで言っている。
これを「オモシロ笑」の一言で片付けられる五条悟は、改めて凄い呪術師なんだなと思った。

七海の背筋を冷たい汗が一筋流れていく。

大食漢の猛獣と同じ檻に入れられた気分を味わないながら、獲物を見つめる視線をひたすらに躱し続けたのだった。
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