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ヴィーナスお願い

まあ色々制約は付くけどね、と五条さんに言われた通り、私が生きていくのには色々な制限が設けられた。

まず第一に、許可無く勝手に一般人の血を飲まないこと。第二に、許可を得た術師の血を飲むこと。第三に、高専に所属し従うこと。
この三つが主な条件だ。

そういうわけで、私は行く予定だった制服の可愛い高校ではなく呪術高専に通うこととなった。憲紀くんと一緒に。

「ほら、今日の分を持ってきたから早く飲んでくれ」
「まーた賞味期限切れ…」
「君は…自分が文句を言える立場だと思っているのか?」
「よ〜し!さっさと飲んで憲紀くんが最近ズリネタにした物でも知るか〜!」
「はしたないことを口にするな!」

ぷりぷりと眉を吊り上げて怒る憲紀くんこと、私の愛しい可愛い貢役から貰った血液パックにブスッとストローを刺す。

現在私はほぼ憲紀くんの血をご飯としている状態だ。彼が術式用に採血した輸血パックの賞味期限切れを主食に、彼の淹れた珈琲とサプリの鉄剤をオヤツとしている。つまり、彼に養われていた。
誰が呼び出したかは不明だが、「加茂憲紀のヒモ」と呼ばれている…悔しいけど否定は出来ない。

賞味期限切れの血は不味い。
座敷牢で飲んだ彼の血はあんなにも美味しかったのに、輸血パックに入った賞味期限切れの血は生臭くて塩辛かった。
例えるなら新鮮な憲紀くんの血は高級旅館に出てくる一品のような品格のある深い味わいが楽しめる血だ、豊かな香りと若々しい口当たりが喉を過ぎる時…クラクラ目眩がするほどに甘美な心地がするものだ。
しかし、賞味期限切れの血は焼いてから三日経った塩サバみたいな味がする。ベタベタで硬い、酸化した油の香りと塩辛さ…匂いもキツくなってあんまし美味くない。そういう感じ。

それでもこれしか飢えを満たせるものがないのだから仕方無い。
我慢に我慢を重ねてジュゥゥウ〜!と吸い込む。
そんな私の様子を、憲紀くんは隣の席に行儀良く座りながら見ていた。

「不思議なものだな」
「ん?」
「君は飲んだ物によって髪色だけが変わるだろう」
「そうみたいだね」
「でも睫毛の色は変わっていない」

どこ見てんだコイツ。

いやまだ睫毛で良かったけど。なんか変なとこの毛とか見られなくて良かったけども。
いやでも普通女の子に毛の話題振るか?会話下手くそか?
…下手くそだったわ。

癪に障ったのでわざと可愛い顔をしながら「どこ見てんのよ、えっち♡」と言ってやる。
そうすると彼は面白いくらい動揺した。「…なっ!」と身を若干引き、否定の言葉を重ねる姿に口角が上がるのが止まらない。
うふふ、憲紀くんはそうやってハワハワしてる時が一番可愛いゾ♡

「あとで桃ちゃんに憲紀くんが私の毛に興味あるみたいって伝えちゃお!」
「君に興味なんて無い、勘違いをするな!」
「でも養ってはくれるんだよね、憲紀くんは優しい子ね〜」
「上から命じられているから与えているだけだ、他意は無い」

って言いながら私用に買ってくれた水筒を鞄から出し始める。
中には憲紀くんこだわりの珈琲がたっぷり入っていて、彼は賞味期限切れのマッズイ血を最初に飲んだ時…あまりにもマズすぎて吐き戻した私に気を使ったのか、その日以来血を飲んだ後に珈琲を渡してくれるのだ。
これが優しさと言わずなんと言おう。
私の餌はとびきり頑張り屋の良い子なんです、真面目で努力家でひたむきで、他人と心を通わし適切な会話を重ねることはド下手だけど、ちゃんと優しい子なんです。良い人間のヒモになれて良かったよ、本当に。

水筒の蓋になっているコップに並々と注がれた珈琲からはフワリと湯気が立っていた。
一口飲めば、香り、苦味、酸味のバランスの取れた味に舌が喜ぶ。
スッキリとした苦味は後に残らず、ほんのりとした酸味だけが口内に小さく残った。
春は曙、珈琲はブラック。加茂憲紀は可愛い。これ全て極意なり。

ふと視線を感じ、そちらへ目を向ければ憲紀くんはやはり私の髪を見ていた。
一房自分の髪を手に取れば、毛先がやや黒っぽくなっていることを発見する。
珈琲を飲んだからだろう、本当に変な体質だ。

「君の髪が…」
「ん?」

パッと髪から手を離し、もう一口珈琲を味わっていれば彼が喋り出す。

「赤と黒以外に染まっているのを見たことが無い。他の物は飲まないのか?」
「他って?」
「色々、自動販売機に売っているだろう」
「飲まないよ、不味いもん」

コクリ、コクリ。
もっとゆっくり味わいたいが、この後任務が入っているからさっさと飲み干さねばならない。
帰って来たら強請ってやろう、何だかんだで彼は私に欲しい物を大抵くれるから、きっと淹れたての珈琲を振る舞ってくれるはずだ。

「珈琲は飲めるのに自動販売機の飲料は飲めないのかい?」
「いや別に…珈琲が好きなわけじゃなくてね、君の淹れた珈琲だから飲んでるだけだよ」
「それは、どういう……?」

私の言葉の意味を全く理解出来なかったらしい憲紀くんは、今日も可愛く首を傾げて頭の上にハテナを浮かべていた。
私はそれには答えずコップを返し、立ち上がる。
スカートのシワを払って、黒くなった髪を片手で掻き上げながら「ごっそさん」と教室の扉に向けて歩き出した。

「待て、まだ質問が…」
「うんうん、今日も凄く美味しかったよ。次はマンデリンがいいな」

扉をカラリと開き、一度手を振ってから教室を後にする。


前に同級生の桃ちゃんから聞かれたことを思い出す。

「なんで加茂くんの珈琲断らないの?やっぱり…愛?」

ニヤニヤと意地の悪い顔で詮索してくる彼女に、私は「そんなんじゃないよ」と軽い気持ちで答えた。

そんな大層なお気持ちではない。そもそもアレは餌だし、家畜の類いだし。
それでも、食べる予定の家畜にわざわざ愛着を持たせてから食べる…なんて授業があるように、私も健気に下手くそな気遣いを見せる餌の姿に「これはこれで可愛いじゃん」と思って愛でているだけのことだ。

飼い犬が泣いてる飼い主にお気に入りの玩具を持ってきても、飼い主はそれで遊んだりはしない。
けれど「ありがとう」とお礼を言って喜んでみせる。
やってることはそれと同じだ。

私は可愛い彼の淹れた珈琲だから笑顔で飲み干すのだ。
例え本当は泥水と大差無い味に感じてしまっていても。

「やっぱ愛じゃん」
「違うって」
「じゃあ何だって言うの?愛でしょ、どう考えても」
「いや、これはきっと慈しみだよ」

可愛がっている、大切にしている。
けれど愛ではない、ただ慈しんでいるのだ。一つの儚い生命を。


今日も何処かで誰かが私のことを「化け物」と呼ぶ。
だから私はどんどん化け物になっていく。
心も、体も、頭ん中まで。全部。

無理矢理笑顔で味わった泥水で口内を汚しながら、私は平気なフリして歩いてく。

この痛みは、誰も気付かない。
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