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番外編

私はとても鼻が良い。
まさに、犬と言っても過言ではないくらいには鼻が効く。

例えば、あと何時間何分で雨が降るかが絶対に分かるし、どちらから敵が来るかも必ず分かる。
混んでる道はどっちで、火薬の多く積まれた車はどれで、この人間が死体になった日時は何時で…。
薬物の匂い、抗争の香り。
貴方が昨日何を食べたか、どんな人と会ったか、どんなことをしたか。
私には全部筒抜けだ。だから、後ろから足音を消されて近づかれたくらいじゃ驚きはしない。
私を驚かしたいのならせめて、風と同じ匂いになってくれないと。

抜き足差し足忍び足…ひそひそと足音を消しながら背後に迫ってきた人物に、私はいきなり振り向き「こんにちは!」と元気いっぱいな挨拶をした。
するとその人は、逆にビックリして身体を大きく仰け反らせた。素晴らしい反応、百点満点のリアクションだ。

「ぉわッ!?お前、いきなり振り向くなよ!!」
「五条さん、私を驚かせたかったのでしょうが…残念ですが、匂いでバレバレです…」
「…は?風呂ならちゃんと毎日入ってるけど?」
「いや、悪臭的な意味ではなくですね」

うーん、これどうやって伝えたら正解なのかなあ…。
私は少しばかり悩んだ。
イチから説明はすこぶる面倒だし、余計な気を使わせそうだし…あと、折角呪力術式関係無しの強味なのだ、そう簡単にバラしちゃ面白くない。

というようなことを悩んでいたら、そんな私達の会話に混ざりに来た人物が一人。

「だから言っただろ、シャワーだけで済ませるなって」
「クソアチィのに風呂浸かるのなんて、傑かジジイだけだろ」
「汗をかいたのに湯船に浸からないなんて、子供か悟くらいだね」

「あ?」「ん?」と、メンチを切り合いを始めた仲良し先輩コンビに挟まれた私は、その威圧感に若干背を丸めそうになった。
いきなり会話に混ざってきたと思ったらこれだ、夏油さんはこういうとこがある。普段は優等生の癖に。
面倒だな、黙って帰ろうかな…とも思ったが、こんな些細なことでいがみ合うだなんて良くない!と、私の中の正義が訴えたので、良く出来た後輩の私は気持ちを落ち着かせながら「待って下さい!」と声を張り上げた。

お二人は互いへ向けていた視線を私に向ける。
うっ、眼力…!!眼力が強い…!!とくに夏油さんの切れ長クールビューティーおめめの睨みはお腹が痛くなるくらいの強烈さだ…。今すぐアイプチで二重になって来てくれ、少しは眼光も和らぐはずなので…。

一歩後退りそうになるも、圧力に屈さないことこそ正義だと堪える。
そして、私は悩んだ挙げ句に正義の味方なのでちゃんと先輩方に真実を伝えることにした。
そう、どうして足音が全くしなかったのに五条さんだってすぐに分かったのか…それは……。

「五条さんからは色んな女の人の匂いがするので、すぐ分かるんです!」
「………は、は!?いや、いやちがっ、」
「具体的に言うと、取っ替え引っ替え女の人とセッ、」
「こらこらこらこら」

モガガッ!!モゴッ!!

真実を伝えようとした所、途中で夏油さんに口を手のひらで抑えられて喋れなくされてしまった。
五条さんは何故か両手で顔を覆って背を丸めてしまったし、夏油さんは目を泳がせながら必死に笑みを保っている。
二人とも、気まずい沈黙に入ってしまった。

大丈夫ですよ夏油さん。
私は出来た後輩なので、貴方からも似たような匂いがすることは灰原くんには黙っておきますよ。
そんな気持ちを込めて彼の指先をちょんちょんとつっついた。

でもまあ、そういうことをするしないは個人の自由だ。だが、世の中にはそういう匂いも嗅ぎ取ってしまう後輩が居るということは覚えておいた方が良いかもしれない。
何せ筒抜けなので。そりゃもう、彼等が先生に「任務の疲れが抜けなくて…」って遅刻の言い訳をしている時も、私は一人全てを知っているわけなので。

チラリ、夏油さんをみる。
彼は苦い顔をしながら私の口元から手を外すと、一度考えながら「何か欲しい物とか…あるかな?」と聞いてきた。立派な賄賂行為だ。夏油さん、こういうとこある。

「あったとしてもいりません、貰いません」
「そこを何とか」
「それより反省して下さい、こっちは毎回灰原くんの夢を壊さないように必死なんですから」
「うっ……」

あーあ、夏油さんまで顔を覆っちゃった。
馬鹿でかい男二人が揃って後輩の前で何してんだか。反省も大切だが、少しは私に感謝もした方が良いぞ。 

「今日からちゃんと風呂浸かる…」「明日から二倍身体洗う…」と、根本的解決に至っていない様子の二人を少し冷めた目で見つめながら、あとで七海くんにはこのことをチクってやろうと心に決める。
こうして先輩達は、七海くんからの評価がどんどん下がっていくのだ。多分今はマリアナ海溝くらい深くまで下がっている。そのうちマントルを超すに違い無い。

「何でも良いけど、病気には気を付けて下さいね」
「そういうのも匂いで分かんない?」
「分かったとしても黙ってます、自己責任でどうぞ」
「なんか冷たくね?」

この状況下でまだ先輩だいしゅき!!って言える子が居たとしたら、そっちの方がどうかと思うのですが。

話は終わりだと私は一礼してその場をさっさと立ち去った………つもりが、後ろから襟首を掴まれて強制的に歩みを止められてしまった。
ぐえっ!ど、どっちだ!こんな酷い止め方をするのは!!いや十中八九五条さんだろうけど、でも夏油さんも優等生の皮を被ったおこちゃまだからワンチャン可能性を捨て切れない!!

ジタバタと藻掻きながら振り返る。案の定私の襟首を掴んでいたのは五条さんで、息苦しさに手を伸ばして腕を掴み返せば、パッと襟首から手が急に離れたもんだから、バランスを崩して後ろにひっくり返りそうになった。

うわわっ!!
よろけた身体をぽふっと誰かに受け止められる。
両肩に乗った手を見、次いで上を見上げれば、そこには五条さんがジッ…とこちらをまん丸おめめで見おろしていた。
彼は躊躇いがちに「なぁ…」と呟くと、ちょっと目をそらしながら「嫉妬…とか、しねぇの?」と、訳の分からないことを聞いてきた。

心から質問の意図が分からず、首を傾げてしまう。
嫉妬…?嫉妬って、嫉妬だよね?なんで私にそれを聞くのだろうか。
一応色々と考えてみるも、とくに嫉妬をしなきゃならないような関係でも無ければ、嫉妬をするようなこともされていないので、私は不安そうな…しかし若干何かを期待している五条さんを安心させるために、しっかりと言ってあげた。

「してません!だって私は五条さんの舎弟ですから!!」
「………ばぁぁあーーーーーーか!!!」
「ご自身のことをそんな風に卑下するのは良くないですよ」
「ちげぇよ!お前のことだよ!!鈍感アホバカワンワン女!!」

ぽいっ。
五条さんはいきなり大きな声で叫んだかと思えば、私を夏油さんに向かって放り捨てて走って何処かに行ってしまった。

その場に取り残された我々は、互いに顔を見合わせる。
鈍感アホバカワンワン女とは……どういう…。見に覚えが無さすぎる、私は感覚は鋭い方だし、アホでもバカでもない…あと犬でもない…女なのしかあっていない。どういうこっちゃ。意味わからん、情緒不安定か?思春期だもんね。

「夏油さんはさっきの言葉の意味分かります?」
「うん、まあね」
「どういう意味なんです?あれ」
「君がとっても可愛いって意味だよ」

いや絶対違うでしょ、日本語いちから勉強し直した方が良いぞ。

そんなこんなで、拗ねた五条さんは何か反省をしたのか、翌日から甘ったるい香水や化粧品の匂いをさせなくなった。

いやぁ…また一つ、良いことをしてしまったな!多分、これも正義だろう!
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