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誰が正義を殺したか

FN社のファイズセブンピストル、使用弾薬は5.7mm×28、装弾数は20発。

こっちはシングルカラムのSIG P239。
それにこっちはレバーアクションライフルのウィンチェスター。
さらにはエマーソンのカランビット コマンダー、タクティカルナイフ。 アメリカ警察も使用するやつ。

見ただけでスラスラと名前が挙がるのは全て暗記しているから。
叩き込まれた知識が消えて無くなることはそう簡単に無い。

これら武器の共通点は、どれもこれも人を効率良く殺すために作れた物であるということ。

私と同じ、殺人のための存在達だ。


車の後部座席に乗せた死体をスクラップ場まで運び、スイッチを押して稼働させた鉄スクラップの粉砕機に突っ込む。
メリメリ、バキバキ…と頭から粉々になっていく死体を無感情に見下ろしながら、私は後ろに向かって普段通りの声を投げた。

「こんばんは、冥さん」
「おや、バレていたとはね」
「匂いで分かりますよ」
「フフッ、本当に犬のようだ」

よっ!と小さく声を挙げながら粉砕機から飛び降り、声の主の方を向く。
夕陽の名残が殆ど消えた夜に近い頃、鋭利な美しさを携えた女は冷たい笑みを纏いながら私の前に現れた。

冥々、一級術師。
カラスを扱う術式を持った彼女は、その手の内を知っている私への尾行にカラスを使うようなことはしなかった。
高専からの依頼だろうか、それとも別の誰かからの依頼だろうか。
どちらにせよ、遅かれ早かれ探りは入れられると思っていたから別に良い。

「君は…呪詛師とも違うね、一体何者なのかな」
「工作員ってやつですかね、偉いお家の中の…地位の低い人間です」
「可愛い子犬だと思っていたのにな」
「…あの、他の方からもよく犬に例えられるんですが、私ってそんなに犬っぽいですか?」
「むしろ犬以外の何にも例えられないね」

汚れた黒いゴム手袋を雑に取っ払い、制服のポケットに詰め込む。
戯れるような探りを入れてくる冥さんのことは嫌いじゃない。彼女は頭の良い人だから、「偉いお家の工作員」という情報を出しただけでこの件から身を引く方向性にしたらしい。
金を一番に優先するならば、喧嘩を売る相手を間違えてはいけない。
末端といえども名家の人間、上へのパイプを持っているならば下手な探りは自分が深手を負うことになる。

「いつもこんなことを?」

幾分か纏う雰囲気を和らげてくれた冥さんが、近寄って来ながら尋ねてくる。
私はそれにコクリと首を一度縦に振って肯定の意を示した。

「正義を語る君が?」

コクリ。もう一度首を縦に振る。

「五条君が知ったら悲しむだろうね、彼は君のことを綺麗な物として慈しんでいたから」

残念そうな声で言われた言葉に居心地が悪くなる。
制服の下に隠し持った鉄の塊達が嫌に重く感じ、不快感を与えてきた。


別に自分の生まれや育ちが不幸だと思った事などない。
ただ、努力でどうにもならないことについては考えたって仕方のないことだから、諦めた方が早いと受け入れているだけの話だ。

子供を産んだ愛人は疎ましくなるのだろう。
五条家現当主の親族にあたる男は、複数人の妾や愛人を持っていた。そのうちの一人が私の母で、母は私を産んだから父から愛されなくなった。
単純に、子供を持つ愛人の存在が目障りになったのだろう。本妻からも、本人からも。

高架線の下、電車が通る度にうるさく揺れるアパートのベランダが私の居場所だった。
近くの団地で可愛い女の子が飼っている小さな犬の方がマシな人生だった。

電車の通る音が煩くて耳が馬鹿になった。
電気の無い暗がりで宿題をしていたから目も馬鹿になった。
お陰で、鼻だけはよく効くようになった。
犬のように。

いや、実際は犬以下の人畜生なのだろう。
母は私の存在を恨んでいたし、呪いが見えるようになった頃には近所の人間からも気味悪がられていた。
術式が発現した頃にはもう、まともな自我も知性も備わっていたなかったから、ある日突然やって来た黒服の人々に連れて行かれるがままに「工作員」としての訓練をさせられる施設に放り込まれた。

能力の高さに比例して、私達は高い値段で売られる。
そこそこの値段を支払って五条家は訓練を終えた私を買い戻した。

別に、自分の生まれも育ちも不幸だと嘆いたことは無い。
ただ、捨てられることは嫌だった。
だからいつか見た犬のように愛嬌を身に付け、努力を惜しまず、誰かのために力を使うことをし続けた。

私にとって正義とは人生だ。

成すべきことを成すべき時に成す。
正しいことを貫く。背筋を伸ばし、誰かのための自分である。
そうすればきっと捨てらたりしない、だって正しいことは良いことなのだから。
良いことをすれば、良い人生になるはずなのだから。
そうじゃないとおかしいのだから。

正しいことだ、これは正しいことなのだ。
少なくとも五条家にとっては必要なことで、彼等の幸せのために役立つことなはずで、それはつまり良いことなのだ。

私は正しさを信じて生きている。
だから、五条さんが悲しむとか…そんなこと知らない。悲しむ方が可笑しいんだ。何も知らない貴方が悪い。私は正しい。


夜が死人のように静まり返る。
星が瞬く音すら聞こえて来そうな静寂は、私の心を少しだけ乱した。

白い月と、鉄の匂い、それから憐れみを感じる冷たい笑みを浮かべた女が私を見ている。
あまりに静かで、時間がなくなったかのようにも思えた。それくらい、居心地の悪い静けさだった。

静寂を切り取るように、何も喋らない私に向かって冥さんが喋り出す。

「口止め料はそうだな…あの高級車でのドライブでも強請っておこうか」
「…お金でも良いのに」
「下手に要求すると目を付けられそうだからね」
「本当に賢い人ですね、冥さん」

こうして、私達はスクラップ場を揃って後にした。
先程まで後部座席に死体を転がしておいたマセラティに乗って、フォーレのレクイエムを聴きながら湾岸線沿いを軽く流し、高専へと向かう。

高級車を運転し、横には美女を侍らせているだなんて男なら誰しもが羨みそうなシチュエーションではあったが、正直胃が重かった。
何せ冥さんは後部座席に投げておいた私のリュックサックを勝手に開き、予備のマガジンや手榴弾、サブマシンガンなんかを楽しげに見始めたからだ。

「重い銃だね、名前はなんて?」
「イングラムM11…あ、あの、あんまりこちらに向けないで貰えると…」
「どうして釣具まであるんだい?」
「張り込みの時に釣り人に成りすまして…あの、トリガーに指掛けるのはやめて欲しいな〜…って……」

もしかして私は何かを試されているのだろうか…。
ニヤニヤと口の端に笑みを浮かべながら、先程とは打って変わって好奇の目で見てくる冥さんを相手に、私は肩に力を入れてやたらに堅いドライビングをしていた。

「いや、なに…君のような可愛い手駒が欲しいと思っていた所でね」
「あれ…?冥さん前に他人に頼るのは面倒だとか言ってませんでしたっけ???」
「じゃあ、他人じゃなくなれば良い」
「もしかしてなんか怖いこと言ってます?私、国語苦手なんで分かんないんですけど…」

シートベルトをカチャリと外し、こちらにグッと実を乗り出してきた冥さんはその白く美しい指先で私の顎をゆるりと撫でた。
言い知れぬ感覚がゾクゾクと背筋を走り、握っているハンドルに力が入る。いつの間にか手のひらはじっとりと湿っていて、呼吸のタイミングが少しズレた。
そんな私の様子を面白がるように、顎や頬、耳をツゥ…となぞりながら、彼女は耳元で息を吹き込むように話し掛けてくる。

「良い反応をするね、うんと可愛がってあげようじゃないか」
「や、やめて下さい!事故っちゃう!」
「そしたら慰謝料を沢山貰おうか、勿論君から」
「だれか、助けて…!!」

ィイーンッッ!!!(半泣き)

美女に迫られているのに何故こんなに嬉しく無いのでしょうか…!
むしろ圧迫面接を受けているかのような気分になる…いや、もっと言えば命を握られていると言っても過言ではないかもしれない…。
今日一日圧力掛けられ過ぎでしょ、一体私が何したっていうんだ…罪の数なら数えられない程あるので、明日から悔い改めてさらなる善行を積み重ねていくから、どうか今すぐになるだけ許してほしい。

すらりとしたきめの細かい指先が私の喉をスー…と滑り、胸のあたりをクルクルと撫でる。黒い制服の上で柔らかく踊る指先は実に愉しげで、すぐそばから聞こえる吐息が耳の輪郭を掠めた。
クスクスと、緊張と高揚と不安にさいなまれるこちらの様子を笑う冥さんは私の醜態を楽しんでいる。
なんて人だ……やっぱり高専、ヤバい人ばかりじゃないか…!ヤバ人ランドすぎ泣いちゃう。ちなみにヤバ人と書いてヤバんちゅと読む。

墨を垂らしたような夜の下で輝く街並が、窓の外をゆるやかに流れていく。
隣には美女、流れる音楽は心を融かすクラシック。
そんな一歩踏み外したら百合百合R18展開になってしまいそうな車内にて、私はそりゃあもう必死に必死に何かと戦っていた。

えっちなのは、良くないと思います!!
だってほら、私はただの可愛いワンちゃん枠なので!!!
この物語のジャンルはハートフルアニマルストーリーなんです!!!百合百合車内えっち展開はお呼びじゃないやい!!
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