誰が正義を殺したか
夏油は緊急事態に少しだけ表情を固くした。
というのも、呪詛師の集団を追う任務の最中、その集団の協力者である別の集団がやって来て、彼等は車を使って逃走してしまったのだ。
呪霊に追わせることも呪霊と共に追うことも可能だったが、十数人の呪詛師を相手にするのが何となく面倒だったので高専に応援を頼んだのだった。
そうして数十分後にやって来た黒い防弾車のマセラティの運転席から顔を覗かせたのは、最近親友の舎弟になったらしい後輩の女子生徒であった。
「待ってくれ…君はまだ18歳未満だったろう?何故運転なんてしてるんだ?」
「免許ならありますよ?偽造品ですが…」
「全部駄目じゃないか」
正義はどうなってるんだ正義は。
夏油は苦い顔をしながらも助手席に乗り込む。他に選択肢が無かったので致し方なし。
彼がシートベルトを着用するのを見届け、少女はアクセルをゆっくりと踏む。
「じゃ、飛ばしますね〜」
「本当に大丈夫かい?」
「大丈夫です、運転はよくするので!」
「なんでよくしてるんだ…」
不安しかない。
むしろ「面倒臭いから楽したい」と思って応援なんて呼ばず、一人でやった方が良かったまである。
夏油は徐々に徐々にスピードを上げていくマセラティの助手席で不安と後悔を抱えた。
そもそも何処から調達したのか、この高級車は。色々と違法な匂いしかしない。
それでも何だかんだで頼もしい後輩であることは知っているのだ。
アホだ犬だと言われているが、実は追跡技術に卓越しているのである。
というのも、彼女の術式は電気や磁気を操る類のものであり、その性質を利用して彼女は地磁気(地球の持つ磁性)の感知を可能としているのだ。
その両目はコンパスとなり、何処であろうと正確に行き先を割り出す。
地球の磁場から得られるエネルギーは実はとても少ない。
分子内の原子間結合の切断はもとより、結合を大幅に弱めるのに必要なエネルギーの数百万分の一しか存在しないのだ。
冷蔵庫マグネットと比較すると、地球の磁気は冷蔵庫マグネットの1/100程である。
つまり、とてもじゃないが人間の身体で磁気感知など不可能ということ。
しかし、それを可能にする力が彼女にはあった。
本人曰く、「やったらやれました」というだいぶ頭の悪そうな回答ではあるが、実際には化学力と桁外れの数学力に依存した高等技術である。
自身の網膜に光化学反応で生じる「ラジカル対」という短寿命の分子ペアでの量子効果を発生させ、その化学反応性に微弱な磁気の影響を受けさせているのだ。
簡単に説明すると、網膜に微小な磁石を用意させ、それをコンパスの針のように振るっている状態である。
これらを可能にする技術に必要なのは、量子学的性質とベクトル運動技術の知識。それから精密な呪力操作。
一歩間違えれば自分の目を潰しかねない技術を完璧に使うことによって、彼女は数千kmに及ぶ地図を瞬時に脳内に用意出来るのだ。
それによるナビゲーション能力の精度は他の追随を許さぬほど。
なので、夏油が面倒臭がって逃した相手などすぐに捉えられたりする。
「あの車の集団ですね、防弾車3台…倉庫街へ向かっているみたいですが」
「倉庫街まで行ってみようか、さらに仲間が居るかもしれない」
「畏まりました、尾行します」
車体を遠目から捉えた少女は減速し、敵に尾行がバレないように配慮しながら運転を続ける。
完璧な追跡と申し分ない運転、それから十分頼りになる戦闘技術。
普段五条からは「アホ」「本当アホ」「アホザコ」と散々言われているが、実はスペック高い子なんだよな…と夏油は鼻歌交じりにハンドルを揺らす後輩を見て思った。
というか、そもそもどうして運転出来るんだこの子。
偽の免許証ってなんだ、どこで手に入れたんだ。
彼女に関しては謎が多い…一体何者なのだろう。
少し興味が湧いた夏油は、運転中の後輩に話し掛ける。
「偽の免許証なんてどうやって手に入れたんだい?」
「えっと、便利だから持っとけって…謎のお兄さんに…」
「怪しさしかないな…」
「良い人ですよ?お話したらお金くれるし」
「いやそれ、えんこ……」
言い掛けてやめた夏油の頭の中は、ハテナが沢山飛び交う大混乱状態となった。
今この子なんて言った?なんだか凄く衝撃的なことを言っていなかったか?
怪しいお兄さんから偽の免許証を貰って?その怪しいお兄さんとやらは話すとお金をくれる??
……それ、絶対駄目だろ。話してる内容によっては…利用されていたりするんじゃ…。
あらゆるアンダーグラウンドな可能性が脳内を飛び交いながらも、夏油はなるだけ平静を装い言葉を選びながら後輩に尋ねる。
「ちなみに、どんなことをいつも話すのかな?高専のこととかだったりするかい?」
「光線のこと…は、あんまり話さないですかね…」
「そうか、じゃあどんなことを?」
「うーん…食べて美味しかったコンビニスイーツとか…」
女子の会話じゃないか。
ツッコミを既のところで飲み込み、一応さらに深く尋ねる。
「そうか、その男とはどこで知り合ったんだい?」
「家の近所で…確か忘れ物を拾って貰ったんですよね、あの時は助かりました!」
「なるほどね」
なるほどとは言ったが、何がなるほどなんだ。何もかも分からなかったぞ。
夏油は後輩の私生活が謎過ぎるという情報しか得られなかった。ミッション失敗である。
何者なんだその男は…そして君は一体普段何をしているんだ。
そもそも運転技術はどうやって、いつの間に身に付けたというのか。
謎過ぎる…この子、少し注意して見ておいた方が良いかもしれない。
可愛い後輩が変な輩に好かれているかもしれない雰囲気を感じ取り、面倒見の良い先輩である夏油は少しだけその身を案じた。
そうこうしているうちに呪詛師達は倉庫街へと行き着く。
夏油と後輩もまた、彼等を追うために行動を開始するのであった。
………
倉庫街に夏油さんと行ったら予想の倍チンピラみたいな奴等が出てきて、うわー!絵に描いたようなチンピラだー!と思っていたら夏油さんが全部瞬殺して終わった。
積み上がる屍(…のように見えるがちゃんと息はある)を前に、私達は事後処理担当の方々が到着するのを良い子で待っていた。
ところで今更だけど、これ…私いりましたかね???
おそらく、夏油さん一人で全部なったとおも…いや!頼られたのだから喜ぶべき所ですよね!心の中の全肯定ハム太郎も「そうなのだ!必要なのだ!」って言ってるもの、きっと絶対必要なことで、そして私は今日も誰かの力になれている…はずだ!うん、自己肯定大事!
「それにしても、凄い種類の武器だね」
「そうですね…あ、見てくださいこのガンケースの中、デザートイーグルの50AEですよ、10インチバレル!かっこいー!」
「…やけに詳しいね」
「わあ、手榴弾!私、手榴弾大好き!」
「無邪気すぎる…」
そりゃだって戦う者としては武器の類については色々調べてしまうってもので、ロマンですよロマン。男の子なら分かるでしょう?固くてゴツくて強そうなメタルは格好良いワケ…。
しかしまあ、それにしたって結構な量だ。
まるでハリウッド映画に出てくる悪い奴のアジトみたい、もしかしたらここから悪の親玉が現れちゃったり…なーんて、そんなわけナイナ…
「お前達か、ルートを潰してくれたのは」
武器をゴソゴソと漁っていた私達に突如としてそんな声が掛かり、背中に銃口を向けられる気配がした。
手に持っていた拳銃をゆっくりガンケースに戻し、警戒しながら振り返ればそこには十数人の屈強な男達が居たのだった。
夏油さんが視線で訴えてくる、「警戒するのを忘れていたね」と。
私はそれに小さく頷き、しかし喧嘩上等だと表情を引き締めた。
悪いことしようとする方が悪いのだ。
正義が負けるわけにはいかない。
強い心と悪事を許さない眼差しを持って対峙する。隣の夏油さんは何だか微笑ましそうに私を見つめていた。
「ガキ二人にやられるなんてな、ナメられたもんだぜ」
「ほら、偉そうなのが何か言ってるから君も何か言い返してやりな」
よし来た!任せろーい!!
スゥ…と一度深呼吸をして瞳に力を入れる。握り締めた手からはピリリッと小さな稲妻が溢れ、私の勇気を奮い立たせた。
10丁近くの銃口がこちらへ向く中、私は夏油さんの期待に答えるべく口を開く。
「貴方達、夏油さんを怒らせない方が良いですよ。この人時々ゼロか百かしか無くなるんで…百になった瞬間の面倒臭さは高専一なんですから!」
「もしかして、私達も敵対してた?」
「貴方達が敵対しているのは理不尽な災害だと思いなさい!」
「さては君、私のこと嫌いだろ」
そんなことないです!!!
先輩三人の中では一番たちの悪い人だなとは思ってますが、決して嫌いではありません!!家入先輩から「同じクズでも夏油の方が面倒臭いから、変な関係にはなるなよ」って言われていたりしますが、嫌いになったことなどはありません!!
だから詰め寄ってくるのやめて下さい上から笑顔で見下さないで圧掛けないで泣いちゃうよ えーん。
「素直なのは良いことだけどね、時と場所と相手を選ぼうか」
「ご、ごめんなさい…夏油さんは優しくて頼りになる素敵な先輩です……」
「理不尽な災害とか言われたような気がしたな」
「お花畑と青空の似合うスーパーモデルって言いました!!」
もう必死である。
無数の銃口よりも顔は笑っているのに目の奥は全く笑っていない、この圧力と理不尽の化身のような男の方が余程怖かった。
選択肢を間違えたら呪われるし、未来永劫チクチクと傷を抉ってくるに違いない。恐ろしすぎる、可愛い後輩にする威圧ではない。灰原くんは早く現実を見よう。
凶器を携える自分達を放って後輩いびりをし始めた夏油さんを見ていた彼等は、「何だか知らねぇが仲間割れしたってんなら好機だぜ!」と、小物感満載のことを口にして今にも飛び掛からんとしていた。
「ほら、君が私に酷いことを言うせいで攻撃が始まりそうじゃないか、どうするんだ?」
「そ、そりゃあ戦いますよ!逃げるなんて出来ません!!」
「そうか、じゃあ頑張っておいで」
「……え、あの…夏油さんは…」
「私は心の傷が痛むから少し休んでいるよ」
すげぇ被害者面すんじゃん……。
心臓のあたりを擦りながら悲しげな笑みを浮かべて、「私は可愛い後輩だと思っていたんだけどな…」と罪の意識を駆り立ててくる先輩を背に、私は向けられた銃口と対峙するはめになった。
男達から発されるプレッシャーと夏油さんから発される圧迫感がビシビシと突き刺さる。
板挟み状態になりながらも頭を働かせ呪力を練り上げる。
相手は人間だ、銃を持とうがナイフを持とうが所詮は人間。
人間ならば、臓器はちゃんとあるべき場所にあり、脳は脳波が乱れることなく正常に稼働している。
そのため、特定の電気刺激による脳への衝撃は必ず通用するのだ。
このように。
バチバチバチッ!
灰色の壁に囲まれた倉庫の中、青白い稲妻が無作為に暴れる。
それは一秒にも満たない刹那に起きた出来事だった。
発光体を目撃した夏油さん以外の人々の網膜に、閃光と点滅が繰り返し焼き付く。
脳裏を飛び交う星と星は意識をブツブツと遮断させ、二本の脚で立つことはおろか、息の吸い方までもを見失わせた。
脳回路の変調、死への衝動と生の制御。
運動能力が低下し身体の均衡が保てなくなる。
神経細胞が電気信号の受け渡しを失敗し、身体の情報共有機能が働かなくなる。
特定の電気信号によるプルキンエ細胞のバグ。
プルキンエ細胞とは小脳に存在する神経細胞の一種である。
小脳とは運動能力の調節をする役目を持っており、それを電気信号によって無理矢理に狂わせたのだ。
眼球とは唯一剥き出しになっている内臓であり、脳に最も近い臓器でもある。
視覚情報は脳の管理下にあり、様々な神経回路を渡る電気信号でコントロールされているため、電気や磁気を扱う私の術式とは相性が良い。
コンマ0.3秒のパルス信号、強烈なフラッシュが彼らの意識を途切れさせ、強制的臨死体験を脳裏に刻む。
彼らの脳裏に弔鐘が響き渡る頃、そこには意識を混濁とさせた人間が折り重なるように倒れ伏していた。
静かになった倉庫内で、私は自分の力にただ項垂れる。
じ………地味だ……。
物凄く地味だ……。
何故なのだろう、ちゃんと勉強をして術式についての想像を膨らませ探求を続ければ続けるほど、術式の使い方が地味になっていく。
本当はビーム打ったり雷ピッカーン!てしたいのに、脳を直接ぶっ叩くとかいうど畜生のやり方ばかりが身に付いていってしまうのはどうしてなんだ。
しかし、血を流さないのは良いことな気もする…いやでも……。
うんにゃらかんにゃら自分の戦い方について反省会をしていれば、後ろからポンッと肩を叩かれたので振り返る。
「お疲れ様、丁度補助官からも連絡が来たし…私達は帰ろうか」
「あ、私はこのあと一件予定があるので…」
「それはご苦労さま、じゃあ私は一足先に帰らせて貰うよ」
ぽんぽんッ。
私の頭を数回軽く撫でたあと、夏油さんは疲れの見えない足取りで倉庫を後にした。
術式を使用したせいか、右腕が微かに痺れる感覚がする。
ビリビリと麻痺する指先を擦り合わせ、私は小さく小さく溜め息を吐出した。
どれだけ背筋を正しても、どれだけ折り目正しく着飾っても。
何度正義を口にしても、幾度勇気を抱いても。
獣のような醜い貪欲さが消えることは無い。
飢えた犬のように唸り、息を荒げ、涎を垂らす正義への執着は、一体何処から来るというのか。
強くなりたい、力が欲しい。
認められたい、必要とされたい。
それ以外なんて、別に最初からいらなかった。
というのも、呪詛師の集団を追う任務の最中、その集団の協力者である別の集団がやって来て、彼等は車を使って逃走してしまったのだ。
呪霊に追わせることも呪霊と共に追うことも可能だったが、十数人の呪詛師を相手にするのが何となく面倒だったので高専に応援を頼んだのだった。
そうして数十分後にやって来た黒い防弾車のマセラティの運転席から顔を覗かせたのは、最近親友の舎弟になったらしい後輩の女子生徒であった。
「待ってくれ…君はまだ18歳未満だったろう?何故運転なんてしてるんだ?」
「免許ならありますよ?偽造品ですが…」
「全部駄目じゃないか」
正義はどうなってるんだ正義は。
夏油は苦い顔をしながらも助手席に乗り込む。他に選択肢が無かったので致し方なし。
彼がシートベルトを着用するのを見届け、少女はアクセルをゆっくりと踏む。
「じゃ、飛ばしますね〜」
「本当に大丈夫かい?」
「大丈夫です、運転はよくするので!」
「なんでよくしてるんだ…」
不安しかない。
むしろ「面倒臭いから楽したい」と思って応援なんて呼ばず、一人でやった方が良かったまである。
夏油は徐々に徐々にスピードを上げていくマセラティの助手席で不安と後悔を抱えた。
そもそも何処から調達したのか、この高級車は。色々と違法な匂いしかしない。
それでも何だかんだで頼もしい後輩であることは知っているのだ。
アホだ犬だと言われているが、実は追跡技術に卓越しているのである。
というのも、彼女の術式は電気や磁気を操る類のものであり、その性質を利用して彼女は地磁気(地球の持つ磁性)の感知を可能としているのだ。
その両目はコンパスとなり、何処であろうと正確に行き先を割り出す。
地球の磁場から得られるエネルギーは実はとても少ない。
分子内の原子間結合の切断はもとより、結合を大幅に弱めるのに必要なエネルギーの数百万分の一しか存在しないのだ。
冷蔵庫マグネットと比較すると、地球の磁気は冷蔵庫マグネットの1/100程である。
つまり、とてもじゃないが人間の身体で磁気感知など不可能ということ。
しかし、それを可能にする力が彼女にはあった。
本人曰く、「やったらやれました」というだいぶ頭の悪そうな回答ではあるが、実際には化学力と桁外れの数学力に依存した高等技術である。
自身の網膜に光化学反応で生じる「ラジカル対」という短寿命の分子ペアでの量子効果を発生させ、その化学反応性に微弱な磁気の影響を受けさせているのだ。
簡単に説明すると、網膜に微小な磁石を用意させ、それをコンパスの針のように振るっている状態である。
これらを可能にする技術に必要なのは、量子学的性質とベクトル運動技術の知識。それから精密な呪力操作。
一歩間違えれば自分の目を潰しかねない技術を完璧に使うことによって、彼女は数千kmに及ぶ地図を瞬時に脳内に用意出来るのだ。
それによるナビゲーション能力の精度は他の追随を許さぬほど。
なので、夏油が面倒臭がって逃した相手などすぐに捉えられたりする。
「あの車の集団ですね、防弾車3台…倉庫街へ向かっているみたいですが」
「倉庫街まで行ってみようか、さらに仲間が居るかもしれない」
「畏まりました、尾行します」
車体を遠目から捉えた少女は減速し、敵に尾行がバレないように配慮しながら運転を続ける。
完璧な追跡と申し分ない運転、それから十分頼りになる戦闘技術。
普段五条からは「アホ」「本当アホ」「アホザコ」と散々言われているが、実はスペック高い子なんだよな…と夏油は鼻歌交じりにハンドルを揺らす後輩を見て思った。
というか、そもそもどうして運転出来るんだこの子。
偽の免許証ってなんだ、どこで手に入れたんだ。
彼女に関しては謎が多い…一体何者なのだろう。
少し興味が湧いた夏油は、運転中の後輩に話し掛ける。
「偽の免許証なんてどうやって手に入れたんだい?」
「えっと、便利だから持っとけって…謎のお兄さんに…」
「怪しさしかないな…」
「良い人ですよ?お話したらお金くれるし」
「いやそれ、えんこ……」
言い掛けてやめた夏油の頭の中は、ハテナが沢山飛び交う大混乱状態となった。
今この子なんて言った?なんだか凄く衝撃的なことを言っていなかったか?
怪しいお兄さんから偽の免許証を貰って?その怪しいお兄さんとやらは話すとお金をくれる??
……それ、絶対駄目だろ。話してる内容によっては…利用されていたりするんじゃ…。
あらゆるアンダーグラウンドな可能性が脳内を飛び交いながらも、夏油はなるだけ平静を装い言葉を選びながら後輩に尋ねる。
「ちなみに、どんなことをいつも話すのかな?高専のこととかだったりするかい?」
「光線のこと…は、あんまり話さないですかね…」
「そうか、じゃあどんなことを?」
「うーん…食べて美味しかったコンビニスイーツとか…」
女子の会話じゃないか。
ツッコミを既のところで飲み込み、一応さらに深く尋ねる。
「そうか、その男とはどこで知り合ったんだい?」
「家の近所で…確か忘れ物を拾って貰ったんですよね、あの時は助かりました!」
「なるほどね」
なるほどとは言ったが、何がなるほどなんだ。何もかも分からなかったぞ。
夏油は後輩の私生活が謎過ぎるという情報しか得られなかった。ミッション失敗である。
何者なんだその男は…そして君は一体普段何をしているんだ。
そもそも運転技術はどうやって、いつの間に身に付けたというのか。
謎過ぎる…この子、少し注意して見ておいた方が良いかもしれない。
可愛い後輩が変な輩に好かれているかもしれない雰囲気を感じ取り、面倒見の良い先輩である夏油は少しだけその身を案じた。
そうこうしているうちに呪詛師達は倉庫街へと行き着く。
夏油と後輩もまた、彼等を追うために行動を開始するのであった。
………
倉庫街に夏油さんと行ったら予想の倍チンピラみたいな奴等が出てきて、うわー!絵に描いたようなチンピラだー!と思っていたら夏油さんが全部瞬殺して終わった。
積み上がる屍(…のように見えるがちゃんと息はある)を前に、私達は事後処理担当の方々が到着するのを良い子で待っていた。
ところで今更だけど、これ…私いりましたかね???
おそらく、夏油さん一人で全部なったとおも…いや!頼られたのだから喜ぶべき所ですよね!心の中の全肯定ハム太郎も「そうなのだ!必要なのだ!」って言ってるもの、きっと絶対必要なことで、そして私は今日も誰かの力になれている…はずだ!うん、自己肯定大事!
「それにしても、凄い種類の武器だね」
「そうですね…あ、見てくださいこのガンケースの中、デザートイーグルの50AEですよ、10インチバレル!かっこいー!」
「…やけに詳しいね」
「わあ、手榴弾!私、手榴弾大好き!」
「無邪気すぎる…」
そりゃだって戦う者としては武器の類については色々調べてしまうってもので、ロマンですよロマン。男の子なら分かるでしょう?固くてゴツくて強そうなメタルは格好良いワケ…。
しかしまあ、それにしたって結構な量だ。
まるでハリウッド映画に出てくる悪い奴のアジトみたい、もしかしたらここから悪の親玉が現れちゃったり…なーんて、そんなわけナイナ…
「お前達か、ルートを潰してくれたのは」
武器をゴソゴソと漁っていた私達に突如としてそんな声が掛かり、背中に銃口を向けられる気配がした。
手に持っていた拳銃をゆっくりガンケースに戻し、警戒しながら振り返ればそこには十数人の屈強な男達が居たのだった。
夏油さんが視線で訴えてくる、「警戒するのを忘れていたね」と。
私はそれに小さく頷き、しかし喧嘩上等だと表情を引き締めた。
悪いことしようとする方が悪いのだ。
正義が負けるわけにはいかない。
強い心と悪事を許さない眼差しを持って対峙する。隣の夏油さんは何だか微笑ましそうに私を見つめていた。
「ガキ二人にやられるなんてな、ナメられたもんだぜ」
「ほら、偉そうなのが何か言ってるから君も何か言い返してやりな」
よし来た!任せろーい!!
スゥ…と一度深呼吸をして瞳に力を入れる。握り締めた手からはピリリッと小さな稲妻が溢れ、私の勇気を奮い立たせた。
10丁近くの銃口がこちらへ向く中、私は夏油さんの期待に答えるべく口を開く。
「貴方達、夏油さんを怒らせない方が良いですよ。この人時々ゼロか百かしか無くなるんで…百になった瞬間の面倒臭さは高専一なんですから!」
「もしかして、私達も敵対してた?」
「貴方達が敵対しているのは理不尽な災害だと思いなさい!」
「さては君、私のこと嫌いだろ」
そんなことないです!!!
先輩三人の中では一番たちの悪い人だなとは思ってますが、決して嫌いではありません!!家入先輩から「同じクズでも夏油の方が面倒臭いから、変な関係にはなるなよ」って言われていたりしますが、嫌いになったことなどはありません!!
だから詰め寄ってくるのやめて下さい上から笑顔で見下さないで圧掛けないで泣いちゃうよ えーん。
「素直なのは良いことだけどね、時と場所と相手を選ぼうか」
「ご、ごめんなさい…夏油さんは優しくて頼りになる素敵な先輩です……」
「理不尽な災害とか言われたような気がしたな」
「お花畑と青空の似合うスーパーモデルって言いました!!」
もう必死である。
無数の銃口よりも顔は笑っているのに目の奥は全く笑っていない、この圧力と理不尽の化身のような男の方が余程怖かった。
選択肢を間違えたら呪われるし、未来永劫チクチクと傷を抉ってくるに違いない。恐ろしすぎる、可愛い後輩にする威圧ではない。灰原くんは早く現実を見よう。
凶器を携える自分達を放って後輩いびりをし始めた夏油さんを見ていた彼等は、「何だか知らねぇが仲間割れしたってんなら好機だぜ!」と、小物感満載のことを口にして今にも飛び掛からんとしていた。
「ほら、君が私に酷いことを言うせいで攻撃が始まりそうじゃないか、どうするんだ?」
「そ、そりゃあ戦いますよ!逃げるなんて出来ません!!」
「そうか、じゃあ頑張っておいで」
「……え、あの…夏油さんは…」
「私は心の傷が痛むから少し休んでいるよ」
すげぇ被害者面すんじゃん……。
心臓のあたりを擦りながら悲しげな笑みを浮かべて、「私は可愛い後輩だと思っていたんだけどな…」と罪の意識を駆り立ててくる先輩を背に、私は向けられた銃口と対峙するはめになった。
男達から発されるプレッシャーと夏油さんから発される圧迫感がビシビシと突き刺さる。
板挟み状態になりながらも頭を働かせ呪力を練り上げる。
相手は人間だ、銃を持とうがナイフを持とうが所詮は人間。
人間ならば、臓器はちゃんとあるべき場所にあり、脳は脳波が乱れることなく正常に稼働している。
そのため、特定の電気刺激による脳への衝撃は必ず通用するのだ。
このように。
バチバチバチッ!
灰色の壁に囲まれた倉庫の中、青白い稲妻が無作為に暴れる。
それは一秒にも満たない刹那に起きた出来事だった。
発光体を目撃した夏油さん以外の人々の網膜に、閃光と点滅が繰り返し焼き付く。
脳裏を飛び交う星と星は意識をブツブツと遮断させ、二本の脚で立つことはおろか、息の吸い方までもを見失わせた。
脳回路の変調、死への衝動と生の制御。
運動能力が低下し身体の均衡が保てなくなる。
神経細胞が電気信号の受け渡しを失敗し、身体の情報共有機能が働かなくなる。
特定の電気信号によるプルキンエ細胞のバグ。
プルキンエ細胞とは小脳に存在する神経細胞の一種である。
小脳とは運動能力の調節をする役目を持っており、それを電気信号によって無理矢理に狂わせたのだ。
眼球とは唯一剥き出しになっている内臓であり、脳に最も近い臓器でもある。
視覚情報は脳の管理下にあり、様々な神経回路を渡る電気信号でコントロールされているため、電気や磁気を扱う私の術式とは相性が良い。
コンマ0.3秒のパルス信号、強烈なフラッシュが彼らの意識を途切れさせ、強制的臨死体験を脳裏に刻む。
彼らの脳裏に弔鐘が響き渡る頃、そこには意識を混濁とさせた人間が折り重なるように倒れ伏していた。
静かになった倉庫内で、私は自分の力にただ項垂れる。
じ………地味だ……。
物凄く地味だ……。
何故なのだろう、ちゃんと勉強をして術式についての想像を膨らませ探求を続ければ続けるほど、術式の使い方が地味になっていく。
本当はビーム打ったり雷ピッカーン!てしたいのに、脳を直接ぶっ叩くとかいうど畜生のやり方ばかりが身に付いていってしまうのはどうしてなんだ。
しかし、血を流さないのは良いことな気もする…いやでも……。
うんにゃらかんにゃら自分の戦い方について反省会をしていれば、後ろからポンッと肩を叩かれたので振り返る。
「お疲れ様、丁度補助官からも連絡が来たし…私達は帰ろうか」
「あ、私はこのあと一件予定があるので…」
「それはご苦労さま、じゃあ私は一足先に帰らせて貰うよ」
ぽんぽんッ。
私の頭を数回軽く撫でたあと、夏油さんは疲れの見えない足取りで倉庫を後にした。
術式を使用したせいか、右腕が微かに痺れる感覚がする。
ビリビリと麻痺する指先を擦り合わせ、私は小さく小さく溜め息を吐出した。
どれだけ背筋を正しても、どれだけ折り目正しく着飾っても。
何度正義を口にしても、幾度勇気を抱いても。
獣のような醜い貪欲さが消えることは無い。
飢えた犬のように唸り、息を荒げ、涎を垂らす正義への執着は、一体何処から来るというのか。
強くなりたい、力が欲しい。
認められたい、必要とされたい。
それ以外なんて、別に最初からいらなかった。