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誰が正義を殺したか

呪術界がどういうものか分かってきた梅雨の頃、自分がどれだけ同級生に恵まれているかを七海は改めて実感した。

先日は一個学年が上の先輩二人が何やら掃除をするしないで揉め事を起こし、反省文を書かされていたことは記憶に新しい。
たかが昼休み後の掃除の「綺麗な箒を先に取ったのは自分だ」という主張で
あれだけの揉め事を起こせるのは最早才能だ、彼等はいつもあんな小競り合いを繰り返している。

その点、同級生二人はとても優しくまともな人間性を持っている。どこに出しても恥ずかしくない、立派な友人だ。
自主的に雑巾を持ち、膝をついて雑巾がけをする二人は何のいざこざも起こさずに和気あいあいと掃除に勤しんでいる。その様子はまさに陽だまりそのものだ。

「灰原くん、今日カレーのおかわり何杯したの?」
「五杯!カレーってほぼ飲み物だよね」
「わかる、カレーは飲み物」
「でも僕、今になって喉乾いてたのかも」

なんて、アハハウフフと笑い合う無邪気な声が午後の穏やかな教室内に響き渡る。
七海はそんな二人の声を安らかな気持ちで聞きながら、せっせと箒を動かし続けた。
安らぎBGMは作業が捗る。このクソな業界唯一のサンクチュアリは私が護る。
箒を手に固い決意を誓った七海であったが、その誓いはすぐに崩れ去ることとなった。


「なあ、次の体術訓練プロレスしようぜ」


掃除の時間を楽しむ三人の後輩の元に、ふいにそんな声が掛かった。
三人同時に扉の方を振り返れば、そこに居たのは最強クソデカビックガキ大将、五条悟の姿だった。
彼はニヤニヤとした笑みを浮かべながら「掛けたい技があるから付き合えよ」と、プロレスをすることを前提とした会話をしてきた。

「お前らオコーナーブリッジって知ってる?」
「いえ、知りませんが…」
「僕も知りません…」
「私もです…」
「じゃあ試しに今やってやるよ、誰かこっち来い」

七海は思う、いや掃除しろよと。
今掃除の時間ですよね、早く教室に戻って下さい。
本当に迷惑、心の底から関わりたくない、早く出て行け、悪霊退散。
先程まで和やかな気持ちでいたのが嘘のような理不尽っぷりに、七海だけでなく他二名も逃げ出したくなった。

三人は互いに目配せをし、誰がどうするかを決め合う。
今さっき二人のことは自分が守ると決めた七海だったが、得体の知れないプロレス技の餌食になんぞ絶対なりたくなかった。
灰原も出来ればご遠慮願いたい気持ちだった。何せ前に同じようなことがあった時、彼は善意を持って「じゃあ僕が!」と言ってえらい目にあったのだ。あの悪夢を繰り返したくはない。

そして唯一の女子生徒はというと…そんな彼等の心情を機敏に察知し、覚悟を決めた目をして胸を張った。

「よろしい、ならば私が相手です!」

正義感カンスト、誰かの助けになれるのならば腰の一つや二つ安いもの…!
雑巾を捨て立ち上がり、男も女も見惚れる程のキリリッとした精悍な顔付きで理不尽と向かい合う決心をした。
その姿はまるで市民を守る騎士のよう。誰かの希望であり皆の正義、その剣には数多の祈りが乗っている。いや、剣持ってないけど。

しかし、強大な敵に今一人立ち向かわんとする同級生を見捨てるような者はここには居なかった。
そう、彼等は紛うことなき仲間なのだから。

「いえ、貴女一人にそんな辛い役目は背負わせません」
「そうだよ!僕達…仲間だろ!!」

NAKAMAとはTAKARA
KIZUNAとはTAKARA

三人は掃除道具から手を離し、各々覚悟を完了させ理不尽な先輩に立ち向かった。


結果。


三つの屍が出来上がった。
夏油が帰って来ない五条を気にして駆け付けた時にはもう遅かった。

床に点々と転がる三つの屍と、雑に捨てられた掃除道具、それから一汗かいた親友の姿。
夏油は全て察した、可愛い後輩達は健気に立ち向かい頑張ったのだと。けれど敵わなかったのだと。

「皆…良くやった、仇は私が取るよ」
「傑もやんの?いいぜ、掛かって来いよ」

第2ラウンド開幕。
そこからはもう、ひっちゃかめっちゃか。
後に残るは大惨事、皆で頑張って綺麗にした教室の姿は今やどこにも見当たらない。

怪獣大戦争な教室から、なんとか腰を庇いながら出てきた三人は顔を見合わせ「「「どうしよう、これ…」」」と思った。

「ごめん、二人のこと守り切れなかった…」
「いえ、そもそも悪いのは全て五条さんなので謝らないで下さい」

敗北を噛みしめる少女に七海は慰めの言葉を口にする。
しかし、七海の言葉に彼女は首を横に振った。
そして拳をグッと握り締め、とんでもないことを言い出したのだった。

「私…五条さんと再戦する!強くなりたい…あの人に勝ちたい!」
「正気ですか?」
「分かってる、今のままじゃ駄目だって……だから、修行に行く!」
「頭打ちましたか?」

失礼発言二連発をかました七海と、教室内を覗き見て「凄い!夏油さんロープも無いのに飛んでる!」と大はしゃぎな灰原を置き去りにし、思い立ったが吉日と走り去って行った少女は修行編に突入した。



………



スパイに出したはずの女の子が「強くなりたいので強くしてください!!」とかいう、クッソ頭の悪そうなことを言って帰ってきてしまった事態に、時雨は咥えていた煙草を口からポロッと落とした。

さてはコイツ、思った数倍アホだな?そしてスパイであることを忘れているな?
その真実に気付いた時雨は頭を抱えそうになりながら、落ちた煙草を拾って灰皿に押し付ける。

「時雨さんお願いします、私…強くなって仲間の仇を取りたいんです!」
「…お前の仲間に何かあったのか?」
「とても強い…恐ろしい奴にやられました…私が…守れなかったから…」
「そうか、それは…辛かったな」

またしてもすれ違い発生。
時雨は、高専で出会った仲良くなった学生が呪霊にやられて死んでしまったのだろう…と察して労ったが、彼女が敵討ちに燃える相手は先輩であり他でもない"あの"五条悟である。
それを知らないので、彼はそういうことならと打算込みで了承した。

強くなってくれるのは万々歳、高専の奴等を殺してくれって依頼はそこかしこから来る。例え共倒れになろうと、この嬢ちゃんは「高専を討ちたい」と願ってコチラ側に足を踏み入れたんだ。
だったら、叶えてやろうじゃないか。

というわけで、時雨は自分が知る中で一番強い人間を紹介することにした。
かなり性格に難のある奴だが、この天真爛漫、明朗快活、純粋で屈託の無い、晴れ渡る青空よりも清々しい(アホな)少女相手ならば恐らくは何とかなるだろう…と思った。


そんなこんなで焼肉とちょっとの報酬と『ワンちゃん触れ合いコーナー』を提示されてまんまとやって来た甚爾は、目の前でワチャワチャとする少女を見て「確かにこれは子犬だな」と思うこととなった。

自己紹介を元気いっぱいにし、キラキラしたお目々で期待に満ちた純粋な眼差しを向けられる。
荒んだ心と誰にも自慢出来ない爛れきった生活をしている甚爾は、その眩しさと若さに心がヒリついた。やめろ、そんな目で見んな。家では飼えねぇんだよ。

「強くなって仲間の仇を討ちたいんです…!」
「あー…高専も討つんだったか?」
「はい、ゆくゆくは光線も打ちます!」
「ご立派なこって」

本当に?コイツが??こんなにワチャワチャワフワフしてる奴が??
そんな気持ちで一応どんなもんか…と、一先ず身体チェックから始めた。

あどけない少女の筋肉の「き」の字も無いムニョムニョな腕とふわふわのまっちろいお腹を見て、早々に何とも言えない気持ちになる。
時雨からは「強くしてやってくれ、まあ…適当でいい」と言われたが、これはこれで価値があるんじゃないか?
というか、むしろこれはこれで"アリ"だろ。
これを活用する方面で伸ばした方が効率良くねぇか?
甚爾はもちっとした太ももや、マシュマロのように白くてしっとりとした二の腕をフニフニと触りながらそう思った。

「お前、スパイしてんだろ?だったらこの身体使わねえのは勿体ねぇよ」
「この身体…?」
「何なら試してやろうか?」
「試す…?」

試すとはこれ如何に。
少女は首を傾げて先程からあっちゃこっちゃと触ってくる男を見上げた。

試すって…ハッ!もしや力"試し"ってこと!?

良く言えばピュア、もしくは純情。悪く言えばすこぶるアホな少女は甚爾の言葉にキリッとした顔付きで背筋を伸ばしてハキハキと答えた。

「良いでしょう、望むところです!」
「ほーん、案外イケるんだな」
「積極的に頑張ります!」
「…マジか、まあ…嫌いじゃねぇよ」

かくして甚爾VSクソアホナイトの激熱バトルの火蓋が切って落とされた。

このあとめちゃくちゃセッ……はしていない。
健全にワチャワチャして健全に仲良くなって疲れて一緒に寝た。ついでにご飯もモリモリ食べた。

アニマルセラピーを受けて美味しい物を沢山楽しく食べた甚爾の心には、ちょっとだけ余裕が出来ましたとさ。
めでたしめでたし。
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