誰が正義を殺したか
Q.あなたにとって、「正義」とはなんですか?
A.「私にとって正義とは、人生です」
『誰が正義を殺したか』
………
星の灯らない寂れた夜の話だ、私は人生ではじめてスカウトなる物を受けた。
夜の9時過ぎであったが、牛乳を切らしてしまったので買いに行ったのだ。
24時間営業のスーパーまでツッカケを履いて走って行き、無事牛乳を買えた私は安っぽい足音を鳴らしながら暗い夜道をてってこ歩く。
チリチリと街灯が疎らに灯る道を行く途中、突如として私の耳にくぐもった悲鳴が聞こえて来た。
悲鳴。
女の人の悲鳴だ。甲高い、つんざくような、それでいて濁った叫び。
こんな時間だ、暴漢か、あるいはそれとも……。
私は歩みを一度止めると、方向を変えて悲鳴のした方へと足を踏み出した。
こんなことならばちゃんとスニーカーを履いてくれば良かったと後悔しながらも、焦る心を鎮めてひた走る。近付くにつれて濃くなる特有の気配に、目尻へグッと力を入れながら、心の隅に沸き立つ恐怖を拭って路地を曲がった。
するとそこに居たのは、拘束された女と異形の怪であった。
こちらへ助けを訴える眼差しに対して了承の意を伝えるために一つ頷くと、その場に買い物袋を置いて右腕の服の袖を捲る。
手の甲から肘までをビリッと電撃が駆け抜け淡く光出した瞬間、地面を蹴って相手との距離を一気に詰めた。
間合いを詰め、開いた掌はそのままに、手首を捻って上下へ動かし白く輝くプラズマを伴った衝撃波を発生させる。
バチバチバチッ!!!
発された雷撃音と共に、超至近距離からの回避不能な攻撃によって「ギイッ」と短い悲鳴を上げた呪霊は、片腕をボロボロと崩壊させた。
衝撃波と共に巻き起こった風圧が前髪を揺らし、周囲にあったゴミのネットやポリバケツを薙ぎ倒す。
次いでそのまま、指先を揃えた手を一度引き、もう一度呪力を腕へと流してプラズマを発生させる。
チャージ完了まで0.3秒。
チャージ完了、放電開始。
「コード エンドライン、界雷!」
目に痛い程白く閃く右腕を呪霊に向かって突き出し、その身を貫通させる。
1秒後、内部から同じ煌めきを外に向けて放出しながら、夜を裂かんばかりの絶叫を上げて呪霊は焼け消えていった。
パチパチと喝采のような雷電が幾つか小さく鳴り響いてから、辺りに静寂が戻ってくる。
ふぅ……格好良かったな、今の私。
技名まで言っちゃったし、これはもうヒーローと言っても過言では無いのでは?
私の勇姿を見ていたであろう女性の方を振り向く、もしかしたら恋とかされちゃうかも…なんて思ったが、どうやらあまりの事態に意識を飛ばしてしまったらしい女性はくたりとその場に撃沈していた。
ま、まあ仕方無いか……一先ず気持ちを切り替え、とりあえず歩み寄ろうとすれば、ミシッと嫌な音が足元から鳴ってそのまま前のめりにコケた。
「あたっ」
足元へと視線をやる。見れば、右足のツッカケが壊れてしまっていた。
ああ……やっぱりスニーカーを履いて来るべきだった、また壊してしまった…雀の涙ばかりのお小遣いが飛んでいってしまう…。
せっかく格好良く呪霊を片付けられたのに、これじゃあまりに締まりが悪い。
そう思った私は、壊れたツッカケを脱いで片手に持つと、倒れている女性を紳士的に優しく揺すって起こすことにした。
程無くして目を覚ました女性を近くだと言うアパートまでこれまた紳士的に送り届けた後、自分も寝蔵にしている家まで帰ることにする。
大変な日だった。
この、よく分からないけど格好良い力が何かの役に立って、ついでにお金をガンガン貰えて、欲を言えば待遇の良い上司に巡り会えたりすれば人生に困ることは無いのだけど、そうは簡単に行かないだろう。
もうすぐ受験の願書手続きも始まるのに……私は行きたい高校も、将来のビジョンも見つからないままだ。
親には厄介者扱いされているし、お世話になってる家からは都合良く扱われているし、成績だってべらぼうに良いわけじゃない、私…どうするのが一番良いんだろうなあ。
まあ今考えたって何も始まらないか、今日は帰ってもう寝てしまいましょう。
沈みそうな気分を切り替え、自宅へと向かおうとした。が、しかし。
「………あ、牛乳忘れてきちゃった」
買ってきた牛乳を置き去りにしてきてしまったことにはたと気付く。
来た道を戻らなければ、ああ…散々だ、せめて一つで良いから何か良いことがあって欲しい。
自分の行動を残念に思いながら、肩を落としてトボトボ歩く。
牛乳、寂しい思いをさせてごめんよ……そんな思いを抱え、電灯も灯らぬ路地へと続く道を曲がれば、そこには地面に置いておいた私の買い物袋を持つ怪しげなスーツ姿の男が居たのだった。
一難去ってまた一難とはこのことだ、私の牛乳が知らない人間の手に……。
少し距離を取ったまま、どうしようかと思案する。
それ、あの、私の牛乳なのですが………あ、もしかして落とし物として拾ってくれたとか…?
都合の良い方へと無理矢理に考え、「あの、」と声を掛けようとした所で先に男が口を開く。
「これ、お嬢ちゃんが?」
「あ、はい…私の……」
「へぇ、大したもんだ」
え…牛乳買うのってそんな凄いことなんですか……?
ああ、でも確かにこんな時間に女の子が一人で牛乳買いに行くのはちょっと勇気が必要なことなのかも…?な、なるほどな…そういうことなら褒められることもあるのかもしれない。
褒められることなんて、記憶にある限り片手の数くらいの回数しか無かったことなので何だか気恥ずかしくなる。どういう反応をするのが正しいのか分からなくて、とりあえず愛想良く笑ってみることにした。
え、えへへ……ありがとうございます、見知らぬおじ…おにいさん。
「お嬢ちゃん、幾つ?」
「ちゅ、中三……あの、牛にゅ…」
「呪術高専って知ってるか?」
「じゅ、呪術光線!?」
突如として湧き出た厨ニ心に突き刺さるやたらに格好良い単語に、思わず復唱してしまった。
な、なんだそのかっこ良さそうなビーム的なやつ!
光線ってことは、光で輝いてシュビビビビビビッてなるやつ…?スペシウム光線的な?え、凄い、私も打ちたい!
それまで下がっていたテンションはお兄さんの言葉によって一気に上がった。何せ私はまだまだヒーローに憧れるお年頃、格好良くて強そうなやつは大体好きなのだ。
やってみたい、打ってみたい…だって絶対格好良いから。
私にも出来るのだろうか、呪術光線……いや、ブラックマジック・ビーム……くぅっ、格好良い!あんまりよく分かんないけど!
「あの、私にも打てますか?呪術光線……」
ゴクリ、生唾を一度飲んで真剣な声で尋ねてみる。
すると、おにいさんはピクリと片眉を動かして暫く考えた後、ニヤリと笑った。
「討ちたいのか?呪術高専を?お嬢ちゃんが?そりゃまた、どうして」
「や、ま~………生まれ持った使命?てきな?」
ほへへ…と、笑い声を曖昧に溢しながら照れ臭さに視線をそっぽへやりながら私は言ってみた。
そりゃだって、私の持つ他の人には無い特殊な能力的なやつは、電磁を操る類いの物っぽいのだから…それならやっぱり行き着く先はただ一つ…ビームだろ、もっと言えば物体を電磁気力により加速させて打ち出すあれ……レールガン的なやつ、絶対やりたいでしょ、ビームはロマンだよ。異論は認めない。
だけど、そんな中二染みたことを言うのは恥ずかしくて、わざと"使命"なんて言葉を使ってボカしてしまった。
そうすれば、おにいさんは訳知り顔で口の端に笑みを乗せながら「へぇ、そりゃ大した使命だ」と言ってくれた。
何だか良く分からないが心が通じ合えている気が…する……!!!
「呪術高専を本気で討ちたいか?」
「はい、呪術光線…本気で打ちたいです」
「覚悟の決まってる目だな」
もちろん、呪術光線を打つなんて一筋縄ではいかないだろう。
しかし、私は待ち構えるあらゆる困難に打ち勝って、ビームを打てるヒューマンになってやるのだ!
なのでお兄さんの言葉に静かに頷いた。
そうすれば、お兄さんは「分かった」と何かを理解してくれた。
きっと私の夢や覚悟を分かってくれたのだろう、笑いもせずに……こんなに真面目に取り合ってくれる大人に出会ったのはじめてだ。いつだって「正義の味方になりたい」「皆を守れる強い人間になりたい」「良い行いをして必要とされる人になりたい」なんて夢は馬鹿にされてきた、それなのにこのお兄さんは真面目に私の覚悟を汲み取ってくれた。なんて良い人なんだ。
心の底から嬉しい気持ちが湧き上がる。
今なら私、なんだって出来そう。
「お兄さん、私に呪術光線を打たせて下さい!」
「ああ、プロデュースは任せておけ」
「本当!?う、嬉しい…!」
「ハハッ、こんな逸材が眠ってたとはな」
い、逸材!?
聞きました?逸材ですって!私、逸材って言われましたわよ!?
う、うれし〜〜!!今の今までパッとしない人生送って来たけど、これはもしやもしや、やっと私の人生にもシャイニーでスパンコールなスポットライトが当たりはじめるのでは〜〜!!?
………なんて、思っていたこともありました。
私は現在、山奥の怪しい学校に"スパイ"として潜入中です。どうして???
とりあえず、現状について説明しよう。
呪術光線を打ちたかったら、呪術高専東京校…という場所に入学願書を書いて提出するところから始めろ…と、お兄さんこと孔・時雨さんに言われた私はその言葉に従い呪術高専へ願書を書いて送った。
その三日後、中学帰りの私の元へやって来た黒服の「補助監督」の人によってアレソレ説明を受け、後日高専にて面談を行い、無事に入学が決定した。
お気楽馬鹿な私は、その時までは「良かった〜!なんか聞いたことあるような無いような名前の怪しい学校だけど、任務?をやればお金も貰えるしありがたいな〜」くらいにしか思っていなかったが、私とあの日会ったお兄さん…時雨さんはこう言った。
「高専にスパイを仕込めるなんてこっちとしても有り難い限りだ、精々バレない程度に楽しんで来い」と。
「え?スパ、スパイ??」
「ああ、だってお前呪術高専を討ちたいんだろ?」
「それは…呪術光線は打ちたいですけど」
「なら必要なことだ、我慢しろ」
そ…そういうものなのか?
いや、私はその…呪術自体については一応少しばかりは知っているが、まともに呪術の勉強をさせて貰ったことが無いので、きっとこの人の言ってることが正しいんだと思うしか無いのだが…本当だな?本当なんだな?信じるぞ、全面的に。
そんなこんなで私はお兄さんを若干疑いながらも、めでたく高専に入学を果たすことになった。
しかし、入学した呪術高専はイカれヒューマンランドだった。
イカれたメンバーを紹介するぜー!!!
「そのサングラス掛けてる人、紅の豚以外ではじめて見ました」って言ったら無言アイアンクローしてきた白髪頭の人格低レベルクソガキ先輩!
「本当に良い人間は制服にボンタンなんて選ばなくないか?」という話を同級生としてたら、話を聞かれて被害者面してきた挙げ句にパシってきたお団子頭先輩!
私の五感がちょっと人と違うからって「中身見せて」とか言ってくるヤニカス先輩!
パン派の七海!ご飯派の灰原!あとなんか怖い人達たくさん!!以上だ!!!
もしかして私はとんでもない所に足を踏み入れてしまったのでは?と、未だ着慣れない黒い制服に腕を通しながら首を傾げる。
それでも、これも呪術光線を打てるようになるためだ…と思えば多少は頑張ろうという気になれた。
…いやでもやっぱり光線とスパイは関係無くないか?というか高専でスパイって何すればいいんだ?誰かを後ろから刺せばいいのか?足音消すのはわりと得意だけど…。
あと今更だけど時雨さんって何者なの?もしかして私は馬鹿なの?なんなの?死ぬの?
「あ、あんまり深く考えないようにしよ〜……」
気合いを入れ直すために髪を結び、荷物を持って部屋を後にする。
廊下の窓から差し込む朝のきらめく日差しを浴びて、心を落ち着かせながらしっかりとした足取りで教室を目指した。
さあ、今日も一日張り切っていきましょう。
何せほら、助けを待つ人々は世の中沢山居るのだから。
私は私に出来ることを、皆は皆に出来ることを。
そういう精神で、私は生きていきたいのです。
いつだって誰かの助けになりたいのです。
だって私は全面的に正義の味方なので。
A.「私にとって正義とは、人生です」
『誰が正義を殺したか』
………
星の灯らない寂れた夜の話だ、私は人生ではじめてスカウトなる物を受けた。
夜の9時過ぎであったが、牛乳を切らしてしまったので買いに行ったのだ。
24時間営業のスーパーまでツッカケを履いて走って行き、無事牛乳を買えた私は安っぽい足音を鳴らしながら暗い夜道をてってこ歩く。
チリチリと街灯が疎らに灯る道を行く途中、突如として私の耳にくぐもった悲鳴が聞こえて来た。
悲鳴。
女の人の悲鳴だ。甲高い、つんざくような、それでいて濁った叫び。
こんな時間だ、暴漢か、あるいはそれとも……。
私は歩みを一度止めると、方向を変えて悲鳴のした方へと足を踏み出した。
こんなことならばちゃんとスニーカーを履いてくれば良かったと後悔しながらも、焦る心を鎮めてひた走る。近付くにつれて濃くなる特有の気配に、目尻へグッと力を入れながら、心の隅に沸き立つ恐怖を拭って路地を曲がった。
するとそこに居たのは、拘束された女と異形の怪であった。
こちらへ助けを訴える眼差しに対して了承の意を伝えるために一つ頷くと、その場に買い物袋を置いて右腕の服の袖を捲る。
手の甲から肘までをビリッと電撃が駆け抜け淡く光出した瞬間、地面を蹴って相手との距離を一気に詰めた。
間合いを詰め、開いた掌はそのままに、手首を捻って上下へ動かし白く輝くプラズマを伴った衝撃波を発生させる。
バチバチバチッ!!!
発された雷撃音と共に、超至近距離からの回避不能な攻撃によって「ギイッ」と短い悲鳴を上げた呪霊は、片腕をボロボロと崩壊させた。
衝撃波と共に巻き起こった風圧が前髪を揺らし、周囲にあったゴミのネットやポリバケツを薙ぎ倒す。
次いでそのまま、指先を揃えた手を一度引き、もう一度呪力を腕へと流してプラズマを発生させる。
チャージ完了まで0.3秒。
チャージ完了、放電開始。
「コード エンドライン、界雷!」
目に痛い程白く閃く右腕を呪霊に向かって突き出し、その身を貫通させる。
1秒後、内部から同じ煌めきを外に向けて放出しながら、夜を裂かんばかりの絶叫を上げて呪霊は焼け消えていった。
パチパチと喝采のような雷電が幾つか小さく鳴り響いてから、辺りに静寂が戻ってくる。
ふぅ……格好良かったな、今の私。
技名まで言っちゃったし、これはもうヒーローと言っても過言では無いのでは?
私の勇姿を見ていたであろう女性の方を振り向く、もしかしたら恋とかされちゃうかも…なんて思ったが、どうやらあまりの事態に意識を飛ばしてしまったらしい女性はくたりとその場に撃沈していた。
ま、まあ仕方無いか……一先ず気持ちを切り替え、とりあえず歩み寄ろうとすれば、ミシッと嫌な音が足元から鳴ってそのまま前のめりにコケた。
「あたっ」
足元へと視線をやる。見れば、右足のツッカケが壊れてしまっていた。
ああ……やっぱりスニーカーを履いて来るべきだった、また壊してしまった…雀の涙ばかりのお小遣いが飛んでいってしまう…。
せっかく格好良く呪霊を片付けられたのに、これじゃあまりに締まりが悪い。
そう思った私は、壊れたツッカケを脱いで片手に持つと、倒れている女性を紳士的に優しく揺すって起こすことにした。
程無くして目を覚ました女性を近くだと言うアパートまでこれまた紳士的に送り届けた後、自分も寝蔵にしている家まで帰ることにする。
大変な日だった。
この、よく分からないけど格好良い力が何かの役に立って、ついでにお金をガンガン貰えて、欲を言えば待遇の良い上司に巡り会えたりすれば人生に困ることは無いのだけど、そうは簡単に行かないだろう。
もうすぐ受験の願書手続きも始まるのに……私は行きたい高校も、将来のビジョンも見つからないままだ。
親には厄介者扱いされているし、お世話になってる家からは都合良く扱われているし、成績だってべらぼうに良いわけじゃない、私…どうするのが一番良いんだろうなあ。
まあ今考えたって何も始まらないか、今日は帰ってもう寝てしまいましょう。
沈みそうな気分を切り替え、自宅へと向かおうとした。が、しかし。
「………あ、牛乳忘れてきちゃった」
買ってきた牛乳を置き去りにしてきてしまったことにはたと気付く。
来た道を戻らなければ、ああ…散々だ、せめて一つで良いから何か良いことがあって欲しい。
自分の行動を残念に思いながら、肩を落としてトボトボ歩く。
牛乳、寂しい思いをさせてごめんよ……そんな思いを抱え、電灯も灯らぬ路地へと続く道を曲がれば、そこには地面に置いておいた私の買い物袋を持つ怪しげなスーツ姿の男が居たのだった。
一難去ってまた一難とはこのことだ、私の牛乳が知らない人間の手に……。
少し距離を取ったまま、どうしようかと思案する。
それ、あの、私の牛乳なのですが………あ、もしかして落とし物として拾ってくれたとか…?
都合の良い方へと無理矢理に考え、「あの、」と声を掛けようとした所で先に男が口を開く。
「これ、お嬢ちゃんが?」
「あ、はい…私の……」
「へぇ、大したもんだ」
え…牛乳買うのってそんな凄いことなんですか……?
ああ、でも確かにこんな時間に女の子が一人で牛乳買いに行くのはちょっと勇気が必要なことなのかも…?な、なるほどな…そういうことなら褒められることもあるのかもしれない。
褒められることなんて、記憶にある限り片手の数くらいの回数しか無かったことなので何だか気恥ずかしくなる。どういう反応をするのが正しいのか分からなくて、とりあえず愛想良く笑ってみることにした。
え、えへへ……ありがとうございます、見知らぬおじ…おにいさん。
「お嬢ちゃん、幾つ?」
「ちゅ、中三……あの、牛にゅ…」
「呪術高専って知ってるか?」
「じゅ、呪術光線!?」
突如として湧き出た厨ニ心に突き刺さるやたらに格好良い単語に、思わず復唱してしまった。
な、なんだそのかっこ良さそうなビーム的なやつ!
光線ってことは、光で輝いてシュビビビビビビッてなるやつ…?スペシウム光線的な?え、凄い、私も打ちたい!
それまで下がっていたテンションはお兄さんの言葉によって一気に上がった。何せ私はまだまだヒーローに憧れるお年頃、格好良くて強そうなやつは大体好きなのだ。
やってみたい、打ってみたい…だって絶対格好良いから。
私にも出来るのだろうか、呪術光線……いや、ブラックマジック・ビーム……くぅっ、格好良い!あんまりよく分かんないけど!
「あの、私にも打てますか?呪術光線……」
ゴクリ、生唾を一度飲んで真剣な声で尋ねてみる。
すると、おにいさんはピクリと片眉を動かして暫く考えた後、ニヤリと笑った。
「討ちたいのか?呪術高専を?お嬢ちゃんが?そりゃまた、どうして」
「や、ま~………生まれ持った使命?てきな?」
ほへへ…と、笑い声を曖昧に溢しながら照れ臭さに視線をそっぽへやりながら私は言ってみた。
そりゃだって、私の持つ他の人には無い特殊な能力的なやつは、電磁を操る類いの物っぽいのだから…それならやっぱり行き着く先はただ一つ…ビームだろ、もっと言えば物体を電磁気力により加速させて打ち出すあれ……レールガン的なやつ、絶対やりたいでしょ、ビームはロマンだよ。異論は認めない。
だけど、そんな中二染みたことを言うのは恥ずかしくて、わざと"使命"なんて言葉を使ってボカしてしまった。
そうすれば、おにいさんは訳知り顔で口の端に笑みを乗せながら「へぇ、そりゃ大した使命だ」と言ってくれた。
何だか良く分からないが心が通じ合えている気が…する……!!!
「呪術高専を本気で討ちたいか?」
「はい、呪術光線…本気で打ちたいです」
「覚悟の決まってる目だな」
もちろん、呪術光線を打つなんて一筋縄ではいかないだろう。
しかし、私は待ち構えるあらゆる困難に打ち勝って、ビームを打てるヒューマンになってやるのだ!
なのでお兄さんの言葉に静かに頷いた。
そうすれば、お兄さんは「分かった」と何かを理解してくれた。
きっと私の夢や覚悟を分かってくれたのだろう、笑いもせずに……こんなに真面目に取り合ってくれる大人に出会ったのはじめてだ。いつだって「正義の味方になりたい」「皆を守れる強い人間になりたい」「良い行いをして必要とされる人になりたい」なんて夢は馬鹿にされてきた、それなのにこのお兄さんは真面目に私の覚悟を汲み取ってくれた。なんて良い人なんだ。
心の底から嬉しい気持ちが湧き上がる。
今なら私、なんだって出来そう。
「お兄さん、私に呪術光線を打たせて下さい!」
「ああ、プロデュースは任せておけ」
「本当!?う、嬉しい…!」
「ハハッ、こんな逸材が眠ってたとはな」
い、逸材!?
聞きました?逸材ですって!私、逸材って言われましたわよ!?
う、うれし〜〜!!今の今までパッとしない人生送って来たけど、これはもしやもしや、やっと私の人生にもシャイニーでスパンコールなスポットライトが当たりはじめるのでは〜〜!!?
………なんて、思っていたこともありました。
私は現在、山奥の怪しい学校に"スパイ"として潜入中です。どうして???
とりあえず、現状について説明しよう。
呪術光線を打ちたかったら、呪術高専東京校…という場所に入学願書を書いて提出するところから始めろ…と、お兄さんこと孔・時雨さんに言われた私はその言葉に従い呪術高専へ願書を書いて送った。
その三日後、中学帰りの私の元へやって来た黒服の「補助監督」の人によってアレソレ説明を受け、後日高専にて面談を行い、無事に入学が決定した。
お気楽馬鹿な私は、その時までは「良かった〜!なんか聞いたことあるような無いような名前の怪しい学校だけど、任務?をやればお金も貰えるしありがたいな〜」くらいにしか思っていなかったが、私とあの日会ったお兄さん…時雨さんはこう言った。
「高専にスパイを仕込めるなんてこっちとしても有り難い限りだ、精々バレない程度に楽しんで来い」と。
「え?スパ、スパイ??」
「ああ、だってお前呪術高専を討ちたいんだろ?」
「それは…呪術光線は打ちたいですけど」
「なら必要なことだ、我慢しろ」
そ…そういうものなのか?
いや、私はその…呪術自体については一応少しばかりは知っているが、まともに呪術の勉強をさせて貰ったことが無いので、きっとこの人の言ってることが正しいんだと思うしか無いのだが…本当だな?本当なんだな?信じるぞ、全面的に。
そんなこんなで私はお兄さんを若干疑いながらも、めでたく高専に入学を果たすことになった。
しかし、入学した呪術高専はイカれヒューマンランドだった。
イカれたメンバーを紹介するぜー!!!
「そのサングラス掛けてる人、紅の豚以外ではじめて見ました」って言ったら無言アイアンクローしてきた白髪頭の人格低レベルクソガキ先輩!
「本当に良い人間は制服にボンタンなんて選ばなくないか?」という話を同級生としてたら、話を聞かれて被害者面してきた挙げ句にパシってきたお団子頭先輩!
私の五感がちょっと人と違うからって「中身見せて」とか言ってくるヤニカス先輩!
パン派の七海!ご飯派の灰原!あとなんか怖い人達たくさん!!以上だ!!!
もしかして私はとんでもない所に足を踏み入れてしまったのでは?と、未だ着慣れない黒い制服に腕を通しながら首を傾げる。
それでも、これも呪術光線を打てるようになるためだ…と思えば多少は頑張ろうという気になれた。
…いやでもやっぱり光線とスパイは関係無くないか?というか高専でスパイって何すればいいんだ?誰かを後ろから刺せばいいのか?足音消すのはわりと得意だけど…。
あと今更だけど時雨さんって何者なの?もしかして私は馬鹿なの?なんなの?死ぬの?
「あ、あんまり深く考えないようにしよ〜……」
気合いを入れ直すために髪を結び、荷物を持って部屋を後にする。
廊下の窓から差し込む朝のきらめく日差しを浴びて、心を落ち着かせながらしっかりとした足取りで教室を目指した。
さあ、今日も一日張り切っていきましょう。
何せほら、助けを待つ人々は世の中沢山居るのだから。
私は私に出来ることを、皆は皆に出来ることを。
そういう精神で、私は生きていきたいのです。
いつだって誰かの助けになりたいのです。
だって私は全面的に正義の味方なので。
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